モチベが…上がらない…
というか仕事の忙しさに波がありすぎるのよ…
もうちょっと平均化してくれぃ。
EP.EX 『先生』と猫吉飯店の店主
現在時刻は23時を回ろうかという頃。
ぼちぼち店を閉めようと片付けをしていたらチリン、と扉の開く音が。
「いらっしゃい!」
“こんばんは。まだ空いてますか?”
「空いてるよ!見ての通りガラガラだから、好きなとこに、座っ…て?」
一番近くのカウンター席に座ったスーツ姿の男性は、中々に草臥れた様子だった。
見た感じの風貌は俺より少し歳上くらいの若い男性なのだが…あまりにも異質な部分があり、それが彼が普通では無いことを示唆している。
「お客さん…それ、どうしたんだ?なんかの罰ゲーム?」
“?…どれのこと?”
「その、顔に貼り付いてる落書き?みたいなやつのことだよ」
そう、この男性は何故か顔に子供の落書き見たいな物が貼り付いているのだ。産まれてこの方22年。こんな人は初めて見た。
“えっと…ごめんなさい。ちょっと分からないです”
本当に何を言っているのか分からない、というような反応だ。
どうやらこの男性には、自分の顔に貼り付いているものが知覚できていないらしい。
…それか、疲れてんのかなぁ。俺。
「あ〜…悪い、俺の見間違いみたいだ。気にしないでくれ」
それからなんとも言えない空気が流れる。
でもさぁ…実際こんなん見たら気になるだろ…。
いや、余計なことは考えるな。今日最後のお客さんだ。それも新規の。明日は休みだし、気合い入れていこう。
“注文いいですか”
「はいよ!」
“青椒肉絲と、油淋鶏。それから生中1つ”
「あいよ。…ところでお客さん、仕事終わりかい?」
“そうですけど…”
「そうかい。ちょっと待ってな」
どうにも疲れた様子の男性。注文が終わった後にも溜息を吐いていた。
頑張る人ってのはいつの世も疲れてるもんだ。それなら、少しサービスしようか。
本来なら中ジョッキに注いで提供するビールだが、冷やしたグラスと大瓶を持っていく。
「ほい、生ね」
“あの、これ…”
頼んでいない物を出されて困惑している様子だ。
まぁ、普通はそうなんだけど。
「お客さん、こんな時間まで仕事頑張ってたんだろ?たまにゃいい思いもしなって。お代はいいからさ」
“…ありがとうございます”
わざわざ礼儀正しく頭を下げられる。いつもの常連さん達にはこういう人は居ないから、なんだかむず痒い。
「いいっていいって。それと、タメ口で構わないよ。ウチは親しみやすさがウリだからね」
“じゃあ、お言葉に甘えて”
トクトクとグラスにビールが注がれる。
おっ、泡立てんの上手いな。手慣れてる感じがする。
こりゃあ今日は上司にコテンパンにされたクチかな。
「お客さん、何処で勤めてんだい?ここらじゃ見ない顔だけど」
見ない、と言うよりは見えないのだけど。
“連邦生徒会で、シャーレの顧問をさしてもらってるんだ”
「シャーレって言うと…」
話は聞いたことがある。
連邦捜査部、S.C.H.A.L.E。
最近外の世界から来た『先生』を顧問に迎えて動き出した、失踪した連邦生徒会長に与えられた権限によって、あらゆる規約や法律の規制や罰則を免れる超法規的機関。
キヴォトス全土の問題を解決する為に奔走しているという、独立組織。
「ってことは、あんたが噂の『先生』か」
良く見たら彼の頭上にはヘイローが無い。前に兄貴から外の世界から来た人間には、ヘイローが無いという話は聞いていた。親父にヘイローが無かったのもそれが理由であると。
まぁ、兄貴にも無いのだが。そっちはただ『手術』も『儀式』も受けなかったが故らしい。
ともかく、それが彼が『先生』であるという確たる証拠となっていた。
“噂のって程じゃ無いと思うけど…”
「そう謙遜するなって。色んな人達から話は聞いてるよ」
しかし、噂話を聞くにもっとゴリゴリの武闘派みたいな人を想像していたんだが。存外、そういうわけでも無いみたいだ。
「噂じゃあ、アビドスやらミレニアム、トリニティにも行って問題を解決してるみたいじゃないか。皆挙って話してるぜ」
“そうなの?ちょっとこそばゆいな”
「まぁ、いい噂ばっかりじゃないんだけど…噂は噂だ。気にする程じゃないよ」
“…例えばどんな?”
「えーっと、確か…ゲヘナで生徒の足を舐めたとか、銀行強盗に加担したとかだったかな」
それ以外にも色々とあった。
やれアビドスで生徒の匂いを嗅いで喜んでただの、ゲヘナの生徒に首輪をつけて散歩させただの、メイド喫茶でキャストの生徒に自分を踏むように懇願しただの。他にも幾つかあったが…どうせ『先生』の活躍を妬んだ輩が流した眉唾だろう。
この人を見れば、そんなのは所詮噂話だって分かる。
“……そうナンダネ。気にしないようにスルヨ”
なんかカタコトになってるけど大丈夫だろうか。
…まぁ、自分がそんなふうに言われてたら傷つきもするか。あんまり余計なことは言わない方が良かったかな。
「そうそう。根も葉もない噂だ。『先生』を見た人なら、そんな人じゃないってすぐ分かるだろうさ。…っと、出来たぜ。青椒肉絲と油淋鶏な」
出来上がった料理を『先生』に提供する。
“わぁ…!美味しそうだね。頂きます”
そう言って『先生』は料理を一口づつ食べた後に、ビールを思いっきり煽った。
“うん。凄く美味しい…!ビールにもよく合うよ”
「酒に合わせて少しだけ味付けを変えたんだ。口に合ったなら何よりだよ」
モグモグパクパクと中々の勢いで料理が食べ進められていく。
こりゃ、なにか他にも用意しておこうか。
“これは、ルミの作った料理にも負けてないよ。なんなら、こっちの方が私好みだ”
「ルミって言ったら、玄武商会の?」
“知ってるの?”
「一方的に知ってるだけだよ。同じ料理人としてな」
特に中華に明るいという彼女の料理の評判の良さは、離れた所で店を構えている俺の耳にも届くぐらいだ。それに負けてないと言って貰えるなら、料理人冥利に尽きるね。
「そういや、今日はなんでそんなに草臥れた感じなんだ?いつもそうってわけじゃないんだろ?」
“それが…生徒達との接し方についてどうしようかと悩んでいたんだ”
「喧嘩でもしたのかい?」
“いや、それが…やたらと距離が近かったり…こう、押しが強かったりしてね。皆がそうって訳では無いんだけど”
ふーむ?というとつまりは…
「なんだ、惚気話か」
“違うよ!?”
「要は沢山の生徒から好かれて困ってるって話だろ?だったら間違って無いと思うが」
『先生』の口振り的にはそうにしか聞こえなかったが。
しかし、確かに複数人から好意を持たれたら、どうしたらいいか分からないと思う。俺はそんな経験ないから微塵も共感出来ないけど。
“彼女達の好意自体は嬉しいんだけど、私は『先生』だから。そもそも生徒をそういう目で見たりとかはしないよ”
「…確かに」
『先生』の言うことは一理、どころか百理はあるだろう。
教師と生徒。肩書きを除いたとしても成人男性と未成年の少女。
普通だったら、余程歳が近くないとそういう目にはならない。
……俺は、歳が近いから。4歳差なら、誤差だから。
“なにか良い案は無いかな?”
「ん〜…俺に聞かれてもなぁ。そういう経験には乏しいもんで…」
俺がそう言うと何故か『先生』は黙ってしまった。
相も変わらず謎の落書きで顔は見えないが、憐れむような視線が向けられているような気がする。
“…なんか、ごめんね”
「よせ!その視線を止めろ!別に気にしちゃいねぇから!」
なんせ最近、カノジョができたんだからな。俺は今、人生の最幸潮に居ると言っても過言では無い。故に憐れまれる筋合いなどないのだ。
「…まぁ、ハッキリ言ってやるのが一番いいんじゃないか?その方が後腐れも無いだろ。少し気まずくはなるだろうけど…」
“それで上手くいったら良かったんだけどね…。こっちの話を聞かない子も結構居るんだ”
東雲さんのとこのみたいのか。確かにああいうタイプであれば、相手の話を全く聞かないだろう。こないだなんか、東雲さんがウチで飯食ってたら有無を言わさずに連れ去られて行ったし。南無三。
「まぁ、その辺は時間が解決するだろ。いくら生徒って言ったって、月日が経つにつれて段々と大人になってくもんさ」
“そういうものなのかな…”
年齢的に大人になっていくとも。話を聞くようになるかは知らないけど。
卒業して生徒じゃなくなって。一人の女性としてそれぞれの生徒達を見て、その上でちゃんと答えを出してやれば納得すると俺は思う。
「そういうもんさ…ほい、中華くらげとおつまみ叉焼。ツマミ、足りないだろ」
“ありがとう。でも、いいの?”
「日頃から頑張ってる分、サービスだ。俺もいつか頼るかも知れないしな」
“そうなったら、すぐに駆けつけさせて貰うよ”
なんとも頼もしい言葉だ。そもそも問題が起きない方がいいんだけど、そこはこのキヴォトスだ。無理ってもんだろう。
しっかし、美味そうに食ってくれるなぁ…。料理の作りがいがあるよ。
…あ、そういえば。
そのとき脳裏に唐突に浮かんだのは、少し前から付き合いだしたあの娘だった。
「なぁ『先生』。あんた、鬼方カヨコって娘知ってるか?」
“カヨコ?カヨコなら知ってるよ。彼女も、私の生徒の一人だからね。でも、どうして?”
「カヨコちゃん、ウチの常連さんの一人なんだ。美味そうに飯を食ってくれるとこが、『先生』と重なってね」
付き合っていることは、口に出さない。自分の生徒が成人男性と付き合っているなんて知ったとして、あまりいい顔はしないだろう。他ならぬ彼自身がそうなのだから。
“そうだったんだ。でも、カヨコがそんなに分かりやすい顔をしてるってことは相当気に入ってるんだね。彼女、あんまり感情を表に出さないでしょ?”
「そうかな?あんまりそう思ったことは無いけど…」
どうなんだろうか。確かに言われるとそうかもしれないが…分かりづらいのは表情よりも行動のような気がする。
なんて思っていたらどこかから『朴念仁野郎が!』と聞こえて来た気がした。気にしないことにしよう。
「そうだ。カヨコちゃんは学校ではどんな感じなんだ?俺は個人的な付き合いしかないから、あの娘のそういう面を知らないんだよ。本人も話さないし」
“カヨコは、学校には行ってないよ?”
「…えぇ?」
一体どういうことなのだろうか。まさか不登校?そんな素振りはなかったと思うけど…
“学籍はあるみたいなんだけど、授業とかには参加していないみたい。で、今は便利屋68っていう会社で課長をやっているんだ”
「????」
え?カヨコちゃんて確か18歳だったよな…?なんでそれが、課長に?
いやでも、俺も16歳で店継いだし…特段おかしくは無いのか?
…駄目だ。突然の情報の暴力に脳みそが追いつかない。
どうやら俺には、カヨコちゃんのまだまだ知らないことが沢山あるみたいだ。
その後もカヨコちゃんの色々な話を『先生』から聞かせてもらった。聞いている限りだと、案外俺が知っているカヨコちゃんとそう変わらないようだ。どうやら苦労人気質ではあるみたいだが。
“そういえば便利屋の子が、最近カヨコが出かける頻度がかなり増えたって言ってたよ”
「あー…」
多分それは、ウチに来ているからだろう。
彼女、結構な頻度で来るからな。というか、付き合い出してからはほぼ毎日だ。今日は来なかったけど。
“私としては生徒達には、一つのグループに留まるだけじゃなくて色んな人と関わって見識を深めてもらいたいからね。そういう点ではいい兆候だと思うんだけど…。どうにも、何処に行くとかっていうのを伝えてないみたいなんだ”
『先生』から話を聞いている感じ、カヨコちゃんはその便利屋とやらの娘達と共同生活を送っているみたいだ。それなら、確かに何処に行くかも伝えずにっていうのは、少しまずいかもしれない。その娘等も心配になるだろう。
「てことは、付き合いだしたのも話してないのか…」
“なにか言った?”
「あぁ、いや、なんでもない。気にしないでくれ」
危ない危ない。無意識のうちに口に出てしまっていたようだ。
その時、再びチリン、という音とともに店の扉が開いた。
もう今日は閉店の看板を立てているというのにも関わらずだ。
誰だろうかと思い見てみると、なんとそこに居たのは丁度話題になっていた人物だった。
「アラタ。電車逃しちゃったからまた泊めて欲しいんだけど…」
中身の入ったビニール袋を持ったカヨコちゃんと目が合う。彼女は『先生』を見てピタリと動きが止まった。
「……『先生』」
“こんばんは、カヨコ。こんな時間まで外出しているのは、あまり感心しないな”
カヨコちゃんを諌めるように『先生』が言う。
確かに教師としてはそういう感想になるだろう。彼女もバツが悪そうにしている。だが、それだけでは終わらなかった。『先生』が今度は此方を向いた。
“ところで、『また泊めて欲しい』って、どういうことかな?”
…どう言い訳したものだろうか。必死に思考を回すが、良い感じのものが出てこない。『先生』の方も嘘は許さないと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
これはもう、素直に話すしか無さそうだ。
「前に偶然道端で会って、電車逃したって言うからウチに泊めたんだ」
“そうだったんだね。私の生徒がお世話になりました”
「俺はただ、困ってる友達を助けただけだよ」
あの時、俺はただ友達を助けただけ。だからおかしなことなんて何も無い。そう、あの時は。
問題は、今回はそうではないということだろう。
だからカヨコちゃん、そんなにジトッとした目を向けないで…。流石に俺等の関係を話す訳にはいかないでしょ…。それにあの時はまだ友達だったじゃんか…。
「…カヨコちゃん?取り敢えず座りな?」
彼女は俺の言葉には返事をせずに、そのまま『先生』の隣に座った。
“カヨコ、怒ってる?”
「…別に。それで、泊めてくれるの?」
「んー…泊めるのは構わないけど…」
『先生』を横目に見やる。彼的には問題ないのだろうか。
いくら教師だったとしても、生徒の交友関係までには口出ししないとは思うが…。
「じゃあこの前の続き、しようね」
明確に言葉にしてはいないものの、その言葉が何を指しているのかは伝わってきた。
「それは…」
「別に問題ないよね?私とアラタの仲なんだし」
「いや、まぁ、それはそうなんだけど…」
まずい。今この場でYesと言わせるつもりだ。こういう時のカヨコちゃんは押しが強いからなぁ…。
“……どうやら私はおじゃま虫みたいだね。それじゃあ、そろそろ帰ろうかな”
なにかを見た『先生』はおもむろにそう言うと席を立った。どうやら察せられてしまったようだけど、特につついてくる様子はない。俺の心配は杞憂だったようだ。
金額を伝えて会計を済ませる。
「また来てくれよ『先生』」
“勿論。それじゃあ、色々と頑張ってね。カヨコも…無理は、しないようにね”
「お互いにな」
「じゃあね、『先生』」
ぱたりと扉が閉まる。
皿を片付けているとカヨコちゃんが近寄ってきた。
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫だよ。少しだけだからね。待たせるのも悪いし、疲れてるでしょ?先に家でゆっくりしたらいいよ」
彼女に鍵を手渡す。しかし、彼女はその場から動こうとしない。どうかしたのだろうか?
「ねぇ、アラタ」
「うん?」
「今日は、『続き』だからね」
そう言って彼女は手に持ったビニール袋の中身を見せてくる。
そこには見慣れない箱が入っていた。
見慣れないとは言ったものの、それが何なのかは分かる。とかいうか、分かってしまった。
あまりの衝撃に思考が真っ白になる。
そんな俺を尻目に、カヨコちゃんは店の扉まで向かう。背を向けられているので、表情は分からない。
しかし、その声はあまりにも蠱惑的な音色で。
俺に選択肢は無いと思わせるには十分なものだった。
「…待ってるから」
その日、真っ赤なさくらんぼは食べられてしまった。
カヨコのASMR聴きました。
なんかね、凄くいい匂いがしました。ええ、ホントにね。