「先生にハナコちゃん! こっちです!」
ハナコと一緒に体育館まで向かった俺たちは無事にヒフミたちと合流することが出来た。
事前に知っていたから驚かなかったけど体育館の外と中は罠だらけで、みんなが穏やかに生活している場所とは思えない見た目になってしまっている。
薄暗い体育館の中で小さく呼吸を整えていると、アズサと連絡を取っていたヒフミが小さく俺たちに声をかけた。
「もうすぐ襲撃部隊がここまで来るみたいです」
「いよいよ仕上げですね。ここで一人残らず叩きのめしてしまいましょう」
ハナコの言葉にみんなでうなずくと、外がだんだんとうるさくなってきた。キヴォトスに来てから聞きなれた戦闘の音と大勢の足音。アズサはうまく誘導できたみたいだな。
「いくぞみんな!」
ドアが開いた瞬間にアズサが入ってきたのを確認し、剣の柄を握りしめて中に侵入しようとしたアリウス兵の銃を斬り落とす。
「なっ!?」
アズサと同じようにガスマスクで表情は見えないけれど、突然斬りつけられたことへの動揺がにじみ出ている。
心は痛むけど……隙をさらしているうちに剣の柄で殴って気絶させた。
「待ち伏せか……だがたった五人でこの数を相手にするつもりか?」
「問題ない。ここで決着をつける」
「……私たちの目的はあくまで正義実現委員会がここに到着するまでの時間稼ぎです。かなり数が多いので私たちも出来る限り数を減らしておく必要がありますが……」
「ここが踏ん張りどころですね……!」
事前にバリケードや遮蔽物を設置して出来る限り優位になるような準備はしてきたけど、相手は二、三十人はいる。ハナコの言う通り俺達から打って出ないと厳しいかもしれない。
「あはっ。先生ってホントにそれ振り回すんだね?」
「えっ?」
今にも乱戦が始まろうかという瞬間、その雰囲気に似合わない明るい声が聞こえてきた。思わず目を向けてしまうとそこには見慣れた少女がいて、なぜか楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「ミカ!? なんでここに……。いや、それより早くこっちに来るんだ!」
「あはは! 大丈夫だよ先生。だって、この子たちはこれからトリニティの公的な武力集団になるんだから」
アリウスはナギサを襲撃しようとしていたはずだ。それがなんでトリニティの組織に……それよりも、そんな奴らとミカが一緒にいるのは……。
「聖園ミカさん……あなたが本当の裏切り者だったわけですか」
「あっ、そうそう。あなたたちがアテにしている正義実現委員会だけど……ここには来ないよ? 私が待機命令を出したからね」
「ミカ……!」
コハルがついミカに近づこうとしてしまった俺の腕をつかんで止めてくれた。……今はとにかく冷静にならないと。
「先生ってそんな顔も出来たんだね。それよりもさ、ナギちゃんはどこにいるの?」
「……今のミカには教えるわけにはいかない」
「困ったなぁ。全員消し飛ばしてから探してもいいけど面倒だし……」
手元の銃をもてあそびながらそんなことを言う。まるで本当にできるというように軽い口調で。
でもそんなことより、どうしてミカがこんなことをしたのか……。俺はそのことにしか気が向いていなかった。
「ミカはナギサと仲が良かったはずだろ!? どうしてこんなことを……」
「私はゲヘナが嫌いなの。だけどナギちゃんが条約を結びたいなんて言っちゃって……条約なんか結んだら、そのうち裏切られるに決まってるじゃんね」
「だからナギサさんを……?」
「そうだよ? あんな都合のいい話、現実に存在するわけないんだからさ。いい加減、私たちはそういう世界の住人じゃないって分かってくれればいいのに」
ミカはそう言って小さく笑った後、おもむろに銃を俺たちのほうに突き付けてきた。
「……そろそろ終わらせよっか。ナギちゃんも探さないといけないし」
「くそっ! やるしかないのか!?」
「先生、迷っていて無事で済む相手じゃない」
「……ああ、わかってる。行くぞ、みんな!」
それからはミカのことを考えている暇なんてないくらいの混戦になった。
五人で何とかしのいでいたけど、それももう限界だった。
「ハスミ先輩たちが来ないんじゃ、私たち……」
「いえ、もう一つだけ手を打ってあります」
突然体育館のドアの方が爆発したかと思うと、煙の中から人影がこっちに向かって歩いているのが見えた。
「シスターフッドの皆さん、来てくれたみたいですね」
「浦和ハナコ……!」
シスター服に身を包んだ少女たちが銃を煙に包まれながらどんどんと入ってきている。ここに来るまでの道中でも戦闘をしてきたみたいで、所どころに怪我をしている生徒も見える。
「アリウスは私たちに任せて、先生はミカさんを抑えてください」
「分かった。そっちも気を付けてくれ!」
周囲で人が入り乱れて戦闘が起きている中、それでもミカは動こうとしていない。
「もう諦めるんだミカ!」
「確かにこっちが不利かもしれないけど、大人しく降参します、なんてわけにはいかないでしょ?」
ミカが俺に銃を突きつけてそのまま引き金を引いてきた。俺はとっさに横に飛んで避けると事前に置いてあった遮蔽物に身を隠す。
そして銃撃が終わるタイミングで一気にミカのもとに駆け寄り剣で銃をはじいた。
「もう……決着はついたはずだ」
ミカの手元から離れた銃が地面に落ち、無防備になったミカに剣を突きつける。
ミカは一瞬目を大きく開いた後、両手を下ろして静かに笑い始めた。
「あはは……今の先生、ほんとに物語に出てくる騎士みたいだね」
「それならさしずめ、今のミカさんは途中で倒される悪党ですね」
「ハナコ!」
いつの間にか周囲の戦闘は終わっていて、いくつか傷を作ったハナコが隣にいた。
アリウス兵は気絶しているのが大半で、シスターフッドたちが拘束しているのが見える。
「一つだけ聞かせてください。……セイアちゃんを襲撃したのも、あなたの指示だったんですか?」
「うん、私の指示だよ。でも……殺すつもりなんてなかった。ただ卒業するまで閉じ込めておこうってだけだったの。……今の私が言っても言い訳にしか聞こえないだろうけど」
セイア……確か三人目のティーパーティの子だよな。本当にこの一連の事件の黒幕はミカだったってことになるのか……。
「……セイアちゃんは無事です。襲撃犯が見つからないこともあって、今はトリニティの外で身を隠しています」
「本当に……無事なの……?」
「まだ傷が治っていないせいか意識は戻っていませんが……。今は救護騎士団の団長がそばについています」
「……よかったぁ」
そう一言だけ、小さくつぶやくと力なく床にへたり込んでしまった。
「……ミカ、俺にも一つ聞かせてくれ。アリウスと和解したいって言っていたのは……本当のことなのか?」
今ここにいるアリウスの生徒たちはミカのクーデターのために戦っていた。
だけど前にミカと話した時はアリウスともう一度仲良くなりたいって言っていたはずだ。それにアズサのことだって……。
「私がアリウスと和解したかったのは本当のことだよ。ゲヘナを憎む者同士、こういう形で手を取り合うことになっちゃったんだけどね」
「……」
それが本心なのかどうか何もわからなくて、それ以上俺は何も言えなかった。
真夜中の騒動に一区切りがついた後、俺たちはナギサに事情を説明した。ナギサは静かに相槌を一つ打った後、ミカが敷いていた戒厳令を解いて正義実現委員会を派遣してくれた。
そうしてミカを引き渡すころには空が白くなり始めていた。
「これで全部終わったのでしょうか……」
「ふふっ、むしろ私たちはここからが踏ん張りどころですよ!」
「ああ。まだ三次試験がのこっている。今から試験会場まで走れば開始時間前には席に着けるはずだ」
「ええっ! 今から走るの……」
みんな傷だらけだけどいつもより元気なように見える四人の背中を追って俺も走り始める。
慌ただしくなってしまったけど、きっとみんななら今回だって乗り切れるはずだ。
何とか開始時間前に到着した四人を見届けて、俺は廊下の椅子で報告を待つことにした。
「なあアロナ。アリウスってどこにあるんだ?」
『アリウスですか? 実は今どこに存在しているのか、情報が無いんです……』
「アロナが分からないっていうなんて珍しいな」
いつもは何かと知らないことが多い俺にいろいろ教えてくれるのに。あそこの店のお菓子は評判がいいとか、そういうのが多いけど。
『トリニティから追放された後、生徒を含めて忽然と消えたみたいです。そのせいか情報も極端に少なくて……』
「そうか、助かったよ。……ふわぁ」
『少し仮眠を取りますか? 試験が終わるころに起こしますよ?』
そうしたいのはやまやまだけど、ヒフミたちが頑張っているのに一人だけ寝ているわけにいかないよな。
外は快晴で暖かい日差しが体を温めてくるけど何とか耐えないと。
「試験が終わるまでは起きてるよ。少し話に付き合ってくれないか?」
『はい、もちろんです!』
そうしてしばらくはアロナと一緒に今回のことを整理したり、話が脱線してトリニティの観光情報を話したりしていた。
でもだんだんと眠気で体が重くなってきて、瞼が……。
「……」
『先生? せんせー? あはは……寝ちゃいましたね』
試験が終わり解放感と共に試験会場を出た四人は、陽だまりの中で穏やかに寝息を立てているアルドを見つけた。
「先生! 試験終わりましたよ……ってあれ?」
「寝てるわね……」
「寝てますね……! ふふっ」
座っているソファーは一人で座るには大きく、もう四人ほど座っても余裕があるほどだ。
アルドの寝顔をのぞき込んでいたハナコは何かを閃いたように静かに笑うと、そのままアルドの隣に座る。
「ちょ、ちょっと! 何やってるの!」
「私も少し仮眠しようかと思いまして。しばらくきちんと眠れていなかったので♪」
「そ、そうだけど……戻ってちゃんと休んだ方がいいに決まってるでしょ!?」
「でも先生は眠っていることですし。それに、こうして体温を感じていると落ち着きますよ?」
「あんたが言うとなんだかや、やらしい感じがするのよ!」
ハナコとコハルが静かに言い合っていると、姿勢を変えようとしたのかアルドの頭がハナコの肩に乗ってしまった。
それを見たコハルは顔を赤らめて猫の様に目を大きく見開いてしまう。
「あ、あはは……まあ、私たちも少し休みませんか? 試験結果もすぐに伝えられるみたいですし、それまでは」
「うん。休める時に休むのは大事だ」
そう言ってアズサがコハルをハナコの隣に押し込む。アズサはその隣に座るとすぐに目をつぶり、ヒフミはアズサの隣に座る。
本当にここで休んでいくつもりであることを感じ取ったコハルは、観念したように小さく身を丸める。
そうして一並びになった少女たちは眠気に勝てるわけもなく、日の当たる場所でだんだんと静かに寝息を立てていく。
「先生って、寝ている時はこんな顔をするんですね♪」
ハナコは肩にもたれかかっているアルドの顔をちらりと見ると、自分もほんの少しだけ寄りかかるように体重をかけてから目をつぶった。
アルドたちが三次試験の合格を聞くのは、これより三時間後のことだった。