手前に「中の茶屋」がある変形ヘアピン──外界の第一いろは坂と同じように、第二博麗坂でもあの
妖夢はそれを予想していたように、ヘアピンの立ち上がりでギアをローに叩き込む。
4A-GZEをきっちり回し切りながら、AW11は第二博麗坂の急勾配を駆け上がる。
スーパーチャージャーの過給音が甲高く響き渡る──こうして戦闘態勢に入ったAW11の息遣いに間近で触れるのは初めてかもしれない。
クルマがさ、なんかかわいそうなんだよね──AW11に乗り始めてすぐ、妖夢がそうこぼしたことを、私は思い出す。
どうして?と私が問うと、慌ててなんでもない、と妖夢は言った──その意味に私の心臓は、初めて触れていると理解する。
インをかすめるように──妖夢はサイドブレーキでターンし始めた。
大妖精がマージンを取っているのに対し、妖夢はゼブラゾーンに前二輪をのせるようなライン取り。
すべてを絞り出しながら、そして絞り切りながら駆け上がる──妖夢が言いたかったのは多分、この加速感と引き換えに甲高く響く、スーパーチャージャーの過給音のことだったのだと私は思う。
「過給」機──内燃機関に吸気した以上の空気を押し込むための補機。
辞書的に説明してしまえば簡単だけど──妖夢は「過給」の意味を考えてしまったのだろう。
妖夢がスーパーチャージャー乗りになったのは、その音に惹かれたこと、そしてすぐに入手できるAW11がスーパーチャージャーモデルしかなかったからだ。
ターボにはない、陶酔感を覚えるスーパーチャージャー特有のサウンド。
扱いやすいリニアな出力特性も相まって、妖夢はスーパーチャージャーの虜になった──
──私は意識をフロントガラスの向こうに戻す。
スーパーチャージャーの高回転で追いかける妖夢に対し、ターボの高回転で逃げる大妖精。
しかし──大妖精はおそらく逃げ切れないだろう。
それは腕よりも、マシンの問題だ。
私はSR20の出力特性には詳しくないが、SR20はそこまでの高回転型ではないはず。
「うるさい」とまわりが感じる回転数を3000回転以上としたら、ワンビアのターボとスーチャーが両方機能する中回転域は5000回転前後までだろう。
それ以上のピークパワーをターボで引き出すとしたら──予想にすぎないが、ピークパワーを出せるレンジはかなり狭い。
そしてこの、ヘアピンが連続する第二博麗坂でそこを維持するのは至難の業だろう。
「中の茶屋」を境に、ヘアピン間のストレートは長くなる。
そこまでお互いに過給機のピークパワーを温存──手の内を明かさないようにしていた、といったところか。
……結果論になるけれど、大妖精と妖夢はバトルの結末自体はわかっていたんだと思う──妖夢の勝利で、決着をみることになるだろう。
妖夢の実力は幻想郷の住人には知れ渡っている──ライトウェイトクラスのハイスピードバトルに限れば、霊夢を喰ってもおかしくはない。
だから大妖精は「楽しむ」バトルとして、勝敗関係なくこのバトルを挑んだ──しかし、妖夢はなぜ?
ファンライドとしてではなく、あくまで勝敗のある「バトル」という形で──咲夜は私を「万年発情期」と言ってたけれど、たまにはこうして考えることもある。
……多分それは、スーチャー使いとしての気持ちを交わしたかったからだろう。
考えるナビシートの私に、AW11が背中越しに応えようとする。
甲高い叫びだ──官能的でありながら、なんて苦しそうな叫びだろう。
ここまでエンジンを回さなくても、妖夢が大妖精に勝利することはできるはずなのに。
鈴仙、好きでしょ?私の分、食べていいよ──咲夜とつるみ始めてすぐ、紅魔館の晩餐会に招かれた夜を私は思い出す。
あの夜のメインは、「牛ヒレ肉のロッシーニ風」──牛ヒレ肉にフォアグラを載せた料理だった。
初めて食べる料理に舌鼓を打つ私の皿に、妖夢はこっそりとフォアグラだけをよけた。
たしかあれは、過給機について「クルマがかわいそう」と言った時期と同じだったか。
フォアグラを食べない理由を妖夢は「幽々子様に悪いから」とだけ言ってたけれど──本当は、多分違う。
そして、今夜大妖精に伝えたいことはそれだったんだろう。
「……だから、妖夢はフォアグラを食べないんだね」
妖夢は、えっ?と問い返すが、一呼吸置いて得心いったとばかりに口を開く。
「……うん。こうして鈴仙を横に乗せて全開にするのは初めてだったね。車内にいると、よくわかるでしょ?──AW11の『叫び』が」
「うん。……絞り上げながら昂るサウンド──これが本気のスーパーチャージャーの、サウンド。そして、『過給』機の本質──エボのターボじゃ、気付けなかったかもしれない」
過給機とフォアグラはよく似ている。
フォアグラの正体は、ガチョウやアヒルに、強制的に餌を与えて肥大化させた肝臓だ。
それは美食のために生み出された脂肪肝──医療従事者としての私自身、複雑な感情がないわけではないし、外界では動物福祉の面で問題になっている食材と聞く。
過給機も同じだ。
自然に吸気する以上の大気を、エンジンに押し込むのが過給機。
それはエンジン単体以上のパワーを引き出すため──目的が燃費でも速さでも、過給する事実に変わりはない。
「鳥は本来栄養をため込むものだから」
「エンジンの耐久に問題ない設計だから」
──意見は様々だし、私は専門家じゃないからよくわからない。
だから、妖夢が抱いた疑問はただの「おセンチ」と言われても仕方がないのだと思う。
「それでも妖夢が──いや、それだから妖夢は、スーパーチャージャーに乗るんだね」
最後から三つ目のヘアピンをターンする頃、私はぽつりと呟く。
「──うん。私はやっぱり、『過給』することに疑問を抱く。でもそれ以上に──どうして
そうした疑問を呑みこんで、モアパワー、そしてモアトルク──チューンドとして夜の
それはきっと、その速さにいのちをのせる者にしか、抱くことすら許されない疑問に思えたからだ。
「ねえ妖夢──大妖精には、伝わったかな」
代わりに私がそう問うと、妖夢は困ったようないつもの笑みで答える。
「どうかな……大妖精は、まだ走り出したばかりだから。でもあの子は多分、クルマが、チューニングが、楽しいばかりじゃないって気づく子だから──あの子は優しい子だから──だから、私は伝えられる夜に伝えていたいの」
いよいよ最後のヘアピンだ──この先は長いストレート。
外界と同じなら、二車線分の幅がきっちりと確保されてるはず。
最後のヘアピンの前で妖夢はわざと距離を空け、ワンビアをプレッシャーから解放する。
大妖精も結末は悟っているのだろう。
速さより、パフォーマンスを重視したドリフト──
「いいね──いい走りだったよ、大妖精」
妖夢はそう言いながら、きっちりクリップをなぞりながらグリップ走行で最後のヘアピンをクリアする。
立ち上がりでもたついた大妖精が、ストレートの入口で左に寄り、妖夢にラインを譲る。
「ねえ、鈴仙。前半でワンビアの弱点聞いてたじゃない?」
「え?う、うん。もうタネ明かし?」
「まあね。幽々子様なら言わないままでいそうだけど、私はそんなに意地悪じゃないから……答えは『熱ダレ』だよ。フロントバンパーは純正だし、あの仕様だと多分タービンが熱ダレして、出力が落ちるだろうって思ってたんだ」
言いながら妖夢はワンビアを全開のままパスしていく。
「それもあって高回転域は温存してたんだろうけど……後半の折り返しからはすこし失速してたんだ。全開走行は今夜が初めてだったみたいだし、セッティング再考の余地アリ、だね。まあ、細かいことはゴールしてから話そっか。頂上にガソリンスタンドできたみたいだし」
妖夢のタネ明かしは、半分しか耳に入っていなかった。
残る聴力を私は、AW11のサウンドに注いでいたからだ。
主人のためにいのちを削って務めを果たした、4A-GZE・S/C──私にはその叫びが、どこか満足げに思えて仕方なかった。
ぼんやりしててAW11がMR、エンジンが後ろにあるって忘れてました
修正入れてます、ごめんよミスター