しんと静まり返ったビルの廊下。
他の階とは違う静かだが、明らかに何かがいる。
電気が死んでいるのにも関わらず、独り廊下を照らす非常口の誘導灯が不気味に廊下を照らしていた。
ここでホラー動画でも撮影すればかなりウケるのは間違いない。
そして問題の2つある大会議室への扉が左右に1つずつ。
ブリーフィングでは1-1がチームの半分を率いて左へ、そして篠山が半分を率いて右へ。
2部屋に対して同時攻撃。
訓練から実戦まで何回もやって身体に染み付いてる。
篠山は1-1に向かって頷き、それを見た1-1はハンドサインを送ってきた。
やはり右の部屋のクリアリングを担当するようだ。
「・・・・・・・・・・・・ふぅ」
息を整え、待機する1-1のチームを追い越して通路右側に他の隊員と共に張り付く。
そして、ポーチからAM10浄化閃光弾を取り出して、安全ピンに指を添える。
その間、すかさずその後ろにいた蓑原が篠山の反対へと周り、扉をゆっくりと開ける。
あとは篠山がピンを抜いて会議室入り口の中へと閃光弾を滑り込ませる。
そして。
バンッ!!
閃光弾が炸裂音と同時に篠山らは銃を構えて突入。
4人は左右に展開して周囲を見渡す。
中はだだっ広く、窓が机や椅子で封鎖されていた。
床には大きく描かれた六角形の図形。
その中央には行方不明となっていた職員が綺麗に寝かせられている。
恐らくは何かしらの召喚の儀式が執り行われていたのだろう。
「大当たりだな」
「マジかよ・・・・・・」
ゴーグル越しに見える異様な光景にその場全員が息を飲む。
ビジョンモードを霊視モードに切り替えれば、黒いモヤのようにハイライトされて見える瘴気もある。
明らかに誰かが意図的にこの境界を発生させたに違いない。
そしてその職場に顔は知らないとはいえ、同じ職員が使われているのは心地よいものでは無い。
「クソが・・・・・・」
思わず悪態を蓑原の隣で、舌打ちしながら篠山は無線のスイッチを入れる。
「CP。こちらソーサラー1-5。大当たりだ。行方不明の職員と何かの儀式と思われる痕跡を発見した。送れ」
《こちらCP了解。現場を確保し、神祓官及び処理班の到着を待て。送れ》
やれやれ。
この胸糞悪い部屋に長居することになるとは。
心の中で悪態と舌打ちをしながら、篠山は了解とだけ返事して無線を切った。
「陣には近付くな。まずは札で簡易結界を張る。これは俺と1-6でやる。
1-7はボスに状況報告。1-8、他になにか無いか捜索しろ」
「「「了解」」」
規定通り、篠山は蓑原と共に部屋の四隅と窓、扉へと御札を張り付けて小さく詠唱する。
これで少なくともこの場所で界異や境界を釘付けにする時間稼ぎくらいにはなる。
数分掛けて部屋に結界を張り終えた時、会議室隣の給湯室を調ベに行った1-8が声を発した。
「うぇっ・・・・・・ 酷いな・・・・・・
篠山、職員2名を発見。行方不明になってた奴だ」
「待ってろ、すぐ行く」
御札を張り終えた篠山も給湯室へと駆け足で向かう。
そこにはあまりにも惨たらしく全身をズタズタにされた職員だったモノが2つ、その場にまるでゴミのように捨てられていた。
職員証があるから辛うじて身元が判明しているが、無ければ識別は不可能だ。
それほどまでに損壊が激しい。
「クソが・・・・・・」
目を背けたくなる光景だが、それを目に焼き付けて篠山は無線のスイッチを入れる。
背を向ける訳にはいかない。
《CP、並びに全ソーサラーチームへ。こちらソーサラー1-5。行方不明の職員2名を発見。2名はKIA。繰り返すKIAだ》
《・・・・・・了解。浄化班と処理班で回収処理を行う》
重苦しい沈黙が垂れ込むが、仲間の死を悼む暇は無い。
足早に給湯室、そして会議室を出ていく。
会議室を出た時に複数の重い足音が響いたと思えば、別働隊を率いていた1-1がやってきた。
ゴーグル越しで表情は分からないが、テコでも表情が動かないで有名なボスの事。
どうせ無表情のままだろう。
「篠山。作戦変更だ」
「・・・・・・なんでしょう?」
「お前のチームでここに防衛線を張れ。
俺と残りで4階のオフィスを制圧する。
何かあれば無線で連絡。身を守る行動を第一に取れ」
「・・・・・・了解」
2人でこの薄気味悪い部屋を守れというのか。
だが、命令は命令だ。
一応、穢れを抑え込む簡易結界は張ってあるが、それに何も起きていないあの陣も気になる。
「背中は任せたぞ篠山」
「了解、ボス」
ポンと肩を叩いた1-1は3人連れてそのまま上階へと進軍する。
「やれやれだぜ。ちょっとあの職員が動かせるか見てくる」
「了解、気を付けろよ。触れた途端に術が発動してまとめてお陀仏なんて御免だからな」
「わーってるよ」
蓑原は軽く手を振るとそのまま再び会議室の中へと消える。
「1-7、1-8。廊下を死守だ。
嫌な予感がする・・・・・・」
そう呟いた瞬間。
頭上のダクトを何かが這いずり回る音が鳴り始める。
どうやらおいでなすったようだ。
3人は手にしていたカラビナやM5A1の銃口を通路先へ向け、篠山は静かに無線を入れようとした。
だが、奴らはそれすら待ってくれない。
バタンと通風口が開かれたと思った瞬間。
そこから何かが這いずり出てきた。
「コンタクト!! 真正面!!」
篠山が叫び、全員がそれに銃を向ける。
出てきたのは八本足の蜘蛛。
見た目こそ蜘蛛だがその大きさは通常のそれとは異なり、大型犬くらいの大きさはある。
そして纏う穢れと明らかな敵意を感じる。
間違いない。
ここの住人であり、穢れまみれにした張本人に間違いない。
そして、こっちに気が付いたのか天井や壁を伝いながらこっちへと猛突進してくる。
「・・・・・・・・・・・・」
だが、それに慌てることなく単発射撃でまずは一匹。
蜘蛛の頭を貫通した弾丸が鋭い音と共に床にめり込む。
そのまま蜘蛛はひっくり返り、床にドシンと鈍い音を立てて落ちる。
「目標沈黙・・・・・・」
あの蜘蛛が界異なのは間違いない。
だが、何処から湧いて出てきたのか。
等級は高くないはずだが、アレが1匹だけなんてはずがない。
「ソーサラー1-1。こちらソーサラー1-5。3階廊下にて界異と交戦。目標は沈黙。こちらにダメージは無し。送れ」
《了解。気を抜くなよ》
1-1の抑揚のない声に返事しながら、複数の何かがダクトを通っていく音を聞き分ける。
どうやらここは完全に奴らの巣窟になっている。
ダクトからは次々と蜘蛛が出てきてはその不気味に光る眼でこちらを見ている。
「畜生。団体様のご到着だ」
篠山の単発射撃を合図にタンッ、タンッ、タンッと3人はタイミングをズラして射撃を開始する。
蜘蛛集団に祓魔弾が叩き込まれ、その度に何匹かがひっくり返る。
しかし、奴らもやられてばかりでは無い。
一斉突撃してくる。
キリがない。
「リロード!!」
「カバー!!」
篠山のM5A1が弾切れを起こすと同時に叫び、界異に銃口を向けたままマガジンを挿し込む。
M4カービンと同じ為、銃を保持しながら片手でリロード出来るのがまた魅力だ。
流れるようにボルトストップを押して装填。
そして再びトリガーを引いて撃つ作業を繰り返す。
「蓑原!!そっちはどうなってる?」
《今部屋から出る! 篠山!援護してくれ!》
「了解!」
無線越しに聞こえる蓑原の声の後ろで何かを背負うような音が混じる。
だが、3人合計100発以上の祓魔弾とペグを叩き込んだからか、数は確実に減っていた。
あと2匹。
だが、その2匹は他の蜘蛛の盾にするように突き進んできている。
ゴーグル越しの視界でも、その不気味なディテールが細部まで見えそうなくらいだ。
銃じゃこの距離は間に合わない。
だが、篠山は冷静だった。
右手でM5A1を下ろしつつ、左手で背負っている黒不浄を引き抜く。
その引き抜いた力を利用し、そのまま飛びかかった蜘蛛の頭を叩き斬る。
間一髪。
抜刀タイミングが遅れていれば、今頃は蜘蛛に顔面をズタズタにされるところだった。
頭が文字通り"真っ二つ"になった蜘蛛はそのままピクリともせずに、脚を畳んで動かなくなる。
これから一週間、蜘蛛は見たくない。
その間に最後の1匹を2人が仕留めたのか、無線でクリアとの報告が聞こえる。
何とか凌いだようだ。
「篠山、大丈夫か?」
「あぁ。危うく蜘蛛野郎にキスされるところだったがな」
「美人なら大歓迎だったか?」
「・・・・・・うるさい。お前と一緒にするな」
わりぃわりぃと話しかけてき蓑原は担いでいた職員を下ろし、その首筋に指を当てて脈を測る。
「まっ、少なくともコイツは無事みたいだな。他はほとけになっちまったが」
「1等級とはいえ、あの大量の蜘蛛に襲われればひとたまりもないはずだ」
まるで眠っているかのように横にさせられている職員を2人が見下ろしていると、階段の方から複数人の足音が響く。
目線をそっちへ向ければ、4階をクリアリングしていたソーサラー1-1が部下と黒い何かが入った袋を片手に降りてきていた。
「1-5。状況報告」
「複数の低級界異と交戦。これを撃破。撃破後に瘴気濃度の低下も確認しフロアの制圧」
「了解。少し面白い状況になってきた」
面白い?と少しだけ首を傾げる篠山ら3階確保組に1-1はあるタブレット端末を見せる。
端末にあるのはこのビルの見取り図。
だが、ブリーフィング見てきた見取り図とは異なる。
そこには、1階下に"存在しないはず"の空間が広がっている事を示唆している。
「・・・・・・地下ですか」
「あぁ、それと4階オフィスで少しばかり情報を集めてきた。興味深いものばかりだ」
「興味深い・・・・・・ この境界異常の犯人についてですか?」
「鋭いな。だが、それらについてのお喋りはこの仕事を終わってからだ。」
1-1は黒い袋を押し付けてくると同時に口を開く。
「1-5。お前はこれとあの職員を連れて外に待機してる後方支援班と合流しろ。
残りは俺についてこい。地下を調べる」
「了解」
押し付けられた袋を片手に、空いた手で職員を担ぎあげる。
年相応というより少し軽い気がするが、気にする事はない。
他の隊員達と共に駆け足で階段へと降り、1階エントランスへと向かう。
エントランスは相変わずの無人だが、最初に入った不気味さはもうない。
1-1は篠山をちらりと見るなり、出入口の方を指し示す。
ゴーグル越しだが、さっさと行けというのが分かる。
相変わらず部下遣いの荒いチームリーダーだ。
篠山は頷き、振り返れば後ろにいた蓑原がサムズアップしてみせる。
あとは任せろと自信ありげだ。
篠山は再び頷くと、チームは地下への通路へと向けて静かに歩き出す。
「・・・・・・」
移動するチームの背を見送りながら、篠山は外で待機しているであろう後方支援班の元へと駆け出す。
廃ビルをた出た先は既に境対課の後方支援班、浄化班が待機しつつ廃ビルを見ていたり祭具の点検をしていたりと様々だ。
その中でも、現場ではあまり見かけないような人物が紛れている事に驚く。
黒く長い髪に黄色い瞳、そしてシミ一つない綺麗な狩衣。
手にあるタブレット端末を何やら操作している。
篠山は担いでいた職員を医霊班に預け、見慣れた人物の元へと歩き出す。
「これはまた珍しいですね。中臣さん」
「おや、篠山君か。無事に出てこれたようだね」
中臣千萱参事官補佐。
境界対策課の政治を司り、そして即応班を特殊部隊を手足のように使う腹の底が見えない女だ。
とはいえ、一介の特殊部隊員が彼女の腹の中を詮索する必要はない。
しかし、普段は本部で調整役に回るような人物がこんな現場に来るのだろうか。
一抹の不安が篠山の中を過ぎる。
「まぁ、中には1等級程度の蜘蛛が大量に居たくらいですから
・・・・・・その安否確認の為に来た訳では無いでしょう?」
「流石に分かっているみたいだね。
単刀直入に言えば、君のその手にある袋の中に興味深いモノが入ってる。私はそれが欲しいくてね」
「・・・・・・・・・・・・やっぱりただの境界異常ではないんだな?」
篠山の目付きは鋭くなる。
この参事官補佐、全てを知っていたな。
そういえば、今作戦の立案に彼女が一枚噛んでいたのを思い出した。
「そう睨まないでくれ。Need-To-Knowの原則を知らないわけではないだろう?
作戦を危険に晒す訳にはいかなかったんだ」
「・・・・・・了解」
袋をドサリと下ろし、無線を入れようとその時。
緊迫した声が警告してきた。
《ソーサラー1-1から全職員へ緊急通知。
対象ビル地下にIEDを確認。速やかにビルから離れろ。繰り返す。速やかに離れろ》
「IED・・・・・・?」
周りの職員達も動揺しており、どうしたら良いのかと周りを見回している。
《CP。ソーサラー1-1から通知、建物確保後。至急爆発物処理班を要s───────》
─────ドォンッ
明らかに人為的な爆発音と共に無線がプツリと途切れる。
ビル出入口からは黒煙が立ち昇る。
嫌な汗がドッと吹き出す。
まさか、そんな有り得ない。
焦る心臓の鼓動を抑えようと息を吐きながら無線のスイッチを入れる。
「ソーサラー1-1。こちらソーサラー1-5。応答せよ」
応答は無い。
返事どころか無線の入っている時のノイズすらない。
「ソーサラーチーム。感度はあるか? 送れ」
何も返ってこない。
まさかあの爆発で壊滅したなんて思いたくない。
CPに無線を入れようとスイッチに手を添えるが、その上から暖かく滑らかな手が重なる。
その手の先には千萱参事官補佐が小さく首を降っていた。
諦めるしかないらしい。
篠山はただただ黒煙が立ち昇るビルを見る事しか出来なかった。