夜にハナコが、みんなで出かけましょう! と提案してきた。合宿中は夜に出かけるなって言われていたけど、一日くらいハメを外してもいいだろうということで出かけることになった。
「夜の街を皆さんと歩くのも楽しいですね」
出かけてからハナコはずっと上機嫌だ。もしかしたら、こんなふうにみんなで何かするのが好きなのかもしれないな。
「この辺りは初めてきたけど、夜でも開いている店が多いな」
学園から近い場所だからか学生向けの店が多いように見えるけど、いろんなところで明かりがついている。でも明かりとは逆に通りを歩いている生徒はほとんどいない。
「そうなんですよ。あっちには今限定パフェが出ているカフェに、その向こうにはグッズショップもありますよ!」
「ヒフミちゃんはなんだか詳しいですね?」
「あはは……」
しばらくみんなで夜の街を歩いた後、限定のパフェを出しているという店に入ることにした。
中に入るとチラホラとスイーツを楽しんでいる客が見える。どの席に座ろうかとあたりを見回してみると、大きなパフェを三つもテーブルに並べている席が視界に入った。よく食べる人だなと座っている人に視線を向けると、スプーンを口に運んでいたハスミと目が合った。
「先生!? それに補習授業部の皆さんまで」
「あら、ハスミさんもこちらに来ていたんですね。大きなパフェを三つも……」
「これはその……。そ、それより、夜間の外出は禁止されていたはずでは?」
「ま、まあ、たまには気分転換も必要だろ?」
「……ここはお互いに見なかったことにしましょうか」
ハスミは自分のテーブルに置いてあるパフェに目線を送りそう言った。その後スプーンをテーブルにおいて、俺にこう聞いてきた。
「先生、コハルは勉強を頑張っていますか?」
「ああ。最近はテストの点も上がってるよ」
それを聞いたハスミは安心したのか、少し表情が緩む。ハスミはコハルのことをかなり気にかけてるみたいだ。
「そうですか……。コハル、皆さんと一緒に試験を頑張ってくださいね。正義実現委員会で一緒に肩を並べる日を心待ちにしていますから」
「えへへ……はい!」
この様子ならこの前コハルとハスミが二人で話していたのも、勉強についてだったのかもしれないな。あの時もコハルは特に気にしていなかったし、俺が心配する必要はなさそうだな。
二人の様子を眺めていると、突然ハスミのほうから着信音が聞こえてきた。ハスミは携帯を手に取って何か話した後、申し訳なさそうに俺たちのほうを見る。
「……すみません。この近くで少し問題が起きてしまいまして、力を貸していただけないでしょうか」
「何が起きたんだ?」
「ゲヘナの美食研究会がアクアリウムから貴重な魚を盗んで逃げているようでして……。ゲヘナの生徒をトリニティが捕まえるのは大きな問題になりかねません。なので協力していただきたいのです」
ハルナたちがまた何かやったのか……。ゲヘナにいるときはたびたび風紀委員に協力して捕まえてたけど、まさかトリニティで聞くことになるとは思わなかったな。
「なるほど。中立の立場であるシャーレが解決する、という名目が必要なわけですね」
「そういうことなら喜んで協力するよ。みんなも力を貸してくれないか?」
「もちろんだ。先生の戦い方は前から見て見たかったからちょうどいい」
「あんまり期待するようなものじゃないぞ? とりあえず、美食研究会を捕まえに行こう!」
すでに戦っていた正義実現委員会の生徒たちと俺達でハルナたちを追いつめたけれど、あと一歩のところで逃げられてしまった。
「早く追いかけないと……」
急いで追いかけようとしたところをハスミに止められた。片手に携帯を持っているし、誰かと連絡を取っていたみたいだ。
「いえ、ちょうどツルギがこちらに向かっているようですし、すぐに捕まるでしょう。それよりも、もう一つお願いしたいことがあるのですが……」
「何をすればいいんだ?」
「ゲヘナへの身柄の引き渡しをシャーレにしてほしいのです。エデン条約のことを考えるとこれが一番角の立たない方法ですので」
「わかった、任せてくれ」
しばらくして、捕まったハルナたちとフウカを連れて受け渡し場所の橋まで移動した。イズミだけは逃げられたみたいでこの場所にはいなかったけど、ハスミは気にしないで良いって言ってたな。
ハスミたちが離れた場所に移動すると、ハルナが声をかけてきた。
「お久しぶりですね、先生。トリニティで会うとは思いませんでしたわ」
「俺もトリニティでみんなを捕まえるとは思わなかったよ。なんでこんなことをしたんだ?」
アクアリウムから魚を盗んだとは聞いていたけど、なんでそんな大がかりなことをしたんだろうか。
「あのゴールドマグロがアクアリウムに展示されていると聞いたので。あれほどの食材を観賞用にしておくのは大変な損失ですわ」
「だからこんなことしたのか……」
「ハルナはいろいろ言ってますけど、前みたいに先生と一緒に食べたいだけですよ」
フウカがジト目でハルナを見ながらそう言った。確かに以前釣り上げたものを料理してくれたんだよな。
「確かに前食べたやつはすごくおいしかったけど、盗んだもので作った料理を出してもらっても俺は嬉しくないぞ」
「はい……」
俺の言葉をハルナは悲しそうに受け止めている。ちゃんと反省してるみたいだし、あんまりきつく言うのはかわいそうかな。
「だから、今度みんなで美味しいものを食べに行こう。俺はそっちの方がうれしいからさ」
「先生……。今度、私のおすすめのお店にお連れしますね」
その後しばらくは五人でいろいろと話していると、橋の向かい側から一台の車が近づいてきた。中から出てきたのは白い髪にナースキャップを被った子だった。
「お待たせしました。死体はどこですか?」
「えっ、死体?」
「失礼。死体ではなく負傷者でしたね」
表情が変わらないせいで本気なのか冗談なのか分からないな……。俺が困惑しているとその子は不思議そうに俺を見てきた。
「ところであなたは?」
「その人はシャーレの先生よ」
車のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。車から降りてきたのはヒナだった。
「ヒナじゃないか」
「こんなところで会うなんてね。でもどうして先生がここに?」
「正義実現委員会の代わりにハルナたちを引き渡しに来たんだ。シャーレが解決したってスタンスなら二校間の問題にはならないからって」
俺がここにいる理由を話すと、ヒナは納得したようにうなずいた。
「問題にしたくないのはこちらも同じよ。だから公的には救急医学部が来たってことになってる」
ヒナはそういうと隣の子に目配せをする。それに気づいて俺のほうに一歩出てきて、お辞儀をしてくれた。
「救急医学部の部長、氷室セナです。以後よろしくお願いいたします、先生」
「ああ、よろしくな」
「それじゃ、美食研究会をこっちに移そう」
後ろで待っていた四人をヒナたちに引き渡す。ハルナとアカリは相変わらず笑みを浮かべていて、なんともなさそうだ。ジュンコとフウカはなんだかゲッソリしている。
「私たちはこれで失礼しますわ。今度会うときは美味しいものを食べに行きましょうね」
「ああ、約束だ」
「いいから早く入って……」
ヒナににらまれながらもハルナたちは車に入るまで俺に手を振ってくれていた。全員を入れ終わると、セナも運転席に乗ってエンジンをかけ始めた。ヒナは車に乗り込まず、俺のほうに声をかけてきた。
「先生はいまトリニティにいるんだね」
「ああ。今は補習授業部ってところで手伝いをしてるよ」
「それは知ってる。ただ、いつもみたいに面倒ごとに首を突っ込んでるんじゃないかと思って」
「別に好きでやってるわけじゃないぞ」
俺がそういってもヒナは小さく笑ってるだけで否定しない。まあ、問題があるっていうのは当たってるんだけど……。でもトリニティの事情についても何か知っているかもしれないな。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「どうしたの?」
「ヒナはエデン条約って知ってるか?」
ミカが言っていた、いつか気に入らないものを排除するようになってしまうかもしれないと言う話。あれがずっと気になっていた。ヒナなら何か知っているかもしれない。
「もちろん。というか、私が主導で進めてきたものだし」
ヒナは少し疲れを滲ませながらため息をつく。
「なんでヒナが? ゲヘナの生徒会はあるんだよな?」
「万魔殿……生徒会長のマコトはこういうのに興味がないから、私が代わりに推し進めてたの。まあ、そろそろ引退するのもアリかなって」
ヒナがいつも大変なのは俺も知っている。そんな中で自分が卒業した後のことを考えて、後に残せるものを作っていたみたいだ。
「それで、いきなりそんなことを聞いてどうしたの?」
「実は……」
俺は今までトリニティで会ったことをヒナに話した。試験に合格しないと補習授業部のみんなが退学になること。ナギサはトリニティの裏切り者を探していて、補習授業部を疑っていること。ナギサがエデン条約で武力を得て、何かするかもしれないこと。
「裏切り者……いろんな思惑があるみたいだけど、先生は補習授業部のみんなを信じてるのね」
「ああ。みんなは裏切り者じゃないって信じてる」
「そう、先生らしいね」
ヒナは小さく笑った後、表情を引き締めてこういった。
「それで、エデン条約についてだけど……私はあれが武力条約だとは思っていない。ETOを動かす権限はトリニティとゲヘナの生徒会に分割されるから、誰か一人の意思で好きに動かすことはできないはずよ」
「エデン条約はれっきとした平和条約ってことだよな」
「ええ。私は少なくともそう思っているわ」
だったら、ミカが言っていたような暴走は起こらないことになる。ヒナがそういうのなら、きっと間違いはないはずだ。
俺が一人でほっとしていると、ヒナが少しためらいがちにこう聞いてきた。
「ところで、こんな大事なことを私に話して良いの?」
ゲヘナの生徒であるヒナにトリニティの内情を話すのは、本当はいけないことかもしれないけど……。
「ヒナのことを信じてるからさ」
「……そっか」
ヒナは少し顔を赤くしながら頷いている。そのあと少し考え込んだ後、こう言った。
「私も少し情報を集めてみるわ」
「いいのか?」
「この件は私にとっても他人事じゃないから」
ヒナにこれ以上負担はかけたくない気持ちもあるけど、何も手がかりがない今、ヒナのことを頼るべきかもしれない。
「わかった。だけど、無理はしないでくれ」
「先生こそ、あんまり無茶はしないで。……そろそろ行くね」
「ああ。またな」
車が見えなくなるまで手を振りかえした後、俺もみんなと合宿所に帰ることにした。