キヴォトス人の『運命の人 』   作:Mr.@

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アビドス編、まだ続くんすね⋯。気になって夜しか眠れないゾイ。




EP.5

 

 

嗚呼。今日はなんて良い日なのでしょう。近頃の悩み事が六割くらい吹き飛んだような気がします。

 

「〜〜♪」

 

「随分ご機嫌ですね…」

 

我が店のバックヤードにて、背後から声をかけられました。

聞き慣れた声故に振り向くことはしません。

 

「そりゃあそうでしょう!まさかあのアラタ君に想い人が居ただなんて!」

 

久しく店に来ていなかったアラタ君が珍しく来店したと思ったら…なんと!歳の近いであろう女性を連れていたのですから!

 

それだけならまだ友人で終わるのですがね。

しかし、あの女性…カヨコさんと呼ばれていましたか。あの方の発言を聞いて、それは違うと気付きました。

 

『今はまだ、友達です』

 

そう、彼女は言っていました。

 

これって要はそういうことでしょう!?それ以外考えられないでしょう!?

 

更にアラタ君がショルダーバッグの中に忍ばせていた二つの物。

一つはエーポッドプロの最新型でした。彼女が音楽が好きらしいから、というふうに発言していたことを鑑みるに、あれはカヨコさんへのプレゼントなのでしょう。

 

もう一つは、小さな箱。

あれは恐らく…アクセサリーの類だと私は見受けました。それも、かなり高価なものであると。

 

話をしつつよく見てみれば、それは私にも見覚えのある物でした。

 

いつだかに、聖園さんとこのショッピングモールを回っていた際に見かけたもので…スターリングシルバーのダブルサークルネックレス、その入れ物です。間違いありません。聖園さんが目を輝かせて見ていたので、記憶に残っています。

 

そしてそれもまた、カヨコさんへのプレゼントのようでした。

 

そんなの…もう、ね…。

 

更にはバックヤードでのお二人の会話や行動。

 

…果てしないイチャイチャでした。いえ、他にもっと凄いことをしている人等はいるんですけどね。

しかし私にとって、あの光景こそ桃源郷。ギクシャクしている訳ではなく、慣れていないからこその初々しさというのでしょうか。互いに手探りで距離を詰めていっている感じがたまりませんでした。

 

この三十七年間、生きていて良かったと二番目に感じた瞬間だったと思います。もちろん一番はアイカさんとの出会いですよ。

 

ともかくです。誰も見ていないからと、あそこまでイチャついていたらです。

 

互いに好きあっている、という認識で間違っていない筈です。間違っていたら詐欺罪で訴えてしまうかもしれません。シンを。

 

今までも彼に恋心を抱く娘も数多くいましたが、終ぞアラタ君に想いを気づかれずに…という感じでした。

 

そして、あそこまで距離感が近いのは初めてのこと。歴代の中で最もいい所まで来ている辺り、期待せずにはいられません。

それに彼の方も彼女に想いを寄せている筈なのです。勝ち確と言って良いでしょう。

 

…私が何年この時を待ち望んでいた事か。

アラタ君にもようやく春が来たのです。なれば私は見守るのみ。猫吉さんとアイカさんにも良い報告が出来そうです。

 

「…で、店長は一体何をしているので?」

 

「見たらわかるでしょう?準備です」

 

「またですか…」

 

いつも通りに目立たない装いに着替え、メモ帳とペンを持ち。行く先は当然、二人の元。あの様子ではそのまま解散、という流れにはならないです。絶対にね。

であれば、私がやることはただ一つ。

 

「では、頼みますよ」

 

「待ってください店長」

 

「なんです?」

 

いつもなら溜息を吐きつつも見送ってくれるというのに、珍しく呼び止めるとは。時間が勿体ないので早いところ言って欲しいのですが。

 

「貴方にお客様が来ていますよ」

 

…そんなことですか。

 

「適当に追い払いなさい。どうせ大した用事ではないでしょう」

 

たとえ知り合いであろうとも、今の私の邪魔はさせません。あらゆる事象よりも優先すべきことが私を待っているのですから。

 

しかし、続く言葉を聞いて考えが一瞬で変わりました。

 

「聖園様がお待ちです」

 

「…聖園さんが?」

 

聖園ミカ。近頃の私の頭を悩ませる、その種。

 

今の私にとって最も大きな存在。

 

何故そうなったのか、それが全く分からなくて悩んでいました。

それに加えてもう一つ。ここしばらくの間、今まではかなりの頻度で来ていたにも関わらず、彼女は顔を出さずにいたのです。

 

そんな彼女が来たというのであれば…。

 

「…通しなさい」

 

「分かりました」

 

スタスタと歩いていく我が店の店員の背中を見つめながら、一人待ちます。

 

聖園さんが来ると思うと、なんだかソワソワしてたまりません。随分と久方ぶりだからでしょうか。だいたい一週間くらいは会っていませんでしたからね。

 

前なら気にも止めなかった事柄だったのに、シンとの会話からちょっとした事でも気になって仕方がなくなってしまっていて。

 

何かあったのだろうか?とか。

嫌われてしまったのだろうか?とか。

飽きられたのだろうか?とか。

好きな人が出来たのだろうか?とか。

 

そんなことを考えていると、不安や恐怖が心に渦巻いていくのを感じて。チクリチクリと胸の奥が痛むような気がして。

何故そのような感情を抱くのかが分からなくて、余計に色々考えてしまって。

 

それも今日の一件で一時とはいえ忘れられていたのですがね…。

 

しばらくすると、コツコツ、と靴が床を鳴らす音が聞こえてきます。

その音は段々と大きくなっていって…。

 

「やっほー☆久しぶりだね」

 

いつもと何ら変わらない聖園さんが姿を現しました。

 

見た感じ、何か悪いことがあった訳では無さそうですね。ひとまずは安心しました。

 

「…えぇ、お久しぶりです」

 

本当に久しく感じます。たったの一週間程度でしかないのに。

 

「ちょっと見ないうちになんだか窶れたんじゃない?ちゃんと休んでる?」

 

「いえ、まぁ…ちょっと悩み事がありましてね」

 

「そうなの?私でよければ相談に乗るよ?」

 

貴女のことなんですけど。…なんて言えるわけないですよねぇ。彼女の優しさは嬉しいですが、丁重にお断りさせて頂きましょう。

 

「大丈夫ですよ。これでも大人なのでね。さ、立ち話もなんですから、そこにかけてください」

 

「はーい。ありがとうね、東雲さん」

 

…?一瞬、違和感を感じましたが…。

聖園さんの方を見てみますが、特段何か変わったことも無さそうです。

 

…私の気のせいですかね。

 

「今日は何を飲まれますか?」

 

「コーヒーがいいな。前に飲ませて貰ったやつ」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

あまり待たせることの無いように、せっせとコーヒーを淹れていると聖園さんから声がかけられました。

 

変わることの無い声音で。しかし普段のそれではない、確かな違いを伴って。

 

「ねぇ、東雲さん。最近はどんな感じだった?」

 

淀みなく動いていた手が、震えて動きづらくなったのが自分でも分かります。

 

違和感に、気付いてしまったから。

 

「…そうですね…。普段通りだったと思いますが。…貴女が来なかったこと以外は、ですが。そちらはどうでしたか?何か変わったこと等はありましたか?」

 

極めて冷静に。普段通りを演じて。何事もない、いつもの私でいるように。

 

「え?私?…うーん、そうだなぁ…。あ、そういえば一人でアラタさんの所に行ったよ。なんだか無性に中華が食べたくなっちゃってさ〜」

 

「聖園さんも中華の良さが分かりましたか。とはいえアラタ君のところは別格ですので、他所でも同じクオリティの物が出るとは限りませんよ」

 

「東雲さんが教えてくれなかったら、ずっと気付かないままだったかもね」

 

………。

 

「…あの」

 

…駄目でした。

私には、耐えられない。

 

「どうしたの?そんな怖い顔して。何かあった?」

 

何故普段通りなのです?

そんな、何も無かったかのように振舞っているのです?

 

全然、貴女はいつもと違うというのに。

 

「…私、聖園さんに何かしましたかね?」

 

「?別に何もされてないよ?東雲さんとあったのも一週間くらいぶりなんだし」

 

あっけらかんとそう言ってのける聖園さん。私は苛立ちを覚えました。私の中の恐怖が大きくなったこと。そして、彼女の言葉に。

 

「本当に…?」

 

「本当だよー?私が東雲さんに嘘付く訳ないじゃんね。そんなことする理由も無いしね」

 

そういうのであれば、何故。私のことを…。

 

「…では、この一週間の間に何かあったのですか?」

 

「それさっきも話したよ?アラタさんの所に行ったって。それ以外は特になんにもーー」

 

「なら!!」

 

自分でも驚く程の声量。驚いた表情をした彼女と目が合う。

しかし、そんなことを気にしていられる余裕は私には無い。

 

「それなら、どうして…私の事を苗字で呼ぶのですか…?」

 

明確な疑問。この一週間で彼女の何かが変わっていなければ、有り得ないであろう変化。

 

前までなら気付きもしなかったであろう、それ。

仮に気付いたとしても大して気にすることもしなかったであろう、それ。

 

今は違う。彼女が自分の中で、大きな存在へと変わったことに気付いたから。その理由は未だに分からないけれど。

 

しかし、心が叫んでいる。

 

嫌だ、と。

 

「前は名前で呼んでくれていたではありませんか。何故、突然そんな…」

 

私は貴女が大切なんです。大切な人に、他人のような扱いを受けたくないんです。

まるで私に興味を無くしてしまったかの様ではないですか。

 

これまでずっと、そんなことはなかったのに。

いくらなんでも突然すぎます。せめてもう少し、猶予があれば。

 

私も諦められるのに。

私も納得出来るのに。

 

あの時と、同じように。

 

湧き出てくる気持ちの数々。それ等が私の中で反芻して、ようやく。

理解することが出来ました。

 

「…私は、貴女と共に居たい」

 

その言葉が素直に吐き出されて。そこからは止まること無く、彼女の返事を待つことなく口が動き続ける。

 

「貴女と親しくありたい。この関係を途切れさせたくない。何よりも幸せだから。何よりも楽しいから。何よりも…大切だから」

 

(⋯わーお)

 

そう。大切なんです。大事なんです。楽しいのです。幸せなのです。今の私にとって、何よりも。

 

これが、私の『運命』だと思える程に。

 

⋯あぁ、分かりました。

 

それは、過去の私が抱いたそれと同一のもので。

だからこそ、今まで分からずにいたのですね。

 

それほどまでの出会いだったから。

それほどまでの想いだったから。

 

これ以上は無いと、思えるくらいのものだったから。

 

この先、一生変わることの無いであろう不変の気持ちだったから。

 

しかし、違った。

 

知り合ってから、関わっていって。

ゆっくり、ゆっくりと。自分でも分からない程に、変わっていっていた。

 

取るに足らない存在が。大事で、大切に。

 

面倒で、鬱陶しかった時間が。楽しくて、幸せなものに。

 

なんでもない、ただの出会いが。『運命』へと。

 

全ては、嘗てのそれと同じ想い。

 

私は、聖園ミカという女性のことが⋯。

 

「あの、れ、レンさん?ちょっと言いたいことがあるんだけど⋯」

 

「⋯なんでしょうか」

 

「え、っとぉ⋯そのぉ⋯」

 

自身の気持ちに整理がついたからか、とても冷静になれています。これなら落ち着いて話が聞けそうですが⋯。聖園さん、どうにも挙動がおかしくなっていますね。目があちらこちらへと泳いでいっています。

 

「ごっ⋯ごめんなさい!!!」

 

顔の前で両手を合わせての謝罪。

あまりにも唐突すぎてまるで理解が追いつきません。

 

私の思考は置いてけぼりのまま、彼女は話し始めます。

 

「さっきまで苗字で呼んでたことなんだけど⋯レンさんって私のこと苗字で呼ぶから、だから私も同じようにやってみて、その反応が見たかっただけなの!」

 

⋯⋯。ふむ。

 

「⋯やってくれましたね」

 

「ちょっとした意趣返しのつもりだったんだけど⋯まさかあんなに取り乱すとは思わなくて⋯」

 

⋯まぁ、私も悪い部分はありましたね。それに、お陰様で大事なことに気付けました。

自分の発言を思い返すと、少々⋯どころか、とてつもなく恥ずかしいですが⋯それも良い思い出ということにしておきましょう。

 

いや、良い思い出ではないですね。絶対に。

 

「いいですよ。私が撒いた種のようですし。⋯今後はやめて頂きたいですがね」

 

「うん。もうやらない⋯」

 

「あと、先程までの発言は忘れて頂けると非常に助かります」

 

「あ、それは無理」

 

無理ですか⋯。どうにかなりませんかねぇ?

自分の心の内をそのまま吐露しただけとはいえ、あんな臭いセリフを二十も歳下の女性に言ったというのはちょっと⋯。

 

「こう、パッと消すような感じでお願い出来ませんかね」

 

「⋯じゃあ、私のお願いを一つ聞いて欲しいな」

 

たった一つ、願い事を聞くだけでいいのであれば安いものです。

 

「分かりました。して、内容は?」

 

「私の事、名前で呼んで?『ミカ』って」

 

⋯それは、なんともハードルが高いですね。

私、これでも結構うぶなのですが。それに、これまで当たり前だったものを矯正するのは結構難しいものなのです。

 

しかし、これはある意味チャンスかもしれません。

ピンチはチャンスです。やってやりましょう。

 

「⋯ミ⋯」

 

「ミ?」

 

「⋯ミカ⋯⋯さん」

 

妙な恥ずかしさに襲われて、呼び捨てまでは出来ませんでしたが⋯これが私のできる最大限度です。

 

しかし、彼女の合格ラインには達していないようでした。

 

「さんは要らない。『ミカ』。はい、言って」

 

「ミカ⋯さん」

 

「『ミカ』」

 

「⋯ミ⋯っ⋯!む、無理です!」

 

 

勢いよく立ち上がって、その場から逃走することを私は選びました。

彼女は不意の出来事に対応が遅れたようで、追いかけてくる気配はありませんでした。が。

 

数瞬の後、背後から地鳴りのような音が。

恐る恐る振り返ると、そこには。

 

「逃がさないよ☆」

 

残念ながら逃げ切ることは叶いませんでした。

⋯下手なホラー映画より、断然怖かったです。

 

 

 

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