※今回の話で飲酒描写がありますが、本作は飲酒を勧めるものではありません。また、未成年の飲酒は犯罪です。
未成年飲酒、ダメ、絶対。
月「いつまでもイチャイチャしとらんではよ寝れ!」
〜追記〜
今回の話において、フレンチキスという言葉を誤用してしまっていました。
誤字修正報告をしてくださった方、本当にありがとうございます。
チン、と甲高い音を立てたグラスを煽る。
…まぁ、私のグラスの中身はただの緑茶なんだけど。
彼の方はウィスキーを飲んでいる。
ぎゅっと目を瞑ってしっかりと味わっている様子だった。
「ハァ〜…。美味いなぁ」
本当に、美味しそうに飲んでいる。
そんな反応をされたら、私も少し気になるかも。
「そんなに美味しいの?」
「最初飲み始めた時はあんまりだったんだけどね。今は、これが一番かな」
「ふーん…」
こういうものはゆっくりと飲むものだと思っていたのだけど、彼は物凄い勢いであっという間にグラスを空にしてしまった。
「飲む?」
「そうだねぇ…飲もうかな」
再び、アラタのグラスにウィスキーを注ぐ。今度は、さっきよりも気持ち多めに。
それなりの量の酒を少し眺めたと思ったら、またグラスを傾けた。そうして置かれたグラスの中身は、半分程度まで減っていた。
「皆こんな感じで飲むの?」
「いやぁ?他の人はもっとゆっくりなんじゃないかなぁ…」
そう言ってニコニコとしているアラタ。
なんだか彼の目が少しとろんとしている気がする。笑顔も、いつもよりふにゃふにゃで可愛い。
これも、初めて見る彼の表情だ。
「そういえば、彼女が出来たことないって言ってたけど」
「うぇ…その話するの?」
露骨に嫌そうな顔をされた。
でも、私は気になる。
どうしてこんなにも優しくて、かっこよくて、可愛い彼に女の人が寄り付かなかったのか。
「気になる…じゃ、だめ?」
「まぁ、別に良いけど…そんな大した理由じゃないよ。ただ、高校を途中で辞めたからそういう出会いが無かったってだけ。他校との交流会も参加出来なかったし」
その話は知っている。でも、それだけでは理由として弱い気がする。
「お店やってたらお客さんも来るんじゃない?それに、中学生でだってそういうことくらいあると思うけど」
「いやぁ、仕事は仕事だからねぇ。お客さんのことをそういう目では見ないかな。中学は…どうなんだろ?高校も含めてだけど、よく友達からは朴念仁だなんて言われてたけどねぇ…」
それって要は、彼が女子からのアプローチに気付いてなかっただけなんじゃ…?
頭の痛い話だ。だって、私も身に覚えがあり過ぎる。
どんなことをしても、全然意識している様子のない彼が。
いや、最近はそんなことなかった気もするけど。
そう、最近は段々私のことを意識してきてくれてる感触がある。
確証は持てないけど、なんだかそんな気がする。
一人思考の海に沈んでいると彼の方から話しかけてきた。
「カヨコちゃんと飲めるのは、あと二年経ってからだねぇ」
「別に、今飲んでもいいけど」
「だーめぇー。残念なことに、お酒は二十歳になってからってねぇ」
喋り方もいつもより少しおかしい。普段に比べてかなりふわふわとしている。顔も随分と赤くなっている。
…これはもしかして、酔っ払っているのだろうか。
「カヨコちゃーん」
「どうしたの?」
「…なーんでもないよぉ」
だろうか、では無い。間違いなく酔っ払っている。
いつもの彼とは全然違う、全く別のアラタ。でも、嫌な感じは全然しない。寧ろ好ましく感じるくらいだ。
とはいえこのまま放っておいたら多分、明日辺りに彼は後悔するだろう。そして私の前でお酒を飲むことが無くなってしまうかもしれない。
「アラタ、大丈夫?」
「んーん。全っ然、だいじょばないねぇ。いつもはこのくらいじゃ酔わないんだけどなぁ。カヨコちゃんと一緒に居るからかなぁ…?」
それは、一体どういう意味なんだろう。今聞いたら、答えてくれるだろうか。
「水、飲んだ方がいいんじゃない?」
「んー…いや、いいやぁ。酔ってた方が、都合のいいこともあるしねぇ」
そう言いながらも、彼がグラスを煽る手は止まらない。
「カヨコちゃんてさぁ」
「うん」
「彼氏、出来たこと無いんだよね?」
…なんでそんなことを聞いてくるのだろうか。
私が聞いたからその意趣返しなのか、それとも。
「出来たことないよ」
「作ろうとは思わないの?絶対、カヨコちゃんなら引く手数多だと思うけどねぇ」
今、好きな人が目の前にいるのだけど。
そう、直接言えたらどれだけ良かったことか。私にはまだそんな度胸は無い。
でも、もし付き合うならアラタ以外考えられない。
他の有象無象なんてどうでもいい。
私は、彼が良い。
「アラタは、なんで私が彼氏を作らないんだと思う?」
「うーん…そうだなぁ。そもそも興味無いとか?」
確かにそれもあった。アラタと会うまでは、私は恋愛なんて興味が無かった。
「前まではそうだったよ。でも今は違うかな」
「…へぇ。じゃあ、…カヨコちゃんは好きな人が出来たんじゃない?作らないんじゃなくて、その人が好きだから。その人と付き合いたいみたいな」
これくらいは言ってみてもいいかもしれない。
もしかしたら、なんて少しばかりの希望が芽生えた。
「正解」
「………」
ピタリと、彼が止まる。まるで映像を一時停止したかのように。目を見開いて、何かに驚いたかのような顔で。
「…そっか。……そっかぁ……」
それは、私の思い描いた希望とは全く違う反応だった。
とても残念そうに、とても悲しそうに。それでいて、なにかに納得しようとしている感じの。
そんなような声音だった。
「なら、応援させてもらおうかな。なにか相談があったら言ってよ」
無理矢理に作ったかのような笑顔で、私の好きな人はそう言った。
先程までとは違い、顔から赤みが抜けている。
どうして、彼はそんな残酷なことを言うのだろう。
まるで私がアラタじゃない誰かを好きになったかのように、それがさも当然かのように話せるのだろう。
こんなの、朴念仁とかいうレベルじゃない。
私は、こんなにも彼に対してアクションを起こしているというのに。
わざとだ。わざと、分からないふりをしている。もしくは、初めから自分のことを勘定に入れていないかのような、そんな口振り。
「あ、そうなるとあんまり俺と関わるのも良くないかもしれないね。その人に見られたら、変な勘違いされちゃうかも」
なんで彼はそんなに酷いことを言えるのだろう。
私には、あなた以外いないというのに。こんなにも、あなたの事が好きなのに。
どうして。
「でも、寂しくなるなぁ。カヨコちゃんと会う機会も減っていくんだもんねぇ…よぉし!今日は沢山飲んじゃおうかな!」
私はアラタのことが好き。どうしようもないくらいに、好きなの。
だから、そんなこと言わないで。もう会わなくなるだなんて言わないで。そんなこと思いたくない。考えただけで胸が張り裂けそうになる。
もう、吐き出してしまいたい。あなたのことが好きなんだと。
でも私は、その一歩が踏み出せない。最後の、たった一歩が。
もし言ったとして、彼がそれを拒否した時が。それを想像してしまうと、足が竦む。一歩を踏み出す勇気が出ない。
もしそうなってしまったら、それこそ彼との関係はここまでになってしまう。だから、それが怖くて言えない。
その恐怖を吹き飛ばしてくれるような、確証が欲しかった。だから彼にアプローチして、私がアラタのことを好きなんだと気づいて欲しかった。
なんなら、私のことを好きになって欲しかった。気がする程度じゃ足りない。確証が持てるくらいに。
だけど彼は、気付いてくれない。
私の方に振り向いてくれない。
「…ねぇ、カヨコちゃん。カヨコちゃんは、その人のどこが好きになったの?」
顔を伏せて、彼が言う。どんな表情をしているかは分からないけど、声が少しだけ震えていた。
どこが好きになったのか。そんなもの、全部に決まっている。
「…とっても優しい人で」
「うん」
「それに、すごくかっこいい。だけど、たまに可愛い時もあって」
「…うん」
「でも、私がどれだけアピールしても気付いてくれないくらい鈍感で」
「……うん」
「一緒にいるだけで楽しくて、幸せ。そんな人」
この程度では言い足りないくらいに、好きな所が沢山ある。
その優しい声音が好き。
料理が上手な所が好き。
コロコロと変わる表情が好き。
芯が通った所が好き。
お酒や煙草を嗜んでいる大人な姿も好き。
頑張って働いてる姿も好き。
全部、全部が好き。
アラタが顔を上げた。その表情は、さっきよりもずっと、苦しそうで、辛そうだった。
「そっか、すごくいい人なんだね。カヨコちゃんが、その人のことがとっても好きなんだっていうのもよく伝わったよ。…きっと、カヨコちゃんなら上手くいくと思う」
プチンと、何かが切れた音がした。
あぁ、駄目だ。ここで、このままでいたら。それこそずっとこのまんまだ。なんの根拠も無いけど、それだけは分かる。でも、どうしたら。
ふと、グラスの中の琥珀色の液体が目に入った。
「…ねぇ、アラタ」
「どしたの?…っあ!?!?」
彼を呼んで、しっかりと私の方を見させる。
そして彼が飲んでいたグラスを手に取り、その中身を口に含んだ。
…あまり、美味しいとは感じない。味わったことの無い風味が口の中を埋め尽くす。
「ちょっとカヨコちゃん!?飲んじゃダメだよ!?吐き出して!」
彼の言葉を無視して、口の中に含んだものを飲み込んだ。
喉が焼けるような感覚がして、つい顔を顰めてしまった。
どうやら私にはまだ早いみたいだ。
「飲んじゃダメって言ったじゃんか…」
別に酔ったわけでは無いけど、ワザとフラフラと彼の方に向かう。
そのまま彼に撓垂れ掛かった。
「だから言ったのに…ウィスキーは度数が強いんだから、お酒飲んだ事ない人が飲むものじゃないんだよ。そもそもカヨコちゃんは未成年だから、お酒自体ダメなんだけどさ」
力を抜いて彼に身体を預ける。しっかりとした男性の手が、私の身体を支えた。ドクン、と脈が跳ねる。
「お説教は後でするから。とりあえずお茶飲んで」
渡されたグラスの中身を飲み干す。
「大丈夫?立てる?」
アラタが心配そうにそう言う。私はそれに対して首を横に振った。
まぁ、ホントは全然平気なんだけど。
「うーん…横になった方がいいかも。ちょっと失礼するよ」
片方の手を前に、もう片方の手を膝の裏に回され、持ち上げられた。
所謂お姫様抱っこというやつだ。
心臓がかつて無いほどに暴れ回る。顔も段々と熱を帯びてきた。
そのまま私は運ばれて、彼の部屋のベッドに寝かせられた。
月明かりが射し込んで、少し眩しい。
「とりあえずビニール袋と紙袋用意しなくちゃ。あと水と、それから…」
「アラタ」
「大丈、ぶっ!?」
そのまま部屋から立ち去ろうとする彼を呼び止める。
そして手を掴んで、ベッドの中に引きずり込んだ。
「ちょ、ちょっと?カヨコちゃん?」
丁度アラタの顔が私の胸の辺りに来るような感じになった。ちょっと恥ずかしいけど、それ以上の幸福感が全身を支配する。ぎゅっと、彼を抱きしめる。
「あの、離して…?これは流石にマズいよ…?」
どうにかして抜け出そうと藻掻くアラタを、離すまいとさらに強く抱きしめる。
暫くしたら、ぱたりと動かなくなった。だけど彼のヘイローはまだ健在なので、意識を失った訳では無いと思う。
「…ねぇ。私の好きな人、わかった?」
返事は無い。でもきっと、聞いている筈だ。
「これも、アラタにしかしたことない」
「……」
彼は何も言わない。ここまですれば流石に分かると思うけど。
きっと、自信が無いんだと思う。そういう所は、私と一緒だから。
「それにさ。前にも言ったかもしれないけど…嫌だったら、こんなことしないよ」
ぴくりと、彼の身体が少しだけ動いた。
「……カヨコちゃん」
「うん」
「俺さ、分からないんだ。きっとそうなんだろうと思うんだけど…もし、違ったらどうしようって考えたら。どうしても、自信が持てない」
彼の独白を黙って聞く。きっとそれが、必要な事だから。
「今までこんなこと無かったから、こんな気持ちになったことが無いから。怖いんだ。間違えるのが。自分のことを信じるのが。…ここで、終わってしまうのが」
…あぁ、やっぱり。彼と私は似たもの同士なんだな。
抱きしめていた彼を離して、目線を合わせる。怯えや恐怖で今にも泣きそうになっている彼と。
「じゃあさ」
アラタが答えをくれないなら。
「答え合わせ、しよっか」
間違えるのが怖い。
自分の事を信じるのが怖い。
ここで終わってしまうのが怖い。
それなら。
間違えようの無い答えを。
自分の事を信じられる答えを。
ここから始まるんだと思える答えを。
私が彼にあげよう。
彼の両頬に手を添える。包み込むように、優しく、柔らかく。
そうして、顔を近づけて。
私とアラタの唇が、重なり合った。
子供騙しのバードキスでは無い。
愛し合う大人同士がする、ディープキス。
お互いの舌と舌が重なり、混ざりあって。
私と彼の境目が溶けて無くなったのかと錯覚するような。
好きだからする、愛の証明。
私がアラタを好きになったという、その答え。
どれくらいの時間そうしていたかも分からない。
ただ、気付いたら唇は離れていた。
お互いから伸びた糸が、艶めかしく垂れる。
「…これが、私の答えだよ」
私は、これ以上ない答えを出した。
だから今度は、そっちの番。
「アラタの答えも、教えて?」
彼の手が、ゆっくりと私の両頬に添えられる。
段々と、彼が近づいて。
再び、唇が重なり合う。
それは、私がしたことと全く一緒で。
自分の恋を証明する為の行為。
でも、私の答えはもう出ているから。
それは、互いの愛を確かめ合う為の行為。
ーーこれが、貴方の答えなんだね。
良かった。私と同じで。
アラタも、そう思っていてくれたんだ。
愛おしさが、好きという気持ちが溢れ出て。
今まで以上の幸福感が全身を駆け巡る。
しばしの口付けのあと、彼が、離れていく。
「あ…」
それが途方もなく切ない。物足りない。
「…怖がる必要なんて、無かったんだね」
「それはお互い様だよ。私も、ずっと怖かったから」
だけど、お互いの気持ちを知った。
好きなんだと知れたから。
愛しているのだと知れたから。
もう、怖くは無い。
彼が少し照れくさそうにしながら、太陽のような明るい笑顔で笑いかける。
「えーっと…。改めて、これからよろしくね。カヨコちゃん」
「…もう、離さないから」
三度、影が重なり合う。
窓から神々しく射し込む月明かりは。
まるで思いの通じあった私達を、祝福しているかのようだった。
はい。つーわけでカヨコの話はここまでとなります。
くっつくとこまでしか考えて無いからですね。
今後は番外編的なのを幾つか上げながら、他キャラの話を作っていく予定です。
どれくらい時間が掛かるかは分かりませんが、長い目で見て頂けると幸いです。