最近釣りにハマりました。
「んふふふ…!」
思わず零れる笑い声。しかし、致し方無いでしょう。
午前中の仕事をあのポンコツロボにぶん投げて、私が幼少期に世話になっていたゲヘナの孤児院へと久々に顔を出した帰りのこと。
通り道で偶然、男女を発見。恋の匂いを即座に嗅ぎとり、身を隠して様子を伺っていると…。
…ん?私が孤児院出身だなんて知らない?今初めて言いましたし、そりゃあそうでしょう。そんなこと一々言い触らす必要なんて微塵も無いですしね。
というか、そんなことはどうでも良いのですよ。塵芥にも等しい事柄ですので。
で、それでですね。その二人は道端にあったベンチへと腰をかけたのですが…なんと、女性の方が男性の膝の上に座ったのです!
しかもよくよく見てみればその女性は、ゲヘナの現風紀委員長である空崎ヒナ嬢ではありませんか。男性の方は知らない顔でしたが…背中にある大きな翼を見るに、トリニティの方でしょう。
初めは男性は困惑している様子でしたが、途中からは完全に受け入れた様子。そこからは仲良く会話に興じている…。
と、思ったらですよ!突如、男性がヒナ嬢を自身の翼ですっぽりと覆い隠したのです!
あっ、そう来たかぁ!となりましたね。トリニティの方々の翼にまさかあんな使い道があっただなんて…私、脱帽してしまいました。
というか、あれが本来の使い方である可能性がありますね。いや、あれが本来の使い方なのでしょう。
えぇ、きっとそうに違いありません。
……ミカさんでも出来ますかねぇ、あれ。
…あ。いや、やって欲しいとか、そういうのでは無くてですね…。
純粋に気になっただけというか…そうです。気になっただけです。他意はありません。えぇ、そうですとも。
ともかく。ゲヘナの未来は太陽よりも明るいですね。風紀委員長があのレベルの事をしているのです。あれが風紀の乱れ足りえないという訳ですから、それならもう何をしたって問題無いでしょう。
まぁ、そもそもゲヘナに風紀なんて有って無いようなもののような気もしますけど。
しかしです。翼の中で何が起きているのか、それが分からないのは問題です。なのでせめて声だけでも…。と思い、気付かれないようにこっそりと近づこうとしているのが現状だったのですが…。
“私の生徒に何か用かな?”
なんか知らん人が出てきました。なんなんでしょう、この人は。
「邪魔をしないで貰えますか?私は今、美しいものを見ているのです」
“そういう訳にもいかないよ。あの子達は今、大切なものを育んでいるんだから。…外野が茶々を入れるのは御法度だよ”
…確かに一理ある、というか全面的に同意する意見ではあります。
しかし、私はあの二人に茶々を入れるような真似をするつもりは一切無いのです。ただ、見て、聞いて、記録する。それだけのこと。
「彼等の恋のアーカイブを記録する。そこに邪魔をしようという意思は微塵もありません。故に、道を空けて頂きたい」
“…それを私はどうやって信じればいいのかな?”
返事の代わりに、手に持っていたメモ帳を開いて手渡します。今まで書き溜めてきた、キヴォトス中に散らばる美しい愛の記録。
“……うわぁ……”
「なんですその反応は?」
引いたような反応。心底心外です。値千金、という言葉すら物足りない程の価値がある代物の筈なのですが。
“いや、これ…主観的過ぎるんじゃないかな?書いてる人の気持ちは凄い伝わってくるけど、肝心な情報が一切頭に入ってこないよ…”
「………」
…ふむ。目の前に居る方、男性のようですが…顔に子供の落書きのようなものが張り付いていますね。何かの罰ゲームでしょうか?
それと、ヘイローが無い。…ヘイローが無い?
「…貴方、キヴォトスの人間ではありませんね」
“…話逸らしたでしょ”
「……察してください」
だって、大の大人が文章の書き方で突っ込まれるのは恥ずかしいでしょう!?
いや、ちゃんと書けるんですよ!?他人に見せる態で書いてる訳じゃないから読み辛くなってるだけなんですよ!本当ですよ!?
っと、落ち着かなくては。冷静に、冷静に。
「で、どうなんです?」
“…よくこの流れで話変えようとするね”
「シャラップ!終わった話でしょう、それは!」
“まぁ、いいけど…。貴方の言う通り、私はキヴォトスの人間では無いよ”
やはりそうでしたか。キヴォトスに生を受けた人間でヘイローが無いのは、シンだけの筈。であれば、猫吉さんのように外の世界から来た者ということになります。
最近、外の世界から来た者の話を耳にしたことがあります。それと、冷静で無かったのでスルーしてしまいましたが、先程の『私の生徒』という発言。そこから察するに…。
「貴方が『先生』ですか」
“うん。シャーレの顧問をさしてもらってるよ”
連邦捜査部S.C.H.A.L.E。通称シャーレの顧問に着任したという、キヴォトスの外から来た大人。
この学園都市キヴォトスに生ける、全ての生徒達の味方であろうとする『先生』。
評判も上々のようで、最近は様々な噂話を聞きますね。何時ぞやのエデン条約も、彼の功績によって締結に向かって再び動き出したのだとか。
ですが…。
「その顔の落書きはどうしたのです?」
第一印象として目がつくのはそこですね。あれでは前が全く見えない筈。邪魔で仕方ないでしょうに、態々貼り付けたままでいるのは何故なのでしょうか。
“落書き…?”
「えぇ。落書きです。貴方の顔に貼り付いているでしょう?」
“?何も貼り付いて無いよ?”
???
一体どういうことでしょう?私の目には確かに見えるのですが…。
彼が知覚できていない、ということですかね?というか視覚はどうなっているのです?私のメモを読んでいたので、見えてはいると思いますけど…。
……疲れているのでしょうかねぇ。私。
「あぁ、失礼。この話は止めにしましょう。追求しない方が良い気がしてきました」
“そう?それなら別にいいんだけど”
特に気にした様子も無さそうに、『先生』はそう言いました。
そして流れる沈黙。
……あ。
「あの二人は…!?」
ベンチの方に目を向ければ…そこは既にもぬけの殻。誰一人として残っては居ませんでした。
「………なんてことだ」
とてつもない脱力感に襲われ、膝を付いて地面を見つめる。
私としたことが、どうでもいいことに時間を費やし過ぎました。
…いや。この場合、真に悪いのは…。
「…怨みますよ、『先生』」
“えぇ…?私なの…?”
「当然でしょう!貴方が私の邪魔をしなければこんなことには…!」
“それだけど。私の中で貴方はまだ不審者のままなんだ”
不審者…?私がですか?ゲヘナ内では、それなりに顔の通る自信はあったのですが。…あぁ、『先生』には関係無かったですね。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。…私は東雲レン。愛を追い、そして恋を記録する者。以後、お見知り置きを」
“めちゃくちゃ主観的だったけどね”
「お黙りなさい!その話は終わったと先程も言いましたよね!?」
なんだかこの方と居ると調子が狂いますね。というか、やたらと言葉が鋭い気がします。
“それもそうだね。じゃあ、レンって呼ばせて貰うけど…レンはいつもあんなふうに?”
「勿論。そこに恋があるなら、何処にだって行きますよ。例え宇宙であろうと、深海であろうとね」
“成程。…一つ、聞いてもいいかな?”
「構いませんよ」
真剣な声音。顔は…分かりませんが。それ相応のことなのでしょう。
“私の生徒達で、交際相手や想いを寄せている相手がいる子はどれくらい居るか分かる?女子だけで大丈夫なんだけど”
…!なんと…!まさかそのような質問が飛び出してくるとは思いもしませんでした。
しかし、えぇ。素晴らしい。まさかこのような場所で出会えるとは。
「どうやら私は、勘違いをしていたようですね」
“へ?勘違いって…”
「大丈夫ですよ、『先生』。私は分かっていますので。…貴方も、こちら側なのでしょう?」
質問の意図は理解しましたとも。
『先生』も、私と同じ恋を追いかける者。であれば、言いたいことは全て分かります。私も同じなのですから。
「共有したいのでしょう?互いに見て、知り、そして記録した恋のアーカイブ…若き男女が織り成す青春の一ページを…!」
“いやいや、そういうのじゃなくてね…?”
どうやら違ったようです。
しかし、そうなってくると質問の意図が読めませんね。
「…ふむ。では一体何故そのような事を聞きたいのです?」
“その…これからする話は自慢話とかじゃないんだけどね?”
「前置きは不要です。聞いてから判断しますので」
前置きによって解釈が歪められてしまうのは、会話という意思疎通手段の悪い所です。まぁ、だからといって他にもっと良い手段があるかと言われれば否なのですが。
“生徒達の中に、私の事を異性として好いてくれている娘達がいるんだ。でも、そういった気持ちを隠している娘達も居るだろうから、普段の交流だけじゃ判断が難しくて…”
ほう…?成程。つまりは…
「惚気話ですか」
“違うよ!?”
一体何が違うというのでしょうか。
要約すれば『沢山の生徒達から好かれて困っちゃうよ♡』というふうに言っているのですから、それを惚気話以外にどう例えれば良いのやら。
“私は『先生』だから。生徒とそういった関係を持つつもりは無いんだよ。好いてくれる気持ちは嬉しいんだけどね”
彼の言葉からは確かに、自身の生徒達への想いを語っていることが受け取れました。
己と教え子達の立場を考え、社会的に『正しい』とされる方向へと持っていこうとしている。
彼は『子供達を正しく教え導く者』…『先生』として、間違いなく百点満点でしょう。
外の世界であれば、ですけどね。
“だから、そうじゃない生徒とは対応を変えなきゃいけないんだ。チャンスがあるとか、そういうふうに捉えられて行動に起こされたら私はひとたまりもない。…彼女等相手に力では太刀打ち出来ないからさ”
ヘイローを持たない…というより、外の世界から来た人間でしょうか。彼等はこのキヴォトスの人間よりも遥かに肉体強度が低い。生徒達が強硬手段に出た場合に、『先生』が抵抗することが出来ないというのは納得です。
しかし、対応を変える。ですか。思い当たる節はあります。
『先生』に関する噂。その中にある、教鞭をとる者としてあるまじき行動の数々。
「対応を変えるとは…あの噂のようにですか?」
“噂って…?……あ”
どうやら当たりだったらしいですね。……そうですか。
「いくらそういった感情を持たれないようにする為とはいえ、教師としてどうなんです?……生徒の足を舐めるだなんて…」
“いや、いやいや!あれにはちゃんとした事情があって…!”
「…舐めたことは否定しないのですね」
“………”
出来れば否定の言葉が欲しかったところです。
…まぁ、私がこの件に関して突いたところでどうしようもありませんし、そっとしておきましょうか。
「これ以上の詮索はやめにしておきます。何かしらの事情があったのであれば、仕方ないのでしょうから」
“…助かるよ”
この話は終わりです。
そして先程の話…これに関しては少し気になる点が。
「さて、話を戻しますが…要約すれば『自身に好意を寄せている可能性のある生徒とは、一定の距離を保ちたい』ということでしたね?」
“その認識で合ってるよ”
…ふむ。確かに『先生』の基準的にはそうなのかもしれません。
ですが…私は彼が根本から間違えていると思うのです。
「…『先生』。貴方、何か勘違いをしているのではないですか?」
“へ?勘違いって…?”
つまるところ彼は『先生』という立場だから生徒との恋愛を避けている。先の発言を聞くにそういった解釈で間違い無い筈です。
であれば、それは勘違いと形容するしかありません。
「誰が『先生』と生徒の恋愛を禁止したのです?このキヴォトスにおいて、そのような法律は存在しませんよ」
そう。どれだけの歳の差があろうと。互いの立場にどれだけの溝があろうと。学園都市キヴォトスでは全ての恋愛が許されるのです。
“いや、普通に考えたら駄目でしょ。それに、法律で規制されてないからって何でもして良い訳じゃないしね”
「では、その『普通』とは何処を基準としたものですか?…貴方が元いた世界のものを物差しにしているのであれば、それはやめた方が良い」
キヴォトスの人間が知らないであろう、外の世界の常識。それをここで持ち出したところでどうにもならない。この世界よりもだいぶ平和なようですから。
『先生』が猫吉さんと同じ場所から来たのであれば、ですがね。
「そちらには、ヘイローなんてものは無かったでしょう?皆が当たり前に銃を持ち歩く世界ではなかったでしょう?人の言葉を話す獣も、完全に自律したロボットの類だって居なかったでしょう?」
“それは…そうだけど…”
「ならば受け入れなさい。この世界の『普通』を。いずれ元の世界に帰るというのであれば、話は変わってきますが…帰る手立ても無いのではないですか?」
“……!”
表情は相も変わらず貼り付いた落書きのせいで分かりませんが、私の発言を聞いた『先生』は確かに驚いた様子でした。
“…どうしてそのことを知っているのかな?私が居た世界の事を知っているのも、不自然だ。みんな知らない筈なのに…”
「外の世界から来たのは貴方だけでは無かった…ただ、それだけのことです。私はその方から話を伺ったに過ぎません」
猫吉さんに無理を言って、よく話を聞かせて貰ったものです。
“それって…ゲマトリアのこと?”
「ゲマ…?なんですそれ?」
“こう…顔からモヤが出てる黒スーツの奴とか、頭が二つあるマネキンみたいな奴とか…明らかに人っぽくは無いんだけど…”
「ふふっ。そんな化け物、いくらこの世界でも存在しませんよ。一昔前の都市伝説に語られるような特徴じゃないですか、それ」
どうやら『先生』はジョークが苦手なようで。小学生でも信じるか怪しいラインですよ。
“…そうだね”
物凄く不服そうですね。一泡吹かせられたような気がして少し嬉しいです。…というか、初めはこんな話じゃなかったですよね。
「っと、話が逸れてしまいました。とにかく、生徒だからと自身の恋愛対象から外すのは早計ですよ」
“そう、なのかなぁ…”
「えぇ、そうなのです。…では、行きましょうか」
“え?行くって何処に?”
彼は何を惚けたことを言っているのでしょうか。自分から聞いてきたのにも関わらず。
「聞きたいのでしょう?貴方の生徒達の恋模様を」
“態々場所を移す必要は無いんじゃ…”
「ゆっくりと話せる場所に行かなくては。今日は長くなりますのでね。…酒はいける口で?」
“飲めるけど…って、そうじゃなくて!そんな時間まで話してられないよ!?まだ仕事があるんだから!”
仕事…?あぁ、仕事ですか。二の次でしょう、そんなもの。
「大丈夫です。私も仕事をすっぽ抜かしてここに居ますので」
“それは駄目なんじゃないかな!?”
「平気ですよ。存外、なんとでもなるものなので。時間は有限、時は金なりです。さ、早く行きますよ」
“いや、ちょっ…!まっ…!”
その後『猫吉飯店』にて、アラタ君も交えて三人で夜通し飲みながら恋について語り合いました。まさか『先生』が既に常連になっているとは思いもしませんでしたが。
どうやら『先生』は生徒というフィルターが無ければ問題ないようで、己の生徒達のことは一応女性として認識しているらしいです。それよりも先に生徒という肩書きが着くため、やはり恋愛対象にはなり得ないそうですが。
初めは『生徒をそういう目では見ない』の一点張りでしたが、酒が入っていくにつれて段々と自身の生徒達の魅力について熱く語ってくれました。なんか押せばいけそうな雰囲気でしたね。これからも定期的に唆してみましょうか。
しかし今日の段階では、やはり生徒との恋愛は駄目だと言って聞かなかったです。
まぁ、染み付いた考え方は中々変わらないものですから。こればかりは仕方ありません。ゆっくり気長に彼をキヴォトス仕様に染め上げていきましょう。
いやぁ…。実に有意義な時間でした。
次回の都合も付けておかないといけませんね、これは。
〜おまけ〜
「…ということがありまして」
「ふーん?…私、レンさんの用事が終わって連絡来るの待ってたんだけどなぁ…?」
「ぐ…。それについては申し訳なく思っています…」
「別に良いよーだ。どうせ私といるより他の子の恋路を見てた方が楽しいんでしょ?」
「い、いえ…!そのようなことは決して…!」
「…じゃあさ、今から私が何しても避けないでね?」
「へ?…いや、何故そうなるのです…?」
「埋め合わせってことだよ。…えいっ」
「!?!!!?」
「んー…?レンさん大っきいから、私の翼だと覆い隠せないや」
「ミカさん…?これはちょっと、なんというか……その、恥ずかしさが一番に来るのですが…」
「私達付き合ってるし、なんの問題も無いじゃんね?それに、レンさんの匂い…すごい落ち着く…」
「いや、私は色んな意味で精神的にかなり来てますが…?早い所止めにしません…?」
「駄目。しばらくこのままだよ」
「えぇ!?」