コノカに脳みそをやられてこっちに手をつけられませんでした。許してください。
あとこれからは毎週便利屋に時間頂かれるのが楽しみで仕方ないです。
今日は珍しくレンさんの方から呼び出しがあって、彼のお店のバックヤードに足を運んでいた。
「レンさーん!遊びに来たよー!」
あれからそれなりの期間が経った。
びっくりするくらい何も無いまま過ぎていく日々。
これまで通りの楽しい時間。
だけど、不安を内包した少しばかりの好奇心と悪戯心のおかげでレンさんの本心を知れたあの日から、私達の関係は少しだけ前に進んだ。
「こんにちは、聖園さん」
「『ミカ』だよ!さん付けでも構わないから、名前で呼んでって言ったじゃん!」
「あぁ、そうでしたね⋯どうにも癖が抜けなくて。すいませんね、ミカさん」
お互いに名前で呼び合う関係。
たったそれだけの、小さな前進。でも、私にとっては大きな一歩。未だにレンさんは苗字で私のことを呼んじゃう時も多いけどね。
それにしても、まさかあんなに上手くいくとは思わなかったなぁ。
⋯あと、あのレンさんの独白。あれはちょっと私には刺激が強かったかも。
言葉通りに受け取ったらただの告白じゃんね。あれ。
あの言葉は親愛とか友愛から来たものなのか、それとも⋯。そこは分からないけど、とりあえず今はまだこのままで良いかな。
少なくともあれのおかげで、この関係を楽しめるくらいの余裕が私の中に出来た。それなら、これからゆっくりと一歩づつ進んでいけばいい。
「⋯そういえばさ」
「はい」
「あれなに?」
ここに来た時からずっと目に入っていたものを指差して聞く。
ついこの前までは無かったガラスのショーケース。その中には光沢を放つ紫色の⋯石?みたいなものが入っていた。
「先日、お得意様から頂いた物です。宇宙から落ちてきた石⋯要は隕石ですね」
へぇー、隕石なんだ。⋯隕石?
「隕石なの?私が見た事あるのはこんな感じじゃなかったけど」
私の神秘で降ってくるものとは似ても似つかない見た目をしている。これは宝石みたいに綺麗だけど、私のはもっとこう⋯ザ・隕石!って感じやつなんだよね。それとも隕石にも種類があったりするのかな?
「正確にはその中身らしいです。外側を上手く削っていくと、このような美しい中身が現れるのだとか」
「そうなんだ⋯」
じゃあ、今まで落ちてきてた隕石も中身はこうだったのかな?だとしたら勿体ないことしてたかも。
「これを機に集めてみようかと思っていまして」
「綺麗だもんね。集めたくなる気持ちも分かるなぁ」
「えぇ。これは紫色ですが、他にも様々な色のものがあるらしいですよ。どれも高価なものなので、気軽に手を出せるわけではありませんが⋯」
そう言いながらレンさんはティーカップをこちらに差し出す。柔らかな湯気が立つそれからは、紅茶の香りが漂っていた。
「はい、どうぞ」
「ありがと。⋯最近何飲むか聞いてこないね?」
「最近思い出したのですが、貴女は結構図々しい方ですので。私もそこまで気を使う必要は無いと思いまして」
「なにそれぇ!?ちょっと酷くない!?」
「ふふ。別に貶してるわけではありませんよ。それに、私も自然体で居られるので助かりますし」
うーん⋯。変に取り繕うようなことをされないっていうのは、それだけ心を許してくれてるってことなんだろうけど⋯。なんか釈然としないなぁ。
「ふーん⋯まぁいいや。それで、今日は珍しくレンさんの方から私のこと呼び出したけど⋯」
「えぇ。実はですね⋯」
彼が取り出したのは、眼鏡だった。ピンクのフレームにはキラキラとした星の装飾があしらわれている。それをこちらに手渡してきた。
とりあえず受け取ったけど⋯。
「コチラが完成しましたので、お渡ししようかと」
「⋯なにこれ?」
完成したから渡すって言われても⋯私には全く覚えが無いんだけど。何か約束とかしてたっけ?
私の言葉を聞いたレンさんは驚く⋯というよりは呆れたような反応をしていた。
「⋯⋯貴女という人は⋯。以前、新作のデザインにミカさんのものを採用させて頂いたでしょう?」
「⋯⋯あっ!レンさんがまだ冷たかった時の!」
思い出した。レンさんが眼鏡のデザイン案を考えていた時に私がバックヤードに遊びに行って、それで私が考えたやつを採用するって言ってたんだった。
あれから結構経つから、すっかり忘れちゃってたよ。
「冷たかった⋯まぁ、そうかもしれませんが⋯」
「⋯んー?でも、私が考えたのとちょっと違うね?」
あの時の画とは、細かな違いがいくらか見受けられる。別に変ってわけじゃないし、むしろ前のよりも良くなってるかも。
「はい。少々形にするには難しい部分がありましたので、その辺は私の方で修正しつつ⋯といったところです」
「へぇ〜⋯」
少し違うとはいえ、自分が考えたものが実際に形のある物になるのは、なんとも言えない嬉しさがあった。
しばらく眺めてから、眼鏡をかけてみる。
レンズを通して見る風景はいつもと違う⋯なんてことは無く、特に何も変わることのない普段通りのものだった。
「どうです?」
「いつも通り」
「それ自体は伊達眼鏡ですから、度は入っていませんよ。というか、そういうことを聞きたいのではなくてですね⋯」
そこまで言われてやっと彼が聞きたいことが理解出来た。
でも、私は普段眼鏡をかけることが無いから判断出来ないし⋯それに、鏡が無いから自分から見て似合ってるかどうかも分からない。
「じゃあ、レンさんはどう思う?似合ってる?」
「⋯⋯ふむ。⋯しかし⋯」
何かブツブツと言いながら何処かへと行ってしまった。
そして少ししてから戻ってきたと思ったら、彼の手には眼鏡がたくさん。
「ちょっと失礼しますね」
「え?⋯っ!?」
私のかけていた眼鏡を外されて、新しく持ってきたであろう眼鏡がかけられる。優しく、丁寧に。
今までに有ったことの無い距離。
⋯なんというか、すごく近い。
「⋯⋯いや、あっちの方が⋯ですが⋯」
「⋯⋯⋯」
互いの顔がかなり近くなる。もう眼鏡のことなんて気にしてられなかった。
レンさんの方は気にしてないみたいだけど⋯私はそっちにばかり意識が向いてしまう。
何を言えるわけでもなく、ただ黙る。だんだんと顔に熱が集まってくるのを感じた。
「⋯これは⋯むぅ⋯いや、もっと良い物が⋯」
真剣な眼差しで私を見ながら、眼鏡を取っかえ引っ変えしているレンさん。
ずっと見られてると恥ずかしくなってくるけど、それを口に出すことはしない。
今は、この幸せを享受していたいから。
「⋯おや?ミカさん、顔が赤いですが⋯体調が優れないのですか?」
「へ⋯い、いや!?そんなことないよ!?ちょっと暑かったかなぁ!?」
「そうでしたか。では冷房を⋯」
「だ、大丈夫!私はちょっと暑いくらいが丁度良いから!」
自分でも面白くなるくらいに声が上擦る。
でも、仕方ないと思うんだよね。多分他の人も自分の好きな人に同じようなことをされたら、緊張したり照れたりすると思うもん。
「分かりました。⋯して、ミカさん」
「ん?な、なに?」
「⋯⋯いえ、なんでもありません」
なんでもないって⋯そんな悔しそうな表情をしながら言われても説得力皆無なんだけど⋯。多分、聞かない方が良さそうだと私の感が告げていた。
「そう?」
「えぇ。長々とお付き合い頂き、ありがとうございました」
彼がその手に先程持ってきた眼鏡を持って動こうとする。恐らく元の場所に戻しに行くのだと思うが、その中にはあの眼鏡も混ざってしまっていた。
「レンさん!それは持ってっちゃダメ!」
「?⋯あぁ、すいません。混ざってしまっていましたね。はい、どうぞ」
「ありがと。大事にするね?」
「とびきり大事にしてあげてください」
私が考えて、彼が作ってくれた眼鏡。私にとって、大事な思い出のひとつ。さっきまで忘れちゃってたけど、そこは言わないお約束。
⋯でも、私だけ貰うっていうのもなんかやだなぁ。
なにかお返しでも出来たらいいんだけど⋯レンさんが喜びそうなのってあるかな。
うーん⋯⋯。
「⋯⋯あ!」
丁度良い物があった。
さっきも話題になった、宇宙からの贈り物。
たまたま貰ったのを機に、これから集めてみようと思うって彼が言っていたもの。
私だったら、用意出来る。
「レンさん!このあと時間ある!?」
別室にいた彼に声をかける。突然背後から大きな声で呼んでしまったからか、少し驚いた様子だった。
「あ、ありますが⋯」
そうと決まれば早速、できるだけ広い場所へ。
「じゃあちょっと来て!」
「えっ、ちょっ、早っ!ま、待ってくださいミカさん!」
________
随分と急いだ様子のミカさんを必死に追いかけてしばらく。
彼女がようやく立ち止まって息を着く暇が出来ました。
「ぜぇ⋯ぜぇ⋯はぁ⋯」
三十後半のおっさんに、この全力疾走は少し堪えますね。
ゆっくり息を整えながら辺りを見渡すと、そこは大きな野原でした。
そして随分と見覚えのある景色です。
丘のように盛り上がった地面。近くを流れる川。青々と茂る草花。それらを照らす真っ赤な夕焼け。
確かここは⋯。
『アイカさん!俺はーー』
「⋯⋯⋯」
⋯⋯ふふ。懐かしい記憶です。
ふとフラッシュバックした過去の思い出が、ここがどのような場所なのかを教えてくれました。
丁度あの時も、こんな真っ赤な夕焼け空でしたね。
しかし、このような場所に来て一体何をするのでしょうか。ミカさんは棒立ちのまま身動ぎ一つしないですし。私に対して背を向けているので顔も見えやしません。
「ミカさん?」
歩みを進めて隣へ。すると彼女は私の方を向いて、一言。
「⋯すっごい綺麗だね⋯」
「⋯そうですね。とても、綺麗です」
陽の光を受けて爛々と輝く大きな瞳。風に煽られて靡く髪。美しいものを目の前にした時に、人が露わにするその表情。
それら全てが、彼女を引き立たせる。
夕焼けに照らされたミカさんは、今までの何よりも。
美しく、綺麗なものとして私の目に映りました。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
お互いなにか話すことは無く、ただ黙って美しいものを見る。
彼女は、辺りを赤く染め上げる太陽を。私は、隣を。
きっと、この景色を見るためにここに来たのでしょう。
「⋯あっ!こんなことしてる場合じゃなかった!」
「⋯なら何をしにここに来たのです?私はこの景色を見に来たのかとばかり⋯」
「違う違う!広い場所に来たかったの!」
確かにここは広いですが⋯。何も分からないまま困惑していると、ミカさんが突然力み始めました。
「ちょっと待っててね!んっ!んににに⋯!」
「??⋯?⋯⋯??」
この状況は一体何なのでしょうか。
ひたすら踏ん張っているミカさんと、それを眺める私。先程までの雰囲気は既に壊れてしまっています。
「ふぬぬぬぬ⋯!!」
「⋯あの」
取り敢えず説明を求めようとしたその時。
彼女のヘイローがグルグルとものすごいスピードで回転し始めました。
普段もゆっくりとではあるものの、回転しているのですが⋯今のこれはその比にならないくらいの早さです。
そして一瞬だけ眩い光を放った後に、元に戻りました。
「⋯っ!きた!」
「きた?」
「上!見て!」
言われるがままに空を見てみるものの、先程よりも少しばかり沈んだ夕日があるだけ。それ以外は特に違いは⋯。
「あれは⋯」
真っ赤な夕焼け、そこに一つの黒い点。それは段々と大きくなっていき、それに伴い何らかの音が聞こえてきます。
「危ないから離れてて!取るから!」
「え、あ、はい。⋯取る?」
取るとは⋯?などという疑問はすぐに解消されることになりました。
途中から一定の大きさを保っていた黒い点が、ミカさんの方に向かって飛んできたのです。
このままでは危ない、と考えたものの。あれが何なのかを彼女は知っている様子。であれば余計な手出しはしない方が良いのかもしれません。
そして程なくして、飛んできた黒い点を難なく受け止めた彼女。
⋯私は一体何を見せられているのでしょうか。
手の中に収まったなにかを確認した後に、私にそれを差し出してきました。
「レンさん!これあげる!」
「あ、ありがとうございます⋯?」
受け取ればなんとびっくり。あの黒い点の正体はーー
「⋯隕石、ですか?」
「そう!」
両手で包み込める程のサイズの隕石でした。
私がお得意様から頂いたものとは見た目が違いますが⋯恐らく、外側が残った状態のものなのでしょう。
しかし、どういうことなのでしょう。彼女は初めからここを目的地として動いていたわけで。⋯ここに来たのは隕石がここに落ちてくるのを知っていたから、とでもいうのでしょうか?
「何故隕石がここに⋯?」
「私が落としたの!」
「⋯は?」
私が落とした⋯?つまり、狙ってこれをここに落としたと?
そんな馬鹿げたことが出来るのですか、彼女は。
⋯ダメですね。とてもじゃないですが理解が追いつきません。
「一から説明をお願いします⋯」
「えっと、私の神秘がなんかそんな感じなんだよね。自分でもよく分かってないんだけど⋯落とそうと思ったら落ちてくる、みたいな?」
「神秘⋯」
キヴォトスの人間なら誰しもが持つ、超常的かつ概念的な力。⋯若干一名はその限りではありませんがね。
神秘という言葉一つで、よく分からない現象の全てに理由が付けられる。何が起きようと『神秘で〜』と言っておけば説明が終わるのです。
いえまぁ、当然のように認知されているものの、まだよく分かっていない部分の方が多いものですから。
故にそれ以上の説明は難しいでしょうし、仕方ないとは思いますが⋯。
にしてもここまでのものは滅多に無いと思いますけど。恐らく、このキヴォトスにおいても最高に近いのではないでしょうか。
「でも、細かい調整をしようとすると集中しないといけないんだよね。それも必ず上手くいくとも限らないから広い場所に来たの」
「⋯ということは⋯つまり、先程までのあれは集中していたということなのですね⋯。⋯くくっ!」
あの時は困惑の方が勝っていたので、特になんともありませんでしたが⋯思い出すと、笑いが込み上げてきます。
「?レンさんなんで笑ってるの?」
「いえ、その、し、集中してる時のミカさんが⋯ふふっ!」
あれは、そう。例えるならば⋯。
「トイーー」
唐突に腹部に衝撃。最後まで私が言葉を発することは叶いませんでした。
「⋯っ!⋯っっ!!」
あまりの痛みに声が出ません。
いくら昔はやんちゃをしていたとはいえ、それももう二十年以上は前の話。トリニティとゲヘナの抗争の前線で暴れ散らかしていた、あの頃の私では無いのです。
それにもしあの頃と同じ肉体だったとしても、ビルを倒壊させるレベルのパンチは受け止め切れないと思いますし。
何故腹にパンチをかまされたのか分からないまま、蹲りながらミカさんの方を見てみると、彼女は顔を真っ赤に染め上げていました。
「⋯デリカシー!!」
⋯あぁ。確かにその通りです。そこまで気を使う必要が無いと思っても、流石に今のは一線を超えていました。私としたことが⋯彼女といると気が緩み過ぎてしまうのは直さないといけませんね。
今すぐにでも謝りたいのですが、意識が朦朧としてきました。懐かしい感覚です。
「すい、ま、せ⋯⋯」
「⋯え、あれ?れ、レンさん!?大丈夫!?」
悲鳴にも近しいミカさんの叫び声を聞きながら、私は遠のいていく意識を手放したのでした。
〜おまけ〜
「⋯何故!!」
「⋯⋯」
「何故!眼鏡が!デバフになりえるのですか!?」
「⋯俺が知るかよ」
「そりゃあ誰も知らないでしょうね!!何せ私でも分からないのですから!『眼鏡はバフ』これが世の中の常識!世界の真理だというのに⋯あの娘は!ミカさんは!何故か眼鏡をかけると、こう⋯なんか違うんですよ!!」
「合う合わないなんて人それぞれだろ⋯」
「ノン!違うんですよ、シン!眼鏡というのはね!全ての人の魅力を底上げする魔法のアイテムなのですよ!!視力矯正などオマケでしかないのです!!」
「⋯お前ほんとに眼鏡屋か⋯?」
「あぁ、何故!?何故ミカさんには眼鏡が合わないのです!?ましてやあの時私は『イヤリングやピアスの方が良さそう⋯』などと!あんなものは邪道も邪道だというのに!!クソ!分からない!どうしてなんです!?」
「(⋯だる⋯帰っていいかな⋯)」