特別禍災対策即応班   作:Ⅵ号鷲型

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狐と百足と
山狩り


「CP。こちらVALKYRIE。通過点"アルファ'へ到達。ルートを再確認している。ETA1630」

《CP了解。予定通りだなVALKYRIE、もうすぐ行方不明者が発生している範囲だ。警戒しろ。送れ》

「了解………… 通信終わり」

 

 単独でペグ弾を装填したM5A1カービンの照準器を覗き込み、木という木に視線を配る。

 木々のざわめきと木の枝を踏みしめる音だけが響く中、集中力を保ちながら慎重に一歩一歩踏み出してく。

 その頭の中の片隅で二時間前に受けたブリーフィングの内容を思い返す。

 

 今回の任務は行方不明者が続出している山で単独での境界異常の調査、界異が発生していた場合はそれの祓滅だ。

 なんでも一人で山に入った人間が行方不明になると言う。今回の任務の前に警察や祓魔班による調査が行われたが、複数人で入山してもその痕跡すら発見無かった。

 単独での調査任務だがその等級、規模すら不明のため即応班にこの仕事が回り、危険度が高く単独任務をこなしていた班長たるVALKYRIEにその役目が来たという経緯。

 そんなこんなで一人、GPSと用意した地図を確認しながら山を彷徨っているわけなのである。

 単独での山狩りほど無謀なものは無いが、かつて自分に技術を授けた師匠の教えを頭から呼び起こす。

 狩りをする時、そして斥候の教えだ。

 

 相手が界異であろうと、現世と幽世に干渉して何かしらの痕跡が残る。そして痕跡を残すということはその場を掻き乱している確率がかなり高い。

 目視だけでなく、聴覚、嗅覚、触感、全ての五感を働かせ、鳥鳴く声に耳を傾け、木々を駆け抜ける動物たちに目を向けて森全体の僅かな異変すら逃さない。

 

 見渡す限りの森だが、何かしらある。

 ゆっくりと静かに歩きながら、VALKYRIEは予定地点へ向けてその歩みを進めた。

 

 

 ─────────────────────

 

 

 山の中腹へ入った瞬間に空気がどんよりと重く感じるように一気に変わった。

 間違いない、ここからは奴らのテリトリーだ。

 一歩進む事にこの土地、満たされている空気がこっちを拒絶しているのがよくわかる。それでも引き返す理由にするにはならない。

 

 そして轟音と共に吹き飛んだ木々が目の前に迫る。

 着弾地点に土埃が舞い上がる中を転がりながら姿勢を整え、愛用のM5A1カービンを構えた。

 目の前に躍り出てくるはよく見る黒百足に酷似した岩の塊、さしずめ岩百足といったところか。

 

「……コンタクト」

 

 目にも止まらぬ速さで突っ込んでくるが、だがその動きは視える。突っ込む動きに合わせて体を舞を舞うかのように躱す。そしてその岩の表面にに聖銀弾を叩き込む。

 だが手応えが薄い。穢装と岩の塊と霊的物理的に堅牢だ。

 

 安全ピンを抜いたAM10を二つ取り出し、素早く岩百足の足元へと転がす。

 起爆と同時に走り出しトリガーを引きながら突き進み、その顔面に次々と聖銀弾、そして数発の隕鉄弾を混ぜた弾幕を浴びせるが効いているか微妙だ。

 

「…………」

 

 穢装だけでなく岩という物理的にも固い相手に銃弾は厳しいがまだ手はある。赤いテープを巻いたマガジンへと手早く交換。

 その中には強装薬を使って貫通力を高めた銀弾が詰め込まれてる。これが効かなきゃ黒不浄で肉迫するしかない。

 ダンダンと二発撃つと岩百足は怯んだ様子を見せた。効果あり。そもそもなければ困る。

 

 対抗手段は見つけた。あとは勝利への道筋を見つけるのみ。

 だが思考を巡らせるよりも早く状況は悪化していく。

 あろうことか岩百足がどこからともなく四匹も現れる。

 カチカチカチとその牙を鳴らして獲物たる自身を見据えているのが分かった。ただでさえ処理に時間を要するのに物量で攻められては持ち堪えられるかどうか。

 

「チッ……」

 

 戦場に於いて滅多に感情を表に出さないVALKYRIEであるが、流石に旗色があまりに悪く祓魔師一人で相手できる戦力ではなかった。

 

 AM10のピンを抜いてその場に転がし、岩百足へ隕鉄弾と聖銀弾を混ぜた弾幕を張りながら駆け出す。

 転がったAM10が爆ぜて眩い閃光と一瞬の轟音が響く。その閃光と散布された加護に迫ってきた岩百足は目を潰されたのか激しくのたうち回る。その巨体が地面を揺らす度、なぎ倒されて吹き飛ぶ木々や岩の破片が襲いかかった。

 だがそれに怯む事なく射撃を継続するが、弾数が心配だ。

 

 その瞬間、猛烈な轟音と共に倒木がこっちへ向けて飛んで本能的に左足に力を込めて地面を蹴ってその場から離れる。

 だが6本も迫る倒木が目前に迫った。考える暇も思う暇もなく倒木が直撃。

 猛烈な衝撃と踏みしめていたはずの地面との感覚が消えた。

 回る視界の隅に散った片白の欠片が舞い踊る。空中に放り投げ出された視線の先は深い緑、そして切り立った断崖。

 1秒が1時間のように、そしてスローモーションのように流れていく景色の中で岩百足達がじっとこっちを見つめていた。まるで高く蹴り上げられたボールを見つめる子供のように。

 だが不敵にもVALKYRIEの口角はつり上がっていた。

 重力に引かれて緑の中へと引き込まていく。そして地面に落ちている小石がハッキリと見えた数秒後、吹き飛ばされた時以上の衝撃と共にVALKYRIEの意識が消し飛んだ。

 

 

 ─────────────────────

 

 

 薄らとした意識が段々とハッキリし、明るくなった視界の先には見慣れない木造の天井。

 体も装備をつけていないくらい軽く、何か柔らかいものに包まれている感覚に気付いた。

 どうやら布団か何かに寝かせられているらしい。

 

「…………」

「気が付きましたか?」

 

 ただ天井の一点を見つめるVALKYRIEに何処か声色の柔らかい女性の声が届く。どうも意識を失ってから拾われたらしい。

 視線を声の主に向ければ、視界に入ってきたのは狐耳と尻尾を生やし、肩を露出させた巫女服のような衣装を纏った若い髪の長い女性だった。

 一瞬、コスプレ衣装かと見間違えそうになるが、後から入ってきた男性も同じように狐耳と尻尾そして同じデザインの衣装を着ているのを見るにこれが普段着らしい。

 

 明らかにまともな存在では無いだろうが、敵意を感じられない。そもそも敵意があるのなら住処に連れてくる事は無いはず。ましてや祓魔師を連れてくるなど、自殺行為に等しいはず。

 ならここは好意に甘えるとしよう。

 

「姉さん。あの祓魔師は起きた?」

「えぇ、大丈夫そうよ。ちゃんと手当は済ませたし、顔色も良いわ」

 

 後から入ってきた男性が話していた女性の隣に正座した。二人とも黒い髪に赤い目をしているがなかなか絵になる。

 どこか似た雰囲気と顔立ち。二人は姉弟なのだろうか、話しぶりから仲は良さそうだ。

 見回せば部屋はかなり古いが掃除はしているらしく、そこまで荒れてはいない。

 人の住んでいる廃虚といった趣だ。

 

「…………君たちがここへ?」

「えぇ。私が貴女が倒れてるのを見つけて、弟の和樹と一緒にここへ」

「…………そうか

 君たちが見つけてくれなければ危なかったな。感謝する」

 

 素直に感謝を伝えて、半身を起こす。身体中が痛むが動けないわけではない。

 自分を見下ろせば着ていたのは狩衣ではなく、ゆったりとした浴衣のような衣服で所々に包帯が巻かれている。

 応急処置が施されたお陰か、それとも悪運体質のせいかまだ動けるのが幸いだ。

 

 しかし、ここは一体どこで目の前の二人は何者で、ここは一体どこなのか疑問は尽きない。

 まずは状況把握だ。

 

「かなり寝ていたようだな。たぶん丸一日か?」

「三日になります。今日までずっと意識が戻っておりませんでした……」

 

 狐耳がぴょこりと動いた女性が遠慮がちに応える。

 どうやら随分と寝過ごしてしまったらしい。

 

「そうか。かなり長い間寝ていたのか。ここは一体なんだ? そして君達は?」

「私は原峰結葉。こちらは弟の和樹です」

「原峰和樹です。お見知り置きを」

「そうか。私は境界対策課に所属する祓魔師、VALKYRIEだ。本名は名乗れなくてすまないな」

 

 結葉はさっと手を前に添えて頭を下げ、和樹もそれに続いて同じように頭を下げる。

 しかし境界対策課の名前を耳にした時、二人の耳がピクリと動いて僅かに動くのを見逃さない。

 しかし直ぐに殺っていない辺りに少なからず理性があり、何かしらの意図はあるのだろう。

 それらがあるにしても探る機会があるのならば利用してやろう。

 

「……君らは、少なくとも人に近い何かか」

「ご明察の通りです。半界異状態、とでも言えば良いでしょうか。私も和樹も、ここに住む全員がそうです」

「全員?」

 

 眉を顰めるのを見た結葉は少しだけ目を伏せ、和樹の目に若干の敵意が宿る。

 どうやら触れてはいけないものに触れてしまったらしい。

 

「……すまない。他意はなかったのだが」

「お気になさらずにVALKYRIEさん。私達は慣れてますから」

 

 結葉のほんの一瞬で僅かだが、何処かしら寂しげな表情の変化をVALKYRIEは見逃さない。

 そしてここがどんな場所かはなんとなく察した。虐げられる者の気持ちは分からんでもない。

 だが、私達という言葉が少しだけ引っかかる。

 

「……私達か。まだ他にも誰かいるのだな?」

「はい。

 …………私達のようなある話を聞いて界異化し始めた人達が集まっているんです。地図には載ってないんですけど、小さい集落を作っているんです」

「姉さん!! そこまで話したら!!」

 

 丁寧に説明をする結葉に和樹が抗議の声をあげた。知られて一体何か不都合でもあるのだろうか。

 だが、そんな弟を手で制して姉は話を続ける。

 

「すみません。続けますが、私達はある伝承を聞いて"妖狐"なる存在に変化した半分界異のような存在となっています。このご時世、界異になりつつある存在というだけで良い目で見られませんから、ここ同胞を集めて静かに隠れて暮らしているんです」

「……そうか。それならば祓魔師たる私に知られる事に懸念があるのは仕方ないな」

 

 何をするわけでもなく静かにひっそりと暮らしている所にそれを脅かす存在がいれば誰だって良い顔はしないだろう。和樹が抗議するように声を荒らげたのも理解がいく。

 だが、命の恩人相手にそんな裏切り行為を働けるほど私の人間性は終わってはいない。

 

「信じようが信じまいが、私は君たちを売るような真似はしない。それだけは約束しよう」

 

 と言いつつも結葉も和樹も向けられているその目に疑いがあるのが、それをどうこう言うつもりは無い。

 見ず知らずの人間からの口約束を信用するほど、彼等も甘い世界では生きていないはずだ。

 もっとも今回、ここに来た目的である行方不明事件に関連してるなら別だが。

 

「それと良ければ、ここについて少し教えて欲しい。君たちが良ければの話だがな」

 

 二人は顔を見合わせると結葉がゆっくりと口を開く。

 

「それならば、お会いになっていただきたい方がおります」

「ふむ、それならば会っておこう。私の狩衣と装備は?」

 

 

 ─────────────────────

 

 

 結葉の持ってきてくれた狩衣は相変わらずボロボロではあるが、所々にハギレや縫い跡があったのを見るに彼女が直してくれたのだろうか。

 何から何まで世話になりっぱなしだなと自嘲気味に笑いながら、狩衣に袖を通し抗呪プレートが入ったプレートキャリアを羽織る。

 ヘルメットの留め具をベルトに引っ掛けてM5A1カービンと黒不浄を背負い、いざ外へと歩き出す。

 所々痛むが動けない訳じゃないし、戦闘にも問題ないだろう。

 

 外はのどかな田舎といった感じで結葉や和葉と同じような衣装、そして狐耳としっぽを生やした男女が洗濯物を干したり薪割りをしたりと質素な生活を営んでいた。

 まさかこんな山奥にあるとは思わなかったVALKYRIEも少し眉が釣り上がる。

 

「なるほど、集団生活と言ったところか。しかしよくもまぁ見つからずに生活していたものだ」

「はい。貴女が居るところで言うのもなんですけど……

 境界対策課や民間祓魔組織に見つかればどんな目に遭わされるかと思うと……」

「姉さん……」

 

 結葉の顔が少し暗くなるなり、和葉がその肩を抱いて威嚇するようにVALKYRIEに敵意を向けた。

 そんなつもりで聞いたのではと思ったが、それを変に言葉にしても誤解が広がるだけなのは知っている。

 そういえば、この村にいる狐耳の男女からは何処か敵視するような冷ややかな目線を感じたが気の所為ではかなったらしい。

 

「すまない。悪かった」

「いえ、気にしないでください……」

 

 少し居心地が悪くなってしまったが、逆に彼らは自分そして境界対策課が脅威なのだろう。

 だが付け入る隙は僅かに見えた。

 上手く行けば彼らから協力を引き出せるかもしれない。

 

「とにかく、まずは村長と会おう。私が来た理由を話さなければな」

「はい。もしかしたらVALKYRIEさんが帰れるようにしてくれるかもしれません」

 

 2人に連れられながら歩いた先には1軒の屋敷だった。

 確かに村長が住みそうな広い家で見晴らしも良い、なかなか良い物件に住んでる。

 結葉が引き戸を軽く叩くと中からはお待ちくださいと女性の声が聞こえた。

 年若いが落ち着いた声と共に引き戸から現れたのは2尾の尻尾を持つ声通り落ち着いた雰囲気を持つ巫女服を着た女性だ。

 

「結葉、和葉の話していた祓魔師さんですね。

 私はユリと申します」

「あぁ、VALKYRIEだ。この二人には世話になった……」

 

 ニコリと柔和な笑みを浮かべるユリにVALKYRIEの表情もほぐれた。

 見た目は30代後半だが纏っている雰囲気は明らかに歳と経験を重ねた、老人とも取れる落ち着いた感じだ。

 狐耳とその2尾の尻尾を見るに彼女も妖狐なのだろう。

 要件を伝えようと口を開こうとするが、ユリが先手を取った。

 

「主人。いえ村長に会いに来たのですね。

 それならば今、書斎におりますのでご案内いたします。

 結葉、和葉、貴方達も上がりなさい」

「すまない。助かる」

 

 ブーツの紐を解いて玄関へと上がった。

 さて、ここからの立ち回りでこの村から生きて出られるかどうか。全く大立ち回りの連続だ。

 

 

 ─────────────────────

 

 

 ユリの案内で通された書斎はまるで明治時代を舞台にしたドラマのセットのようだった。

 よく手入れされた本棚と家具が整然と並び、ランプの灯りが優しく照らし出す。写真を撮るだけでもかなり人気を集めそうだ。

 その中に佇む一人の男性が人懐っこそうな笑顔を浮かべながら恭しくお辞儀する。結葉や和葉、そしてユリと同じく狐耳を3本の尻尾が生えているのが目に入った。

 

「我が家へようこそ。

 私がこの村の代表をしております。坂口楓と申します。貴方の事は2人から伺っております」

「VALKYRIEだ。2人には随分と世話になった。手当から寝床の提供に感謝する」

「まぁ立っているのもなんでしょう。さっ、座って下さい。結葉、和葉、2人座りなさい。ユリ、皆様にお茶を」

「分かりました」

 

 ユリが書斎から去り、残された4人はソファへと腰掛ける。

 柔らかく包み込まれるような座り心地にこれが高級品だと分かるが、一体こんなものをどこから手に入れたのか。

 そんな思考を排除し、村長である楓に目を向けた。

 

「それでVALKYRIEさん。貴方を助けた経緯は2人からおおよそ聞いています。

 しかし、こんな山奥へ何をしに来たのでしょう?」

 

 やはりそれを聞きにきたかと予想通りの展開。

 極秘作戦ではないし、聞かれて不味いこともない。

 VALKYRIEはカービンと黒不浄を机の上に置いて、楓の方へと真剣な眼差しを向ける。

 

「この隣の山に単独で入山した人間が次々と行方不明になる事件が相次いでいる。人的な要因によるものではなく、警察の操作は難航し、神隠しの線で調査することとなった。

 それを私がここへ調査とその原因の排除を目的として来た訳だ。

 そしてあの岩百足に襲われ、吹き飛ばされた先であの2人に拾われたわけになる」

「なるほど、そういう事でしたか……」

 

 思案顔になる楓にチラリと隣に目をやればお互いに顔を見合せている結葉と和葉。

 どうやら楓の方が何やら事情を知っているらしい。

 

「お待たせ致しました。粗茶ですが……」

 

 ユリは慣れた手つきで湯気立つ緑茶と4人分の小さな羊羹を、それぞれの前にコトリと小さな音を立てて置いていく。

 感謝の言葉を告げてVALKYRIEは持ち込んだタブレット端末を開き、山の地形データを呼び出す。

 それをテーブル中央に置いて失踪者が最後に目撃された地点を赤いピンで図示して見せると、その無数のピンの数に結葉と和葉が思わず驚きの声を上げた。

 

「なるほど。こういう事でしたか……」

「あぁ、未だになんの痕跡もなく居たのはあの岩百足を見つけたくらいだが、あれらが人を攫ってどこかへ隠すなんて芸当が出来るとは思えん」

「確かに私も何度か見かけましたが、岩百足にそのような知能ある行動をしたところは見た事ありません」

「そうか……」

 

 少し考える仕草を見せるVALKYRIEに楓は茶を啜りながらほんの少しだけ、その向けている視線が鋭くなるのを感じた。会話の流れから大体次に疑われるのかは察したのだろう。

 だがVALKYRIEはすかさず口を挟む隙を与えずに続けた。

 

「君らを疑うつもりはない。確かにやろうと思えば出来るだろうが、それならば祓魔師たる私を助ける理由はない。むしろリスクにしかならないだろう? 

 それにこんな事をして仮に数を増やそうとしても、いずれは増えて隠れること自体が難しくなる。違うか?」

「その通りです。私達はただ自分達が安心して暮らせる場所が必要なだけなのです。

 人間を攫うなどそんな敵対行動はしません」

 

 真っ直ぐと見つめる楓と隣から同じような視線を向ける結葉と和葉も見ていた。彼らの視線は本物だろうし、VALKYRIE自身も人を見る目には自信があるし色々な人間を見ていれば分かることもある。

 それらを踏まえて彼等の言葉に嘘偽りがないというのが伝わってきた。ならばここは信じても問題ない。

 

「信じよう。だが万が一にも嘘だったと分かれば…… 分かるな?」

 

 鋭い視線を村長である楓に向けるが、当の本人も真剣な面持ちでゆっくりと頷く。

 そして机の隅に置かれた古びた地図を取り出し、それを広げて見せる。

 

「勿論です。

 ……それと先程の件ですがひとつ心当たりがありまして」

「ほう? それは?」

「実は隣のあの山はかつて鉱山がありました。かつては聖銀がよく取れたらしいのですが、半世紀以上前に廃坑になったのです。

 それからあの岩百足が現れるようになり、この村も襲われるようになったのは」

「そうか……

 それに廃坑があるとは事前情報には無かったな……」

 

 恐らくは随分前に地図から消され、緑の深い森の中にあるのならば分からないのも無理はない。こんな場所は日本でも探せばまだゴロゴロ見つかるだろう。

 

「それとこれは噂なのですが……」

 

 楓がゆっくりと立ち上がり、天井まで届きそうな本棚の中から3本のしっぽを揺らして何かを探し始める。

 そして幾つかの書籍を片手にテーブルへと戻り、そのままそれらを並べてみせる。いずれも文字が掠れているが、何らかの伝承をまとめたものらしい。

 

「これは?」

「この地域に伝わる伝承をまとめたものですが、その中に気になるものがあったのを思い出しまして

 確か…… そうだ、ここです」

 

 1冊の分厚い本を広げ、そのうちの1ページを指さした。その指先へとVALKYRIEも目で追っていく。

 そこにあったのは『峰岸加鉱』の文字。会社名だろうかと思いその先の文字を読んでいくが、最初の廃坑になってしまった鉱山の成り立ちが記されている。

 しかし、その途中から怪しい文章が並び始めた。

 

『ある日、緑に輝く石を見つけた鉱夫がそれを霊石と呼んで峰岸鉱山の神棚に祀った』

『それからは聖銀の鉱脈に当たり、人々を惹き付けて峰岸鉱山は活気で溢れた』

『やがて聖銀が尽きた鉱山だが、霊石は人々を集め続け、そしてそれを山の糧とし始めた』

 

 何ともまぁよくある話ではあるが、霊石が人々(集め続けたというのは気になる。これは調べてみる価値はありそうだ。

 

「なるほど。有り得そうな話ではあるが……」

「これ自体も昔の話なので信ぴょう性は低いですよ」

「いや、関連性があるものが分かるだけでも有難い。何がどう繋がるかは分からないものだからな」

 

 地道な情報収集と偵察によって作戦は成功する。これを無視した近道なんて存在しない。

 それに手探りの今ではこういった些細な情報も貴重だ。

 

「いえ、この程度しか知らず申し訳ない。

 それと私からの提案ですが、調査するのであればしばらくここに居てくださいませんか? 

 可能な限り便宜を図らせます。なんなりと言ってもらえれば」

「いいのか? それは助かる」

「いえ、我々の身の潔白を証明するにも、私の口から色々話すよりも自分の目で見た方が確実でしょう

 結葉、和葉、いいですね?」

「はい。私は大丈夫です」

「……俺も問題は無いです」

 

 頷く2人にVALKYRIEは頭を下げ、楓の許可を得て伝承の一部と廃校の位置を端末で写真を撮る。

 これでようやく1歩前進。だが道はまだまだ長そうだ。

 

「ありがとう。助かった」

 

 VALKYRIEは黒不浄とカービンを手に取り、一礼してから書斎を後にした。

 

 

 ─────────────────────

 

 

「世話になった」

「いえいえ、私も久々にお客様にお茶を出せて楽しませてもらいました。

 また今度お茶を飲みに来てください」

 

 微笑みながらお辞儀するユリに片手で応え、結葉と和葉の家に戻ろうとしたその瞬間、悲鳴と共に数人の足音が山からすると同時に地響き共に大地を揺れる。

 音の見れば数人の男女が何かから逃げるように必死の形相で手足を動かすのが見えた。

 

「……………………」

 

 その背後からは百足のような岩の連なった何かが男女を追い回しているのが見え、考える間もなく足は駆け出し提げていたカービンのグリップを持つ手に力が入る。

 

「非友好的な隣人の登場か」

 

 さっと銃口を向けると当時に狙いを百足のような何かの足に定める。そして軽やかな銃声が響くとピシッピシッと聖銀弾がその足に弾痕を穿つ。数発だが気を逸らすには充分。

 岩百足の頭がこっちに持ち上がるのを確認するや否や追われていた男女とは別方向、そして村から離れるように駆け出す。

 あの百足野郎を村に入れて被害を出す訳にはいかない。

 

 数発撃ちながら走り、森の中へと姿を隠す。

 目の前の狐耳の男女よりも脅威度が高いと判断したのか、その頭を持ち上げてVALKYRIEを見据える。

 カチカチと牙を鳴らす。恐らく攻撃前の予備動作だろう。

 

「……食い付いたな」

 

 一気に森に向けて駆け出し、背負っていた浄塩シェルが詰められたセミオートショットガンでその胴体に向けてトリガーを引く。

 走りながらの射撃で精密性の欠片もないが、穢れを纏った身体に加護が込められた清め塩はよく効くらしく怯んだ隙にさらに距離を稼いだ。

 

 数発撃っては走り、害虫の如く素早く動き一箇所に留まらない。岩百足が如何に素早く動こうとも物理的な実体を有している以上、障害物がある場所では最大速度は出せないはず。利用しない手はない。

 木々や岩に激突しながらも、引き潰そうと迫る。さぞあの岩の塊は苛ついているに違いないだろう。

 

 ショットガンに弾を装填しながらチラリと麓に見える村に視線を向けた。

 村との距離は十分離れている。そろそろ良いだろう。

 左手でタクティカルベストのポーチに収められている発塩弾を取り出し、握っている親指で安全ピンを引き抜く。

 スプリングの力で安全レバーがピンッと跳ね飛び、二秒待って全力で前へと投げる。

 

 放物線軌道で投げられた発塩弾がくるりと宙を回って、落ちる寸前から清め塩が混ぜられた煙幕を放出し始めその中へVALKYRIEは飛び込む。

 岩百足も同じように突っ込んでくるものの、加護と穢れが相殺し合う空間の中は言わば毒ガスの中へ飛び込むようなものでこれは堪らんと直ぐに方向を転換。

 その間にもVALKYRIEは山を掛け登る。

 あとは岩百足からの追跡を完全に断つだけ。小さな廃屋へと駆け込んだ。

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

「VALKYRIEさん!!」

 

 若い女性の声の方へ銃口を向けば原峰姉弟がこちらへと走ってくる。見ればいつもの巫女装束の上に千早のような外套を羽織りその下に白いベスト、手には似つかわしくない自動小銃が握られていた。

 ほんの一瞬だけ固まるが直ぐに思考を切り替える。

 

「君らか。何しにここにきた、ここはいつもの山ではない戦場だぞ」

「それは承知してます。でも、僕らの村は僕らの手で守る。今までもそうしてきたんです。だから……!」

 

 和樹の瞳にある熱意は嬉しいが、その手にしている武器の使い方を知っていても戦い方までは知っていない。往々にしてそういう奴が先に行って死んでいく。

 しかしここまで来てしまった以上は下手に追い返す訳にもいかない。

 

「邪魔になったら置いていって下さい。私も和樹も、もう二度とようやく居られる場所を守りたいんです」

 

 結葉の方もテコでも動かないつもりらしい。やれやれと首を振って二人を見やる。

 それに武器の扱いに関してはそれなりに心得ているのだろう。彼らの佇まいを見てもそれは分かった。

 

「……良いだろう。だがついて来れないのなら置いていく。そしたら村まで真っ直ぐ戻れ、いいな?」

 

 鋭い目付きに二人は息を飲むがコクリと頷く。心意気や良し。だが民間人に最前線を任せっきりにしては即応班長の名が廃る。

 

「それなら……」

 

 チラリと窓から外を見ればあの百足野郎はこっちを見つけて殺そうと動き回ってる。ヤツがその気なら相手になってやろう。

 そして小高い岩場に山小屋と鉄塔、廃工場が目に入った。木が生い茂っているとはいえ、射界も広く取れるはず。

 

「結葉、和葉、お前たちはあの小屋まで走れ。そこから援護射撃をして欲しい」

「あそこの山小屋ですね。分かりました。弾薬はまだあるのでやれると思います」

「……VALKYRIEはどうするんだ?」

 

 和葉が不信感と心配が混じった目でVALKYRIEを見るが、それを無視して岩百足の方へと再び視線を向けた。

 

「お前たちが向こうに着くまで先に出てヤツの注意を逸らす。何、1匹程度なら遅れは取らんよ」

 

 ニヤリと口角を釣り上げるVALKYRIEはポンと和葉の頭に手を乗せた。色んな修羅場を潜り抜けてきた身からすれば鬼種5体に囲まれた時に比べればあまりにもぬるい。

 

「よし、始めるぞ。私が先に出る」

「お気をつけて、VALKYRIEさん」

 

 心配そうに見つめる結葉にサムズアップしてみせ、VALKYRIEはカービン片手に勢いよく飛び出した。

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