「右クリア」
「左クリア」
「エントランスクリア」
「前進」
停電して真っ暗な受付。
人の気配どころか生き物すらいるか怪しい静けさ。
間違いなくここに"いる"。
少なくとも、篠山の直感ではあるが、間違いはないだろう。
緑色の視界の中、1階の受付フロアから後ろに左右に三つほど部屋の ある廊下へと辿り着く。
ブリーフィングで受けた説明通りの建物構造であれば、このビルは4階建てで2階に6つほどの部屋。
3階は大きな会議室が2つと備品倉庫が2つ。
4階はオフィスとなっているはずだ。
そして大量の人骨と呪具が発見されたのはこのビルの3階。
そこが目標という事になる。
廊下へは4人ずつ左右に展開し、先頭から2人ずつが部屋に進入してクリアリングを試みていく。
篠山も後ろにつけている隊員と共に、左手の入り口側から2番目の部屋に静かに開け放たれているドアからM5A1を構えながら進む。
部屋に入った篠山は素早く右へ、後続の隊員ソーサラー1-6は左へと展開し周囲を見回す。
部屋には埃を被ったダンボールや長いこと使われず朽ちた事務机があるくらい。
「右クリア」
「左クリア」
「セクション1-Cクリア」
長居は無用。
速やかに部屋から出て、先にクリアリングを済ませて進んでいた隊員達の背後につく。
やり慣れたやり方だ。
即応班に配属されてからは呪具に関する講習を受ける傍ら、専らこういった戦闘訓練の方が多い。
おかげで毎度のように地獄を見せられているわけだが。
「・・・・・・・・・・・・」
篠山の割に合わない給料を心の中で嘆きながら、他の隊員の後をついて行く。
こんな事なら後方支援辺りに転属願いでも出した方が絶対に良い。
「CP、こちらソーサラー1-1。ソーサラーは2階に移動する。送れ」
《CP了解。ドローンは周辺走査を実行中。動きなし。対象はまだ内部にいると思われる。十分に警戒せよ。通信終わり》
1-1を先頭に階段の先を警戒しながら進み、篠山は死角となる下の階を警戒しながらその後ろについて行く。
狭く誤射の危険を考えれば、今この瞬間が危険だ。
こんな場所で襲われようものならひとたまりも無い。
そんな篠山の心配は杞憂に終わり、チームは2階踊り場へと辿り着く。
ここからまた大掃除の時間だ。
1-1が肘を曲げ、拳をあげてチームを止める。
「セクション2の掃討だ。迅速にかつ確実に制圧しろ」
1-1の厳しい声に全員が頷き、篠山はチャンバーチェックを行う。
緊張の瞬間。
先頭の1-1がハンドサインを先に行けと送り、その後ろにいた1-2から2人ずつ部屋に進入していく。
次々と部屋に突入してクリアリングする間、篠山とその後ろから随伴する隊員がM5A1とカラビナを構えて前進する。
「・・・・・・・・・・・・」
壁際に張り付き、後続の隊員に向けて手で何かを回すような仕草を2回、その後に突入する部屋を指し示した。
真後ろに居た隊員が頷くと狩衣のポーチからAM10 浄化閃光弾を取り出してその安全ピンに指をかける。
そして閃光弾が投げ込まれた部屋からの爆発音と共に篠山と真後ろに居た隊員が左右に展開。
「角を確認しろ」
篠山の声に後続の隊員が頷く。
そのまま周囲を見渡し、死角となっている物陰をちらりと覗き見る。
剥がれた壁紙や瓦礫以外は何も無い。
「右クリア」
「左クリア」
「オールクリア」
篠山が無線を入れようとしたその時。
チャリっと足元で何かを踏んだ音がした。
「・・・・・・・・・・・・?」
音源に目を向ければ、月明かりに照らされて境界対策課の職員証が僅かに反射していた。
まさかと一瞬だけ嫌な汗が一雫だけたらりと落ちる。
拾い上げた職員証には顔写真と識別番号、指名が記載されている。
「どうした篠山。なにか見つけたか?」
「嫌なもんだよ蓑原」
「嫌なもん?」
共に突入した隊員、同期である蓑原がこちらに顔覗き込んでくる。
表情はゴーグルのせいで見えないが不思議そうな顔をしてくることくらい分かる。
それを無視して篠山は無線のスイッチを入れた。
「CP。こちらソーサラー1-5。行方不明の職員のものと思われる職員証を発見した。
職員照会を願う。送れ」
ここに職員証が落ちているのなら、この場所のどこかにいる可能性は高い。
生存しているかはまた別問題だが。
《CP了解。ソーサラー1-5、識別番号と氏名を教えろ。送れ》
「了解。識別番号を伝える。フォックストロット、0、0、0、8、0、0、1。送れ」
《識別番号、フォックストロット、0、0、0、8、0、0、1。続けろ。1-5》
「了解、氏名は笠原 紀葉。確認を求む。送れ」
《了解、待機せよ》
無線が切れた途端、周囲の静寂がより増して不気味さがより増してくる。
手元の職員証を見つめる篠山だが、誕生日や顔写真から見るに、この笠原紀葉はまだ20になったばかりらしい。
恐らくまだ1年目の新人だろう。
「お気の毒に」
ポツリと呟いた篠山に四隅に御札を張り付けている蓑原が反応した。
「誰に向かって言ってんだか知らねぇが、勝手に殺しちゃ不味いんじゃないか?
っと、これで簡易結界の展開完了」
御札を張り、最後に小声で詠唱した蓑原が近付いてくる。
篠山はその職員証を腰に付けているダンプポーチに突っ込む。
少なくとも、死んでいたとしてもこの世に存在していた証はある。
せめて弔ってやるくらいはしてやろう。
《ソーサラー1-5。こちらCP。確認が取れました。
先程の職員証と行方不明となった職員の番号と氏名が一致しました。
そのまま捜索を続行してください。送信終わり》
なんとも冷たい職場だ。
とはいえ、変に情がある奴ほど簡単に死んでいく。
それがこの境対課職員の仕事。
淡々と与えられた任務をこなすだけ。
「戻るぞ蓑原」
「りょーかいっ」
2人は踵を返して部屋を出ていった。
これからグラウンド・ゼロである3階の掃討。
鬼が出るか蛇が出るか。はたまた等級Ⅳ以上の界異か。
篠山はM5A1のグリップを握り直した。
「頼むぞ相棒」