ふと黒服がまだこの作品に出ていないことに気づいたので書きました。
それとこの話は本編前の話です。時期的にはだいたい原作のアビドス編の最中ですね。
赤。辺り一面に広がる赤い空間。その空間にある一室で、俺⋯一ノ瀬シンイチロウと、黒ずくめの怪人のような男⋯黒服が顔を合わせていた。
今日はゲマトリアの連中が定期的に行っている会議の日らしく、そこに珍しく呼ばれたから来てやったんだが⋯。目の前にいる顔面ボロボロ野郎以外はいつまで経っても来やしねぇ。
「おい黒服。てめぇ以外いつまで経っても来ねぇじゃねぇか。態々呼び出しといてこりゃ随分な対応だなぁ?え?」
「⋯そう苛立たないでください。元々ゴルゴンダとデカルコマニー、それとマエストロは別件で来れないと言っていましたので」
なんだそりゃ。余計人の事呼んだ訳が分からんぞ。それにあと二人⋯いや、ルンペンモドキは出て来れねぇようにしたからあと一人か。あのクソ女はどうしたってんだ。
「あぁ?ならザクロババアは何してやがる」
「貴方が来ると伝えたら自分は行かないと」
「なら他に誰も来ねぇじゃねえか!?」
俺の反応を見た黒服は楽しそうに声を上げる。コイツは真っ当な人の面をしてねぇからどんな表情を浮かべてるか全くわからん。
「クックック。その反応が見たくて黙っていました。申し訳ありませんね」
⋯相も変わらず性格の悪い野郎だ。ゲマトリアの奴らの中では一番まともに話せるやつなんだが。如何せんこういう部分が俺は好きになれねぇ。
外から来た奴らってのはどいつもこいつもこんなんなのかね?親父はそんなこと無かったんだがな。
「⋯それなら定例会議とやらも出来ねぇじゃねぇか。今日はお開きか?」
「いえ、貴方が居ますので」
「俺がいつてめぇらの仲間になったってんだ。舐めたこと言ってるとシバくぞ」
ベアトリーチェを除いてこいつらはどうにも俺をゲマトリアの一員だと認識してやがる。口ではそんなこと無いと否定してくるが⋯マジで口で言ってるだけって感じだ。その点では俺とは相容れないと早いうちから決めつけてるあのザクロババアの方がよっぽどマシだな。
「おやおや。そう悲しいことを仰らないでください。共に研究に明け暮れた日々があったのもまた事実でしょう?」
「利害が一致したからだろ。その時からてめぇらのやり方は気に食わねぇと何度も言った筈だが」
「⋯⋯⋯」
野郎、黙りこくってやがる。だがこればかりは事実。俺からすれば取り繕う必要すらねぇ。
本来は大人に護られる立場である筈の子供達。己の欲、『神秘』と『恐怖』への探究心。いわば『崇高』の追求。それらを満たす為にガキ共を平気で騙し、利用するゲマトリアは俺にとっちゃあ肥溜めにも劣るゴミクズだ。
特に黒服とベアトリーチェ。この二人はそれが顕著だった。俺が関わってからは他のも含めて目立った動きは無いが⋯俺とて何処にでも目ん玉が付いてる訳じゃねぇ。知らん場所で何かしらはやってるだろうさ。黒服は最近カイザーの連中と手を組んで何かしてるみたいだしな。
「だんまりかよ。⋯それで?何を話そうってんだ?」
「⋯まずは、そうですね。最近、我々とは別の外の世界から来た大人が居るのをご存知でしょうか?」
「あぁ。把握してる。シャーレの顧問になった『先生』とやらだろ」
姿まで見たことは無いが、ゲマトリアの連中とは別の世界から来たのであれば、恐らく親父と同じ世界から来た大人なのだろう。
「貴方は彼についてどう思いますか?」
んな事聞かれたってな。話してみないことには分からん。外部からの情報を繋ぎ合わせたような返ししか出来ねぇ。
「ヘイローの無い外部から来た大人。『大人のカード』による奇跡の行使。それに加え『シッテムの箱』での戦闘指揮能力は凄まじいものだと聞いている。⋯失踪した連邦生徒会長の隠し玉って訳だ」
実際のところ『大人のカード』とやらが起こす奇跡がどんなものなのかが分からねぇんだよな。まだ一度も使ってないのだとか。現状じゃ指揮能力の高さのみで命の危機を乗り越えている様子。
ヘイローの無い人間であるということは、間違いなくキヴォトス人よりも肉体強度は低い筈。俺と同じかそれ以下と仮定すれば、その脆弱な身体で未だに生きている時点で優秀な奴であることが伺い知れる。
「んで、俺の考えだったか。⋯少なくとも『先生』を名乗ってるんだ。てめぇらみてぇな外道ではねぇだろうさ」
今はアビドスで色々やってるようだし、心配は必要無いだろう。そう言い切れる解釈が俺にはある。
「えぇ。間違い無く『先生』は善性の人間でしょう。我々のような悪い大人とは違ってね。そしてその上で、私は彼をゲマトリアに引き込みたいと考えています」
「いや、どう考えたって無理だろ」
「⋯何故そう思うのです?」
何故って⋯。コイツこんな脳足りんだったか?それとも色々詰め込みすぎて頭がパァになっちまったのかね。
「奴さんが善性の人間なのは理解してるんだろ?なら、てめぇらに付くなんてこたぁ有り得んべ。それと、これは仮にだが。『先生』ってのは先を生きる者。自分の後ろから未来に進むガキ共を正しく教え導いてやるのが役割。それがこんな詐欺師集団の仲間入りだなんてよぉ⋯」
『先生』という肩書き。その意味。それらを理解せずに生きるというのであれば。子供に害をなす大人になるというのであれば。
「ーー俺が許す訳ねぇだろうが」
そんときゃ俺がぶっ殺すまでだ。
「⋯貴方は些か『先生』というものに理想を抱き過ぎでは?何も教職の者が必ず善性であるという訳でも無い筈です。我々と同じ人間なのですから、欲の一つや二つはあるものでしょう。それ故に道を踏み外すことだって有り得るのではないでしょうか」
「分からねぇ奴だな。そうなったら俺が殺すって言ってんだよ。だが、それも問題ねぇと俺は考えているがな」
「ほう?理由を聞いても?」
この世界の前提を忘れてんのか?いや、忘れるくらい『先生』にご執心なのか。それとも他にも考えていることがあるのか。
「キヴォトスにおいて最も強く作用するもの」
これだけ言えば分かるだろう。いくら顔面がボロボロの怪人野郎だろうと、他のことにご執心だろうと、脳みそまで駄目になっちまってるわけじゃねぇんだから。
「テクスト、ですか」
「当たりだ。シャーレの顧問には『先生』というテクストが付与されていると俺は予測している。この世界での『先生』の定義⋯役割が、俺が先に述べたそれなんだったら。間違いを起こすことはまず無いだろうさ」
それぞれの個。それらの持つ特徴を表す言語。
ものを言わぬ人形だろうと、形をなさない噂話だろうと。テクストの付与によって強大な存在に成り代わる。まぁ、後者はそれだけでは足りずにミメシスの補助も必要だったようだが。
ともかく、それだけの影響力があるのがテクスト。黒服だって『契約』というテクストを扱っている。その言葉から生まれる拘束力も、源泉を辿れば最終的にはそこに行き着く。
そして『先生』の定義が『子供達を正しく教え導く者』であれば。シャーレの顧問もそう在るだろう。
「成程。それが貴方の解釈なのですね。⋯それでも、私は諦めませんがね」
「そうかい。健闘を祈るぜ」
『先生』がおつむの弱っちいやつじゃなきゃ平気だろ。
「しかし、貴方が理想を抱き過ぎているのもまた事実。その考え、その解釈の原点は、アウトサイダー⋯貴方自身でしょう?」
⋯なんでこうも人の神経を逆撫でするようなことが言えるのかね。別に言ってること自体はおかしなことじゃあねぇんだが⋯。
「その名前で呼ぶな。好きじゃねぇ。前も言ったろうが」
「⋯クックック⋯私は気に入っていますよ。『社会のはみ出し者』⋯外の人間とキヴォトスの人間との間に生まれ、ヘイローを持たぬまま大人になった。そんなキヴォトスの常識の外にいる、はみ出し者である貴方らしい名ではないですか」
否定できねぇのが悲しいところだな。俺は確かにこの世界において唯一とも言えるイレギュラーだろう。そこは自覚してるとも。
「そして『独自の思想を持つ者』。アウトサイダーという言葉が持つもう一つの意味。これもまた、貴方にはピッタリでしょう」
「⋯ちっ、もういい。⋯俺のこれは考えっつーか信念だ。俺自身が抱いた、自分勝手のな」
「存じています。かつて傷つけた者が居たことも、それ故の信念であることも。全て貴方が我々と接触した理由なのですから」
⋯そうだとも。腑抜けた俺の間違い。その贖罪。いつまで経っても忘れやしねぇ。そういう風に俺が俺自身を定義したんだ。そうすれば、あの時のような過ちは犯さないと考えたから。
一人のガキを、俺が歪な大人にさせてしまった。たった一人残った家族を。その、罪の償い。それが既に手遅れでも。それなら、他のガキ共がそうならないように助けたいと思ったから。ガキがガキらしく生きられるようにしたいと思ったから。
アイツのようになってしまう奴を、一人でも減らしたいと願ったから。
「だからこそ『先生』という立場を神聖視してしまっている。己の成せないことを成してくれると期待してしまっている。違いますか?」
「違わねぇさ。俺に人を教え導くなんてこたぁ出来ねぇよ。今のキヴォトスに、頼れる大人なんてものは居ねぇ。だが⋯『先生』は、きっとそんな大人であってくれると。ガキ共の止まり木になれると。俺はそう信じてるのさ」
「⋯そうですか。貴方の信じるものが折れないことを祈っていますよ」
けっ。心にもねぇことを言いやがって。
まぁいいさ。それよりも、俺の聞きたいことにも答えてもらおうかねぇ。
「⋯そういやよ。てめぇ、最近カイザーの鉄屑共と一緒になって何を企んでやがる?」
あれに関しちゃどうにも腑に落ちねぇことが多い。
カイザーはアビドスの土地が欲しくて仕方ねぇみてぇだが、あんな砂漠だけの所に拘る理由が分からん。そしてそれに黒服が関与してることもだ。コイツに利のあるもんが何もねぇと思うんだが。
「そこまで掴んでいたのですか」
「そりゃあんだけ分かりやすくやってりゃな。んで?」
「貴方が私の邪魔をしないというのであれば、話しましょう」
よくもまあ俺相手にそんなわかりやすいヒントを出したもんだ。殺されてぇのかね。
「そいつァ出来ねぇ相談だ。そう言ってる時点でガキになんかしようとしてるってのは分かっちまったよ」
「⋯クックック。ノーコメントとさせて頂きましょう。子供に危害を加えることを明確にしてしまえば私は貴方に殺されてしまう。ですが、明確にしなければ殺されない。それが私と貴方との間に交わされた契約なのですから」
⋯過去の俺はなんでこんな契約をコイツとしたのかねぇ。昔から間違いばっかりだ。お陰様で俺ァ後悔だらけの人生だぜ。
なにせ目の前にいる害悪を潰すことが出来ねぇんだからよ。
「はぁ⋯。てめぇと話してても疲れるだけだ。もう帰るぜ」
「分かりました。送っていきましょうか?」
「要らん」
踵を返して帰ろうかというタイミングで一つ思い出した。⋯そういや伝えることがあったな。
「おい黒服。てめぇがいつも依頼してくるオーパーツの収集だがよ。あれはしばらく受けられんわ」
「何か問題があったのですか?」
「別枠で同じ依頼が入ったんだよ。俺にとっちゃそっちが優先だ。てめぇの自己満足のようなもんじゃねぇ、真っ当な理由が向こうにはあったからな」
「その理由とは⋯?」
なんだ、コイツがそんな事に興味を持つのは珍しいな。本当なら他所に情報を漏らすような真似はしねぇんだが⋯まぁ、言いふらしたりとかはせんだろうし良いか。
「愛した女を、救いたいんだとよ」
「⋯ふむ。⋯分かりました。しばらくは我慢するとしましょう。再び依頼が出せるようになったら連絡をください」
返事はせずに手を振って返す。これで伝わるだろ。多分。
しかしアビドスか。⋯俺が介入した方がいいかねぇ。そうすりゃ黒服の奴がボロを出す可能性もあるしな。⋯だがなぁ。
⋯『先生』を信じるとするか。その方が俺が手を出すよりも、よっぽど良い結果になるだろうさ。
_______
アウトサイダー⋯いえ、一ノ瀬シンイチロウが帰った後も私は一人その場に残り続けていました。
「⋯『先生』というテクスト、ですか」
中々に興味深い視点ですね。しかし彼の言うように人の在り方にもテクストが充てられるのであれば、他の人間にもそれは当てはまる筈。
彼にも、マエストロにも、ゴルゴンダにも、デカルコマニーにも、ベアトリーチェにも、地下生活者にも。⋯そして当然私にも。
それだけでは無い。大人だけではなくこのキヴォトスの全ての人間にすら、それがあるということ。
その場合我々は『ゲマトリア』というテクストなのでしょうか。もしそうであれば『ゲマトリア』の役割とは?
この世界におけるテクストの強制力は途方も無いものです。彼が先に述べたように。そこに我々のこれまでの行動、言動、理念、目的。それらを当てはめると⋯。
「⋯『悪役』、でしょうか」
その呟きに返事が返ってくる筈もありませんが⋯一種の確信のようなものが私にはありました。
このキヴォトスは学園都市。つまりは学園に通う『生徒』が主役。そしてその主役達の『先生』もまた主役なのでしょう。
『先生』というテクスト。その役割は『子供達を正しく教え導く者』。であれば、その『先生』を含めた主役達と相反する我々『ゲマトリア』の役割はまさしく『悪役』であると言えます。
『主役』と『悪役』が決まっている世界。⋯まるで一つの物語のようですね。
その場合、一ノ瀬シンイチロウには一体どのような役割があるのでしょうか?少なくとも彼は主役達の味方ですから、我々のような悪役にはならないのでしょう。
⋯口惜しいですね。彼や『先生』がゲマトリアに加入してくれれば『崇高』へと至る研究も飛躍的に進むと私は踏んでいたのですが。せめて敵対しないようにするのが関の山でしょうか。
しかしそれも難しい話。なにせ私はこれから暁のホルスを捕え、これを『神秘』を『恐怖』へと反転させる実験に使おうとしているのですから。
⋯この物語は、必ずしもハッピーエンドで終わるとは限りません。結末を迎えるまでの間は⋯『悪役』らしく精々足掻かしてもらいましょう。
「⋯⋯クックック⋯⋯」
一ノ瀬シンイチロウのゲマトリア渾名集
黒服→顔面ボロボロ野郎
マエストロ→双頭マネキン
ゴルゴンダ&デカルコマニー→現代版デュラハン
ベアトリーチェ→ザクロババア
地下生活者→ルンペンモドキ
因みにアウトサイダーという名前をシンイチロウに付けたのはマエストロ。