「ごめんね、待たせちゃって」
店長さんと話をしていたアラタが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ううん、大丈夫。店長さんとなんの話をしてたの?」
「ただの雑談だよ」
「そっか」
二人で並んで店を出る。これからどこ行こうか、なんて話をしていたら隣からぐぅ、と鈍い音が聞こえてきた。音の発生源は恥ずかしそうに顔を赤らめている。時間は12時を回ったくらいで、丁度お昼時だ。
「時間も丁度いいし、なにか食べようか」
「…そうだね。確か、三階にフードコートがあったはず」
恥じらいを隠すためなのか、アラタはスタスタと足早に歩いていく。身長に差があるせいで、彼の歩幅に合わせるのは少し大変だ。
「ちょっと、早いって」
彼は先程のことで頭がいっぱいになっているようで、此方の声が聞こえていないみたいだ。私はアラタの動きを止めようと、彼の腕に私の腕を絡ませた。
「ちょっ…!?」
「歩くの早いよ」
ぎゅっと腕を抱きしめる。すると彼の顔はさっきまでの比じゃないくらいに真っ赤に染まった。
「あの、歩幅合わせるから、離して…」
「ダメ」
「…これは、ちょっと」
「ダメ」
「カヨコちゃん、ほんとに…」
「ダメ」
どんどん声が小さくなっていく彼に反比例して、私の否定は強くなっていく。私がこれを止めるつもりがないのを悟ったのか、抵抗しなくなった。
そのままフードコートに向かっていると、彼が今にも消え入りそうな声でボソリと呟いた。
「これじゃまるでカップルみたいだよ…」
「今日のこれも、デートみたいなものでしょ」
「へ…ぇ?デート?…あっ」
男女二人で出かける。傍から見たら、デートと形容するのが一番しっくりくるだろう。アラタは、そんなこと露ほども思ってなかったみたいだけど。
「アラタは、嫌なの?」
何が嫌なのかは、あえて言わない。
「嫌じゃ、ないけど…」
「じゃあ、今日はこのままね」
「えぇっ!?」
「だって…私がこうしたいから」
さっきカップルとすれ違った時からずっと思ってたことだ。
ずっと此方を見ようとしなかった彼が、私の顔をまじまじと見てくる。その表情は、色んな感情がごちゃ混ぜになっているような感じだった。
「…カヨコちゃんは、嫌じゃないの?」
ここまでしても、彼はまだ分かってくれない。
…いや、これはきっとアラタが自分自身を信じられていないだけかな。彼は言葉にしないだけで、そういう自虐的なところがある。
「嫌だったら、こんなことしないよ」
「…そっか」
ゆっくりと、歩幅を合わせて並んで歩く。この時間が、少しでも長く続くように。
〜〜〜〜〜
「あ! そこのお客様〜!」
フードコートに向かっている最中に誰かから声をかけられた。どうやら、カフェの店員さんみたいだ。
「どうやら昼食を摂る場所を探しているご様子。御二方、カップルと見受けましたがどうでしょうか?当店は完全個室となっておりますので、ゆっくりとお二人だけの時間を過ごせますよ?」
「えっと、俺らは付き合ってる訳じゃなくて」
「またまた御冗談を〜!交際していない男女が、腕を組んで歩くなんてこと無いでしょう?えぇ、照れなくても大丈夫ですよ!」
「いや、あの…」
店員さんの勘違いを正せずに、あたふたとしているアラタを尻目に私は口を開いた。
「入ります」
「カヨコちゃん!?」
「かしこまりました!ささ、どうぞこちらへ」
店員さんに案内されて、個室へと入る。店内は思ったよりも落ち着いた雰囲気で、ゆっくり過ごすには丁度良さそう。
「ねぇ、カヨコちゃん」
「なに?」
「良かったの?勘違いされちゃってるけど」
今更そんなことを聞かれても。私はさっき、ちゃんと言ったんだけど。
「言ったでしょ。嫌だったら、こんなことしないって」
「それは、そうだけど…」
ぐぅ、とまた鈍い音が聞こえる。今度は先程とは違い、二人分だ。
お互いに顔を見合わせて笑う。それは、初めて会った日の帰り道を彷彿とさせた。
彼がメニューを私側に開いて置く。
「なに食べる?」
「私はこれにしようかな」
「じゃあ、俺も。飲み物は?」
「コーヒーで」
チリン、と呼び鈴を鳴らすと店員さんはすぐに来た、
「御注文をお伺いします」
「ホットサンドのセットを二つ。ドリンクは両方ともコーヒーでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文してからしばらくの間会話に花を咲かせていると、個室のドアがノックされた。
「失礼します。こちら、御注文のお品物です」
だが、ホットサンドとコーヒーが乗ったトレンチには明らかに注文してないものも乗っていた。
最初は他のお客さんのものかと思っていたけど、テーブルの上に置かれた事でソレが私たちに向けたものだというのがわかる。
「あの…」
アラタもソレを見て困惑している様子だった。まぁ、気持ちは分かる。中身は、緑色なので恐らくメロンソーダだろう。だが問題はそこでは無い。なぜならソレには一つのグラスに二つの飲み口が付いたストローがあり、明らかにカップル向けのものだからだ。
「こちら、カップルのお客様へのサービスとなっております。それでは、どうぞごゆっくりと」
こちらの困惑した様子など気にもとめずに、店員さんは個室から去っていってしまった。沈黙が場を包む。
「…さ!注文したものも来たし、食べよっか!」
サッとソレをテーブルの端に寄せてアラタが言う。どうやら彼はソレの存在を無かったことにするらしい。
「そうだね、とりあえず食べようか」
「「いただきます」」
二人揃ってホットサンドを口にする。
…うん。なかなかに美味しい。
「結構美味しいね」
余程お腹がすいていたのか、パクパクとホットサンドを食べ進める彼を見て、ふと思った。
「そういえばさ、アラタがなにか食べるの見るの初めてかもしれない」
「そうだっけ?」
よく良く考えてみれば、アラタと会う時はいつもの路地裏か私が彼のお店に行った時だけだ。
私の知らない彼の表情。彼の仕草。それをまた一つ見れたことが無性に嬉しく感じた。
「そんな見られると、恥ずかしいんだけど…」
「いつも私がご飯食べてる時も同じ気持ちだよ」
「…痛いとこ突くなぁ。でも、自分が作ったものを美味しそうに食べて貰えるのは嬉しいんだ。だからつい見ちゃうんだよね」
「私も、アラタが美味しそうにご飯食べてるところ見るの好きかも。なんか可愛いし」
「可愛い…可愛いかぁ。男としてはそう言われるのは複雑な気持ちだなぁ。どちらかというと、かっこいいって言ってもらいたいけど…」
なんとも言えない表情をしながら彼が言う。
「大丈夫。アラタはかっこいいよ」
「…揶揄わないでよ」
「揶揄ってなんかないけど」
私がそう言うと彼は顔を背けてしまった。向いた方にはあのメロンソーダがあり、それをどうしようかと悩んでいる様子だった。
「ソレ、どうするの?」
「うーん、出されたものだし、そのまま残すって訳にもね」
彼がストローに口をつける。だけど、全然飲めてない。それもそのはずで、あのストローは二つの吸口が通々になっているから、両方の吸口が塞がっていないと飲めないようになっている。
「…あれ?飲めない…」
彼はそのことを知らないようで、頑張ってストローを吸い続けている。
その時、ふとシンイチロウの言葉を思い出した。
『アイツ鈍感だからなぁ。彼女とか出来たことねぇし、女心ってもんを分かってねぇと思うからよ。ガンガン押してった方が多分いいぜ?』
…また一歩、踏み出してみよう。
身を乗り出して反対のストローに口をつける。メロンソーダがお互いの口の中へと入っていく。
…これはちょっと、流石に恥ずかしいかもしれない。
「…美味しいね」
誤魔化すように味の感想を言ってみたものの、恥ずかしさが消えることはない。段々と顔が熱を帯びてきた。
「いや、あの、…え?」
彼は何が起きたのか理解しきれていない様子で、私とメロンソーダを交互に見やっている。
「コレね、こうしないと飲めないようになってるの」
「あ、そうなんだ…」
実際は片方の吸口を指で塞いでしまえばいいだけなのだが。
「な、なら…申し訳ないけど残そうか…」
「いいじゃん、このまま飲んじゃおうよ。一回やったら何回やっても変わらないでしょ?」
「え゛」
本当、彼はこういう時はとことん鈍い。まぁ、そういうところも含めて好きになったんだけど。
再び、何も言わずにストローに口をつける。
「…ほんとにやるの?」
まだ踏ん切りがつかないようで、口をつけることを躊躇っている。
…もう一押しかな。
「私じゃ、嫌?」
そう言うと観念した様子でアラタもストローに口をつけた。
今までにないくらいにお互いの顔が近くなる。彼の顔を見つめていたら、視線を逸らされた。恥ずかしそうにしている彼は初々しくて、とても可愛らしく見えた。
そのまま、グラスの中身が無くなるまで飲み続け、あっという間にグラスは空になった。
「…やっぱり、可愛いね」
「今のはしょうがないって。…こういうの、初めてだったんだ」
「そうなの?…アラタの初めて、貰っちゃった」
「その言い方止めない?」
「ふふっ、冗談だよ。ちなみに、私も初めてだったよ」
「…そう」
〜〜〜〜〜
そのあと、カフェを出た私達はそのままショッピングモールを見て回った。勿論腕は組んだままで。そうして気づけば、日が傾いて来ていた。
今はショッピングモールの近くにある公園のベンチに並んで座っている。
「…あっという間だったね」
「…そうだね」
沈みゆく太陽を眺めながら、思いに耽ける。
楽しかった時間も、もうすぐ終わってしまう。
「次は、腕組むのは無しだよ」
「ダメ」
「なんでぇ…」
別に今日が今生の別れという訳でもないのに、今が終わってしまうと思うと胸が張り裂けてしまいそうなくらいに辛い。
「また、来ようね」
「うん、また一緒に出かけよう」
じっくりと、噛み締めるように。
夕日を見つめる。
「カヨコちゃん、これ」
そういって彼がショルダーバッグから取り出したのは…
「エーポッドプロ…?」
それも最近発売されたばかりの新型だ。人気が高い上に、中々の値段がするので私は手を出せずにいた。
「音楽好きなんでしょ?予約通ったから、買ったんだ。カヨコちゃんにあげようと思って」
「…いいの?」
「勿論。そのために買ったんだから」
エーポッドプロを受け取る。
…彼からの、初めてのプレゼント。
特別な、彼からの。
「ありがとう…大切に使う」
「あ、それともうひとつ…」
そうして彼が取り出したのは、小さな、手のひらほどの大きさの箱だった。
「これは…?」
私がそう聞くと、彼は小さな箱を開いた。
その箱の中身は、ネックレスだった。
綺麗なスターリングシルバーで、装飾の入ったリングが二つ重なってチェーンを繋いでいる。
所謂、ダブルサークルネックレスというものだった。
「カヨコちゃんに似合うかなって思って、買ってみたんだけど…」
どうかな?と少し照れ臭そうにしながら彼が問う。
「…これを、私に?」
「うん。…あ、無理に受け取らなくてもいいからね。俺が勝手に買ったものだし」
「ううん、嬉しい。…凄く、嬉しいよ」
まさか、こんなサプライズが待っているとは微塵も思っていなかった。
喜びのあまり、言葉が出てこない。
「…ねぇ、アラタ」
「なに?」
「もし良かったら、つけさせてもらってもいい?」
「喜んで」
彼に、ネックレスをつけさせてもらう。
驚く程に身にしっくりと収まったそれを見て、彼が満足そうに頷いた。
「思った通り、良く似合ってる。…とっても綺麗だよ、カヨコちゃん」
もう彼の顔を、私は見ることすら出来ない。
…あぁ、やっぱり、私はどうしようもないくらいに彼のことが好きなんだな。
スターリングシルバーのネックレスが、夕日を弾いて輝く。
それはまるで、今の私の心を映し出しているかのようで。
きっと私は、今日という日を一生、忘れることは無いだろう。
「ずっと、ずっと大事にする。ありがとう、アラタ」
ダブルサークルネックレスには、繋がりや永遠の幸せという意味があるそうです。
カヨコは自覚してからは強いと思うんですよ、俺ァね。
グイグイ攻められて一生恥ずかしがりたい人生だった…。