我が店のバックヤード。そこで私は頭を悩ませていました。目の前にはくしゃくしゃに丸められた紙の山と、鉛筆が一本。
新作の眼鏡のデザインを考えているのですが…これが中々上手く行きません。前はもっと、ピーンと案が浮かんできていたのですがねぇ。私も歳なのでしょうか。
「むぅ…」
考えても考えても思いつかず、とりあえずと鉛筆を走らせてみても出来上がるのは何番煎じかも分からない程ありきたりなモノだけ。それを丸めては放り投げる。そんな事をかれこれ四時間くらいは続けています。朝からやっているので少々お腹が空いてきました。
これではいけないと分かってはいるのですが…どうにもインスピレーションが湧いてきません。何か良い刺激は無いものでしょうか。
そんな時、背後から明るい声が飛んできました。
「レンさーん!」
「…聖園さん。何故ここに?」
ここはバックヤード。一般のお客様が入れる場所では無いですし、通すとしても私の知り合いやお得意様だけ。そして私がここに居る以上、彼女がここに来ることは無い筈なのですが。
「店員さんが通してくれたよ?『店長ならバックヤードに居ますよ』って」
あのポンコツロボめ…。後で説教しなくてはいけないようですね。
⋯いえ、やめておきましょう。口で勝てた覚えが無いです。
「そうでしたか。満足したらお引き取り願いますね」
「えー?やだ☆」
そんな星をつけても私はノーと言いますよ。可愛子ぶったって無駄です。
「やだ☆じゃありません。ここは私が通した方以外は入れない場所ですので」
「でも、初めてお店に来た時は連れてきてくれたじゃん」
…驚きました。まさか覚えているとは。あの時とは内装も随分と変えたのですがね。もう十年以上前の話ですし。
「それでもですよ。見ての通り私は忙しいのです。貴女の相手をしている暇はありません」
「んー…?これ、眼鏡の絵?」
私の言葉を無視して、まだそのままにしていた先程私が描いたデザイン画を手に取る聖園さん。
…この娘は本当に話を聞きませんね。大事なことはちゃんと聞いてくれるのですけど。逆に言えば彼女が大事じゃないと思えば全く話を聞かなくなります。
「⋯はい。実は今、新作のデザインを考えていまして。結果は見ての通りなのですが」
「じゃあ、あれってレンさんが考えたやつだったの?」
「『あれ』というのが眼鏡のことを指しているのでしたら、そうですよ。この店の在庫にあるものは全て私が考えたオリジナルのものです」
ここで私は思いつきました。
私一人で考えているのが悪いのではないかと。そしてここには暇をしている方が一人。
普段はこういう時にお客様の意見を聞くことなどまず有りませんし、丁度良い機会かもしれませんね。彼女は現役のティーンな訳ですから、最近の若い方々向けになるようなデザインが飛び出してくるかも。
まぁ、聖園さんは眼鏡をかけていないのでどうなるかは分かりませんが。
ともかく、手伝ってもらうことにしましょう。
「聖園さんであれば、どういったデザインにしますか?」
「え、私?…うーん、そうだなぁ…」
新たな紙を取り出して机の上に置き、聖園さんにも描いてもらうことにします。彼女は少し考えた後に紙にデザインを描き始めました。サラサラと紙の上を鉛筆が迷い無く走り、出来上がったものは…
「…これは」
「ど、どう?上手に描けたかな?」
…小学生の落書きか何かでしょうか。お世辞にも上手いとは言えそうにありません。謎に『ピンク』とか『星型の装飾』といったような説明文まで付いていて、見やすさですら何処かへと行ってしまっています。
「⋯貴女に期待した私が悪かったのかもしれません」
「レンさん、それどういう意味!?」
「そのままの意味です。いえまぁ、味があって私はいいと思いますけどね?」
「それ下手でコメントに困った時に言うやつじゃん!?」
実際コメントには困っておりますので。
しかし画はよく分からなくても文字は読めます。説明がやたらと細かいのも功を奏した形になりますね。
これだけ詳細がわかっていれば、聖園さんが描き上げた画を参考に…。
「こんな感じでしょうか」
「わ!すごーい!私が考えてたのそのままだ!」
…ふむ。確かに今までこのようなデザインの眼鏡を作ったことはありません。斬新かつキュート。そして既存の型に縛られない独創的なデザイン。こういった創作ができるのは彼女の立派な才能でしょう。
良いですね。これは採用の価値有りです。
後は、聖園さんのセンスがどこまで他の方々に受け入れられるか。それは未知数ではありますが…やるだけやってみましょうか。
「こちら、採用させて頂いても?」
「え?これ使うの?」
「はい。ダメでしょうか?」
「で、でも…」
どうにも踏ん切りがつかない様子ですね。私は良いデザインだと思ったのですけど…OKが出ないのであれば諦める他ありません。
しかし、聖園さんは全く違うことを考えていたようで。
「…私みたいな素人が考えたのなんて売れるのかな…?」
…そんなことを気にしていたのですか。こういう時はやってみるのが一番でしょうに。いつもは図々しい癖に、突然変な所で遠慮しがちになるのですから不思議なものです。
「売れるかどうかは実際に出してみてからでないと分かりませんが…少なくとも、此処にこの眼鏡が気に入った者が一人居ますよ」
「本当に…?」
「ここで私が嘘をつく理由が無いでしょう」
私の言葉を受けてしばらくの間聖園さんは何かを考えていましたが、すぐに顔を上げました。そこに先程の陰りは全く残っていません。
「⋯分かった!レンさんがそこまで言うなら良いよ!でも、その代わりに⋯」
「⋯代わりに⋯?」
「出来上がったら私も欲しいな!」
⋯何を言われるのかと少しドキドキしてしまいました。
「それくらいであればお易い御用ですよ。もとよりお渡しする予定でしたので」
とはいえ彼女は眼鏡をかけてはいませんから、欲しがると思いませんでしたけど。渡すのは度の入っていない伊達眼鏡にしましょうか。実用性よりもデザイン重視のものですし。
さぁ、それでは早速取り掛かる⋯よりも前に。一つ済ませておかなくてはいけないことがありましたね。今の時間は十二時を過ぎたあたり。丁度良いでしょう。
「聖園さん。お昼は既に食べましたか?」
「ううん。後で食べようと思ってたからまだ食べてないよ」
「それでしたら、お礼も兼ねて一緒にどうでしょうか」
「えっ!?いいの!?」
どうしてそんなに信じられないものを見るような目をしているのですかね。私とて礼の一つくらいしますよ?
「⋯そんなにおかしなことですかね?」
「レンさんのことだから『早く帰れ』って言うかなって⋯」
「貴女は私をなんだと思っているのですか。そんな鬼畜じゃありません」
全く、失礼極まりない。普段の私を見ていれば⋯見ていれば⋯⋯結構ぞんざいに扱っていたような気がしなくもないですね。これからはもう少し優しくしましょう。
「何か食べたいものはありますか?」
「うーん⋯私は特に無いかな。レンさんのおすすめで!」
おすすめですか。私のおすすめとなると、アラタ君の所くらいしか無いですね。というか外食する時は基本的にあそこ以外行きませんし。
店は⋯任せてしまえば大丈夫ですね。この前私を店から追い出したのですから、無理とは言わせません。
「分かりました。それでは行きましょうか」
〜〜〜〜〜
というわけでやって来ました『猫吉飯店』。相も変わらず外に漏れ出す良い香りが食欲を刺激してきます。外から見た感じ、かなりの数のお客さんが居ますね。昔から通っている身としては嬉しい限りです。
「ここ、中華料理屋さん?」
「ええ、おすすめと言われたので来たのですが。もしかして苦手だったりします?」
「苦手っていうか⋯あんまり食べたこと無いんだよね。トリニティだと中華料理のお店って殆ど無いから」
確かにそうでしたね。トリニティには小洒落たイタリアンだとかフレンチのお店ばかりのイメージです。ゲヘナは荒れすぎてるせいでそもそも飲食店が多くないですし、そこら辺は土地柄でしょう。
「でしたら、今日から聖園さんも中華料理が好きになりますよ。それくらいここは自信を持って勧められますので」
店の扉を開けばまず最初に常連の方々と話しているアラタ君が目に入ります。彼はチリン、という扉の音に反応して私を笑顔で迎えてくれました。
「いらっしゃい!って、東雲さんじゃんか!」
「どうも、アラタ君。今日は二人なのですが入れますか?」
「大丈夫だよ!そこ座って!⋯というか今日はツレがいるんだ。珍しいね」
普段誰かを連れてくることも無いですからね。共に食事を摂る相柄の人もシンくらいしかいませんし。
「話の流れでお昼を一緒にということになりまして」
「成程ねぇ。で、そっちの娘が?」
チラリとアラタ君が目を向けますが⋯聖園さんは内装があまり見慣れないからなのかキョロキョロと辺りを見回しています。
「はい。彼女はトリニティの方なので、中華料理屋にはあまり来たことが無いみたいでして」
「へぇ。トリニティって中華料理屋あんまり無いんだ。初めて知ったよ。⋯ならなんでお袋はこの店を中華料理屋にしたんだろ?」
「猫吉さんが創業したのでは無いですか?」
「店構えたのは親父だけど、中華料理屋にするってのはお袋の提案って俺は聞いたけどね。元々は居酒屋にするつもりだったって言ってたよ」
そうだったのですか。それは初耳ですね。まぁ、アイカさんはチャレンジ精神が凄かったのでそれが故でしょう。⋯いや、あの人でしたらもっと別の理由なような気がします。自分が中華料理を食べたいからとかそんなような感じかもしれません。
っと、話し込んで聖園さんの事を放ったらかしにしてしまいました。
「聖園さん」
「⋯⋯」
「聖園さん?」
どうしたのでしょうか。アラタ君の方をずっと見てますが⋯。
視線に気づいたのか彼が聖園さんに話しかけました。
「どしたの?注文かい?」
「いや、えっと⋯友達に似てるなって思って⋯」
「友達?⋯あぁ、俺のお袋がトリニティの出身なんだよ。もしかしたら遠縁の親戚とかが学校に居るんじゃないかな?良いとこの出だったらしいし」
そうそう。それを知って私も丸くなりましたから。愛に出身や特徴など関係無いと私が気づいたのもその時でした。叶うわけのない恋に奔走した良い思い出です。
「⋯その娘、桐藤っていうんだけど聞き覚えある?」
「そこまでは聞いた事ないなぁ。親父も兄貴もお袋の話はあんまりしなかったからさ」
桐藤でしたらアイカさんの旧姓の筈。となると⋯成程。合点がいきました。たしか、聖園さんの所属しているティーパーティーの現ホストは桐藤ナギサ嬢という方でしたね。アラタ君はアイカさんに似てますから、血縁の方でしたら似ててもおかしくは無いですが⋯そんな偶然もあるんですねぇ。
まぁ、アラタ君もシンもこの事は知らないでしょうけど。アイカさんは実家のことに子供を巻き込みたく無いと仰ってましたから。私も態々言うつもりもありませんし。
「親戚だったとしても、もう関わりが無いからね。向こうも多分わかん『グゥゥ〜』⋯⋯⋯」
唐突に私の腹の虫が唸り声を上げました。俺の事を忘れてるんじゃないのかと言わんばかりの大声量に店中の視線が私に向かいます。
これは⋯恥ずかしいですね。
「⋯⋯注文いいでしょうか」
「ブフッ!⋯はいよ、注文ね。⋯くくっ⋯くっ!ちょ、ダメだ!あっはははは!!」
⋯そんなに笑うことないじゃないですか。
〜おまけ〜
本編よりずっと前。一ノ瀬夫婦の話。
「猫吉!中華料理屋さんやろ!」
「あぁ?居酒屋にするって話だったろ?」
「考えが変わったの!ねぇ〜お願い〜!」
「⋯⋯アイカ。おめぇ中華食いたいだけだろ」
「⋯え〜?そ、そんなことないよ〜?」
「⋯アイカ」
「うぎゅ⋯。で、でもさぁ!トリニティに中華料理屋さん無いんだもん!態々山海経まで行くのめんどくさいの!」
「中華が食いてぇなら俺が作ってやるから⋯」
「食べたいのもそうなんだけど!⋯初めて作ってくれたのも中華だったでしょ?だから、私の思い出の味っていうかさ⋯」
「⋯カカッ!なんだぁ、随分いじらしいところもあるじゃねぇか」
「ちょっと、茶化さないでよぉ〜⋯恥ずかしいじゃん⋯」
「あがっ!?いでででで!言葉と動きがあってねぇ!?ちょ、離せ!」
「もう⋯猫吉のいじわる⋯」
「せめてもうちょい力抑えてくれ⋯!鯖折りになっちまう!わ、わーった!わーったから!中華料理屋にしよう!な!」
「ホント!?やったー!猫吉大好き!!」
「うぐぉ!?力一杯やるな!折れる!マジで折れる!」