憎悪を喰らうはウロボロス   作:とくめ一

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残酷な優しさに溺れて死ねたらよかったのに

 

 

「お、ちょうど良かった。助けてくれねェか?」

 

 航海の途中で上陸したとある島で、そんな軽いノリで助けを求めてきた青年を見てレイリーたちは目を見開いた。

 

 ──声をかけてきた青年が、現在進行系で火炙りにされていたからだ。

 

「ッな、何をやってんだお前は!!?」

 

 

□■□

 

 

 いやー、助かった助かった。なんて言いながら服についた煤を払う青年を見てドン引くレイリーをよそに、ロジャーは心底可笑しそうにけらけらと笑っている。

 それになんとなく嫌な予感を覚えたレイリーだったが、恐らく気のせいだろうとその予感を振り払うと、火炙りが全く(こた)えていない様子の青年に声をかけた。

 

「で、お前はどうしてあんなことになってたんだ」

「なんでって、現地の方々と普通にお喋りしてただけだぜ? そしたら急にキレて“こう”ってワケ。

 全く、この島の連中揃ってカルシウム不足なんじゃねェの?ギャンギャン吠えねぇで、犬なら犬らしく骨でもしゃぶってりゃいいのによ。アハ、ッヒ、アッハハハハハ!!」

 

 ……あー、なるほど。

 青年が火炙りにされていた理由を瞬時に理解したレイリーは、青年を助けてしまったことをすぐに後悔した。

 要はこの男、ここの島民を煽りに煽って、火炙りにしようとするまでブチ切れさせたのである。

 つまり、関わってはいけない類いの人間。

 

「おいロジャー、行くぞ」

 

 何かと問題児たちの尻拭いをすることが多いレイリーが脳内で喧しく鳴り響く問題児センサーに従ってそうロジャーに耳打ちしたが、レイリーはすっかり失念していた。

 

 その問題児たちを仲間にすると決めたのは、目の前の男なのだということを。

 

「お前おもしれェな!おれの仲間になれ!!」

「「……はぁ?」」

 

 レイリーと青年の困惑した声はとんでもなく綺麗にハモった。

 青年からしてもレイリーからしても、「はぁ?」としか言いようのない提案だったのである。

 冷静に考えて、一体どこの誰が火炙りにされるまで誰かを小馬鹿にして反省しない煽りカスを仲間にしようと思うのか。

 

 ロジャーのとんでもない言葉に焦ったレイリーは、しかしこういう時のロジャーはどう足掻いても説得出来ないことを身を持って知っていた。

 が故に、何を言うべきか一瞬悩んだ。悩んでしまった。

 

 そうしてその一瞬で我に返ったらしい青年が、先に口を開いてしまったのだ。

 

「さっきの状況見て俺のこと勧誘するとか……!!……っふ、ぶふ、ぶはははははははは!!!」

 

 青年は笑った。

 愉快そうに、楽しそうに、どこか嬉しそうに大きな声で笑って、笑って、笑って。

 それから漸く笑いが落ち着いた頃。

 

「あー笑った笑った……。

 ────あ、仲間だっけ?いいぜ」

 

 久々にこんなに笑わせてもらったしな。なんて続けられた言葉を聞いたレイリーは、今の状況を何とか理解して、飲み込んで、それからもう何ともならないことを理解して、とりあえずロジャーを殴った。

 

 

□■□

 

 

 それからは(主にレイリーが)もう大変だった。

 ロジャーに誘われ仲間となったウルスという青年は、とにもかくにも恨みを買いやすかったのだ。

 

 ぶつかってもいないチンピラに絡まれそれを煽り倒して事を大きくするだけならまだマシなもので、酷い時はその島の裏社会を牛耳っている大物にまでとんでもなく憎まれるというのだからまったくもって意味が分からない。

 レイリーは彼が問題を起こす度に「どこであんな厄介事を拾ってきたのか」と問いかけたが、ウルスの答えはいつだって同じで。

 

「いやァ、心当たりがねェんだよな〜」

 

 そんな風にニタニタと、明らかに何か知っている顔でそう答えるものだから、レイリーはその度に彼の脛を蹴り、その度に彼は笑みを崩し悶え苦しんだ。

 ウルスは何度も下船禁止令を出されたし、禁止令が解除される度に問題を起こしては、また下船禁止令を出されての繰り返しだった。

 

 では船員としての態度はというと、意外なことに彼は己に課された仕事に対してはごくごく真面目な態度で臨んでいた。

 その上まぁ随分と器用なもので、戦闘に料理に怪我の処置、果ては軽いものであれば船の修理まで卒なくこなして見せたのだ。

 ウルスの持つ知識や器用さには常日頃迷惑をかけられているレイリーですら舌を巻く程であったが、そんなウルスにもやはりというか何というか……いや言うまでもないのだが苦手な分野はあった。

 

 ──交渉だ。

 理由はお察しである。

 

 交渉しているのがウルスでなくとも、相手が民間人であろうとも、その場にいるだけで(本人曰く)うっかり(笑)煽ってしまうというのだから全く洒落にならない。

 当然、二、三度繰り返した所で何かしらの交渉を行う際はウルスは部屋に押し込まれるようになった。

 

 さてそんなある日、ウルスがいつも通りにやらかした。

 チンピラに絡まれ問題を起こし、その裏にいる大物にキレられ、果てはその大物と内密に繋がっていた島の王国の権力者にまでブチギレられたのである。

 

 ある程度の負傷は避けられなかったものの、幸いロジャー海賊団の内誰一人として欠けずにその問題は解決することが出来た。

 ロジャー海賊団の面々もその権力者のことは気に食わなかったし、ウルスが面倒事ホイホイなのはいつものこと。その上その権力者が国そのものを揺るがす悪巧みをしていたことが判明し、王族たちからは歓待される始末なのだから、ウルスを責めるような船員などいる筈もなかった。

 だというのに、王城内で戦闘の疲れを癒やしていた最中。

 

 当のウルスが、ロジャーに笑顔で告げた。

 

「俺さぁ、こんだけ問題起こしたらそろそろ船降りた方が良いんじゃねェかなって思うんだよね!」

 

 ──は???

 

 その場にいた船員たちは揃って、コイツは何を言っているんだとポカンと口を開けた。

 確かにトラブルメーカーで面倒事ホイホイなだけでなく煽りカスだし腹の立つ男でもあるが、そんな悪いところしかない人間が船に居続けられる訳がないのである。

 

 航海とはつまりこれ以上ない程のチームプレイであり、不和は死を呼び寄せるだけだ。

 いくら船長の決定であろうと、不和を招く人間を単なる我儘で船に置いたならば一部の船員は船を降りていたかもしれないし、その前に乱闘が起きていた可能性だってある。

 

 だというのに船員たちが彼を仲間として認めていたのは、彼という存在がそんな悪いところしかない人間ではなかったためなのだ。

 煽りながらも丁寧に治療してくれたり、こっそりと仲間をサポートしたり、夜食を作っておいてくれたり、早朝から船の掃除をしたり。

 そういった部分を見ていた仲間たちは、男がただのイカれた人間でないことも、実は仲間のことを大切に思っているのも知っていた。

 

 ……というのに。

 

 一体その発言はどういうことなのかと誰かが声を上げる前に、ロジャーがウルスをぶん殴っていて。

 

「……もっぺんぶん殴られたくなかったら、頭冷やしてこい」

 

 殴り飛ばされたウルスは珍しく激怒していたロジャーにひどく驚いた様子で、いつものニマニマとした表情を忘れたような、混乱した顔でよたよたと何処かへと出ていった。

 

 

 □■□

 

 

 追いかけた先にいたウルスは、ベランダから空を眺めていた。

 その表情はいつもの人を食ったようなものとは大違いで、ただ何か、届かないものを見るような色が滲んでいる。

 ウルス、と声をかけようとしたところで、先に口を開いたのはウルスの方だった。

 

「これは荒唐無稽な独り言だ。

 ……だからもし誰かの耳に入っても、気にしないでいてほしい」

 

 ウルスの真剣な声を聞いたのはそれが初めてで。

 思わず開きかけた口を閉じると、ウルスは淡々と、他人事みたいに、話しはじめた。

 

 

 □■□

 

 

 無垢で、愚かな男がいた。

 平和な国に生まれ、当然のように愛を享受し、自由の為の不自由に疑問を抱かず、それを普通だと認識して生きていた男。

 

 男は人の悪意を知りながら、それ以上に、人の善性を信じ……それが許される世界だと、ただ何となく信じて生きていた。

 

 でも、分かるだろ?

 無知も無垢も愚か者の象徴だ。

 そんなものをぶら下げて生きていたらどうなるかなんて、今思えば考えるまでもなかったのにさ。

 

 猫が、いなくなったんだと。

 そう言われたから、きっと不安だろうって思って、疑うこともせずに知らない男についていった。

 ……自分は男だから大丈夫だろうっていう、無意識の慢心があったんだろうな。

 

 この辺りでいなくなったんだって連れて行かれた路地裏で、抵抗する間もなく後ろから頭をガツンだ。

 恨みでも憎しみでもなく、「殺したいから」「誰でも良かったから」って理由だったんだと。

 

 バカだよなァ。

 あぁ。うん、バカだ。

 だから、悪意の食い物にされて死んだ。

 

 だが本当の笑い話はここからさ。

 

 一柱(ひとり)の“神”とやらが、そんな愚かな男の死に様を見ていたんだそうでな。

 騙されて殺されたにも関わらず死に際まで憎しみを抱かなかった男を見た“神”は、男を見て思ったそうだ。

 

 ──あぁ、なんと哀れな生命か──

 

 “ソレ”は“憎悪”を司る神だった。

 だからこそ、憎悪を抱かなかった俺を見て、らしくもなく同情した。

 

 ッハハ、こんな馬鹿な話があるか?

 平和に生きてきた男には突如眼前に現れた“死”に誰かを憎むような余裕もなくて、ただ死にたくないと“何か”に縋ることしかできなかっただけだってのに!

 

 ……だが結果、神は男に力を与えた。

 

 タイミングも、悪かったんだろうな。

 

 ちょうどその神とは違うどこぞの神が『受けた愛情をポイントに変換して特典を与える』なんてフザけた制度を試してみたところだったんだと。

 だが“アレ”はあくまでも“憎悪”を司る神だ。いくら愛情を集めたところで、それを力には変えられない。

 

 ……だったらまぁ簡単な話で、“アレ”に使えるものをポイントに変えることにするわけだ。

 “アレ”にとっては、それが“憎悪”だった。

 

 だから集めた憎悪を力に変えられる制度を導入した上で、愚かな男は転生させられた。

 

 だが“アレ”も考えた。人間は──特に俺みたいな平々凡々な男は、ただ生きてそれほどに恨まれることはない。

 

 

 ──そういうわけで、お前を他人に恨まれやすい体質にしておいた。

 騙されやすいお前が人間の本性を見抜きやすくなって、一石二鳥だろう?──

 

 ──殺されても死なないようにしておいたから、安心して恨まれると良い──

 

 

 ……笑えるよ。

 

 自分の感情が捻じ曲げられて周りに伝わる息苦しさが。

 自分が発した言葉が、表情が、他人の神経を逆撫でするものに自動変換される虚無感が。

 怨恨と悪意と殺意を浴び続けることへの恐怖が。

 死にたくとも死ねず、その“憎悪”が数値化される絶望が。

 

 神を名乗る“アレ”には、理解できなかったワケだ。

 

 

 だが何度も死ぬ内に分かったこともある。

 

 まず、ポイントは交換制であること。そしてその景品の中には『死者蘇生』から……『俺の死の権利』まで含まれる。

 因みに一回死ぬまでに得られるポイントが平均で千ポイントくらい。俺の死の権利のお値段は大体百万ポイントくらいだな。アハハ。

 

 次に分かったのは、強い憎悪を向けられながら死ぬと大量にポイントが手に入ること。……ハ、所謂ボーナスポイントってやつだな。

 

 それから、俺の蘇生は“アレ”の信者によって行われること。

 しかも、そいつもその為に不死にさせられてるんだぜ?

 それを『それが神の意向なら』って何の疑問も抱かず受け入れてんだから、おっそろしい話だよなぁ。

 

 

 ……そうやって。死ぬために、数え切れない憎悪を浴びた。

 嫌悪を、拒絶を、悪意を、怒りを、浴び続けた。

 

 なぁ、初めて誰かを殺すときの人間の表情を知ってるか?

 あれは…………あァ、最悪だよ。

 

 特に、目がダメだ。

 暗く濁って、淀んで、人間ではないものを見る色をしていて……。

 

 それでも死にたくて、終わりたくて、死ぬために死ぬことを繰り返して…………その目を、何十回見た頃だろうな。

 

 昔俺を殺した人間に顔を見られちまって。

 

 

『ヒッ! っなんで──バケモノ……ッ!!』

 

 

 ……一番最初に、俺を殺したやつだった。

 仲良くなりたくて、言葉に気をつけようとして、……でもダメだった時の、いいやつだった。

 

 そいつの言葉を聞いてさ、やっと理解したんだよ。

 

 

 ──そっか。

 俺、もうとっくに、人間じゃなくなってたんだなぁ……。

 

 

 憎悪されるためだけに現れて、何度殺しても死なない存在なんて……誰かと対面してたら涙も出せない存在なんて、とても人間とは呼べないだろう?

 

 

 ……そこからはいくらか気分が楽だった。

 

 俺は害獣。相手はそれを駆除する係。

 

 人間が人間を殺す姿をただ見続けるより、そう思い込んだ方がまだマシってもンだろ。

 

 

 何度も死んだ。何度も殺された。

 

 心ってものはよくできててさ。

 一度諦めがつけば、段々と痛みを感じる部分も壊れていって。

 

 

 ──お前らに出会ったのは、そんな頃だ。

 

 事情があってな。一方的に顔は知ってたんだが……まぁ正直、どうでも良かった。

 どうせ仲良くなることもない相手だ。情に意味なんて無い。

 

 ……そう思ってたのに、ふと考えちまった。

 お前らならもしかして……俺を、憎まないでいてくれるんじゃねェかって。

 

 駄目で元々の精神で話しかけたら、期待に応えられるどころか勧誘までされちまってさぁ!

 

 ……夢、みたいだった。

 生きてて良かったって、バケモノになってから初めて考えた。

 そしたら欲が出て……お前らと…………お前らと、ずっと────っは。はは……!

 バカは死んでも治らないって、本当だったんだなぁ……!!

 

 自分がバケモノって忘れかけたところで、化けの皮が剥がれだした!

 外に出れば誰かを傷つけて、挙げ句の果てにこうやってみんなを巻き込んで!!

 

 ……怖く、なった。

 

 あんだけ憎まれて、あんだけ殺されて……慣れた筈だった。

 バケモノはバケモノらしく、憎しみに適応できた筈だった。

 

 けど、ダメなんだ。ダメになっちまったんだ。

 

 お前らといると、慣れた痛みが、壊れた部分が戻ってくる。

 失くした筈の“人間(かんじょう)”が、息を吹き返してもいいんだと勘違いしやがる。

 

 ……ポイントが増えるのが怖い。

 俺を見る目の温度が変わるのが怖い。

 

 ……っ俺は……みんなに憎まれるのが、怖くなった……!

 

 

 ……だから。

 だからもう、いいんだ。

 思い出だけで、もう、満足だから。お願いだから。

 

 …………幸せなままで…………痛みになる前に、早く、終わらせてくれ……!!

 

 

□■□

 

 

 俺は語った。

 荒唐無稽で信じられないような、フザけた話だと言われても仕方のない話を、語り終えた。

 

 誰かに対しての発言が全て憎悪を煽るものに変換されるのならばと、終始背を向けて“独り言”の体で話をしてはみたが……これでも、上手く話せたかは分からない。

 

 自分が大丈夫だと思っても相手の憎悪が煽られていたことなどこれまで何度だってあった。そうやって、何度だって傷付けた。

 

 と、不意に「ウルス」と俺の名を呼ぶ声がした。

 

 ──我らが船長の声だ。

 

 驚いて後ろを振り返ると、いつの間にか全員が集まってきていて。

 

「アッハハ。どうした船長、似合いもしねェ神妙な(ツラ)しちまって。

 ……あァ、漸く自分が拾ったもンがとんでもねェ疫病神って気づいたか?

 ダイジョーブダイジョーブ、俺ァ優しいからよ。今ならまだクーリングオフ受け付けて──」

「──歯ァ食いしばれ」

「っ!!!?」

 

 と、反応する暇もなく俺はまたも船長に殴り飛ばされた。

 

 いや、確かに船長は言った。

 『もっぺんぶん殴られたくなかったら、頭冷やしてこい』と言って俺を見送った。

 つまり頭が冷えていないと判断したということなのだろうけれども、まさか本当にもう一度殴るつもりだったとは。

 

 痛みでぐわんぐわんと揺れる頭をどうにか動かして船長の方を見ると、そんな俺を船長は静かに睨みつけた。

 

「おれたちを信じられねェ言い訳は、それだけか」

 

 ……“それだけ”……?

 おれにとって、“お前たちに恨まれるだけ”のことがどれだけ恐ろしいことか……!!

 

「……っはは、お前にとっちゃ“それだけ”かもしれねェがなァ……!」

 

 思わず声を荒げかける俺に、相も変わらず落ち着いたままの声色で船長がまた口を開く。

 

「てめェの船長は誰だ」

「──は、」

 

 何を、突然。

 

 そう問いかける前に、船長は問いを重ねる。

 

「答えろ、ウルス。

 てめェの船長は、誰だ」

 

 虚を衝かれたせいで毒気を抜かれた俺は、質問の意図を理解することもできないまま、ただ答えた。

 

「……俺の船長は、アンタだよ。

 ゴール・D・ロジャーだ」

「あァ、そうだな。

 そんでもってお前の仲間は、そのおれが選んだ最高のクルー達だ」

「? さっきから、何を──」

 

「信じる理由なんざ、それだけで充分だろ」

 

 当たり前のように告げられた言葉に、俺は今度こそ言葉を失った。

 何も、言えなかった。

 

「化けの皮が剥がれるってんなら、剥がれた部分は全部おれ達が拾ってやる」

 

「迷惑をかけるってんなら、いくらでもかけられてやる」

 

「誰かがお前を憎んだなら、ぶん殴ってでもそいつの目を覚まさせてやる」

 

「お前が泣けねェってんなら、おれ達がお前の分まで泣いてやる」

 

 

「────それが、仲間だろうが」

「!!」

 

 

 周りのクルー全員が、同意を示すようにふっと表情をやわらげる。

 

 ……あぁ、残酷だ。

 その言葉一つで、信じたくなってしまう。

 願いを、浅ましい願望を、抱きたくなってしまう。

 

「第一、なァ〜にが『終わらせてくれ』だ!

 お前の本当に言いたいことは、それじゃねェだろうが!!」

「……本当に言いたいこと、なんて……」

 

 何も無いと、即答できればよかったのに。

 『終わらせてほしい』というのが俺の唯一で最大の願いだと、言ってしまえたらよかったのに。

 

 それができなかったから。眩しいまでの輝きに目が眩んで、拒絶すらできなくなってしまった愚かな人間(おれ)は────。

 

 

「捻じ曲げられても変換されても、ここにてめェの真意を間違えるヤツなんざいねェ!!

 だから言え、ウルス!!!」

 

 

 憎しみなんて知らないような、あたたかい感情ばかりを詰め込んだ声で、俺の名前を叫ぶから。

 自分がバケモノではないと信じたい愚か者に、手を差し伸べてきたから。

 

 

 

「……おれは。…………俺、は……!」

 

 

 

 信じたいと思った。

 信じようと思った。

 

 彼らなら俺を人間にしてくれると、希望を抱きたくなったから。

 差し伸べられた手を、掴みたくなったから。

 

 だから。

 この声だけは。

 この言葉だけは。

 この感情だけは。

 どうか、捻じ曲げられずに──。

 

 祈りと共に。覚悟と共に。願いと共に。

 

 心の底から、言葉を吐き出した。

 

 

「お前たちと、ずっと……いっしょに、いたい……!!!」

 

 

「────おう!

 頼まれなくてもいてやらァ!!」

 

 

 どれだけ感情が動いても涙は出ないけれど。

 煽るように口角は上がってしまうけれど。

 

 それでもみんなは俺の涙に気づいて、全員で泣きながら俺を抱きしめてくれた。

 

 

□■□

 

 

 それからはもう大変だった。

 

「一度できたなら希望はある」

「そもそも殴られた時は痛そうな顔をできるんだからイケる」

 

 そんなトンデモ理論で、とうに諦めていた煽りグセの矯正が開始されたのだ。

 ……いやもう、本当に大変だった。

 

 具体的には煽る度に副船長のビンタが飛んでくる。どこにいてもビンタされる。しかも割と本気でやってくんだあの人。

 お陰で一時期は顔中しもやけみたいな状態だったが、一年が経つ頃には、ごく稀にではあるが、煽ることなく言葉を伝えられるようになって。

 

 矯正を始めてから初めて煽らずに喋れたときは、やっぱりみんな俺の分まで泣いて喜んでくれた。

 

 それからまた一年が過ぎる頃には八割以上の確率で真っ当な会話ができるようになって、誰よりも喜んでくれた船長の告げた言葉がこれである。

 

「よし、次は顔行くか!」

 

 一瞬表情が失われたのが自分でも分かったが、それを見て「お、その顔できるならイケるな!」と更にやる気になったので本当に良くない。

 思わず副船長の方に視線だけで助けを求めたが、「安心しろ、旅は長いぞ」と笑顔で一蹴された。

 

 因みにツラさはこちらの矯正の方が格段に上だった。

 煽り顔でビンタが飛んでくるのはまだいい。この頃には度重なるビンタのお陰で武装色がかなり強化されていたので──副船長はそれ以上の武装色を纏って殴ってきたから普通に痛かったが──感謝すらしている。

 

 だが「感情と表情のズレを自分でしっかり認識しなければ、直るものも直せんだろう」という副船長の考えにより、俺はかなりの時間鏡と向き合うことになったのである。

 

 何を話すときも鏡鏡鏡。

 感情と解離した自分の表情は本当に嫌いだったし、そうでなくとも、ナルシストでもないのに何の面白みもない自分の顔面を見続けるというのは拷問に近い。

 

 その上四六時中俺に鏡を持たせるだけでは飽き足らず船員も全員が話す時鏡を向けてくるのだから本当に、頭がおかしくなるかと思った。

 

 でも皆が本当に俺のことを考えてやってくれているのが分かったから。

 そんな優しい皆に何の努力もしないままで迷惑をかけ続けるくらいならばと必死に鏡生活に耐えていた、ある日のこと。

 

「ぶっはは!なァに言ってんだお前!」

 

 船員──タロウとの雑談の最中、不意に船員全員がバッとこちらを見てきて、俺は思わず一瞬固まってしまった。

 

「……どうした?」

「い、いいい、……いま、おまえ、めちゃくちゃ、なかった……」

「は? 何がだよ」

「笑顔が、めちゃくちゃ屈託のない、笑顔だった……!!」

 

 『煽るような表情にならないこと』を目標として掲げていたところで素の表情を出せたのだから、そこからはもう、胴上げだ。

 当然宴もやったし船はお祭り騒ぎ。

 一日ビンタの免除までされて……本当に嬉しかった。

 

 そうして俺の煽りグセ矯正の開始から五年が過ぎ、うっかり煽るようなことがほぼほぼなくなった頃。デカい戦闘での勝利を祝って宴を開いた時のことだ。

 

「おうウルスぅ!呑んでるかァ〜?」

「呑んでる呑んでる。船長は……訊くまでもなさそうだな」

「だァっはっは!! 折角の宴だ、呑まなきゃ嘘ってモンだろう!!」

「マ、それもそうか」

 

 元々宴が──いや、どんちゃん騒ぎの好きな船長だが、今は勝利の高揚も相まって、気持ちよく呑んで気分良く酔いたい時だろう。

 だがそれは俺も同様で、ふわふわとする頭で酒を更に口に注ぎ込み、ゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ、船長。…………ありがとな」

「! ……礼を言われるようなこたァ、何もしてねェよ」

「いや、言わせてくれ。

 こうやって普通に話せるようになったことやら、まともに礼を言えるようになったことやらも勿論だが……。…………あの日、俺を仲間に誘ってくれて、本当にありがとう」

「わはは、それこそ礼を言われる筋合いはねェ!

 おれが誘いたくて誘っただけだし、何よりあの時お前が頷かなけりゃァこうやって一緒にいられなかっただろうしなァ」

「……あんたのそういうとこに、どれだけ救われてきたか。

 本当、地獄みたいな日々だった。それが今じゃ天国みたいな毎日だってンだから、あんたの……あんたたちのお陰だよ」

 

 伝えたいことを伝えられる有り難みを改めて噛み締めながらもそう伝えると、船長はこちらを見て穏やかに微笑む。

 

「それじゃあ、おれからも礼を言わにゃァならんな」

「?」

「──おれの仲間になってくれて、ありがとな!」

「!!」

「お前が欠けても、誰が欠けても、この旅はきっとこんなに楽しいものにはならなかった!

 お前たちがいるから、今日もこんなに酒が美味い!」

 

 

 ──この疫病神!

 ──お前がいなければ……!

 ──殺してやる……!殺してやる!!

 ──お前なんて、死んで当然なんだ!!

 

 

「だから、ありがとよ」

 

 

 ──ヒッ! っなんで──バケモノ……ッ!!

 

 

「お前に出会えてよかった!」

 

 

 ……何かを言おうとして、だけど言葉が出てこなくて。

 

「…………あ? ………………あッ!!!!!?」

 

 俺が何かを言う前に、船長が目を見開いて驚いたような顔で声をあげる。

 それがあんまりにも大きな声だったから他の船員たちも反射的にこちらを向いて、しかしそのまま船長と同じように目を見開いて大声をあげて、それからこちらへと走ってきて、皆で俺をもみくしゃにした。

 

「お前ら、何を」

「バッカお前バカ!!!お前っ、お゙ま゙え゙〜〜〜ッッ!!!」

 

 答える前に泣き出したタロウに呆気に取られていると、泣きながらもタロウから向けられた鏡を見て、今度は俺が皆と同様に目を見開いた。

 

「………………なみ、だ?」

「泣いでん゙だよお゙ま゙え゙〜〜!!!」

「よ゙がっだ……ほんどに、よがっだな゙〜〜……!!」

「バカヤロウお前ら、そんなガキみたいに泣く海賊がある゙か!!」

「副゙船゙長゙もな゙いでる゙ぐぜに゙!!!」

 

 俺も皆も、赤子みたいにわんわん泣いた。

 これまで出せなかった分の涙を出し切るみたいに、止まらない涙を垂れ流して、皆で大声を出しながら泣いていた。

 

 今が人生の絶頂だと、俺は信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────それから数年。

 船長の病気が発覚したのは、突然のことだった。

 

 

□■□

 

 

 知っていた。忘れていたわけじゃない。

 俺は『ONE PIECE』という漫画を知っていたのだから、いつかこんな日が来るということも知ってはいた。

 

 ……だが心のどこかでどうにかなるという期待を持っていたことも、船長はいつまでも元気なような気がしていたのも確かで。

 

 楽観していたのだ。

 どうにもならないと思っていた自分のことが解決したから、きっと船長も大丈夫だと。

 俺が救われて、船長みたいな人が救われない筈がないと、心のどこかで楽天的な思考を持っていた。

 

 でも、駄目だった。

 どれだけの島を巡って、微かな希望に手を伸ばして、足掻いて足掻いて足掻いても、船長の病気は治る兆しを見せなくて。

 

 ──一番最初に諦めたのは、船長だった。

 

 

「まぁ、治らねェなら仕方ねェ。

 幸い、クロッカスのお陰でタイムリミットも分かったしな」

 

 

 そう言って笑う船長に、当然俺も他の船員も、最初は反対した。

 ギリギリまで足掻くべきだと、治療法を探すべきだと進言した。

 

 けれど、そんな言葉に船長が頷くことはなくて。

 

「頼む。おれは、お前らと最果てに行きてェんだ」

 

 そんなことを告げる船長の表情には、死への恐怖や悲観など微塵も見られなかったから。

 ただ心の底から、俺達との冒険を望む目をしていたから。

 

 こういう目をした船長は何を言っても聞かないことは皆知っていたから、結局折れるのは皆の方だった。

 

 

 でも。それでも俺は諦められなくて。

 

 俺を散々苦しめた『憎しみポイント』ならばと、血眼になってショップを見た。

 最初に思いついたのは『死者蘇生』だったが、それにはポイントを百万も使うし、何より一度船長が死ぬ必要が出てきてしまう。

 

 ならば万能薬の類いはないのかと確認をして……あるにはあった。購入もできる値段だ。

 でも説明欄の但し書きを見てしまったら、俺は絶望することしかできなかった。

 

 

『※この世界にとってゴール・D・ロジャーの死は必須であるため、ゴール・D・ロジャーの病気だけは治すことができません。』

 

 

 ──なんだ、それ。

 

 あの人の死で。あんな優しい人の死で成り立つ世界なんて、そんな“運命”なんて馬鹿げている。

 

 必ず何か他に方法がある筈だと何日も何日もショップを探すが、希望だと思いかけた悉くを“運命”が突き放して。

 

 

 そんなことをしている内に航路は医者ではなく最果てを探すものへと変わってしまったから、俺はまずどうにか船長を説得しようと自分が不寝番の日の夜に船長室を尋ねた。

 

 自分を諦めていた俺を船長が説得した日のように、俺も、冒険の為に命を諦めた船長を説得できるんじゃないか、なんて考えたのだ。

 

 けど船長は、俺の頼みを聞いてはくれなかった。

 「あと少しで良いんだ」と、「生きるのを諦めないでくれ」とどれだけ懇願しても首を縦には振らなくて、挙げ句の果てには「生きるために治療を諦めるんだ」なんて言って笑う。

 

 船長は治るか分からない病気の治療法を探すことではなく、俺達との冒険を優先すると決めたのだ。

 船長にとっての『出番』を逃さない為に、自らの死ではなく生と向き合うことを決めたのだ。

 ……そんなこと、言われなくても分かってる。

 

 理解していて、それでも受け入れられないからこうして説得しているというのに。

 

 もどかしくて、どうしようもなくて、俺は船長の胸ぐらを掴み上げた。

 

「っあんたが……! あんたがッ、俺を“人間”にしたんだろうが!!

 俺はとっくに諦めてたのに!! その諦めを()めたのは他でもないあんたなのに!!

 ……なのに、なのにどうしてそのあんたが、そうやって……!!」

 

 怒鳴りながらも泣きそうになって、言葉をつまらせる。

 

 幼稚な真似をしていることも、船長を困らせていることも、分かっていた。

 

 ──あぁクソ、嫌になる。

 

 あんたが俺を“人間”にしなければ。“化物”のままでいさせてくれたなら、あんたの前だけでも笑っていられたのに。

 こんな風に駄々を捏ねることもできないまま、「老い先短ェんだから楽しい旅にしなきゃな」なんて軽口を叩いていられたのに。

 

 治療法を示すこともできずに駄々を捏ねて、船長に貰った“人間”の部分で船長を困らせるだけの自分の、なんと不様なことか。

 

 自分の不甲斐無さから湧いて出る涙を堪らえようと歯を食いしばる俺に、しかし船長は笑った。

 病気なんてないみたいに、自分の余命なんて知らないみたいに、いつも通り、からからと笑った。

 

「わっはは!!

 黙って聞いてりゃァ、バカなこと言いやがる!」

 

 船長が告げた『バカなこと』という言葉に、俺はぎゅっと拳を握りしめた。

 見習い二人ですら我慢して呑み込んだことを大人の俺が受け入れられないでいるのだ。

 ガキ臭いと笑い飛ばされても仕方がないと思っていた。のに。

 

 

「──お前は最初っからずっと、人間だったさ」

 

「……!!」

 

 

 当たり前みたいにそう言って、穏やかに微笑むから。

 

 堪らえようとしていた涙が抵抗のしようもないままボロボロと溢れ出して、俺は船長にしがみついて服に顔を埋めた。

 船長の服なんて、ベトベトになってしまえばいいとすら思った。

 

「せんちょう……」

「おう」

「…………しぬならせめて……おれも、つれてってくれよ……」

 

 死にたいからそう言ったわけじゃない。

 ただ、ただ。船長の死で始まる世界なんて、何の楽しみも無いと思ったから。

 

 けれど船長はまたからからと笑って、子どもにするみたいに俺の頭を撫でてきて。

 

「わはは、ばァか。

 おれだけは絶対に、お前を殺してやらねェよ」

 

 あぁ。もう、本当に。

 ズルくて、温かくて────とびきり、残酷だ。

 

 

□■□

 

 

 そして死刑執行の日。

 

 俺はロジャー船長を、殺した。

 

 

□■□

 

 

「──ロジャーの死体が消えた!?」

「は、はい。処刑執行人が回収し、海軍の定めた場所へと埋葬する手筈だったのですが……」

「それで死体が消えるなど、そんな間抜けな話があるか!!」

「手配書を出しますか?」

「……ロジャーにまんまとしてやられて、その上死体まで行方不明と世間に知られれば政府の面子は丸潰れだ。

 このことについては、何があっても外部に漏らすんじゃない。いいな」

 

 

□■□

 

 

 船長を、殺した。

 そうするしかなかった。

 

 俺の手持ちの『憎しみポイント』ではどう頑張ったって船長をすぐに蘇生させることはできなかったからだ。

 けれど、条件を揃えれば話は別で。

 

 船長の病気を治すアイテムがないかと血眼になって探したショップに、『死神の鎌』というアイテムがあったのである。

 これは使用者の意思次第で時と場合に応じて形を変えられるのだが、特筆すべき能力はそれではない。

 

 これで殺した相手は、蘇生にかかるポイントが四分の一にまで減少するのだ。

 

 それならばすぐに船長を蘇生させることができるから、だから殺した。

 隙を見て処刑執行人とすり替わって、もう一人の執行人を覇王色の覇気で気絶させて、俺一人の手で、船長の首を落とした。

 

「ゔ、ぇ゙……っ」

 

 あの瞬間の肉と骨を斬る感触が、吹き出した血の温度が不意に蘇ってきて、胃液がせり上がってくる。

 しかし必死にそれを抑え込んで、浅くなる呼吸をどうにか整えた俺は、重苦しい金属音をたてて、剣の──船長の首を落とした剣の柄頭にぶら下がった鳥籠の中を見た。

 

 ふわふわと浮かびながらも薄っすらと光を放つそれは、ショップの説明欄にあった内容が真実ならば船長の魂である筈だ。

 

「……蘇生、させないと……」

 

 ラノベかと言いたくなるような、俺にしか視認できないメニューウィンドウを操作する。

 何を行いますか、誰を蘇生させますか、なんて機械的な問いに応じた選択肢を選んで、選んで、選んで。

 

『“ゴール・D・ロジャー”を蘇生させますか?』

 

 最後だろう選択肢に迷いなく『はい』を選択した、瞬間。

 

「は?」

 

 ブーッ、なんてブザーの音と共に、意味の分からないメッセージが表示されて。

 

 

『ゴール・D・ロジャーは死を必須とみなされた存在であるため、蘇生には通常の四倍のポイントが必要です。』

 

 

「…………は、はは……ッ」

 

 笑うしかなかった。

 この世界にとってあの人の生存というものは、本当に受け入れ難いものであるらしい。

 

 

 ……なら。もう、いい。

 

 諦めよう。

 受け入れよう。

 

 そんなにもあの人の生存に条件をつけたがるのならば、俺にその条件を破壊する力がないというのなら、提示される全てに従おう。

 

 たった百万ポイント。

 それでまた、あの人に会えるなら!

 

 いくらだって恨まれよう!

 何度だって殺されよう!

 

 嫌悪を、拒絶を、悪意を、怒りを、愛しいもののように呑み下して見せよう!!

 

 

 ──だから。

 

 

「……“人間”の(あんたにもらった)俺は、あんたが預かっといてくれ」

 

 

 鳥籠に額をあてて、俺は静かに呟いた。

 

 

 

 

 ……ぶはは。

 こんなこと頼んだら、またぶん殴られちまうかなぁ。

 

 

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