アナザーアーカイブ   作:さかみち

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最近文字数が多くなりがちなので、端折れる箇所は少しずつ削れるようにしてみたいと思います。
あと、エデン条約編は単話の「狙いは大物」の後の話になってます。
アルドがゴールドマグロ釣り上げたってことだけ知ってれば大丈夫だと思います。


不安と決意

「まだ眠いな……」

 

 朝早く、俺はミカからメッセージを受け取って合宿所の外を歩いていた。まだ学校の始まるより早い時間だからか、周りは静かで落ち着いている。朝日を浴びて目が覚めるのを感じながら歩いていると、プールサイドにミカの姿が見えた。

 

「薄明眩き……朝凪と……」

 

 声をかけようと近づいてみると、何か歌っていたのかかすかに声が聞こえてきた。歌っているミカは寂しそうにプールの水面を見ている。それに、この歌はどこかで聞いたことがあるような……。

 

「あれ、先生。おはよ!」

 

 俺が近づくと、気が付いたミカがいつものようにニコニコとした表情で挨拶をしてくれた。元気な声が、静かな合宿所に少し響く。

 

「おはようミカ。なあ、さっき歌ってたのは?」

 

「あー、聞いてたんだ。あれは、前に友達が歌ってるのを聞いたことがあって……。きれいになったプールを見てたら、なんだか思い出しちゃって」

 

「そうだったのか」

 

 ミカはかすかに揺れるプールの水面を見ながら、どこか遠くを……違う場所を見ているみたいだった。

 

「そういえば、なんで俺を呼び出したんだ?」

 

「ずいぶん急だねー。あっ、もしかして警戒してる? 心配してきてるだけなんだけどなー」

 

「わ、悪い。そういうつもりじゃなかったんだ」

 

「あはは! 冗談だよ! ……じゃあ、せっかちな先生のために本題に入ろっか。ナギちゃんから何か提案されなかった?」

 

「……補習授業部の中にいるトリニティの裏切り者を探してほしいって言われたよ」

 

「それで、引き受けたの?」

 

「いや、俺は補習授業部のみんなを疑うつもりはないよ」

 

「そっか。先生はそっちの味方なんだね。……ちょっとナギちゃんに同情しちゃうかもね」

 

「でも俺は、エデン条約を成功させたいと思ってる。だから、みんなの疑いを晴らすことにしたんだ。そうすれば、ナギサも安心できるだろ?」

 

 本当にどこかに裏切り者がいるのか、それともただの杞憂なのか。それは分からないけど……トリニティとゲヘナが手を取り合う未来があるなら、俺はそっちに進みたいから。

 

「確かに、そうすればナギちゃんが補習授業部を疑い続けることは無いね。でも、わざわざ難しい道を選ぶんだね。どちらか片方なら、もっと話は簡単かもしれないのに」

 

「難しいかどうかで自分の行動を選ぶ必要はないだろ? 進む道は自分で決めるよ」

 

 俺がそういうと、ミカは信じられないというように目を見開いた後少し笑った。

 

「じゃあもしかして、私が助けてって言ったら、その時は助けてくれるの?」

 

「もちろんだ。ミカに何かあった時は、俺が力になるよ」

 

「わーお……先生はいろんな子にそういうことを言ってそうだけど、でも、ちょっと嬉しいかも。……でも、残念だけど、裏切り者はあの中にいるんだよ」

 

「なんだって!?」

 

「それに、あそこに集められたのは疑いがかかっている生徒ばかり。ティーパーティーとしてそれは保証できるよ。……それでも、まだ信じてるって言える?」

 

「……ああ。俺は最後まで信じるよ」

 

 近くで見てきたからこそ信じられる。みんなは普通の子供で、平和を壊すようなことはしないって。

 

「そっか。……話を戻すね。裏切り者は、白洲アズサだよ」

 

「アズサが!?」

 

「知ってるかもしれないけど、あの子は最初からトリニティにいたわけじゃないんだ。彼女はアリウス自治区……トリニティの自治区から追放された学園から来たの」

 

「追放?」

 

「トリニティは多くの派閥が集まってできた学園だってことは知ってるよね? 追放されたのは『第一回公会議』の時。ほとんどの派閥が合併に賛成していた中、アリウスだけは反対していたの。それで、最後にはトリニティを追放された」

 

「そんなことがあったのか……」

 

「大きな力を持ってしまうと、気に入らないものを排除してしまう……。今回も同じだと思うの。エデン条約は『ETO』、つまり新しい武装集団を作ることを目的としている。そんな大きな力があったら、いつか何かを起こしてしまう」

 

「俺は、ナギサがそんなことを考えているなんて感じなかったけど……」

 

 ナギサが言っていたのはトリニティとゲヘナの和平についてだけだ。『ETO』が抑止力になって、キヴォトスの均衡をとれるようになるって言っていたはずだ。

 

「ナギちゃんは自分の思惑を隠すのが上手いからね。それで、白洲アズサのことだけど……実は、転校させたのは私なんだ」

 

「どうしてそんなことをしたんだ?」

 

「アリウスとトリニティの和解の象徴になってほしかったの。もう一度お互いが歩み寄るために、きっかけが必要だったから」

 

「そうだとしたら、何でアズサが裏切り者なんだ? ミカがついているなら、身元は保証できているはずじゃないのか?」

 

「あはは……それなんだけど、アリウスとの和解はナギちゃんとセイアちゃんに反対されてたの。そんな時エデン条約の話をナギちゃんが進め始めちゃったから、私一人だけでやったの」

 

「エデン条約が何か関係あるのか?」

 

「うん。アリウスは元々ゲヘナへの憎しみが深い学園だったんだ。だから、エデン条約が結ばれてしまったら、もう二度と和解することができないの」

 

「それで、ミカだけでアズサをトリニティに転校させたのか……」

 

 きっとアリウスから転校させたことは伏せていたんだろう。だからナギサから見たアズサは、正体の分からない生徒に見えてしまった。

 

「だから、先生には白洲アズサを守ってほしいの。あの子を政治的な問題に巻き込んでしまったけど……こんなことで退学にさせちゃいけないから」

 

「ああ、任せてくれ。それと……ありがとう。俺にここまで教えてくれて」

 

 アズサが裏切り者だと思われているなら、それを手引きしたミカも裏切り者になってしまう。俺に話したことでナギサにばれる可能性もあるのに、教えてくれたんだ。

 

「私も、話してよかったかな。……一つ忠告しておくね」

 

「忠告?」

 

「エデン条約が締結されたら、トリニティはきっと変わっていく。この条約がトリニティを危険な方に進ませてしまうかもしれない。だから、誰を信じるのか、誰の味方になるのか、もう一度慎重に決めてほしいかな」

 

「わかった。……少し、考えてみるよ」

 

「うん。話したいことは全部伝えたし……私は行くね」

 

 ミカは少し張り詰めた表情を緩めながら手を振って背中を向ける。その時、羽についている飾りと一緒に糸くずのようなものが風に揺れているのが見えた。

 

「ちょっと待ってくれ。羽に何かついてるぞ」

 

「えっ、ほんと? 自分じゃ見えないから取ってくれない?」

 

「ああ。ちょっと待ってくれ……って、あれ?」

 

 羽に近づいてみると、赤い糸がひらひらと揺れている。だけど取ろうとして羽に手を伸ばしてみると、糸は最初からなかったかのように消えてしまった。見間違い……じゃないはずだよな。

 

「どうしたの? 取れた?」

 

 いきなり消えたのはびっくりしたけど、糸が取れたことには変わりがない。ミカのおしゃれな羽にはもう違和感はない。

 

「ああ。もう大丈夫だよ」

 

「そっか。それじゃあね、先生!」

 

 今度こそ、ミカは手を振りながら学園のほうに歩いて行った。

 

 

 

 

 

 その日の夜、自分の部屋でベッドに寝そべっているとドアがノックされた。少し眠くなってきた体を引きずりながらドアのほうまで歩いていく。

 

「今日もヒフミが来たのかな」

 

 特に疑問に思わずにドアを開けると、なぜか水着を着たハナコが目の前にいた。

 

「ハナコ!? なんでまた水着を着てるんだ!?」

 

「これについてはあまり気にしないでください。それより、相談があるんです」

 

 格好には似つかわしくない表情でまっすぐと俺を見ている。……気になるけど、今は真面目に話を聞いたほうがいいのか? 

 

「実は……」

 

「失礼します、先生……」

 

 ハナコが話しだそうとしたとき、ヒフミがドアを開けて部屋の中に入ってきた。そのまま俺とハナコ、両方に視線を泳がせた後、急に顔を真っ赤にして慌て始めた。絶対何か勘違いしてるよな!? 

 

「失礼しましたぁ! そ、そんな関係だったなんて!?」

 

「落ち着いてくれ! 俺たちはそんなんじゃないから!」

 

「うふふ♪」

 

「ハナコも笑ってないで誤解を解くのを手伝ってくれ!?」

 

 ……結局、ヒフミが落ち着くまでにしばらくかかってしまった。

 

 

 

 

 

 結局ハナコが着替えている間にヒフミにホットミルクを振舞うことにした。しばらく後、すっかり落ち着いたヒフミと戻ってきたハナコと向かい合う。

 

「それで、ハナコは何を相談しに来たんだ?」

 

「実は、アズサちゃんのことなんですけど……。毎晩のようにどこかに出かけているみたいなんです」

 

「確かに、アズサちゃんはいつも先に起きていますし……寝ているところを見たことないかもしれません」

 

「そろそろ、多少無理やりにでも寝かせてあげたほうがいいかもしれません。……なんだか最近不安そうに見えるんです」

 

「不安そう、か……」

 

 それがアリウスに関わりのある何かなのか、ただ試験への不安なのか……。まだわからないけれど、心配だな。

 

「ヒフミちゃんと先生も、しっかり睡眠はとってくださいね! 試験も大事ですが、健康には変えられませんから!」

 

「……普通の試験なら、そうかもしれません。ですが、今回は落第だけでは済まないんです……」

 

「どういうことですか?」

 

「あと二回の試験がどちらも不合格だったら……私たちは退学になってしまうんです!」

 

 ヒフミは抑えきれない不安を吐き出すようにハナコにそう告げる。ずっと不安だったはずだよな……。ハナコは信じきれないようで、困った顔をしながらも笑みを崩さない。

 

「そ、そんなこと、校則的に成り立ちません。退学は色々な手続きと理由が必要なはずです」

 

「それはたぶん、俺のせいだ。……ごめん」

 

 ナギサはシャーレの権限を組み込んだからこんなことが出来たと言っていた。俺がもっと慎重に動いていればこんなことにはならなかったはずだ。シャーレの権限……俺の思っている以上に、大きな力なんだと改めて思い知らされた。

 

「なるほど、シャーレの超法規的な権限があれば可能かもしれませんね……」

 

「あ、あの! ハナコちゃんは一年生の時に三年生までの試験が全部満点でしたよね……!? どうして、あんな点数を?」

 

「あれは、わざとなんです……ごめんなさい」

 

「どうしてなのか、聞いてもいいか?」

 

「それは……きわめて個人的な理由なので……。ですが、それで皆さんが被害を受けてしまうのは望むところではありません。ですから、今後の試験は皆さんが退学にならないように頑張ります」

 

「本当か!? 助かるよ、ハナコ!」

 

 アズサとコハルの点数も上がってきている。ハナコが頑張ってくれるなら、かなり前進したはずだ。

 

「先生にそこまで喜んでいただけと、なんだかこそばゆいですね。ですが、こんなことをしたのは一体……」

 

 ハナコがしばらく考え込んだ後、合点がいったように顔を上げる。

 

「ああ、ナギサさんですか。補習授業部は怪しい生徒を全員退学にするために作ったわけですね。アズサちゃんは書類の時点で怪しかったですし、コハルちゃんは正義実現委員会の人質というならありえなくはありません。ですが、ヒフミちゃんはナギサさんと親しかったはずですよね?」

 

「えっ!? 私もやっぱり容疑者なんですか?」

 

「でも、ヒフミは俺より先にナギサから裏切り者を探してほしいと頼まれていたし……。疑っているならそんなことはしないと思うんだけど」

 

 ヒフミが裏切り者だったら、補習授業部についての情報を流すのはリスクが高いはずだ。それでもヒフミを頼ったのは……。

 

「そうですね……。警戒されていると分かったなら、それを織り込んだ上で動くことが出来るはずですから」

 

「……だったらやっぱり、ナギサはヒフミのことは信じているのかもしれないな」

 

「そう、なんでしょうか……」

 

 退学の危険がある補習授業部に入れたのは気になるけれど、今はこれ以上確認できないし……。

 

「……とにかく、アズサちゃんとはもう少しお話してみたほうがいいかもしれません」

 

「そうだな。……ふあーぁ……。そろそろ寝ようか」

 

 ついあくびが出てしまった。時計が日を跨いでしまっていたのを見て、余計に眠気が増したような気がする。

 

「ふふっ。添い寝しましょうか?」

 

「だ、大丈夫だって……」

 

 ハナコの提案を跳ねのけて、その日は解散してそれぞれ眠ることにした。

 

 

 

 

 

 次の日は朝から天気が悪かった。昨日のうちに干していた洗濯物が突然の大雨で全部だめになった上に、落雷で合宿所が停電してしまい新しく洗濯もできない。着れるものがなくなったみんなは体育館で水着を着てしばらく過ごすことになった。……俺だけ予備があったから服を着ているのはちょっと居心地が悪いけど。

 

「電気が復旧するまでしばらくかかりそうだな……」

 

「こうなっては勉強はできませんし、水着パーティをするしかありませんね!」

 

「水着パーティって何なの! こういう時は部屋で休めばいいでしょ!?」

 

「ですがこういうことこそ合宿の花だと思いますよ?」

 

「た、確かにそうかもしれません」

 

「なんだか楽しそうだな?」

 

 ハナコはここに集まってからずっと楽しそうだけど、もしかしてこういうのが結構好きなのかもしれない。俺も仲間と焚火を囲むのは好きだから、なんだかわかる気がする。

 

「こういうのに少し憧れがあったんです。なのでちょっとテンションが上がっているといいますか……」

 

「私も、補習授業部に入って以来ずっとそういう気持ちだ。ここでの体験の一つ一つが新鮮で、すごく楽しいんだ」

 

 真っ暗な空間の中で、屋根をたたく雨の音とみんなの楽し気な声が聞こえてくる。表情は暗くてあんまり見えないけど、きっとみんな笑っているはずだ。心が落ち着くのを感じながら、みんなとの話を楽しむことにした。

 

 

 

 

 

「そういえば、今トリニティのアクアリウムでゴールドマグロの展示をしているらしいですね」

 

「私も知ってます! 幻の魚って言われてるらしいですね」

 

「近くの海で見つかったらしいですが……。そういえば、ほかにも釣り上げた人がいるって噂もあるんですよね。そのうえ釣ったものを食材として振舞ったらしいですよ?」

 

「太っ腹な人もいるんですね……。どんな味だったんでしょうか?」

 

「さあ、どうなんでしょうか?」

 

「……なんで俺を見てるんだ?」

 

 ハナコが楽しそうに俺のほうを見ている。もしかしたら俺が釣り上げたってことがばれてるのかもしれない。別にばれても問題ないけど、なんか言い出しにくいな……。

 

 

 

 

 

「近頃キヴォトスで胡散臭い行商人が現れたとか。時折人通りに出てきてはガラクタをうりつけているらしいですけど……。ガラクタを売っているわけですから、騙されたって言って後から客に袋叩きにされることもあるみたいですね」

 

「一体どんなもの売ってるのよ……」

 

 なんだかすごく聞いた覚えのあるエピソードだけど、さすがに人違いであってほしいような……。

 

「あ、私は何回か会ったことありますよ?」

 

「ヒフミは何か買ったのか?」

 

「実は、ガラクタに紛れてペロロ様の限定グッズがあったんです! もちろん全部買いました! 良ければ今度アズサちゃんも一緒に行ってみますか?」

 

「うん。どんなものがあるのか楽しみだ」

 

 楽しそうに笑うアズサを見ていて、ふと疑問が出てきた。

 

「そういえば、アズサは昔からぬいぐるみが好きなのか?」

 

「うん。昔、ふわふわなクマのぬいぐるみに出会ったことがあるんだ。それで、抱きついたときのあの感触がずっと忘れられなくて……。ヒフミが持ってきてくれたモモフレンズが似た感触だったから、すごく嬉しかったんだ」

 

「アズサちゃん……。試験を合格したら、もっとモモフレンズのグッズを見に行きましょう!」

 

「うん。楽しみだ」

 

 

 

 

 

「アズサちゃんは夜はしっかり寝たほうが良いと思いますよ?」

 

「今朝も寝坊してしまってみんなに迷惑をかけてしまった。……以前はこんなことはなかったのに」

 

「夜はどこに出かけてたんだ?」

 

「実は……ブービートラップとかを設置していたんだ」

 

 マリーが引っかかったって言っていたトラップのことか。あの場所以外にもいろんなところに仕掛けていたってことか? 

 

「悪意のある相手に引っかかる場所にだけ仕掛けてるから、日常生活を送るだけなら問題ないはずだ」

 

 マリーが引っかかってたけど……。もしかしたら、そのうち俺も引っかかるかもしれないな……。もっと気をつけないと、すごく危険な気がする……。

 

「そうならそうと、一言教えてほしかったです」

 

「ごめん、これからは気を付ける。私のせいでみんなが被害を受けるのは望むところじゃないから」

 

「……でも、俺たちのためにやってくれてたんだろ? トラップが本当に必要なのかはわからないけど……ありがとな」

 

 アズサもそう言われて少し嬉しそうに見えたけど、すぐに表情を戻して少し俯いてしまった。ハナコが言っていた、不安そうという言葉が頭をよぎる。

 

「……だけど、この世界は全てが無意味で、虚しいものだ。だから、私はいつか裏切ってしまうかもしれない。みんなのことを、その信頼を、その心を……」

 

「アズサちゃん……?」

 

 思いつめたアズサをみんなが心配する中、突然明かりがついてあたりを照らし始めた。少し明るさに目が慣れずに細めていると、アズサは立ち上がってみんなに声をかける。

 

「外も晴れたみたいだ」

 

「もう一回洗濯しないとね」

 

「それじゃあ第一回はお開きですね」

 

「うん。第二回も楽しみにしてる」

 

「二回戦とかないから! こんなの最初で最後だから!」

 

 さっきまでの空気がなかったかのようにみんなで楽しく話しながら体育館から出ていく。さっきまでしていた雨音もすっかり消えて、体育館には太陽の光が差し込んできている。

 

「……アズサ」

 

 俺はさっきのアズサの言葉が引っかかってしまって、つい呼び止めてしまった。アズサは窓から差し込む光を背に立っていて、俺からは影に覆われた顔だけが見えた。

 

「どうしたの、先生」

 

「……」

 

 俺は今まで滅びる運命にあった国も、時間の中で消えてしまったものも見てきた。だから、アズサの言う虚しさに反論することはできないかもしれない。だけど……きっと意味はあるはずだ。

 

「アズサの言うように、全ては虚しくて、いつか何もかも無くなってしまうかもしれない」

 

「うん……」

 

「それでも、無意味じゃないはずだ。アズサが頑張って勉強してきたことも、楽しかった思い出も……全部」

 

「……何もかもいつかは消えてなくなるにしても、それでも抗い続ける……」

 

「それは?」

 

 どこかで聞いた気がする言葉をつぶやくと、まっすぐ俺のほうを見て少し笑ってこう言った。

 

「昔聞いた物語のセリフなんだ。……ありがとう、先生」

 

 そう言うと、アズサもみんなに続いて体育館から出ていった。アズサがどうして、いつか裏切ってしまうなんて言ったのかは分からない。でももう決めたんだ、俺はみんなを最後まで信じるって。アズサを……みんなを守るんだ。

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