キヴォトス人の『運命の人 』   作:Mr.@

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俺ァさ!カヨコにうめぇ飯を食って欲しいんだ!
それを特に何も言わずにじっと眺めていてぇんだ!
視線に気づいてちょっと頬を赤らめていて欲しいんだ!
なんなら照れながら「…馬鹿」とか言って欲しいんだ!




EP.2

 

初めて『あの娘』と出会ってからだいたい2ヶ月くらいが経った。

あの日以降、俺が開いている店の定休日に必ずあの路地裏に行くようになった。最初は会ったり会わなかったりだったのが、今では同じ日にあの娘も毎回来ている。

 

会う約束をしている訳では無い。連絡先も、なんなら名前すら知らない。お互いにそういったことを聞くようなことも無い。そもそもカノジョの1人も出来たことがない俺にそんなことを聞くような度胸は無いのだが。

 

…まぁ、だから俺はあの娘のことは何も知らないし、向こうも此方のことは何も知らないはずだ。でも、少なくとも俺はあの娘と一緒にいる時間が心地よくて足を運んでいる。

 

「しっかし暇だなぁ」

 

ガラリとした店内を見渡しながら独りごちる。

時間は15時に差し掛かるかということもあり、客の1人もいやしない。いつもの事ではあるのだが。

 

猫吉飯店。中華料理屋だ。今は亡き父が遺して行った店。

元々料理が好きだったのもあって、店を引き継いでそのまま開いている。評判は上々。店員は俺一人。兄貴も手伝ってくれれば多少は楽になるのだが…。

 

兄貴は何をしてるのかも分からず、あっちゃこっちゃ行って突然帰ってきてはまた何日かしたら大金を置いていなくなるという、弟としては心配極まりない生活を送っている。

 

彼女と初めてあった日は帰ってきていたが、また数日したら何処かへとすっ飛んで行ってしまった。

 

曰く

 

『トリニティからスケベと金の匂いがする!』

 

との事だったが…スケベと金の匂いとは一体何なのだろうか?

 

煙草を吸いながら物思いに耽っていると、チリン、と店のドアが開く音がする。昼食には遅すぎるし、夕食にはいささか早すぎる。こんな時間帯に客が入ることなどあまりないのだが…

 

直ぐに煙草の火を消し、灰皿を隠す。

 

「いらっしゃい!って、あれ?」

 

開いたドアから現れたのは、路地裏のあの娘だった。此方を見ると同時に固まってしまっている。

 

「「………」」

 

予想外の出来事にお互いにフリーズしてしまう。

 

「…とりあえず、座りな?」

 

カウンター席に指をさしてあの娘を誘導するのだった。

 

 

 

 

________

 

 

 

 

「はぁ…」

 

単独で行っていた依頼をこなした帰りに、1人でため息を着く。

思った以上に時間がかかってしまった上に、まだ明るい時間帯なのに警察に声をかけられる始末。

警察に関しては時折あるので慣れているとはいえ、それでも時間を取られるし何より面倒くさい。こういう時に生まれ持ったこの顔が悪さをしているのが嫌になってしまう。

 

とはいえ、最近は楽しみも出来た。

路地裏で会った彼だ。

毎週決まった日時に路地裏に来る彼。

時には近頃あったことを話したり、時には愚痴をこぼしたり。そんなたわいもない会話に花を咲かせるのが、便利屋の面々といる時と同じくらいには心地いい。

 

そんなことを考えていると、ぐぅ、と腹の虫が鳴いた。

 

…そういえば、朝から何も食べていなかった。時計を見ると時刻は15時前といったところで、今から昼食を摂ると今度は夕食が入らなくなるかもしれない。

だが、1度鳴き出した腹の虫のせいでどうにも空腹感を意識させられてしまう。

何か軽く食べようか、と辺りを見渡してみる。するとひとつの看板が目に入った。

 

「猫吉飯店…」

 

名前からするに中華料理屋だろうか?近くに行ってみると香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲が刺激される。

外に出されているメニュー表をひらく。どれも美味しそうな上に値段がほかの店と比べてもダントツで安い。

 

これはいいお店を見つけたかもしれない。美味しかったら便利屋の面々も連れて皆で行こうかな。

 

ドアを開けて店内へと入る。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「いらっしゃい!って、あれ?」

 

声の主の姿を見て体が固まる。

 

路地裏の彼だ。

思いもしなかった出来事に頭が真っ白になる。

 

「…とりあえず、座りな?」

 

困惑しながらも、カウンター席を指してそう言う彼。

…固まっていても仕方ないので、とりあえず1番近くの席に座る。

 

「注文はどうする?」

 

「どうしようかな…夜ご飯食べれなくなっちゃうから、少なめな方がいいんだけど…」

 

メニューに目を通しながら考える。外にあったものは一部分だけだったようで、このメニューには先程見たものにはなかったものもある。

どれも美味しそうで悩んでいると再び彼から声が掛けられた。

 

「こっちで見繕って作ろうか?」

 

「いいの?」

 

「ウチは常連さんが多いから。おまかせみたいな注文されることが多いんだよね」

 

「じゃあ、おまかせで」

 

「あいよー」

 

彼が厨房に立って調理を始めた。いい匂いが店の中に充満し出す。

私とは比べ物にならない手際の良さで調理が進んでいく。

普段私が料理をすることがあまり無い、というのはあるかもしれないが。

 

しばらくして、テーブルに料理が並ぶ。

 

「お待ちどう。半炒飯と餃子、あと杏仁豆腐ね」

 

目の前に並ぶ料理を見て、腹の虫が辛抱たまらんと言わんばかりに暴れているような気がする。

 

「いただきます…美味しい」

 

「そう?口にあったみたいでよかったよ」

 

黙々と食事を進める。彼も特に何か言うわけでもなく私が食べ進めているのを見てニコニコとしている。

…あんまり見られると、少し恥ずかしい。

 

そうこうしているとあっという間に食べ終わった。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末さまー。隣、失礼するよ」

 

私が食べ終えたのを見ての隣に座った彼が話し掛けてくる。

 

「しっかし奇遇だね。まさかウチに来るとは…」

 

それはそうだ。私だってここで会うとは思っても見なかった。

 

「私も、たまたま入った店に君がいるとは思わなかった」

 

「まぁ、そうだよね。お互いのこと何も知らないんだし」

 

そう言われて彼の名前も知らないことに気が付く。もう初めて会った時から2ヶ月近くが経つというのに、お互いのことを何一つとして話したことがない。

 

他人と言うには関わりが多いし、友人と言える程の仲という訳でもない彼との関係。今の距離感はとても心地良いもので、このままでも全然構わないけれど。

 

正直ところ彼の事はとても好ましく思っているし、今後も関わっていきたいと思っている。

 

…1歩、踏み込んでみようか。

 

「鬼方カヨコ」

 

「うん?」

 

「私の名前。君は?」

 

私の名前を口にする。

最初はよく分かっていなかったような反応をしていた彼だが、その後に何故か嬉しそうにしながら、同じように自己紹介をしてくれた。

 

「一ノ瀬アラタ。改めてよろしくね、カヨコちゃん」

 

一ノ瀬アラタ。それが彼の名前らしい。

…なんだろうか、ただ彼の、アラタの名前を知っただけだというのに。

 

「うん…よろしく」

 

 

私の心の中は、喜びで溢れていた。

 

 





生えてきた男の設定一応書いときます

一ノ瀬アラタ(22)
中華料理屋『 猫吉飯店』の店主。
彼を出産してまもなく母親は亡くなり、16歳の時に父がとある事件に巻き込まれて亡くなる。父が亡くなった後に高校を中退し、猫吉飯店を継ぐ。
歳の離れた兄がいる。関係は良好。時折帰ってくるなり大金を置いて少しするとまたどこかへ行ってしまう兄を心配している。
兄弟ともに喫煙者。飲酒もしている。
眼鏡→コンタクト
カノジョは今まで出来たことがない。
カヨコのことは…

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