風邪引きました。五年ぶりくらいだけどキッついねコレ…。
「たっだいま〜」
「お邪魔します」
帰り道に拾った少女…ミサキちゃんを連れて、我が家へと戻ってきた。
「邪魔するなら帰ってちょうだい〜」
「…分かった」
「わぁ!?ちょっと待って!冗談だって、冗談!ほら、早く入ってってば!」
僕の気さくなジョークを真に受けて帰ろうとする彼女の腕を引いて我が家へと上げる。そこで動きがピタリと止まった。
「あっ…」
「どうしたの?」
「いやぁ…そういえば僕んち1LDKだったなぁって…」
これではミサキちゃん部屋を用意することが出来ない。どうせ一時的なものだったとしても、その少しの間はここが彼女の家になる。
であれば、個室が無いというのは不便だろう。それに、一応男女で過ごすことになるのだから尚更だ。
「…それが?」
「それがって…こう、色々とね?」
「…あぁ。別に私は気にしないよ。そういうの慣れてるから」
そういうのに慣れてるってどういうことなの…?ちゃんと僕が伝えたかったニュアンスで伝わってるのかな。
「大丈夫?着替えとかしづらいんじゃない?」
「…そもそも今、着替えが無いし」
「え、うそ?ほんとに?」
全然分からなかった。臭いとか別にしないし。近くに寄ったら分かるのかな。
顔を近づけて臭いを嗅ごうとしたところで、ミサキちゃんは僕から距離を取った。
「何しようとしてるの」
「全然臭いしないなぁって思って」
「…なに?そういう趣味?」
「いやいや、まさか」
あらぬ誤解を招いてしまっているようだ。でも、そういうの気になるくない?だって僕は凄い臭いしてたって言われたし。…個人差なのかな?
「まぁいいや。取り敢えず、もう夜も遅いから寝ちゃおうか。君の日用品とかは明日買いに行こう」
「分かった」
「あ、ベッドは遠慮なく使ってね。お風呂はそっちで、着替えは僕ので良ければそこのタンスから適当に引っ張り出して。じゃ、また明日〜」
「…待って」
「ん?」
家を出ようとしたところで待ったをかけられた。一体どうしたのだろうか。
「どこ行くの?」
「ホテル」
「なんで」
「同じ部屋に居たら君が落ち着かないと思って」
今日合ったばかりの人間が近くに居て、寝付けるかと問われたらノーだろう。僕はそういうの気にしないタチだけど、それが異常なことは重々理解している。
「貴方の家でしょ。それに、私は気にしないって言ったよ」
「ん〜…そう?なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
結局、同じ部屋で過ごすことになった。ミサキちゃんは見た感じ高等部の子だと思うんだけど…そういうの気にしないのって珍しいんじゃないかな。色々と多感な時期だと思うし。
まぁ、本人が良いなら別にいっか。
________
深夜。慣れない環境だからか、いつもとは違う非日常を体験している最中だからか、中々寝付けずにいた。
サギリがベッドを使えと煩かったから、私は今彼のベッドで横になっている。彼はソファで寝ているようだ。時折いびきが聞こえてくるから、しっかり眠れているのだろう。
…不思議なものだ。私は雑魚寝とか、そういうのに慣れているからその辺は問題無い。でも彼は違う筈。
今日合ったばかりの人間が居て、よく平気な顔して寝てられる。
ましてや自身の家だ。何を盗られるかも分からないし、何をされるかも分からないのに。
何となく、ベッドから出てソファの方へと向かう。気持ちよさそうに寝ている彼の顔が見えた。
サギリは、『理不尽な救いが有っても良い』と言っていた。それが自分を救ってくれた人の言葉で、その人みたいになりたいから己もそうするのだと。
私は本当に、その理不尽に身を委ねても良いのだろうか。
そうすれば、私は居場所を見つけられるのだろうか。大切な人を見つけられるのだろうか。
…自分の人生に意味を見出すことが出来るのだろうか。
分からない。考えれば考える程不安になっていく。
「『VANITAS VANITATUM OMNIA VANITAS』…」
幾度となく口にした言葉。全ては虚しい。
…本当にそうなのだろうか。
ヒヨリや姫は大切な人を、自分の居場所を見つけていた。リーダーだって、きっといつかは見つけられるのだろう。それはあの環境で育ってきた者にとって、正しく救いに違いない。
なら、私は?
どうせ全ては虚しいなら、自分にも他人にも興味なんて持つ必要が無い。関わり。繋がり。縁。そんなものは、肉体という孤島に閉じ込められた遭難者同士の傷の舐め合いに他ならない。
でも、今は何故だかそうは思えなくなっていた。
彼の境遇を聞いて、私を救ける理由を聞いて。
自分の人生だけが虚しいのだと、勝手にそう思っていたけど。私にもみんなと同じような救いがあるのであれば…もしかしたら、なんて。
そんなふうに、馬鹿みたいに信じることが…。
「サギリ。…貴方は、どう思う?」
暗闇の中で投げかけたその問いに返答は無い。でも、きっと彼はいつか示してくれるのだろう。
どこまでも自分勝手で、道理なんて一切通って無い理不尽な救いで。
〜〜〜〜〜
「おお!ミサキちゃん、あれとかどうかな!?」
「…うるさい」
朝から鳴り響く人の声。あまりにも大きいものだから、周りからの目線が突き刺さる。お陰様で気分は最悪に近い。
「なぁにシケた面してんのさ?これから始まる新生活に胸を膨らませなよ!」
「…そんなキャラだった?昨日はもう少し静かだったと思うけど」
「夜に大声出すとか非常識でしょ。そこら辺は僕も自重してるよ」
それなら、明るい時間でも大声を出すのは非常識なんだと早いところ知って欲しいものだ。
「んっん〜♪」
「……」
今朝、布団を剥がれて叩き起された。
何事かと思えば、ベッドの前で仁王立ちしたサギリが開口一番『朝ごはん!!!』と叫び散らかして。
半ば強制的に朝食を食べさせられ、身なりを整えられ。
…『られ』、だ。私は身動き一つ取ることも出来ずに全てが終わっていた。昨日は同じ部屋で寝るのを躊躇う程度に性差を気にしていた様子だったのに、そんなものは微塵も感じられなかった。
そして昨日の話の通り私の日用品の買い出しに行くと言い出したので、別に必要ないと伝えたのだが『いつまでもその大ダメージジーンズで居られても困る』と言われた。どうにも否定出来ないのが悲しい。
そんなこんなで今はショッピングモールに来ているのだけど…。
「コレと、コレと〜…あ!あれも買おうか!」
「…ねぇ」
「なぁに?」
「それ必要なの?」
疑問符を浮かべる彼が押すカートの中身は、意味不明な物でごった返していた。万歩計にびっくり箱。白鳥の頭が付いたスカート、まりも、手動の洗濯機。それ以外にも大量にある。
…元々、私の日用品を買うのが目的の筈。
「え、要らない?」
「要るわけないでしょ。これとか何に使うの」
山積みにされた謎商品の一番上にあったものを手に取る。
大量のレンズや複数のメモリ、ネジのついた物体だった。
「…なんだろうね、それ?」
「…はぁ」
よく見るとタグには『六分儀』と書かれている。名称が分かったところで私には何に使うものなのか分からないが。
「巫山戯てるなら帰るよ」
「いや、巫山戯てるつもりは無いんだけどさ…?珍しいものを見るとつい買いたくなるというか…」
それでよくあのスッキリとした部屋になったものだ。…もしかして、買ってから要らないと気づいて捨てているのではないだろうか。
「あと、ミサキちゃんが好きな物とかよく分からないし…」
「そんなこと気にしなくていいから。もうサギリはカートに何も入れないで。私が自分で選ぶ」
「そんなぁ…」
私は一文無しだから、結局は彼が買うことにはなるのだけど…そこは彼自身が気にするなと言っていたので大丈夫だろう。それに、彼に選ばせていたら変な物を大量に押し付けられるかもしれない。
一旦彼が集めた物を全部元の場所に戻した上で、私が生活するのに必要最低限の物だけをカートに放り込む。途中、サギリがあれやこれやと勧めてきたが全部拒否した。
一体何処でバカでかい水晶玉なんて使うんだ。私のことをなんだと思っているのか小一時間は問い質してやりたい。
「コレ!コレは良いんじゃない!?」
「だから、余計な物は持ってこないでって…」
そんな中、またも店の商品を持ってきた。全く懲りた様子は無い。
…もしかしてこの店の回し者だったりしないだろうか?
彼が抱えていたのは私の身長以上の大きさはありそうなクマのぬいぐるみだった。それを見て一瞬動きが止まる。
「お…?反応が違うね?」
「いっ…要らない。返してきて」
「え〜?返しちゃうのぉ?」
「そんなの欲しがるのなんて小さい子だけ」
そう、小さい子が欲しがるような物だ。私は決してあんな物要らない。そもあの部屋に、こんな大きなクマのぬいぐるみを置く場所は限られる。故に買うだけ無駄だ。
「ホントに?ホントに要らない?」
「要らないって言ってるでしょ」
「ふ〜〜ん…?そっかぁ…」
何とも腹立たしい表情をしながらずいずいとこちらに近づいてくる。それを見て足が一歩、後ろに退いた。
「ミサキちゃんはコレ、要らないんだぁ…」
「…何度も言わせないで」
「…そう。分かったよ、ごめんね。僕、他の物見てくるから自由に選んでてね」
分かってくれたのか、ようやく彼は引き下がった。
「…あんなもの…」
くだらない。たかが綿の詰まった布の塊だ。あったところで何の役にも立ちはしない。
だというのに、段々と遠のくクマのぬいぐるみがやけに頭に残る。
それから彼はしばらく戻ってくることは無く、お陰で必要な物もスムーズに揃えることが出来た。邪魔が入らないだけでこんなにも楽だとは想像もしなかった。
とはいえ私一人でこれらのものを購入することが出来る筈も無く。
どうしたものかと店内を見て回っていると、ふと目に映る物が。
先程のクマのぬいぐるみだ。
「………」
周囲を確認してみる。…人は見当たらない。
「…少しだけなら…」
…うん。そうだ。少しだけ…。
「ミサキちゃ〜ん?」
「ウワァーーーーッッ!!?」
「えっ!?なに!?どしたの!?」
この場には居ない筈の声が聞こえて、みっともない叫び声を上げてしまった。
「な、なんでここに…!?」
「なんでって…君のこと探してたんだけど。そしたら丁度見つけたから…」
「いきなり背後から声かけないで!!」
「え、あぁ…うん。ごめん…?」
心底困惑した顔でサギリは私のことを見ていた。しかし、その表情も一瞬で別のものに変わる。
いやらしい、という表現が一番しっくりくるだろうか。そんな感じの、見ているだけで腹が立つような笑みだ。
「あるぇ〜?それ、何かなぁ…?」
「別に、そういうのじゃないから…!」
「…大丈夫だって!ちゃんと分かってるからさ。もう必要な物も集め終わったんでしょ?早いところ買っちゃおうよ」
先程と違いすんなりと引き下がってきた。自分の想像と違った彼に肩透かしを食らう。
…まぁ、分かっているのであれば良い。このくだらない茶番ももう終わりだ。
「おーい?置いてっちゃうよー?」
「…はぁ」
本当に、どこまでも自分勝手な男だ。