昨日ホシノが破り捨てたはずの退部届が机の上に乗っている。信じたくなくて何度書かれている名前を確認しても、やっぱり書いてあるのはホシノの名前だ。
「自分を犠牲にするなって言ったのはホシノだろ……」
「退部届のほかにこんなものが……」
みんなが動揺する中、アヤネが差し出してきたのは対策委員会のみんなにあてた手紙だった。手紙を机に広げると、丁寧に書かれた文字が目に入った。
『まずはこうやって手紙でお別れの挨拶をすることになったこと、許してほしい』
謝罪の言葉から始まった手紙は、その後ホシノが怪しい奴らに勧誘されてたこと、その条件としてアビドスの借金を肩代わりするといわれたことなど、昨日ホシノから聞いたことが書いてあった。読み進めていくと俺に向けてのメッセージが書いてあった。
『先生へ。実は私、大人のことが嫌いだった。最初に来た時も「なんかやばい人が来たな」って思ったし。あれだけ強いのにただの善意で助けてくれるなんて信じられなかった。でも、自分が傷ついてでも私たちのことを助けようとしてくれたんだから、信じないわけにはいかないよね。そんな先生に、最後のお願い。シロコちゃんは良い子だけど、横で誰かが支えてあげないと、どうなっちゃうかわからない子で。悪い道に逸れちゃったりしないように支えてあげてほしい。先生になら頼めるから』
「ホシノ……」
「ホシノ先輩! なんで……!」
「私は助けに行く。みんなに迷惑をかけるから一人で……」
「シロコ先輩! 今はみんなの足並みをそろえないと……」
やっぱりみんな落ち着きがない。俺もいつまでもショックを受けている場合じゃない。そう思ってみんなに声をかけようとした瞬間、外から爆発音が聞こえた。窓の外を見てみると市街地のほうから煙が上がっていた。
「いったい誰が!」
「判明しました! これは……カイザーPMCの傭兵が市街地に無差別攻撃をしています!」
「今はとにかく何があったのかを確認しよう!」
混乱しているみんなを連れて外に出ようとすると、周囲から人の歩く音と声が聞こえてきた。学校にまで乗り込んできているのか。向こうの戦力はかなり多いようだし、ここはまともにぶつかるわけにはいかないな。
「見つからないように進もう」
「わかった。こっちからなら隠れながら進めるはず。ついてきて」
シロコに案内してもらい校舎を進んでいく。時折周囲を警戒しながら歩いている傭兵には奇襲を仕掛けて気絶させておく。こちらに地の利がある分、何とか学校からは脱出できそうだな。
追ってくる傭兵たちを退けながら爆発のあった市街地のほうまで向かった。あたり一帯は襲撃を受けたせいで荒れていて、町の人たちもここから逃げようとしている。逃げずにいるのはカイザーの傭兵たちだけで、好き勝手に暴れている。
「ふむ。誰かと思ったらアビドスの諸君じゃないか。こちらから行く手間がはぶけたな」
傭兵たちに支持をしていたカイザーの理事がこちらに気づいて声をかけてきた。
「学校はまだ私たちのものです! これは明白な不法行為ですよ!」
「くくく……。アビドス最後の生徒会メンバーの小鳥遊ホシノが退学した今、生徒会は存在しないも同然だ。公的な組織が一つもないアビドスは学校として自立・存続が不可能と判断した」
「生徒会がなくてもアビドスには対策委員会があるじゃない! そんな言い分が通じるはずないでしょ!」
「……セリカちゃん。対策委員会は公的な部活じゃないの……。対策委員会ができた時にはもう生徒会はなかったから……」
「そういうことだ。だから私たちが代わりに運営を引き受けてやるというのだ」
「……」
こちらが何も言えないのをわかっているのか、カイザー理事は勝ち誇るように悠々と話を続ける。
「まさか、いままで本気で借金を返済できると思っていたのか? 利子だけでもかなりの額になるというのに、何百年もかけて。あきらめる言い訳のためにほどほどにやっていると思っていたが……」
「ホシノ達の今までの努力を馬鹿にするな! みんな本気でアビドスを救おうと頑張ってきたんだ!」
「せ、先生……」
「シャーレの先生よ。あなたがどれだけ怒ろうと、この状況を覆すことはできない」
「くっ……!」
周囲の傭兵たちも破壊行動をやめて次々とこちらに集まってきている。支えだったホシノがいなくなって、今もカイザーの奴らに好き放題されている。そのせいかみんなの心も折れそうになっている。こんな時こそ俺がしっかりしないと……。
「みんな、あきらめちゃだめだ! ホシノを助けて学校を守るんだ! みんなの今までの努力を無駄になんかさせない!」
「ですが……もしここを切り抜けたとしても……」
みんなの雰囲気が重くなっていく中、別の場所で爆発音が聞こえた。そちらのほうを見ると、攻撃されていたのは傭兵たちだったようで結構なダメージを受けているようだ。爆発が上げた煙の中に人影が見える。
「確かにあなたたちは今危機的な状況にさらされている。それでも……たとえこの先の道が困難ばかりだったとしても、あなたたちは仲間の危機に下を向いているような情けない集団じゃないでしょ!」
「アル!」
傭兵たちの包囲の中を突き抜けてきたのは便利屋のみんなだった。あの数の傭兵の包囲を切り抜けてくるのはさすがに厳しかったのか、所々に傷を負っている。それでもアルたちの表情はけっして暗くなく、力強い目をしている。
「どうしてここに……アビドスを離れたんじゃ!?」
「その話はあとよ先生。今は、そこの腑抜けたちに真のハードボイルドの力を見せるときよ! ……ハルカ!」
「はい! アル様!」
アルの合図とともにハルカが何かのスイッチを押すと、周囲一帯が爆発した。きっと前もって準備していたんだろうけど、いつの間にこんな量を……。気になるけど今はおいておこう。このチャンスを逃すわけにはいかない!
「先生との初めての仕事ね! 期待しているわよ?」
「ああ! 任せてくれ!」
爆発で隙ができた陣形にハルカと一緒に突っ込んでいく。アルは後方から厄介な敵を狙い打って、ムツキやカヨコは俺たちに攻撃が集中しないように爆弾や銃を使って敵をかく乱してくれている。
「……けど、よかったのか? もともとはカイザーに雇われていたんだろ?」
「皆さんには恩がありますし……。そ、それに、私はアル様についていくだけですから」
少しだけ笑いながら答えてくれた。……いろいろあったけどアルたちにはよく助けられているし、ここを切り抜けたらまたお礼をしないとな。
アルたちの加勢はありがたいけど、五人だけでは何倍もいる傭兵相手にいつまでも戦ってはいられない。少し攻めあぐねていると、後ろから元気な声が聞こえた。
「先生! 私たちも戦うわ!」
「もう迷いません。ホシノ先輩もアビドスも、全部諦めません!」
「みんな……!」
アビドスのみんなも先頭に加わってくれた今なら、包囲を突破することができそうだ。援護はみんなに任せて、敵の陣形を切り崩すためにハルカと一緒に突っ込むことにした。敵の包囲の先にいるカイザー理事の近くまで切り込むことができた。
「この期に及んでまだあがくのか! これ以上何をしても無駄だというのに!」
「俺たちはあきらめない! どれだけ厳しい状況になっても、絶対にホシノを助け出す!」
周囲の傭兵を倒し、カイザー理事の前まで来た。ここまで追いつめられるとは思わなかったのか、かなり焦っているようだ。
「……くっ! 一度退却だ! 兵力の再整備に入れ! 覚えておけ、この代償は高くつくぞ……!」
これ以上戦闘を続けては負けると感じたのか、カイザー理事は撤退の指示を出した。逃がしたくはなかったけど、これ以上戦闘が長引くと厳しかったのも事実だ。今は撤退させられたことを喜んだほうがいいかもしれない。
傭兵たちは素早く市街地から撤退していき、周辺は一気に静かになった。みんなの無事を確認しようと見渡してみると、気が抜けた様子で休んでいた。
「みんな。大丈夫か?」
「私たちは大丈夫。先生も……大丈夫そうだね」
「先生はまた無茶して、私たちみたいに頑丈じゃないのに。……でも、ありがとう」
「俺は大丈夫だよ。みんなが無事でよかったよ」
みんな心配そうに俺を見ていたけど、大したケガもないとわかったら少し安心した顔になった。少し緩んだ空気の中、アヤネが覚悟を決めた顔で声をかけてきた。
「一度引き返しましょう。……きっと次は、今までで一番の戦いになりますから」
「アル、みんなも。今日は助かったよ」
「ふふっ。先生は大切なパートナーですもの。……それに、アビドスには迷惑もかけたもの」
「先生の励ましている姿かっこよかったもんね! アルちゃんすごく目が輝いてて、次の瞬間には飛び出してたんだよ」
「ちょ、ちょっと、ムツキ! こ、こほん。……先生が見込んだ通りの人で、やっぱりパートナーにふさわしいって思っただけよ!」
「そ、そうか……」
そういわれてしまうとそれ以上は追及できないけど……。何であれ、アルたちに助けられたことは事実だし、感謝しないとな。
「それに……私があこがれたアウトローが、あのままやられていくのを見ておけなかったから」
「……アルはもう立派なアウトローだな」
「へっ! そ、そんないきなりほめるなんて……」
アルは照れているけどすごくうれしそうだ。素直にほめただけなんだけど、そんなにうれしかったのかな。こっちまでうれしくなりそうな笑顔をしばらく見ていると、カヨコが隣に並んで声をかけてきた。
「私も、カイザーに一泡吹かせられたのはスカッとしたよ」
「……でも、これからどうするんだ? カイザーに敵対したのはやっぱりまずかったんじゃ?」
「またどこかに移動して隠れるよ。大丈夫、こういうのには慣れてるから」
「そうか……。何かあったら俺を頼ってくれよ。できる限り、力になるから」
「相変わらずだね。社長があこがれてるのもわかる気がする」
「カヨコまで何言ってるのよ!? ……と、とにかく。その時はまた一緒に仕事をしましょう、先生」
アルたちも襲撃で荒れてしまった市街地から離れていく。ふとあたりを見渡すと、いつものような賑わいも建物の華やかさもなくなっていた。こんな光景はもう見たくなかったけど、今は悔やんでいる暇はない。俺にできることを、やっていくしかない。
「……いくか」
「お待ちしておりました。アルド先生」
ホシノに教えてもらった黒服の居場所。そこに行ってみると全身が黒い、不気味な男がいた。なんだかファントムを相手にしているような、得体のしれない雰囲気がする。
「あなたは連邦生徒会長が連れてきた不可解な存在。あのオーパーツ「シッテムの箱」の主であり、連邦捜査部「シャーレ」の先生」
口元は常に歪んでいて、なにを考えているのか想像がつかない。でも、ここで何も得られずに帰るわけにはいかない。どうにかして奴から情報を引き出すんだ。
「ずいぶん私をにらんでいますが、こちらとしては敵対するつもりはありません。むしろ、協力したいと考えています」
「なんだと?」
「私たちの計画において一番の障害はあなたです。あなたの存在は決して些事とは言えない。敵対することは避けたいのですよ」
「計画だと? お前たちは何をする気だ?」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私たちはあなたと同じキヴォトスの外部の者。ですがあなたとはまた違った場所からきた存在です。私たちのことは「ゲマトリア」、とお呼びください。私のことは黒服、と」
「ゲマトリア……」
「
「断る」
「真理と秘儀を手に入れられるこの提案を断るのですか? あなたの助けたい人を助け出すことができるかもしれませんよ?」
「なんだと!? なんでそのことをしっている!」
「クックック……。少し前に何やら私たちともまた違った存在に出会いましてね。あなたのことをよく話してくれましたよ。この世界に興味はないのかすぐに帰ってしまいましたが」
「本当に助けられるとしたって、お前たちの力を借りるつもりはない!」
……しかし、ファントムを通じて俺の情報がゲマトリアに伝わっているのか。これから先は、もっと警戒しておいたほうがいいかもしれない。
「黒服、ホシノを返してもらうぞ」
「小鳥遊ホシノはもうアビドスの生徒ではありません。届け出を確認されていないのですか?」
「……」
アビドスでホシノの退部届を確認してから、少し引っかかっていたことがある。丁寧に書かれた書類の中で、一か所だけ空欄の箇所があったことだ。
「あの退部届には顧問のサインがなかった。つまり、俺がサインをしていない今、ホシノはまだアビドスの生徒だ」
「ふむ……厄介な概念ですね、先生というのは。どうしても、アビドスから手を引いてはくれませんか?」
「なんど聞いても答えは一緒だ。俺はホシノの、アビドスの味方だ」
「いくらあなたに戦う力があっても、神秘を持たないその体ではいつかどこかで致命傷を負ってしまうでしょう。そこまで体を張る必要はあるのですか? 放っておいてもいいではありませんか。あなたには、どうしても叶えなければならないことがあるのですから」
「だからと言って、見過ごすことなんてできない。あの子たちが悲しむくらいなら、俺は何度だって助けに行く」
「あなたがそこまでする理由は何ですか? 所詮は偶然会っただけの他人ではないですか。いったいどうして、背負う必要のない面倒まで背負おうとするのですか?」
「余計な面倒なんかじゃない。俺はホシノ達が大事だから助けたいと思っているんだ」
きっとホシノは、今までずっと苦しんできたはずだ。誰にも悩みを打ち明けられなくて、ずっと心の底から笑えていなかったのかもしれない。だから、俺はホシノと一緒に、みんなで心の底から一緒に笑いあいたい。
「やはりあなたは、根本的に私たちとは違うようですね。……わかりました。交渉は決裂です」
黒服はどこか残念そうな口ぶりでホシノの居場所を教えてくれた。不気味な奴だけど、これ以上の情報がない以上はこの情報を信じて進むしかない。
「アルド先生。ゲマトリアは、あなたのことをずっと見ていますよ」
……きっとどこまで行っても、ゲマトリアとは分かり合えることはないのかもしれない。俺は返事をすることなく黒服のいる部屋から立ち去った。
ホシノを助けるためには、アビドスのみんなだけじゃ戦力が足りない。何とかして、ホシノがつかまっているカイザーの基地に切り込めるくらいの戦力をそろえないと……。とにかく心当たりをあたって、一刻も早くホシノを助ける準備をするんだ。