アビドス。それはかつて栄えた砂の街。
砂に飲まれ栄光を失った大都市。
頻繁に起こる砂嵐の被害を抑えるために多額の投資をしたものの、結局努力は実を結ばずに高額な借金を負ったアビドス高等学校。
徐々に立ち行かなくなる学園の運営。抑えることの出来ない人口の流出。
俺が高校に上がる頃には男子学部の人数は零となり廃止され、女子学部と併合された。
女子学部でも残る生徒は二桁程度。もうこのままこの学園は無くなるんだと、アビドスから人は居なくなるんだと思った。
だから俺は他の自治区に移ろうと姉さんに提案した。こんな所に居ても仕方がない、もうどうしようもないんだと。
でも、姉さんは違った。底抜けに明るく、希望を抱いて、どこまでも前を見て。
ずっとアビドスを再興する為に頑張っていた。たとえ自分一人になっても決してこの学校を、アビドスを見捨てない。そんなふうに格好つけてる割には、本人の騙されやすい性格のせいで全然上手くいってなかったが。
そんな姉さんを放って置けなくて、俺もアビドス高等学校に入学した。生徒会に入って、姉さんともう一人。小鳥遊ホシノという同級生の娘と三人で、様々な案を出し合いアビドスの再興の為に尽力した。
ある時は過去のアビドス生徒会が捨てたという、希少鉱物の使用された花火を三人で砂漠のど真ん中から探し出そうとしたり。
ある時は詐欺師に騙された姉さんをホシノと二人で助けに行ったり。
嫌になることもあった。悩むこともあった。苦しいこともあった。
でもそれ以上に、三人で学校を再興する為に奔走した日々は楽しくて、嬉しくて、幸せで。そんな、輝かしい青く澄み渡った日々だった。
きっといつか努力は実を結ぶと信じて、頑張っていた。
そんな時。あまりにも唐突に、幸せは姿を消した。
ある日から姉さんが失踪した。俺にも、ホシノにも言わずに。
俺達は必死になって姉さんを探した。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃによごしながら、朝も昼も夜も忘れて我武者羅に。
もう人が殆ど居ない都市部から、広大な砂漠の中まで。それでも見つからなかった。
まるで足取りが掴めずにいるまま、33日が経過して。ようやく見つけることができた。その頃にはもう涙なんて枯れ果ててしまっていた。
砂の上に横たわり、無惨にヘイローが破壊された姉さん。今でも時折ユメに見る。
『…ここにいたんですね、先輩』
『………帰ろう、姉さん』
永遠に笑うことのない亡骸を抱えて、帰路に着く。
とうに枯れたかと思っていた涙が滲み出てきて、堪えきれなくなって頬を伝い落ちる。
嫌になるくらいに広がる砂は、無情にも俺達の零れ落ちた夢を吸い込んだ。
〜〜〜〜〜
かつて数千人もの生徒を抱えたアビドス高等学校。
今ではその面影は全く無く、在校生はたったの六人となっていた。とはいえ俺達が入学した時には二桁台にまで減っていたので、あまり気にはならないのだが。
そんなアビドス高等学校の空き教室で、俺は動けずにいた。
理由は至極単純。同級生である小鳥遊ホシノが俺の腕に抱きついて離れないからだ。
「ホシノ」
「うぅ〜…ん」
「ホシノ、もうすぐ対策委員会の会議の時間だ。起きろ」
「あと五分〜…」
俺の腕にへばりついて寝ている委員長を揺すって起こそうとしているものの、なかなか起きてくれる様子が無い。毎度の事ながら困ったものだ。
「委員長のお前がいなくては、会議もままならんだろうが。後輩達に迷惑をかけるつもりか?」
現在、アビドス生徒会は存在していない。代わりに存在しているのがアビドス廃校対策委員会。実質的には生徒会のようなものなのだが、やはり俺達にとってアビドスの生徒会長は一人しかいないということで、二年生に上がる頃にホシノを委員長に据えて発足した。
「んぇ〜…?ゲン君が居れば大丈夫でしょ〜?副委員長なんだからさぁ」
「そう思うのならその手を離せ」
「嫌だよぉ…。おじさんはゲン君の腕を抱き枕にしないと寝れないもん…」
それだと夜は全く寝ていないことになるぞ。
嘘をつくにしても、もう少しまともな嘘は付けないのか…?
…だがまぁ、もう少しくらいなら良いか。
「はぁ…もう少しだけだぞ」
「ありがと〜。ゲン君大好き〜」
「…滅多なことを言うな」
姉さんが居なくなってからというもの。ホシノはずっとこんな調子で、随分と変わってしまった。前のシャキッとした姿は何処へ行ってしまったのだろうか。
…本当に、随分と変わった。服装も、話し方も。まるでかつての姉さんの様になった。ホシノが姉さんを慕っていたのは知っている。だが、そんなふうに真似をした所で何も戻って来ない。何も帰ってこないというのに。
「……いつまでそうしているつもりだ?」
「そうだねぇ…ずーっと、このままかなぁ」
きっとホシノは、俺がこの言葉に込めた意味を理解したのだと思う。まだ知り合ってから二年程度だが、それくらいのことは読み取れるような関係を構築してきた。
それだけ、親しくなったから。
同じ夢を見て、同じ夢を零した者同士だから。
彼女の気持ちも、よく分かっている。
「そうか。やはり、お前は変わったな」
俺の言葉にホシノが此方を見る。とても綺麗なオッドアイの瞳に真っ直ぐと見据えられる。その双眸には、仄暗い光が灯っていた。
「変わったのはゲン君も同じでしょ?前のゲン君はもっと…ユメ先輩みたいだった」
「それは…」
確かにそうだ。やはり姉弟だったからなのか、姉さんと自然と似通った感じになっていたと自分でも思う。まぁ、姉さん程お人好しでは無かった筈だが。
俺が変わったのもまた、姉さんが居なくなってからの事。正確にはもう少し後だが…結局のところ、俺と彼女は同じ穴の狢というわけだ。
違ったのは、俺はホシノに姉さんを忘れて貰いたかった。ホシノは姉さんを忘れないようにした。ただそれだけの差。
「話し方もそう。服装もそう。髪だって、ゲン君は変えたよね。随分とバッサリ切っちゃってさ。…楽しかった日々に蓋をしようとして。でも、私はまだ蓋をしたくないんだ」
「…そうだな。確かに俺も変わった。だが、それは俺達が前を、未来を見る為だ。俺はお前に、過去に縛られてほしくなかった」
あの時のホシノは俺と姉さんを重ねて見ていた。いつも俺を見る時に辛そうな顔をしていた。思い出に苦しめられていたから。過去に縛られていたから。
だから俺は変わろうと思った。
何よりも大切な、女の子の為に。
ホシノに辛い思いをさせたくなかった。ホシノに前を見て欲しかった。
また前みたいに、心の底から笑って欲しかったんだ。
「それでも私は忘れないよ。だって、大事な思い出だもん。私と、ゲン君と、ユメ先輩。三人だけの大事な思い出。だからゲン君も一緒に。もう少しだけ過去を見ていようよ。懐かしむことは、決して悪いことじゃないんだからさ」
ホシノの言う通りなのかもしれない。過去を振り返るのも、思い出に浸るのも、悪くないのかもしれない。しかし、例えそうだったとしても俺達は前を見なくてはならない。
ノノミ。
シロコ。
セリカ。
アヤネ。
大事な後輩達が、護るべきものができたんだから。
「だが、いつまでも過去を惜しんではいられない。護るべきものができた。それだけで俺達が過去を見ることを止め、未来を見るには十分な理由だろう?」
ホシノは俺の言葉を聞いて大きくその目を開いた後に、俺の腕を離してグッと伸びをした。
「…うへ〜。ゲン君はおじさんに厳しいねぇ。もう少し年寄りを労りなよぉ〜」
「俺達は同い年だろうに。お前がおじさんなら俺もおじさんだ。年寄り同士、前を向いて頑張っていこうじゃないか」
揃って空き教室を後にする。
向かう先は、後輩達が待っているであろう廃校対策委員会の教室。
二人で並んで廊下を歩いていると、ホシノが腕を組んできた。少しばかりの震えが腕から体に伝わる。
「…どうした?」
「…ゲン君はさ、いなくならないよね?」
なんだ、そんなことを気にしていたのか。
…いや、昔話をしたのが悪かったかもな。
「どうだろうな。この先、どんなことが待ち受けているかも分からない。もしかしたら俺がいなくなる未来もあるかもしれない」
腕から体に伝わる震えが大きくなる。
…全く。全然信用してもらえていないな俺は。
「だが、俺は一度いなくなったとしても必ずここに帰ってくるとも。後輩達も、お前もいるんだ。俺が帰る場所はここ以外に無いさ」
三人の思い出の場所。護るべき後輩達がいる場所。何より、苦楽を共にした同級生が。俺が好きになった女の子がいる場所。ここ以外に、俺が一体どこへ帰るというのか。
「…そっか。いやぁ、ゲン君も中々臭いセリフを言うもんだねぇ〜。おじさん、キュンとしちゃったよぉ」
…こんなことを言った俺がバカだったな。今のホシノはこういう奴だとすっかり忘れてしまっていた。
「…やっぱり、いなくなってやろうか。先に何も言わずにいなくなったのはそっちだからな。文句は言わせないぞ」
「うへぇ…それは掘り返さないで欲しいかな…」
「はは、冗談だ。お前一人なら別になんて事ないが、後輩達や『先生』にまで怒られるのは嫌なのでな」
「そこはおじさんも入れてよぉ〜」
黒服の一件の時は本当に焦ったものだ。過去のことを思い出して、気が気じゃなかった。『先生』のおかげで何とかなったが、もしホシノが『先生』がこの学校に来るよりも前に行動に移していたら。俺達には手の打ちようが無かっただろう。
…あの時のことを思い出すと、そうだな。俺も少しばかり不安になってきた。もうあんなことはしないだろうが。…それでも、また一人で抱え込んで突然いなくなるんじゃないかと、そう思ってしまう。
「なぁホシノ。お前はもう、いなくならないよな?」
「いなくならないよ。どっちの辛さも私は嫌って程に知ったからね」
「…そうか。それなら大丈夫かもな」
「『かも』かぁ…ねぇ、ゲン君。そんなに不安ならさ」
ホシノが歩みを止める。腕を組まれていた俺も同時に止まった。今度は先程と違い震えではなく、ホシノの妙に早くなった鼓動が腕から伝わってきた。
「お互いに絶対にいなくなれない理由を作ろうよ」
「理由?」
「そう、理由。きっと、これで私も前を向いて行くことができるから」
一体どういうことだろうか。俺にはとんと検討がつかなかった。
俺の腕を離したホシノは、少しだけ前に歩いてから此方を向いた。その顔は少し赤みを帯びていて、とても綺麗な表情だった。
「私さ、ゲン君の事が好き。だからさ、私と付き合ってよ」
その告白は突然で、予想だにしなかった。それでも俺は、しっかりとそれに対する答えを持ち合わせていた。ずっと、ずっと心の内にあった答えを。
彼女が前を向けた時に初めて伝えようと思っていた、その気持ちを。
「俺も…ホシノの事が好きだ。ずっと前から。だから、俺と付き合って欲しい」
ようやく、口にすることができた。
「…うへ。いやぁ〜、これで晴れてカップルというわけですなぁ〜。おじさん、年甲斐もなく緊張しちゃったよぉ」
「おじさん同士のカップルというのは、些か聞こえが悪いな。よし、ホシノ。お前は今日からおばさんだ」
「…ゲン君、いくらなんでもそれは無いよぉ…」
これで、二人揃って前を向いて歩き出せる。
ここからが俺達の始まり。青く澄み渡った夢の続き。
零れ落ちた夢はもう取り戻す事は出来ないけれど、きっと大丈夫。
新たな夢が、俺達の元には有るから。
〜キャラ設定〜
梔子ゲン
アビドス高等学校の三年生で、梔子ユメの弟。
ホシノとは同級生で、最初から仲はだいぶ良かった。
ユメの失踪後、お互い支え合って頑張ってるうちに好き合う様になる。
ゲンの元の性格や話し方はユメに近く、髪も男にしてはかなりの長髪だった。
ユメの遺品である盾をホシノ、拳銃をゲンがそれぞれ受け継いだ。
趣味はランニングと釣り。釣りに行く時はホシノがよく着いてくる。
シャーレの『先生』は、彼にとってホシノを救ってくれた大恩人。たまに一緒に釣りをしに行っている。
本作のホシノは、ゲンがいるために原作よりも後ろ向きな感じになっている。