ナギサを無事に助け、エデン条約は近いうちに結ばれる予定となった。補習授業部の試験が終わった後、俺はナギサを手伝うためにトリニティやゲヘナを行き来していろいろと手伝っていた。
そんな時、ハナコにアズサのことを伝えておきたいと言われトリニティで会うことにした。
補習授業部の三次試験が終わった後、アズサはセイア襲撃の犯人として尋問されることになった。
とはいってもアズサがセイアを助けるために動いていたのと、セイア自身が無事であるためかひどい扱いは受けていないみたいだ。
それにシスターフッドが試験結果を考慮してくれて、アズサの入学については正式なものになったらしい。多分、ハナコが掛け合ってくれたんだろうな。
「……以上がアズサちゃんから聞いた事の経緯です」
「……」
セイアはアズサにキヴォトスが戦場になるのを止めたいか聞いたらしい。そしてアズサが戦争を止めるためにどうすればいいのかを聞き、セイアの死を偽装するために部屋を爆発させた。だけど無事のはずのセイアはなぜか目を覚まさない……。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや。やっぱりまだ終わってなかったんだなって思ってさ」
「そうですね……。逃走したアリウスも姿を消してしまって、学園がどこにあるのかも分かっていませんし」
ハナコはアズサのためにいろいろと頑張ってくれていたからか、少し顔に疲れが出ているように見える。
「そういえばこの前、ヒフミちゃんがナギサさんと会ったそうです。……少しやつれていて、今まで疑っていたことを謝られたって言っていました」
「心配だな……」
自分のやってきたことを巻き戻すことはできないけど……取り返しがつかなくなる前に止められたんだ。ナギサにはあんまり思いつめないでいてほしい。
「私も含めて、今回の関係者に謝罪して回っているようですね……。きっと以前の様にすべてを疑ってしまう状態からは抜け出し始めていると思いますが……」
「その……ハナコはどうしたんだ?」
以前ハナコはナギサが無関係のヒフミやコハルを巻き込んだことに対して怒っていた。だからなんとなく、どんなことを話したのかが気になったんだ。
「私は……謝罪を受け入れました。ナギサさんは深く後悔していたみたいですし……何より、今までどんな気持ちでいたのか少しだけ分かったような気がしたので」
「そっか……。頑張ったな、ハナコ」
「ふふっ、先生の様に寄り添おうとするのはまだ難しいですが……。誰にでも事情はあるのかもしれない……なんて、そんなことを考えるようになりました」
ハナコが楽しそうに笑っているのを見て俺はなんだかホッとした。ハナコにとっても、ナギサにとっても、いい変化が起きている気がして。
けれどハナコは何かを考え込むように眉を下げて、再び真剣な顔で俺にこう聞いてきた。
「ところで……先生は、ミカさんの動機についてどう思いますか?」
「ゲヘナが嫌いで条約なんて結ばせたくないから、ホストになってまで止めようとしたんだよな」
「ホストになった後のことを考えていたのかどうかは分かりませんが……ミカさんはそう言っていますね」
「? ハナコは違うと思ってるのか?」
ミカの本心は分からないけど……本人はそう言っているんだよな。トリニティの生徒から見ても動機として矛盾はないって意見みたいだし。
「アリウスを迎え撃った日。あそこに襲撃の首謀者であるミカさんが姿を現すとは思っていませんでした。それに……」
「それに……?」
「先生に負けた時、あまりに諦めが良すぎた気がしたんです。まるで止めてほしかったみたいに……」
言われてみれば不自然なところはあったけど……ミカがどうしてあんなことをしたのか、それだけだとわかりそうにないな。
「……先生は、他者の本心を完全に理解できると思いますか?」
「どうしたんだ?」
「ミカさんは自分がすべての黒幕で、ゲヘナが憎いからやったと言っています。でも不自然な状況があったせいか、そうではないような気がしてしまって……。結局、私にはミカさんの本心を証明することは出来ませんが……」
他に何か理由があったんじゃないかって、ハナコはそう思ってくれているんだな。
だけどミカ自身が否定しているから、それ以上踏み込むことができない。
「証明か……。確かにミカのすべてを理解するのは無理なのかもしれないな。だけど……それでもいいんじゃないかな」
俺には危険な旅を一緒に乗り越えた仲間がいる。だけど旅の中でエイミやサイラス達がどんなことを感じたり考えていたりしたのか……すべて知っているわけじゃない。
「俺にはずっと一緒に旅をしてきた仲間がいるんだけどさ。そいつのことをよく知ったと思っても、ふとした瞬間に新しい一面に触れることがあるよ。冷静で頼りになる仲間が大きなロボットを見てはしゃいだり、いつもは勇ましい仲間がお化けを怖がったり……」
「ええと……つまりどういうことですか?」
つい昔話をしてしまったな。小さいころは昔を懐かしんでいるじいちゃんを見て怒ってイタズラしちゃったのに、もしかしたら俺も少しじいちゃんに似てきたのかもしれないな。
とにかく、俺の言葉がハナコにどれだけ届くか分からないけど……少しでも気持ちを後押しできるようにちゃんと伝えよう。
「いつになっても仲間の新しい一面を見つけるように、完全に他人を理解することは出来ない。それでもきっと、そういう小さな積み重ねがあれば少しずつお互いを理解して信頼しあえるはずだ。……時間がかかるし、じれったいと思うかもしれないけどさ」
「すべてを理解しあえなくても、お互いに信じあうことは出来る……ですか。先生は最初から変わりませんね」
「そうか? 俺はいつも後悔しない選択をしようと思ってるだけだよ」
「ふふっ、それがすごいんですよ。……ミカさんのことはもう少し考えてみます。本心を完全に理解することは出来なくても、何か別の目的や理由が分かるかもしれませんから」
「ああ。俺にも手伝えることがあったら言ってくれ」
「ええ。その時は頼らせていただきますね、先生♪」
ハナコの目に力が戻ってきていつもの楽しそうな表情になったみたいだ。ハナコが頑張ってくれているんだし、俺も自分にできることをしないとな。
俺はシャーレの先生としてトリニティとゲヘナの橋渡し役するため、毎日のようにいろんな場所を移動していた。万魔殿のメンバーと会ったり、治安維持のため戦闘に参加したり……。
無事に合格した補習授業部のお祝いをする暇もなく、いつの間にかエデン条約当日を迎えてしまった。
「しかし立派な場所だな……」
エデン条約の会場として選ばれたのはトリニティにある古聖堂。どうやら昔は学園で使用されていたみたいだけど、時代と共に人が遠ざかっていたらしい。けれど外観も内部もきれいに整備されていて、人を迎え入れる準備は万全みたいだ。
「ちょっと、線を踏んでいませんか?」
「は? そっちが超えそうだからどかそうとしたんでしょ?」
……警備体制はちょっと問題があるのかもしれないけど。なんとなく予想は出来ていたが、やっぱりお互いの仲はかなり悪いみたいだ。
大きな問題が起きる前に止めようと思っていると、正面から黒い少女が二人の間に割って入るのが見えた。
「ひゃっはあぁぁ!」
「……」
突然の奇声に俺を含めてみんなが驚いていると、後から駆け付けたヒナタが上手く喧嘩を収めてくれていた。警備の生徒たちが萎縮しながら持ち場に戻っていくのを見届けた後、黒い少女……ツルギとヒナタに声をかけることにした。
「せ、先生……」
「騒ぎが起きる前に収めてくれて助かったよ、ツルギ」
「い、いえ……。私はこれで、まだ任務がありますので……」
なぜか少しおとなしくなった気がするツルギはそのまま足早に行ってしまった。なんか変だった気がするけど調子でも悪かったのかな?
首をかしげながら背中を見送っていると、最後に残っていたヒナタに声をかけられた。
「先生、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。やっぱりさっきみたいな問題が多いのか?」
「そうですね。やっぱりお互い不信感があると言いますか……警戒しているみたいで……」
「そっか……。確か調印式が始まるまでもう少し時間があるよな。俺ももう少し見回ってみるよ」
万が一なんてことが無いように俺も出来ることはしておきたい。
今回ばかりは替えの効かない一発勝負だからな。
「でしたら私と一緒に見回りませんか? 古聖堂は広い上に整備が行き届いていない場所があるので、誰かが入り込んでいるかもしれなくて……」
「そうなのか? かなり丁寧に整備されているみたいだけど」
周囲をぐるっと見回してみるときれいに磨かれたステンドグラスが並んでいるし、床も時間による劣化が見えない。広いのはなんとなく分かっているけど、警備もこれだけいれば入り込む隙だってなさそうに見えるけど……。
けれどヒナタの提案にのって一緒に見回りをしてみると、なんとなくその理由も分かってきた。
「この通功の古聖堂は長い間廃墟として放置されていたんです。それが今回は調印式のため、使用する場所に限り工事が行われました」
「確かにこうして使用する場所から遠ざかってみると、荒れている場所が目立つな」
柱に植物が巻き付き床に苔が生えて建物の所どころが欠けている。劣化がひどい場所だと建物が崩れて先に進めなくなっているところまである始末だ。
「この古聖堂は第一回公会議が行われた場所で、カタコンベがあるという噂もあるんですよ」
「ふうん、思った以上に歴史が長い場所なんだな」
「はい。ですから、こうして再び日の目を浴びるというのは良いことかもしれませんね」
そうしてヒナタと一緒に古聖堂の中を見て回ってみたけど、警備をかいくぐって侵入しようとしている存在は無かった。
人気が少なくて静かな場所をめぐり張り詰めていた気が少しほぐれたころ、ヒナタのもとにナギサとサクラコが到着したという連絡が届いた。
「そろそろ戻りましょうか」
「ああ。いよいよだな」
古聖堂の入り口に戻ってみると、両学園のトップを迎えるために旗を掲げた生徒たちによる道が出来ていた。トリニティはゲヘナの赤を、ゲヘナはトリニティの黄色の旗を掲げ、空からは紙吹雪が舞い落ちている。こうして式の始まりを見ているとかなり感動するな。
そういえば、俺は調印式を間近で見られるような位置に席を用意してもらっていたはずだ。ナギサに中立であるシャーレには間近で見届けてほしいって言われたんだよな。
「ちゃんと見届けないとな」
席に着いてしばらくするとナギサとマコト……両学園のトップが壇上に上がる。式を見に来た人たちの歓声がひときわ大きくなるのを感じながら俺はじっと二人を見据える。
そして、お互いが伸ばした手で握手をしようとした瞬間。突然俺の視界が白く染まった。