投稿が遅すぎて申し訳ないです。
「先生……」
アリウスと対峙した時、私は先生を逃がして殿を務めるつもりだった。正義実現委員会の二人もきっとそのつもりで私に託したはずだ。
だけどあの時、私は不覚にも膝をついてしまって……守らないといけない人に、助けられた。
先生が撃たれた瞬間のことは、目をつむってしまえば、今でも鮮明に思い出せてしまう。
私が運び込まれた後、セナから先生は行方不明になったと聞いた。もしかしたらアリウスにつかまって……。そんな最悪の想像が頭をよぎる。
「どうして……」
一人で自室に閉じこもり、ベッドの中で無駄な時間を過ごす。風紀委員としてやらなければいけないことはたくさんあるのに。今はただ、この苦しさから早く解放されたくて。
それでも、何も考えずにいられるわけがなくて。先生のことを思い出してしまう。
初めて会った時はイオリに土下座していたおかしな人。次に会ったのは風紀委員の活動中。いつものように問題児たちを取り締まっていたら、先生が手伝いたいと言ってきた。もちろん最初は頼るつもりなんてなかった。でも、いつだって誰かの悩みに寄り添って、誰かのために動いているのをみて……いつの間に先生はみんなから頼られていた。
それを少し羨ましく思ったこともあるけれど……あの人は、私のことも同じように心配してくれたから。
いつの間にか、もらった気持ちの分だけ返したくなって……あの人を頼るのをやめようと思った。これ以上負担をかけたくなかったし、少しでも頼りにしてほしかったから。
「……ヒナ! いるか!?」
「先……生……?」
いつの間にか遠のいていた意識が現実に引き戻される。聞き馴染みのある声が部屋に響いて、私は急いでドアを開ける。
……ああよかった、無事だったんだ。
そう言おうと思っていたのに、口から出たのは全く違う言葉。
「どうして……! どうして私を助けたりしたの!?」
言うべき言葉は絶対ほかにあったはずだ。なのに、私の口は私の意思を無視して先生を責め立てる。衝動的に先生のお腹のあたりの服に掴みかかる。
「……! あれ以上ヒナを傷ついてほしくなかったんだ」
「それは、私だって! ……!」
「……っ!」
怒りに身を任せていた私の手にぬるりとした感触が伝わってきた。今、私が掴んでいる場所は……。
「ご、ごめんなさい! 傷が……!」
「気にしないでくれ。このくらいなら平気だから」
痛いはずなのに、私に向ける視線はいつもと変わらず優しいまま。そのことに罪悪感を覚えながら、私は服からそっと手を離す。
「……とにかく入って。応急処置をさせて」
私は救急箱を持ってきて先生の手当てを始めた。すでにしっかりとした手当がされていたみたいだけど、激しく動いたのか傷が開いていた。
今度は痛い思いをさせないように、丁寧に処置を進めながら先生に問いかける。
「……もしかして、ここに来るまでにも無茶をしてきたの?」
「別に無茶をしてきたわけじゃないよ。ただ、混乱が収まっていないところがあるから、少し救助の手伝いをしてただけで……」
「どうして……先生は自分を大切にできないの!?」
まただ。いつもみたいに気持ちを抑えきれない。こんな、責めるようなことを言いたいわけじゃない。
涙があふれてきて、きっと今の私は人に見せられない顔をしている。
「あなたは私をかばったせいで死にかけたのよ! その救助だって、先生がやらないといけないわけじゃないでしょう!?」
「ヒナ……」
「私は……先生にとって、そんなに頼りないの……?」
先生の背中は、すごい数の傷を背負っていた。きっと今までにも、数え切れないくらい大変な目に遭ってきたんだと思う。多分、この傷の中には誰かを守ってできたものも多いはず。それは誇らしいものかもしれないけど、私は私のせいで傷なんて負ってほしくなかった。
「心配かけてごめん」
先生が私の方に振り向き、頭を下げる。
……その姿を見て、少しだけ頭が冷えた。私は泣き顔を見られたくなくて、袖で涙をぬぐってごまかした。
「ハスミにも怒られたよ。自分の価値を自覚してくれって、もっと頼って欲しかったって……」
「……どうしてあの時、私を頼ってくれなかったの?」
「ヒナを一人残していったら……殺されるんじゃないかって思ったんだ」
「そんなこと……」
ヘイローは簡単には砕けない。どれだけ大怪我を負ったとしても、私なら数日動けなくなる程度ですむ。
だからこそ、先生を守れればどれだけ傷ついてもいいと思っていた。
「私はあの程度で死なないし、先生が傷つくよりマシよ」
「たとえそうだったとしても、俺はヒナ一人に傷ついてほしくない」
そう言って少し悲しそうに首を振る。この人は優しいけれど、ひどく頑固で……わがままだ。
きっと私が何を言っても自分の意見は曲げない。いつか一人で傷ついて倒れるんじゃないかって、そんな風に考えてしまう。
「分かった、もう一人で危険なことはしない。だから……先生も約束して」
先生はいつだって誰かに手を差し伸べて、自分が傷つくことには無頓着だ。誰かの代わりに傷ついたって、助けられた人は嬉しくなんてないのに。
「先生も、一人で危険なことはしないって。大変な時は、わ、私を……頼ってほしいの」
私は自分が傷つくことには慣れている。それに自分でやった方が早い問題のほうが多かったから、全部自分で抱えてしまえばいいと思っていた。
だけどそれだときっと……先生に頼ってもらえる日は来ない。ただの一生徒、ずっと守られるだけの存在のままだ。
だから私は、先生を隣で支えたい。
「ヒナ……ああ。約束だ」
約束したけど、きっとまだ先生は無茶をしようとする。だけど、一人じゃなければ何とかなるはずだから。その時は私が隣で、一緒に進んでいきたい。
「……先生はこれからどうするの?」
「アリウスを止めて、アズサを助ける。これ以上被害を出さないためにも、やれることは全部やるよ」
初めて会った時からずっと変わらない、強い意志のこもった目をしている。……なんだか自分の弱さを突きつけられているような気がして少し嫌になるなんて、言っている場合でもないか。
「私も行くわ」
「心強いけど……傷は大丈夫なのか?」
「ええ。この程度ならすぐ治るもの」
あの時受けた傷は完全に治ったわけではないけれど、動きを鈍らせるほどひどくもない。先生に安心してもらおうと軽く腕を上げて見せる。……この程度なら問題ない。
「……わかった。頼りにしてるよ」
「うん、任せて」
手を振って先生を送り出そうとしていると、少し不思議そうに先生がこう聞き返してきた。
「一緒に行かないのか?」
「……その、私は今部屋着だから」
「あっ、そうか」
さっきまでベッドに包まっていたから髪も乱れているし、服だって外用じゃない。
改めて思い返すと、こんな格好で先生の前にいるのが恥ずかしくなってきた。私は少し顔を逸らしながら、姿が見られないように背中を押して先生をドアの前まで誘導する。
ドアの前に立った先生は私の服のことには言及しないでくれた。
「くれぐれも、無茶はしないでくれ」
「大丈夫。約束だから」
その言葉にうなずいた先生は、外に出よう扉を開ける。先生が一歩を踏み出そうとしたその時、私は無意識に服の裾を掴んでしまっていた。
「どうしたんだ?」
「あっ……その……」
きっと、しばらくはお互いに会えなくなる。そんなのはいつものことのはずなのに……なぜか、いつも以上に寂しく思ってしまう。
(きっとこんな風に二人で話せる時間はしばらく取れない……)
ふとそんなことを思って、少し深く息を吸う。
見上げてみれば先生が少し驚いたように目を開きながら私を見つめていて、余計に恥ずかしくなってくる。
「その、全てにケリがついたら……私と釣りに行ってくれない?」
「それはいいけど……どうして釣りなんだ?」
「前に先生は釣りが趣味だって噂を聞いて……私も興味があったから教えてもらおうかなって」
……きっとしばらく、風紀委員会も忙しくなる。まだ何も解決していないし、全部終わってからも事後処理がある。だから、これは私にとってのおまじない。
「そうなのか? じゃあ、約束だな」
先生が右手の小指を差し出してきた。少し驚きながらも、私は自分の小指を絡ませる。
「ええ」
指切りげんまんなんて初めてで……なんだかすこしくすぐったい。それでも、形には残らない何かをもらえたような気がする。
きっとこれだけで、私はまたいつものように戦える。
「じゃあ、先に行くよ」
今度こそ部屋から出ていく先生を見送ってから、風紀委員会の制服に袖を通す。冷たい服の感覚が、だんだんと私の意識をはっきりさせていく。
「アコからの連絡……いっぱい来てるわね」
急いで風紀委員会が待機している場所に向かうと、映像越しにアコの心配そうな表情が目に入った。ミサイルには巻き込まれていなかったのか、特に怪我はなさそうで少し安心した。
「委員長……!」
「……待たせてごめん、アコ。みんなも無事でよかった」
「いえ……はいっ!」
「準備は出来てるわね。いこう」
みんなの視線を浴びながら号令をかける。
まずは目の前のことから済ませよう。約束を果たすために。