キヴォトス人の『運命の人 』   作:Mr.@

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私はハッピーエンドが好きです。(自分語り)
書きたいこと書いてたらめちゃ長くなっちった⋯。




EP.EX シャーレのお悩み相談室

 

 

私が学園都市キヴォトスに来てから、かなりの月日が経った。

 

初めこそ慣れない仕事や、元の世界とは掛け離れたこの世界の常識に戸惑ったものの、今では何とか上手い具合にやらせてもらっている…のだけど…。

 

最近、どうにも悩ましいことがある。

 

あまり、生徒達との交流が出来ていないのだ。

 

アビドス、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。他にもたくさんの自治区がこの世界にはあり、その自治区の数だけ規模は違えど学園がある。

 

私は『先生』。全ての生徒の味方であり、今を生きる彼等彼女等を正しく教え導かなくてはならない。

 

生徒が困っていれば、その原因を排除し、助け。

生徒が間違えを犯しそうになれば、それを指導し、正しくあれるように。

 

その為には生徒達との交流が必要不可欠。

だというのに、シャーレでの実際の活動は大体が民間人から寄せられる依頼をこなす事。これでは『先生』ではなく何でも屋だ。

 

まぁ、必ずしもそれだけではないし、生徒からの依頼というのも少なからずあるのだけど。

ともかく。普段はそれらに時間を取られてしまう事が多く、『先生』らしい事は殆ど出来ていないと感じている。

 

しかしだ。自分から交流をしに行くというのは、それはそれで危険が伴う。

何故かと言うと、私に好意を寄せてくれている生徒が少なからず居るからだ。

 

自惚れと思われても仕方ないとは思うけど、これは間違いなく事実。

先も言った通り、私は『先生』だから。己の生徒達とそういった関係を持つのはあまりにも宜しくない。

 

前に話した男性…レン曰く、この学園都市キヴォトスにおいては歳も立場も関係無く、全ての恋愛が許容されるらしい。

だが、仮にそうだったとしても。私個人としては許容出来ない。それは純粋に、前の世界での常識が私の中にあるからなのだが…。

 

そして何より問題なのはヘイローの存在。

あれが有るが故に、私が居た世界とは人間の強さが違う。

 

この世界の人間は、あまりにも強すぎる。

銃弾を受けても『痛い』で済む程度の耐久力。それに加えて私などでは到底太刀打ち出来ない程の膂力。

 

私が生徒達の内情に深入りして気の迷いを起こされた場合、抵抗の欠片も出来無いことは想像にかたくない。

 

とはいえ、そういった危険の無い生徒達とだけ交流するというのは論外。人を選ぶというのは私が一番してはいけない行為だ。私は『先生』として、全ての生徒と平等に接しなければならない。

 

故にだ。出来れば受動的に、かつ差が生じないように生徒達の力になりたいと考えている。

 

“…という訳で、何か良い案は無いかなぁ…?”

 

「前もこんな話しなかったっけ?」

 

“アラタ相手だと相談しやすいんだよね”

 

今私が居るのは猫吉飯店。

美味しいご飯にお酒。気さくな常連さん達。それに加え、歳が近くて気の許せる店主。

居心地が良すぎて、すっかり私も常連の一員になってしまった。

 

…そのせいで若干一名、彼の事をライバル視する生徒が出てきちゃったんだけどね…。

 

「そう?兄貴とか東雲さんとかのが良さそうに思うけど」

 

“シンイチロウは会う機会が少ないから。レンは…駄目かな”

 

レンは私に生徒との恋愛を推奨してくる。

この話をしたところで『誰かと付き合ってしまえば他の生徒は諦めるから万事解決ですよ』とか言うに違いない。

 

“それにアラタは私と考えも近いからね”

 

「あー…。俺はまぁ、親父がな…」

 

そう。シンイチロウによると、彼等の父親は私と同じで外の世界から来た人だったらしい。

つまりアラタの思考が私と近いのは、お父さんの教育の賜物ということだ。ありがとうございます。

 

「しかし、『先生』も大変なもんだ。頼れる大人ってのは子供から見たら魅力的なのかね?」

 

“そう思って貰えているなら嬉しいけどね。でもまぁ、情けない姿を見せてしまうことも多いよ”

 

「そりゃあそうだろ。なんでも一人でこなせる奴なんて居ないんだ。それに、欠点の一つくらいはあった方が人間らしくていいじゃないか」

 

こういうふうに言われると、彼ってほんと人が良いよなぁって感じる。

人のことを肯定するのが自然っていうか、自分以外の誰かを下げるような事を言わないんだよね。

自分への評価が低いのは直した方がいいと思うけど。カヨコもその辺は難しい顔をしながら言ってたし。

 

“って、そういう話じゃなくて…”

 

「あぁ、そういやそうだった。……難しくない?」

 

“…だよね”

 

言ってる自分でもそう思う。

受動的かつ公平にとか、中々の無理難題では?

 

二人で酒を煽りながらウンウン唸っていると、不意にアラタが何か思い付いたように顔を上げた。

 

「『先生』。仕事のスケジュールに無理は無いか?」

 

“え?ま、まぁ…そうだね。今のところは大丈夫だけど”

 

「なら、相談所とかやってみたらどうだ?」

 

“相談所…?”

 

相談所っていうと…悩み事とかを聞くあの?

 

「それなら向こうから来るし、機会はみんな平等に有る。内情には深入りすることになるが…まぁ、生徒側から来るんだしそこら辺は大丈夫だろ」

 

…確かに。彼の言う通りかもしれない。それに、生徒の悩み事を聞いて解消に導く。

…中々『先生』らしいんじゃない?

 

“いいね。名案だよ”

 

「後は…時間は決めておいた方がいいな。あんたにも仕事があるから、何時でも受け付けられる訳でもないだろうし」

 

“そうだね。そうすると…”

 

その日はついつい盛り上がってしまい、結局日を跨ぐくらいまでアラタと話し込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

“………”

 

そして次の日。

早速アラタの案の通りに相談所をやってみることにした。題して『シャーレのお悩み相談室』。

 

特にこれといった準備も必要無かったからね。

SNSでこういうことをやるよーっていうのを拡散して、後は人が来るまで待っているだけ。

 

で、今はその待ち時間なんだけど…。

初日ということもあってか、中々人が来ない。まぁ、予想してたことではあるし、そこまで気にしてないけどね。

 

ただ待つというのも時間がもったいないので、書類仕事でも進めておこうかと思ったその時。

 

「こんにちはー」

 

一人の生徒が。その声の主は…。

 

“こんにちは、セツナ”

 

私とはあまり関わりの無い生徒の一人である、セツナだった。

 

“今日はどうしたのかな?”

 

「『先生』が悩み事を聞いてくれるって話、本当?」

 

“勿論だよ。さ、そこにかけて”

 

彼は私の言葉を受けて、そそくさと対面の席に座った。

どうにも雰囲気が暗い。

 

“セツナが私を頼るのは珍しいね”

 

「まぁね。前と今とじゃ状況が違うから」

 

状況が違うということは、前は私を頼らないようにしていたということかな?でも、それはどうしてなんだろう。

 

「じゃあ、早速なんだけど…。…好きな娘に、知られたくないことを知られちゃったんだよね…」

 

…好きな娘。

恐らく、彼の意中に居るのは…。

 

“ノアのことだね”

 

「うぇ…バレてたの?まぁ、いいんだけどさ。…で、それからノアちゃんに避けられちゃってるんだよ」

 

“その、知られたくないことっていうのは私に話せる?”

 

そこが分からないと正直難しい。

ノアもセツナのことを意識している素振りが多かったから、多分そうなんだろうと私は思っていた。

そんなノアが彼のことを避けるっていうのは、結構な事柄だと思うけど…。

 

「…僕、余命があと一年くらいだったんだよね」

 

“……え?”

 

予想だにしない爆弾発言に、私の頭の中は真っ白に染まってしまった。

セツナはそれに気付いている様子を見せつつも、話を続ける。

 

「だったんだけど…原因の病気が治る目処が立ってね。全部うちの会長サマのお陰だよ。研究の賜物だって言って、僕の病気が治るのを自分の事みたいに喜んでた」

 

“…確か、彼の専攻学科は…”

 

「神秘学だね。僕達キヴォトスの人間に宿る、不思議な力を解明する学問。⋯僕の身体を蝕んでいたものの正体は、自分自身に宿る神秘だったんだって」

 

神秘というものは、よく分からない。

私と彼等では、生物としての根本が恐らく違うのだろう。別の世界の人間なのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど。

 

でも、そのせいで生徒達に真に寄り添うことが難しいというのは、歯痒いものだ。

 

「⋯で、会長が開発したっていう薬を飲めば病気を治せるんだって。その代わりに僕の神秘は失われるらしいけど」

 

“それって⋯”

 

神秘が無くなる。

それはつまり、彼が私やシンイチロウのようになるということだ。

 

今までのような力を発揮することが出来なくなる。

銃弾一発で致命傷になる身体になる。

 

キヴォトスで生きる上で、致命的な欠陥を抱えることになる。

 

「正確に言うと病気を治す薬なんじゃなくて、体から神秘を消す薬らしいよ。よくもまぁ、会長はそんなものを作ったよね」

 

“⋯セツナは、怖くないの?”

 

今までのようにはいかなくなる。この世界の常識から外れる。

きっと怖い筈だ。外に出るだけで常に死と隣り合わせになるのだから。

 

「そりゃあ勿論怖いさ。でも、それ以上に生きたいって思ったんだ。僕自身の為に。⋯そして、大切な人の為に」

 

“⋯そっか”

 

今の質問は無粋だったかな。

彼はそうなることを分かった上で私に話しているというのに。

 

「まぁ、それで…ノアちゃんにそのことを伝えたいんだけど…」

 

“避けられているから中々伝えられずにいるって訳だね”

 

「そうなんだよねぇ…」

 

成程。

それなら一つ良い手がある。

 

“来週、ノアが当番の日があるんだ。その日にセツナも当番として来るかい?勿論彼女には内緒でね”

 

「でも、ノアちゃん僕のこと見たら逃げ出すんじゃない?そこまでされたらショックで死んじゃうよ」

 

“大丈夫。ノアも、セツナとどう接したらいいか分からないだけなんだと思う。機会さえあれば、彼女はきっと君の話を聞いてくれる筈だよ”

 

彼女にとっての大切な人。そんな彼が、あと一年生きられるかも分からないなんて知ったら、どうしたらいいか分から無くなるのも当然だろう。

 

「そう、かな。…そうだね。悩んでても仕方ないし、そうしよう」

 

そう言ったセツナは勢いよく椅子から立ち上がった。

彼の表情は、既に先程のような暗いものでは無くなっていた。

 

「ありがとね、『先生』」

 

“どういたしまして。…これからは、もっと私のことを頼ってもらえると嬉しいな”

 

「病気のことはあんまり人に知られたく無かったから。でも、これからはたくさん頼らせて貰うよ」

 

じゃーねー。と、気の抜けそうな声とともにセツナは退室した。

…彼ともこれからは関わりが深くなっていきそうだ。

しかし、病気のことを相談して貰えなかったのは少し残念だ。彼の優しさが故なのだろうけど、それを加味してもセツナにとって私は頼れる程の存在では無かったということだからね。

 

『先生』として、もっと頑張らなくてはいけないな。

 

「…ちょっ…シロ……つい…」

 

「…いいか……見てら…」

 

“ん?”

 

外から話し声が断片的に聞こえる。この声は…。

様子を見ようと思い、部屋から出る為に席から立ち上がった瞬間。

ピンク色の何が勢いよく飛んできた。

次いで綺麗な銀髪と狼の耳が特徴的な生徒…シロコがひょっこりと顔だけを見せる。

 

「うへぇ…シロコちゃんは乱暴だなぁ。おじさん、そんな子に育てた覚えは無いよぉ…」

 

「ホシノ先輩がいつまでもうじうじしてるのが悪い。…じゃ、『先生』。後は任せる」

 

“…えぇ?”

 

言うだけ言ってシロコは帰ってしまった。そして、先程飛んできたものの正体はホシノのようだ。入ってくる時に頭を打ったのか、痛そうに患部をさすっている。

 

「いきなりごめんねぇ、『先生』。おじさん直ぐに帰るから…」

 

“ホシノは何か悩み事があるのかな?”

 

ここに来たと言うことは、そういうことだろう。見た感じは来た、と言うよりもシロコが無理矢理連れてきたみたいだけど。

 

「いやぁ、そう大したことじゃないから大丈夫だよ〜」

 

“大したことじゃなくても、だよ。誰かに話したら解決するかもしれないし”

 

「うーん…そうだね。せっかくだし、おじさんの悩み事を聞いてもらおっかな」

 

のそのそと起き上がり、ホシノは椅子に座った。

 

“じゃあ、ホシノの悩みを聞かせてもらえるかな”

 

「いやぁ、実は…私、ゲン君と喧嘩しちゃったんだよねぇ…」

 

“ゲンと?”

 

それはまた珍しいな。ホシノとゲンはとても仲が良いし、今まで喧嘩の一つもしたことが無いって聞いてたのに。

 

“何が原因で喧嘩になったの?”

 

「それがさぁ…私こないだ風邪ひいちゃって。治るまでの間はゲン君が家事全般やるって言ってくれたんだけど、そこまで酷いものじゃなかったから断ったの。だけどゲン君てば『俺がやる』の一点張りでねぇ…。お互いに引かなくて、そのまま言い合いになっちゃって」

 

“…それは、なんというか…”

 

「もう風邪自体は治ったんだけど、喧嘩だけは尾を引いてる状態でさ。ギクシャクしてるっていうか、あんまりいい雰囲気じゃないからシロコちゃん達も心配なんだと思う。でも、今までこんなこと無かったからよく分からなくて…どうやって謝ればいいのかなぁって悩んでるんだよねぇ」

 

お互いに好きだから、そういうふうになったんだろうなっていうのが分かる。でも、病気になったのであれば素直に甘えるべきだと私は思うかな。

 

“ホシノはもっとゲンに甘えても良いんじゃないかな”

 

「でも、迷惑かけたくないし…」

 

“じゃあ、逆の立場になった時を想像してみて?ホシノだったらどうする?”

 

私の問いに対してホシノは悩む素振りすら見せずに答えた。

 

「少しでも負担をかけさせないようにする、かな」

 

“でしょ?結局のところ、そうなるんだ。お互いが大切だからこそね”

 

無理をして欲しくない。調子を崩したなら安静にしてて欲しい。それは、誰しもが抱く当たり前の感情。相手が大切な人なら尚更の事だ。

 

私だってそうだ。生徒達にはあまり無茶なことはして欲しくない。

 

“でも、必ずしもホシノが間違ってる訳でもないよ。迷惑をかけたくないっていう気持ちも、相手を思いやるからこそ出てくるものだから。ゲンが風邪をひいてたとしても、多分同じようなことになったんじゃないかな”

 

「そうだよねぇ…。ゲン君はいつも無茶ばっかりするからねぇ」

 

そこはホシノもあんまり人のことを言えない気がするけど…。まぁ、二人は似た者同士だから。言動は割と対称的なんだけど、根っこが同じなんだろうね。

 

“謝るのも、普通に謝れば大丈夫。きっとゲンも、早く仲直りしたいと思ってるだろうから”

 

「…うん。そうするよ。おじさん最近寝不足だしね」

 

“そうなの?睡眠はしっかり取らないと駄目だよ?”

 

「喧嘩しちゃってから別々で寝てたからねぇ。ゲン君の腕枕が無いとおじさん寝れないんだよぉ…」

 

…コメントしづらい。仲が良いのは良い事だけど…。

いや、まぁ…二人は今、交際してるらしいし別に問題は無いんだけどね…。

 

「いやぁ、ありがとうね『先生』。お陰でだいぶ気持ちが楽になったよ」

 

“どういたしまして。もう喧嘩はしないようにね”

 

「大丈夫。滅多な事じゃ喧嘩にはならないからさ〜。…じゃ、お仕事頑張ってねぇ〜」

 

ぱたぱたと手を振りながらホシノ帰って行った。

 

喧嘩をするほど仲が良い、なんて言うけどあの二人はその言葉に当てはまらないくらいの仲良しさん。それがまさか喧嘩することになるとは思わなかったなぁ。

 

初めて会った時はお互いに依存しているような節が見受けられたから、少し心配だったんだけどね。それも今ではだいぶ良くなったし、これからも健全なお付き合いをしていって欲しいものだ。

 

…さて。しばらく誰も来ないだろうし、仕事を進めておこうかな。

 

「…おい」

 

…?なんか今、天井から声が聞こえたような…?

 

“…うわぁ!?”

 

天井を見ればなんとびっくり。

いつの間にか一人の生徒が張り付いていた。狸のお面と和装が特徴的な百鬼夜行の生徒。コウイチだ。

 

「なんや、そんなけったいな声出してからに」

 

“いや、天井に人が張り付いてたら誰でも驚くよ…”

 

彼はスタッ、と綺麗な着地をした後、狸のお面を外して相変わらずの鋭い目線で私のことを睨んだ。

 

「SNS見たで。『シャーレのお悩み相談室』たぁ、おもろいことやっとるやん。ほんならわいの悩みも聞いてもらおか?」

 

“それは良いんだけど…コウイチは一体いつ入ってきたの?”

 

「アビドスの頭がここに放り込まれた時や。どさくさに紛れてな」

 

“普通に入ってくれば良いのに…”

 

「あんたの間抜けな面を拝みたかっただけや」

 

彼は私に対しての当たりが強い。

理由は知っているし、彼のことを考えれば当然だと思っているから甘んじて受け入れている。

 

“でも、コウイチが私を頼ってくれるのは嬉しいな”

 

完全に嫌われている…と言うよりは敵視されてる、の方が正しいかな。

そんなコウイチが私に相談事だなんて…きっと余程のことなんだろう。

 

「おぉ、そか。ほんなら一つ教えてくれ。…あんたを亡き者にする方法をな。訳の分からん弾除けの呪いでも付いとんのやろ?じゃなきゃ、ヘイローの無いあんたがあの銃撃戦の中でシンパ共を指揮してて無事な筈が無い」

 

“え…っと…”

 

それは単純にアロナのお陰だ。私の力では無い。

まぁ、弾除けの呪いっていうのは概ね間違いじゃないけど。

 

しかし…私を殺す方法、か。それだけ怨まれてるってことだよね…。

分かってはいたけど、やっぱり悲しいな。

 

「それか元の世界に帰す方法でも構わん。とにかくわいは、この学園都市をあんたが来る前のそれに戻したいんよ」

 

そう言うのも納得出来る。それくらい、私と彼との間にある溝は深い。

でも…。

 

“ごめんね、コウイチ。私はまだ『先生』としてやらなくちゃいけないことが沢山あるんだ。だから、死ぬ事は出来ない”

 

「ならそのやることってのが終わったら帰れや」

 

“それも、出来ないんだ。そもそも帰る方法が分からないからね”

 

そう。帰る方法は私も知らない。そもそもどうやって来たのかもよく分からないのに、知ってる訳が無い。

だから彼には申し訳ないけど、これに関しては諦めてもらうしかない。

 

「…は。そーかい。……悪かったな」

 

コウイチはバツの悪そうな表情をしていた。

彼は自分が一線を超えてしまったと感じた時は、こうして必ず謝る。そういった面を見ていると、本来はとても優しい子なんだろうというのが分かる。

 

だからこそ、私への当たりの強さが一層際立って感じるんだけどね…。

 

“気にしないで。君も事情を知らなかったんだし、仕方ないよ”

 

この事は生徒の誰にも話していない。話す必要も無いだろうしね。聞かれれば答えるつもりではいるけど、そもそもみんなそんなこと聞いてこないし。

 

「…んじゃあ、どうやったらあんたはワカモちゃんとくっつくんや」

 

“…いや、私は生徒とそういった関係になるつもりは無くて…”

 

「それでもや。わいはワカモちゃんが幸せならそれでええ。…そこにあんたの意思は必要ない」

 

彼は自身の想いを隠してまで、ワカモの幸せを願う。それがどれだけ辛いことなのか、想像にかたくない。

そして、それがどれ程の想いなのかも。

 

でも、だからこそ。

 

“…コウイチ。君がーー”

 

「自分の気持ちを隠す必要は無いってか?…笑わせんなや」

 

彼の声音からは、途方もないくらいの怒気が感じとれた。

 

「好きな娘の幸せを願って何が悪い?その為にわいが身を引くことの何が悪い?言ってみろや。『先生』」

 

“そこには、君の幸せが含まれていないじゃないか”

 

「んなもんあんたがこの世界に来た時に犬の餌にしたわ。⋯ああ、いや、違ったな。ワカモちゃんの幸せがわいの幸せ。そう、思っとる」

 

そう、思っている。

その言葉は、明らかに自分自身に言い聞かせているもの。

 

それでは、あまりにも救われない。

尽くすことが間違いとは言わない。でも、その為に自分を犠牲にする必要は一切無い。

 

まだ彼は子供。彼の人生はこれからなのだから。

 

“違うよ。コウイチだって、一人の人間だ。自身の幸福を願う権利がある。君がそれを捨ててしまう必要なんて無いんだ”

 

「なら、あんたを殺す方法を教えろ。そうすりゃわいは、また自分の幸せを追いかけられる。ワカモちゃんまで叶わん恋に奔走する必要も無くなる。あんたは言葉通り『先生』を貫き通せる。みんな万々歳やろ」

 

“それは…”

 

「偉そうなことばっか言っとんのや。それくらいせぇよ。え?」

 

彼の言う通りだ。私が自身の考えを貫き通すのであれば、質問に答えなければならない。

しかし、私が『先生』である以上。どうしても死ぬ訳にはいかない。

 

“コウイチの質問には、私は答えられない。…ごめんね”

 

「……はぁ。何聞いてもまともに答えちゃくれんやないか。『シャーレのお悩み相談室』なんて名ばかりやな」

 

“…ごめん…”

 

「二言目にはごめん、ごめんねって…前もやめろ言うたろうが。聞いとると腹立つねん、それ」

 

“……”

 

私は彼に謝ることしか出来ない。故意では無いとはいえ、彼の想いを叶わぬものにしてしまったのは、間違いなく私だ。

 

『先生』という役割を与えられた、本来ならこの世界には存在しない筈の、私が。

 

「…チッ。もうええ。これ以上あんたと話しとったらシャーレを爆破してまうかもしれん。帰るわ」

 

“…そんな物騒な事しないでね?”

 

「せんわ。例え話や、例え話。んな事したらわいがワカモちゃんに殺されるやろが」

 

そう言って、彼はまるで忍者のように姿を消してしまった。

 

…コウイチ。彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。私というイレギュラーが彼を歪めてしまった。

私のわがままで、彼の想いは叶わない。

私では、『先生』では。それをどうすることも出来ないのが歯痒い。

 

いつか、彼と心の底から笑い合える日が来て欲しい。

 

「…貴方様」

 

“うわぁ!!?”

 

私以外誰も居ない筈のこの場所で、唐突に背後から声がかけられた。

振り返ると、そこにはコウイチと縁の深い生徒であり、先程話にも上がっていた生徒…ワカモが居た。

 

“びっくりしたぁ…”

 

「すみません。声をかけるのであれば、今しかないと思いまして…」

 

“い、いつから居たの…?”

 

「初めからです。相談という態で、貴方様に近づく不埒な輩が居ないかと心配になりまして」

 

…初めから?それってつまり…。

 

「それで、その…先程の件なのですが」

 

…拙い。会話を全て聞かれていたのであれば、コウイチの想いも筒抜けになってしまっている。

いや、それよりも…彼が私のことを殺そうという意思があることを知られた方が拙いかもしれない。

 

“わ、ワカモ。その、あれは…”

 

「…私には、貴方様が居るというのに」

 

“…ん?”

 

ワカモは頬に両手を当てて俯いている。よくよく見ればその頬は紅潮していた。それに加えて尻尾もブンブンと物凄い勢いで振れているし、耳もピコピコしている。

 

「コウイチさんの想いを聞いてから、動悸が収まらなくて⋯」

 

…⋯おや?おやおや?

これは、もしかして…?

 

「あの方のことで、頭がいっぱいになってしまっているのです⋯。まるで、貴方様に初めてお会いした時のように⋯。一体私はどうしてしまったのでしょうか…?」

 

うん。間違いないね。

…そっか。…そっかぁ…!

 

“ワカモ、それはね…”

 

 

いつか彼と心の底から笑い合える日が来て欲しい。

そう、願ったけど。

 

案外その日は遠くないのかもしれない。

 

 

 






〜本作における『先生』〜

年齢は二十代前半。
飲酒○喫煙‪✕‬
複数の生徒が自身に対して恋心を抱いていることに気付いているのと、交際相手がいる、または想い人が居る生徒が存在することを知っている。
そのことから、原作先生よりも『生徒と先生』という関係を強く意識している。それ以外は特に違いは無い。
彼が生徒との交流が足りていないと考える理由は、本作には男子生徒が存在しているから。単純に母数が増えている為、原作先生と同じくらいでは生徒一人に対する交流の密度がどうしても少なくなってしまう。


〜ちょっとした補足〜


①セツナについて

セツナの病気

それ自体は普通の悪性腫瘍⋯早い話癌である。
しかし、彼の神秘に『不変』という特性があった為に、取り除いた腫瘍はすぐに再生してしまっていた。
そのことに気が付いたミレニアム男子学部の生徒会長は、己の知識と外部のツテを使い『神秘を消す薬』を作り出した。
薬を飲んで神秘が無くなったセツナは、外の世界の人間と何ら変わらない存在になる。
そんな彼が、複数箇所にある悪性腫瘍を摘出する手術に耐えられるかどうかは⋯。
彼の『不変』は意識して作用させられるものでは無い。(アスナやセイアと同じような感じ)
セツナは自身の神秘の特性を知らない。悪性腫瘍以外に作用していない為、そもそも知るきっかけが無い。

②ワカモについて

『先生』に恋心を抱いていた筈の彼女がコウイチに惹かれた理由

シャーレにて『先生』とコウイチの会話を聞いていたワカモは、『先生』の『生徒とはそういった関係になるつもりは無い』という発言も当然聞いている。
その言葉が彼女と『先生』の破局のトリガーとなり、その場にいたもう一人の『運命の人』であるコウイチが⋯という流れである。(『設定とか色々』を参照)

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