ヒフミたちには敵をおびき出した時の準備をしてもらって、俺とハナコとアズサはナギサを助けるために移動していた。
「着きました。ここが今日ナギサさんがいるセーフハウスです」
「アリウスもすぐにここに来ると思う。急ごう」
目の前の屋敷はトリニティだとよく見るタイプのもので、ハナコに言われなければここにナギサがいるとは思わなかったと思う。
でも屋敷の中には少ない人数だけど警備している人がいるみたいだ。
「ナギサのところまではどうやって行くんだ?」
「それはもちろん……」
「強行突破する。時間もあまりないから」
アズサがガスマスクをかぶりながらそう言い切る。
もちろん急がないといけない以上、ほかの方法がないのも分かっているつもりだ。でも、どうしてナギサがこんなことをしたのか……俺はまだナギサ自身から聞いていない。
「どうかしましたか、先生?」
ハナコとアズサが俺のほうを見ている。ハナコはいつものような笑顔を浮かべて余裕があるように見えるし、アズサは表情が見えないけれど特に気負ってもいないようだ。
俺は小さく息を吸ってから、二人に思い切って頼むことにした。
「……二人とも。ナギサに会ったら、少しだけ話しをさせてくれないか?」
「先生。そんなことをしている時間は……」
「それは先生にとって必要なことなのか?」
俺をとがめようとしたハナコを遮るようにアズサがそう聞いてきた。
「ああ」
俺は今に至るまで、ナギサに何の証明もすることが出来ていない。補習授業部のみんなの無罪も、エデン条約を阻止しようとしている存在のことも。だから、せめて今回のことはちゃんと話しておきたい。
「それは先生だから……ですか?」
「先生とか関係なく、俺がそうしたいんだ。……わがままを言ってごめん」
「……わかった。警備員はこちらで片づけておく。二人は先に向かっていてくれ」
アズサはそう言ってすぐに走り出していってしまった。少しすると建物の方から戦闘音が少し聞こえて、その後すぐにやんだ。
アズサの腕なら大丈夫かもしれないけど、後でちゃんとお礼を言っておかないとな。
「それでは、行きましょうか」
「ああ」
すでにアズサによって制圧された屋敷の中をハナコと進んでいくと小さな部屋の前にたどり着いた。
ハナコが目配せをして俺に入るように促している。
「開けるぞ」
特に鍵がかかっている様子もなく、大して力を入れることもなく扉が開く。
部屋の中にいる人物は当然その音に気が付いていて俺たちのほうを見て驚いていた。
「先生とハナコさん……? どうしてこちらに……」
「どうしてこちらのセーフハウスを知っているのかという意味でしたら、全て把握しているからですよ」
「全部!?」
つい思ったことをそのまま声に出してしまったら、横にいるハナコに笑顔を浮かべながら圧をかけられてしまった。驚いたことをすぐ口に出す癖、何とかならないかな……。
俺は何とか取り繕おうと表情を引き締めて一歩前に出る。
「それで、お二人は一体何の用事でしょうか。……もしかしてこの間の仕返しですか?」
ナギサは困惑した表情を浮かべながら手に持っていたティーカップを置く。何度か見たことのある動作だけど少しぎこちない。
俺はナギサを安心させようとここに来た目的を伝える。
「俺たちはナギサを助けに来たんだ。近いうちにここは襲撃されるんだ、だから一緒に来てほしい」
「襲撃……もしかすると裏切り者が誰なのか分かったのですか!?」
「それは……ごめん、まだだ」
俺の言葉を聞いてがっかりしたのか、ナギサは再び表情を曇らせてあからさまに警戒している。
「……ここに乗り込んでくるような人の言うことは信じられません。早く出ていってくれませんか?」
「待ってくれ!」
ナギサは聞く耳を持たないのか椅子を立ち上がろうとした瞬間、突然部屋の窓から誰かが飛び込んできた。割れた窓ガラスが部屋の中に散乱するなか、ガスマスクをつけた生徒が俺たちを一瞥する。
「こちらは警備員の無力化が完了した」
「アズサ!」
「あら、早かったですねアズサちゃん」
俺はアズサが戻ってきたことにホッとしていたけど、ナギサは青ざめて動揺してしまっている。
急に押しかけてきた俺とハナコ、明らかに襲撃してきたアズサの格好と散乱した窓ガラスの破片……。
「もしかしてあなたたちが……」
「ナギサさんがどう思っていたとしても、無理やりにでも連れていきますからね」
「……くっ!」
ナギサは震える手で銃を握りしめて俺たちのほうに突き付けてきた。ナギサの呼吸は荒くなってきて血の気も引いているように見える。
明らかに動揺していてまともに話せる状態じゃなくなってしまった。
「先生。抵抗される前にいったん気絶させたほうが……」
ナギサに聞こえないようにハナコが俺に小さな声で提案をしてくれた。
確かに、アリウスがここに来るまでにもう時間が無いし、ハナコの言うことはもっともなのかもしれない。
「もう少しだけ待ってくれないか」
「……どうするつもりですか?」
刺激しないように声をかけつつ一歩前に出ると、ナギサがそれに反応して銃の照準を俺に合わせる。
「ナギサ。話を聞いてほしい」
「近づかないでください!」
「ぐっ!」
「先生!」
威嚇をするように銃を撃つと俺の足元を掠めるように銃弾が通り過ぎて、だんだんと掠めた場所から血が流れる感触がしてきた。
ナギサは怖くて仕方ないのかもしれない。頼れる人はここにはいなくて、裏切り者かもしれない人に囲まれて自分を守れるのは手に持っている銃だけで……。
そんなナギサを見ていて、俺はふとかつての旅のことを思い出した。
『相手を信じられなきゃ、きっと話し合うことすら始められない』
ノーナとの旅で俺が教えてもらったことだ。信じてほしいなら、まず自分が信じないといけない。
……きっと、最初から俺がするべきことは最初から決まっていたんだ。
「ナギサ。話を聞いてほしい」
「もう……先生も信じることは……えっ?」
俺は身に着けていた二振りの剣を外してナギサの方に滑らせて、両手を上げて見せる。
俺の姿を見たナギサは一瞬あっけにとられて銃を下ろしかけたけど、再び俺をにらんで銃を向ける。
……オーガベインには後で怒られるかもしれないな。
「ナギサ。俺たちは敵じゃないよ」
「どうしてそんなことを……あなたは銃に撃たれても平気なわけではないのでしょう!?」
「俺はナギサに謝りたかったんだ。……ナギサがこんなに追いつめられるまで、何の力にもなれなかったから」
「先生が謝ることじゃないですよ。少なくともヒフミちゃんやコハルちゃん、先生はただ巻き込まれただけなんですから」
「きっかけは確かにそうかもしれないけど、ミカやナギサの話を聞いて力になりたいって思ったのは俺の意思なんだ。それは今だって変わってない」
補習授業部の活動は慣れないことばかりで大変だった。でも、そんなことを言い訳にしていないでもっとナギサと話しをするべきだったんだ。
そうすればきっと、今よりいい未来を選べていたはずだから。
「悪いけど二人は少し下がっていてくれ」
「……わかった」
「……」
二人は俺を守ろうと銃を構えてナギサをけん制している。でも、それだとナギサは警戒を解いてくれないだろう。
ハナコは戸惑いながら、アズサはガスマスクで表情が見えないけど迷うことなく、銃を下ろして下がってくれた。
「……私がこのまま先生を撃つとは思わないのですか?」
「ナギサとはまだ短い付き合いだけど……俺はしないって信じてるよ」
「……まっすぐと、そう言ってくれるのですね」
ナギサは緊張が解けたのか銃を下ろしながら弱弱しく笑いかけてくれた。
「……わかりました。私も少し動揺していたみたいです」
「ナギサ……!」
「どうしてこんな危険を冒してまでここに来たのですか? 報復……というわけでもなさそうですが」
「……それは移動しながら説明します。もう時間がありませんので」
屋敷から出た俺たちはアリウスと出会うことなく別のセーフハウスまで移動することが出来た。
ハナコとアズサが事前にルートを決めていてくれたのが役に立ったみたいだ。
「おおよその事情は分かりましたが……アリウスですか……」
ナギサは移動しているうちにかなり落ち着いたのか、今はハナコの説明を聞いて何か考えているみたいだった。
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません。……、私もこの後の迎撃に参加させていただけませんか?」
「そういうわけにはいきません。狙いはナギサさんなんですから」
「アリウスもこの作戦のために戦力を集めている。私たちで守れるとは限らない」
「それは……そうですね」
二人に諭されて考え直したのか、ナギサは素直に引き下がっている。
でもなんだかナギサの態度が引っかかるな。まるで何かに気がついた感じというか……。
俺がナギサにそのことを聞き返そうと思っているとハナコに声をかけられる。
「先生、そろそろ行きましょう」
「あ、ああ」
結局その疑問はナギサに聞くことが無いまま移動することになった。
ナギサを安全な場所にかくまった後、アズサとは陽動のために別行動となった。
俺とハナコはヒフミたちが待つ体育館に向かっていると、ハナコが俺にこう聞いてきた。
「武器を捨てて銃を持った人の前に出るなんて……無茶なことをしますね」
いつもの丁寧な口調のままだけど、どこかとがめているように感じる。やっぱり心配をかけたよな。
「ごめん。でも、ナギサとちゃんと話がしたかったんだ」
「……先生があんな危険を侵す必要はあったんですか? あの時のナギサさんは私たちのことを裏切り者と思っていたくらいでしたし、すぐに制圧したってよかったはずです」
ナギサのセーフルームに押し入ったのは俺たちだし、あんな風に誤解されるのもしょうがない気がするけど……。多分ハナコは俺のことを心配してくれてるんだよな。
「信じてもらうためには、まず自分が相手を信じないといけない。旅をしていた時に仲間から教えてもらったことなんだ」
もちろん、この考えを誰かに強制することなんてできない。ノーナがそうした時、俺は止めようとしたんだし。
ハナコは瞳を揺らして少し考え込んだ後、目を逸らしながらこう呟いた。
「ですが、先にいろいろな妨害をしてきたのはナギサさんの方です。今更対話をする必要なんて……」
「ハナコの言う通りかもしれないけど……。怖くて震えているナギサをそのままには出来なかったんだ」
後から納得できる説明をしてもらったとしても、それまでに感じたことや思ったことが無くなるわけじゃないんだ。信じあうチャンスがあるなら、俺は手を伸ばしてあげたい。
「……私は、ナギサさんの安全を確保する前に少し意地悪をしようと思っていたんです」
「意地悪?」
「ヒフミちゃんやコハルちゃんは巻き込まれた側の人です。だから二人のためにも少しくらいはやり返して、その後気絶させて別の場所にかくまうつもりでした」
まるで自分を責めるように暗い笑みを浮かべて俺のほうを見ている。
いつも楽しそうな笑みを浮かべていることが多いし、ハナコがこんな風に感情を出しているのは初めて見るかもしれない。
「先生の様に話し合えると信じることも、ナギサさんの気持ちを理解して寄り添うことも、私はしませんでした」
「ハナコ……」
「すみません、私たちの作戦はこれからが大切なのに……。早く皆さんと合流しましょう」
ついさっきまで悩んでいたハナコの表情がパッといつもの笑顔に戻ると、駆け足で俺の横を通りすぎていく。
「ちょっと待ってくれ!」
いつもより小さく見える背中に、つい声を張り上げて呼び止めてしまった。
何を言えばハナコの気持ちに届くのかなんてわからないけど……俺はまっすぐ自分の気持ちを伝えるだけだ。
「ハナコは友達のために怒ることが出来る優しい子だ。今だって、こうしてみんなのために動いているんだから」
「ですが……」
「今はまだナギサのことを信じたり寄り添ったり出来ないのなら、これから出来るようになればいい。この襲撃の首謀者を捕まえて、四人で試験を合格して……胸を張って会いに行こう」
たった一回、その場で持った感情をいつまでも抱えていないといけない理由は無い。もしハナコがそんな風になりたいって思っているなら、俺は背中を押すだけだ。
「そう、ですね。ふふっ……行きましょう、先生!」