サオリたちが潜伏していた方向から爆発音が聞こえてきた。私は持っていたヘイローを破壊する爆弾をサオリたちに使ったんだ。……ヒフミからもらったぬいぐるみに爆弾を詰めて。
「……うっ、ううっ……」
姿を隠すために人気のない路地裏まで転がり込んで、自分のしたことを実感してしまう。
でもユスティナ聖徒会が存在している以上、サオリたちはまだ生きている。だけど、結果がどちらでも関係ないんだ。……私は殺意を持ってあの爆弾を使ったんだから。
「私は……。ヒフミ……」
ヒフミからもらったぬいぐるみを騙すために使い、サオリたちを殺そうとした。
だからもう、私はみんなと同じ場所にはいられない。そんなことは、ヒフミに別れを告げた時に覚悟してきたはずなのに……。
体が重い……。私はうずくまったまま、意識が遠のいていってしまった。
小さいころの私にとって、アリウス分校は世界そのものだった。いつの間にか内戦が終結して、新たにマダムが生徒会長になった。そうして広まった教えにも、大して疑問を持っていなかった気がする。
それが普通だと思っていたし、周りもおんなじ感じだった。確かその日も、その日食べるものを探して歩いていたはずだ。
「にゃあん」
「猫?」
私の目の前を黒猫が横切った。その子は毛並みのいい黒猫で、健康的な体つきをしていた。自治区内で見る犬や猫はどれも鋭い目つきをしているし毛並みもひどい。私にとってはお互いに争い合う存在のはずだけど、その子は違ったんだ。
私のほうを見ると一鳴きして、身軽そうに道を歩いて行く。そして私と距離が空くと、ついて来いと言わんばかりにこっちを見てさらに一鳴き。
その様子に興味が湧いた私は、どこに向かうのかも知らないのに、ついていくことにした。
「にゃあ」
黒猫は普段人が立ち寄らないような入り組んだ道を我が物顔で歩いて行く。無事に帰られるように目印を付けながらついて行くと、行き止まりに当たった。
「ここがお前の来たかった場所なのか?」
逃げるそぶりを見せない黒猫を撫でていると、突然前方からバチバチという音が聞こえてくる。視線を上げてみるとそこには青白い光の渦が空中に浮いていた。
今まで出会ったことのない現象に驚いていると、右手でなでていた黒猫がするりと私の手から離れて光の渦の中に入って行ってしまった。
「おい!?」
黒猫は渦に呑み込まれた後出てくる様子がない。私は心配になって思い切ってその渦に飛び込むことにした。
渦の中はトンネルみたいだった、気がする……。あまりにも唐突で不思議な出来事だったせいで、どんな感じだったのか覚えられなかった。
「ここは……」
渦から放り出されて何とか着地した後、周囲を見渡してみる。どこを見ても真っ暗で、空には見たことのない並びの星が見える。一面に広がる星空はアリウスで見る夜空よりもきれいだったな。
地面はレンガが敷かれていてきれいに整備されている。暗くて見えにくい場所だけど、レンガのおかげで足を取られる心配はなさそうだった。
目を凝らして周囲をみれば街灯が一定距離に並んでいて、調べようと近づいてみるとパッと灯りがついて周囲を明るく照らしてくれた。
今まで見たことのない光景ばかりで少し心細くなった私は、先に飛び込んでいた黒猫の姿を見つけて歩き出した。
「にゃー」
しばらく歩いて行くと、前方にレンガ造りの建物が見えた。窓からは明かりと人の声が漏れてきていて、なんとなく、安心できる場所のようだった。
恐る恐る建物の扉を開けてみると、中はまた一段と明るく、人の声で賑わっている。
「いらっしゃい」
明るさに目を細めていると低く穏やかな声が聞こえてきた。声のほうを向いてみると、そこにはサングラスで顔を隠して長めの金髪を後ろで適当にまとめている男がいた。
「なんだ、迷子か?」
「ここは……」
「ここは時の忘れ物亭。オレはここのマスターだ」
マスターと名乗る男は、グラスをのんびりと磨きながらそう言った。そして私の前にグラスを置き、ジュースを注ぎながらこう言った。
「少し休んで行くと良い。おまえさんを歓迎するよ」
状況が飲み込めないけれど、どうやら歓迎されているみたいだった。喉も乾いていたし、なんだかいい匂いのするジュースを持って店の中をうろつくことにした。
ジュースを飲みながら周囲を見てみると、美味しそうにケーキを頬張っている黒いドレスの人とか、触手みたいな金髪の人だとか……とにかく、特徴がバラバラなたくさんの人がいた。……そういえば、ドレスの人はケーキを一つ分けてくれたな。
「ジュースがなくなった……」
アリウスでジュースなんて飲めるわけがないし、初めての刺激に私は夢中でジュースを飲んでしまっていた。
マスターに言えばおかわりが貰えるかもしれない。そう思ってマスターの元に行こうと振り返った瞬間、何か柔らかいものとぶつかった。
「すまない。だいじょう……ぶ?」
「アタイは大丈夫! そっちこそ……むぎゅ!」
「すごい……。こんなの初めてだ」
その時の私は目の前のモフモフな物体に夢中で、腕の中で暴れていることにも気づかなかった。未知の感触に心が躍っていたし、一生離したくないと思っていたほどだ。
しばらくして満足した私はモフモフのクマさん……ガンスと名乗るしゃべる人形と話し始めた。
「それじゃあ、アズサのお嬢は猫を追ってて気が付いたらここに来てたのね」
「うん。……ここは不思議な場所だな」
ツノが生えてたり、羽があったり……でも誰もそんなことを気にしていない。
何より、みんなこの場所での時間を穏やかに過ごしていた。
「なんじゃガンス、こんなところにおったんか」
白い長髪を揺らしながら、妙な言葉遣いの女の人が私たちを見下ろしてきた。
「あっお嬢!」
ガンスが嬉しそうに女の人の元に歩き出そうとして、私は反射的に抱きしめてしまった。
「……」
「なんじゃうぬは? ガンスはわちのじゃ、はよ離さんか」
手を離したほうが良いことはわかっている。それでも、手を離してしまったら二度と会えない気がして、私はガンスに顔を埋めていた。
「ふん! そんな目をしたってガンスはやらんぞ。じゃが……少しだけ貸してやる」
「本当か⁉︎」
「嘘はいわん。それで、うぬの名前は?」
「アズサ。……あなたは?」
私がそう聞くと、彼女は私の目線に合わせてしゃがみながらこう言った。
「わちはヴェレット、考古学者じゃ」
「考古学……?」
「なんじゃ知らんのか? そうじゃな……長い時を経て埋もれた遺物を発掘するんじゃ。そうして過去、そこにあったものに思いをはせる……要はロマンじゃ」
「……ロマン」
ヴェレットは楽しそうに語る。でも私にはその良さが分からない。だって、アリウスで習う過去の記録はどれも憎しみの歴史ばかりだから。
「なんじゃつまらん顔をしよって。張り合いのないやつめ」
ヴェレットはがっかりしたと語るような表情で私を見ている。
これ以上この話題を続けても、多分私の意見は変わらない。他の話題を見つけようと周囲を見渡してみると、さっきの個性的な人たちが視界に入った。
「そういえば、ここはどうしてこんなに人がいるんだ? こんな不思議な場所に……」
私は光の穴を通って偶然ここに来たし、店に来るまでの道に人はいなかった。だからおそらく、ここに来る手段はかなり限られているんだと思う。
「ここにいる連中はある男の仲間ばかりでな。」
「こんなに集めて、その男は戦争でもするのか?」
「わははは! あやつから程遠い言葉じゃの。あやつはただのお人よしじゃ。それもとびきりのな」
ヴェレットは愉快そうに笑った後、迷いのない表情でそう言った。
私が抱っこしているガンスも同意するように腕の中で頷いている。
「どんな人なんだ?」
ふと、そんな言葉が口から出た。
ただ何となく、ああもまとまりのない人たちを集めたという人のことが気になったんだ。
「ん? そうじゃなぁ。よく騙される癖に人を疑おうとせんやつじゃ。後は……めちゃくちゃ諦めが悪いな!」
「本当にそんな人がいるのか?」
「世界ってのは案外広い。そういう変わり者もいるもんじゃ。うぬもいつか出会うじゃろ」
……たとえその人に出会ったとしても、何かが変わるわけじゃない。全ては虚しいのだから。
「……うぬがどうしてそんなつまらん目をしとるのかは知らん。じゃがの、もう少し笑ってみてはどうじゃ?」
「この世界は虚しいものだって、そう教えられた。だから……全てに意味が無いのなら、笑う必要だってないんだと思う」
そうだ。だからガンスがもふもふで気持ちいいこととか、もらったジュースが美味しかったこととか、全部必要なかったのかもしれない。
そう思うと、なんだか体から力が抜けていく気がしてきた。
「はっ、つまらん考えじゃの! うぬの考えは色んなもんをバカにしとる」
「……どういうこと?」
「たとえ死んで土に埋もれたとしても、人が生きた証は残り続ける。だからわちは、この世界に意味はあると思っておる」
さっきまでと違う真剣な声に思わず身を縮ませてしまう。
こんな風に、正面から教えを否定されるなんて思っていなかったから。
「……それにじゃ。世界が虚しいかどうかなど、ガキが語るもんではないじゃろ。そういうことはやってみんとわからんものじゃ」
「でも、マダムがそう言って……」
「なんじゃ、うぬは他人が言ったことを全て鵜呑みにするのか? 他人の言葉に自分を預けて困るのはうぬじゃぞ」
今までの在り方を否定されているのに、私は何も言い返すことができなかった。
ヴェレットの言葉を否定するための……自分の言葉がなかったんだ。
「じゃあ、私は何を信じればいいんだ……」
ガンスをぎゅっと抱きしめて、震える声を抑えながら問いかける。
「それこそ自分で見つけんと意味ないじゃろ」
「お嬢、流石にそれだけだとどうかと思うけど……」
「そんなことはわちにもわかっとる。……色んなことに疑問を持て。分からないことをそのままやり過ごさんことじゃ」
私はマダムの教えをただ信じていただけで、何も疑問を持とうとしなかった。
あの教えが本当に正しいのか、そうじゃないのか。今の私には自分の意見さえない。
「ねえヴェレット。もしも、見つけた答えがマダムの教えと違うことだったとしたら……どうすればいい?」
もしそうなってしまったら、きっとアリウスから私の居場所は無くなる。
「決まっとるじゃろ。やりたいように……前に進めばええ」
「前に……進む」
不思議とその言葉が胸にスッと入ってきた。なんだか、これから私がしたいことを後押ししてくれるような……なんとなく、そんな気がしたんだ。
「お嬢、その言葉って……」
「はっ! あやつの口癖のようなもんじゃからな、移ってしまったわ!」
「……? もしかして、ヴェレットが話してた男の人のこと? ……私もいつか会ってみたいな」
「あやつはよく問題に首を突っ込むからな、案外すぐ出会うかも知れんぞ?」
「そっか……楽しみだな」
私は両手で抱いていたガンスを解放すると、空のコップを持ってマスターの方に歩き出す。
「なんじゃ帰るのか?」
「うん。楽しかったけど……私の故郷はアリウスだから」
「うぬの故郷がどんな場所かは知らんが……ここにおったとしても誰も文句は言わんじゃろ」
……確かに、ここのマスターなら何も言わずにお店においてくれるのかもしれない。
ここにいれば誰かに殴られることも、毎日食べ物に困ることもないかも知れない。
「確かに、ここはアリウスよりも居心地が良かった。でも……やりたいことができたんだ」
「ほう、それはなんじゃ?」
時の忘れ物亭でガンスとヴェレットに出会って……私は何も知らなかったって知った。
「マダムの教えに、いつか自分なりの答えを出したい」
全ては虚しいもの……それがマダムの教えだ。今までの私は何も疑わずに信じていたけど、今はそれが正しいのか分からない。
「今日ヴェレットから話を聞いて思ったんだ。考え方は一つじゃないって」
ヴェレットは過去に生きていた人々には意味があり、世界は虚しくないと言っていた。初めてそんな考えを聞いたし、今はそうなのかも知れないと思い始めている。
「そしていつか自分の中で決着を付けたら……もっと色んなことを知ってみたい」
「なんじゃ、うぬも少しはマシな顔つきになったの」
「そう……なのかな?」
「うぬの人生じゃ。悔いのないようにやってみればよい」
ヴェレットはそう言いつつ私を店の外に連れていく。私より一回り大きい体が、白い髪を揺らしながら前を歩いていく。
外に出てみると、星空が音を吸っているみたいに静かだった。でも初めてきた時と違って心細くない。それは多分、ここにいるのが私だけじゃないって知っているから。
「うぬはあっちから来たと言っておったな。ならあっちの方にある光の柱に入ればよかろう。それで帰れるはずじゃ」
ヴェレットが示した方向には青い光の柱がポツンと存在していた。
「……またここに来られるかな」
半日も一緒にいなかったのに、どうしてかヴェレットたちと別れるのがすごく寂しい。
だけど私がここに来たのは偶然だ。また来られるとも限らない。
「なに、行き方が分からんなら探せばよい。大切なのは諦めんことじゃ。……何事もな」
「……ありがとう」
「次会う時はうぬに考古学のロマンを教えてやるとするかの!」
「お嬢の指導はスパルタなのよ! 一緒に頑張ろうね!」
「……うん!」
ヴェレットとガンスが明るい表情で見送ってくれる。振り返ってしまうと帰る決意が揺らいでしまうような気がして、私は一気に光の柱の中に飛び込んだ。
「ここは……」
視界が光に包まれた後、次の瞬間には湿気た匂いが鼻をついた。あたりを見わたしてみると、私がいたのは猫を追ってきた路地裏。日はすっかり沈んでいるのか、星一つ見えない曇り空が広がっている。
一人になったことに寂しさを覚えたけれど、これは自分で選んだ道だ。そう言い聞かせて故郷の地面を踏みしめて歩き出す。……前に、進もう。
「そうだ……まだ、できることがあるはずだ……」
私がサオリたちを止めるんだ。みんなを守るために……!