今日は山海経に来たついでに、梅花園に顔を出した。シュンと知り合ってから何度か来ているけど、梅花園の子たちはいつも元気いっぱいでこっちが元気をもらうくらいだ。今も何人か俺のもとに集まっていて、一緒に遊んでいる。シュンはこの後のおやつの準備をしていてここにはいない。
「せんせーって昔は旅をしてたんだよね? 何かお話してー!」
「私も聞きたーい!」
「まあ……少しくらいなら大丈夫かな?」
この後も予定が入っているけど、まだ時間に余裕はあるし……。でも、いったい何を話そう? ふと、足元に置いてあった絵本が目に入った。
「先生のいたところって人魚さんはいたのー?」
「人魚かぁ……」
ミルシャは自分のことを人魚って言っていたし、ピチカ達セイレーンはキヴォトスの絵本で見た人魚の特徴に似てたりする。でも明確に人魚って言われていたのは、リンデでカジムと出会ったあの人たちだな。
「ああ、あったことがあるよ」
「えーっ! どうやって会ったの!?」
「港町でカジムって男に会ったのが始まりだったな……」
絵本のようにわかりやすく丁寧に話すことを心掛けながら、ゆっくりと話し始めた。昔人魚に助けてもらってから、ずっと人魚を想っていた青年の話。人魚への愛を詩にして人魚に認められた男は人魚と共に海に帰っていった。……ずいぶん昔のことに感じるけど、今も二人は元気でやっているのかな?
「……こうして、男は人魚と海に帰っていって、幸せに暮らしたんだ」
いつもは元気いっぱいの子供たちも今は俺の話をすごく集中して聞いてくれていた。ここまで真剣に聞いてくれるとは思わなかったけど、なんだかカジムたちのことが認められたようでうれしいな。
「いいお話でしたね。皆さん、先生にお礼を言いましょう!」
「せんせいありがとー!」
「もしかしてシュンも聞いていたのか!?」
「とても面白かったですよ?」
たしかおやつの準備をしていたはずだけど、いつの間にか一緒に聞いていたみたいだ。なんだかいつも読み聞かせをしている人に聞かれるのは少し恥ずかしいな。
シュンはおやつの皿を並べ終えたあと、俺のほうにもおやつの皿を置いてくれた。どうやら俺のために分けてくれていたようだ。
「改めて、今日はありがとうございました。おやつの差し入れまで下さって……」
「大したことじゃないよ。山海経のほうに用事があったし、最近顔を出せてなかったからな」
「……そういえば、さっきのお話はどこかで聞いたものなんですか?」
「いや、実際に立ち会った出来事だ。まあ、確かに作り話みたいに感じるよなぁ」
「そう、ですか……」
「どうかしたのか?」
「……いえ、大丈夫です。それよりも、先生もおやつはどうですか?」
「ああ、せっかくだしもらおうかな。……そういえば、おやつを買ったときにキーホルダーをもらったんだ。これなんだけど……」
「あら、そのキーホルダーでしたら私も持ってますよ。少し古くなっていますが……」
「ん?」
見せてくれたのは全く同じキーホルダーだった。確かモモフレンズってやつの一つらしいけど、これはこの間から配り始めたって聞いたはずだ。だけどシュンの持っているものは明らかに年季が入っていて、少しくすんだ色をしている。それでも大切にしていたのか傷は見当たらない。まあ、昔のキャンペーンのときに配っていたものかもしれないか。
そのあともしばらく子供たちと一緒に遊んだり、シュンの手伝いをして過ごした。ふと時計を見てみると、そろそろほかの場所に行かないといかない時間になっていた。
「そろそろ俺は行くよ」
「もう行っちゃうんですか? 残念ですが仕方ないですね……。よろしければまた近いうちに遊びに来てくださいね?」
「それが……しばらくいろんなところに呼ばれてて行けそうにないんだ……。明日はサヤのところに薬の相談に行くつもりだし」
「そうですか……」
シュンは残念そうにしているし、俺としてももっと会いに行きたい。だけどトラブルの多いキヴォトスだと思った以上に忙しくなってしまって予定が空かない。申し訳なく思いながら梅花園を後にする。
「やっと全部終わったな……」
梅花園を出た後、依頼をすべて終わったころにはすっかり太陽が沈んできていた。どこかでカラスが鳴いていて、すぐそばの公園には夕日が当たって影ができている。どこか懐かしさと寂しさを感じる風景見ていると、近くから何か違和感を感じた。
「なんだか少し懐かしいような……」
しばらく周囲を探していると、路地裏に時空の穴が発生しているのを見つけた。キヴォトスで発生したなんて聞いたことがないけど……。とにかく、どこにつながっているかもわからないし、危険があるのかどうか確かめておかないとな。
「周囲に人はいないみたいだし、これなら巻き込まれることもないよな」
周囲の安全を確認した後、俺は思い切って時空の穴に飛び込んだ。体が浮く感覚は久しぶりで、旅をしていた頃のような期待感を思い出す。視界が真っ白に塗りつぶされた後、浮かんでいた体が重くなって地面に着地する。
「ここは一体いつの時代なんだろう?」
路地裏を出て少し周囲を見渡しても大きな変化はない。さっきまで見ていた公園もあるし、建物自体も変わっていない。そんなに遠い時間を飛んだわけじゃなさそうだな。考えを整理しようと、公園のベンチに向かう。そろそろ夕日も見えなくなりそうで、あたりも暗くなってきている。
「ぐすっ……」
ふと、近くから誰かが泣く声が聞こえた。あたりには誰もいないけど……少し気になるな。声は近くから聞こえるし、多分公園の中にいるんだろう。そう思って木の茂みの奥や、ほかの遊具の隠れられそうな場所を探してみたけど、まったく見つからない。
「一体どこにいるんだ?」
まだ探していない場所って言ったら、乱雑に置かれているあの土管くらいだけど……。あれに入るならその子はかなり小さい子になるな。さっきより心配になりながら、土管をのぞいてみると、黒い髪の小さな子が中で泣いていた。ちょうど梅花園の子供たちと同じくらいの年齢に見えるな。
「こんなところにいたのか」
「お兄さんは誰……?」
「俺はアルド、先生をしているんだ。それより、こんなところで泣いてどうしたんだ?」
「ここは私の秘密基地なの。泣いていたのは、ちょっと友達と喧嘩しちゃって……」
どうやら俺のことを信じてくれたみたいだし、体を丸めながら入っていく。中にはこの子が書いたのだろう文字や絵があって、何度もここを使っていることがうかがえる。時空の穴のこともあるし、外ももう暗い。早く家に帰ってほしいけど、このまま返すのも少し心配だ。
「どうして喧嘩しちゃったんだ?」
「それは……」
どうやらおやつを少しとられたとか、ちょっとしたわがままとか、そんなちょっとした不満が今日爆発してしまったらしい。それでその友達と大喧嘩して飛び出してきたようだ。
「ほんとは言い過ぎたかなってちょっと後悔してるんだけど……。なんて謝ればいいのかわからなくて」
「うーん……。やっぱり素直に謝るのが一番だと思うけど……」
「……」
どうやら素直になるには少し時間がかかりそうだな。それなら、心の整理ができるまでは一緒にいたほうがいいかもしれない。
「そうだな……一つ話をしようか。人魚と男の物語を」
今日梅花園の子たちに話した内容と同じものを少女にも話した。やっぱりこういう恋の物語はみんな好きなのか、すごく真剣に聞いてくれた。話が終わるころには泣き止んでいて、明るい表情でこっちをみていた。
「じゃあ、その男の人と人魚さんは幸せに暮らしているの?」
「ああ。きっとカジムも人魚も、精一杯頑張って幸せに暮らしているはずだ」
「わぁっ……!」
少女もそれを聞いてすごくうれしそうにしている。吟遊詩人たちが誰かの英雄譚をうたってたりするのも、案外こんな理由だったりするのかな?
「でもどうしてこの話をしてくれたの?」
「まっすぐに、素直に気持ちを伝えることは大事だと思ってさ。カジムは自分の気持ちに正直で、まっすぐに気持ちを人魚に伝えた。だからきっと二人は一緒にいられたんだ」
「まっすぐに……」
「キミも友たちと喧嘩別れしたいわけじゃないんだろ? だったらちゃんと伝えたいことを言ってあげるほうがいいと思う。そうしてお互いのことをもっと知っていくことが大事だと思うんだ」
「もしかして、お兄さんも昔は友達と喧嘩したことあるの?」
「ああ。幼馴染がいてさ。喧嘩したこともあるよ。でもちゃんとお互いがちゃんと謝って仲直りした。……今でもすごく大事な友達だよ」
「……私も、あの子のことは好きなの。今回は喧嘩しちゃったけど……大事な友達なの」
心の整理がついたようで、まっすぐとこっちを見てそう言ってくれた。これならもう大丈夫かな?
「だったら早く帰って、その子に謝らないとな」
「それはそうなんだけど……もしよかったら、お兄さんともう少しお話ししたいな……」
「もうそろそろ遅い時間だし、少しだけだぞ?」
「やったー!」
そうしてもうしばらく、少女と話すことになった。そういえば、ここは秘密基地って言ってたし、壁に書いてある文字はこの子が書いたのかな?
「なあ、ここに書いてある『立っぱなきょうかんになる』っていうのは?」
「それは私の夢なの! いつか立派な教官になって、園の子供たちを守るんだ!」
「へぇ……! いい夢じゃないか!」
「お兄さんには将来の夢はないの?」
「うーん……夢とは違うけど、目標ならあるかなぁ。立派な先生になりたいんだ」
「でももうお兄さんは先生なんでしょ?」
「でもまだまだ周りに助けてもらっているし、できないことも多い。だからもっと頑張らないといけないって思うんだ」
「じゃあ、私と約束しない? お兄さんと私、お互いに立派な教官と先生になるって!」
すっと小指を俺のほうに差し出してくる。その顔は希望に満ちている、すごくいい表情だった。俺も小指を出して少女の指に引っ掛ける。小さな指からは力強さを感じて、教官になるっていう夢が本気なんだと改めて思わされる。
「約束だよ! お兄さん!」
「ああ。約束だな」
笑顔で約束をした後、二人で土管の外に出る。外はすっかり真っ暗で、人の気配もあまりしない。この子を送り届けたほうがいいだろうな。
「もう外も暗いし、送っていくよ」
「はーい」
街灯に照らされてはいるけど、かなり外は暗くなっている。だから迷子にならないようにと、二人で手をつないで歩き出す。どうやら住んでいる場所は近いようでそんなに時間はかからないようだ。
「手がごつごつだー」
「あっ悪い、痛かったか?」
「ううん。あったかくて安心する!」
そのあとも他愛のない話をしながら歩いていく。もう日が落ちているせいか周りは静かで、俺たちの声も周りに吸い込まれているように感じる。その静けさを心地よく感じながら、二人で歩いていく。
「そうだ。よかったらこれもらってくれないか?」
「キーホルダー?」
今日お菓子を買ったついでにもらったキーホルダーを差し出す。どうやら気に入ってくれたのか、すごくうれしそうな表情でキーホルダーを見ている。
「かわいー! 本当にもらってもいいの?」
「ああ。俺が持っているより、喜んでもらえる人に持っていてもらえるほうがいいだろうし」
「ありがとう!」
すごくうれしいのか、歩きながら携帯につけている。そこまで喜んでもらえると、あげたこっちとしてもうれしくなるな。
「あ、もうここで大丈夫だよ。もうすぐそこだから」
家のすぐ近くまで来たのか、少女がぱっと手を離した。少し前に歩いて、くるりとこちらのほうを向く。緑の目に月の光が反射しているのがすごく印象に残った。
「家まで送らなくて大丈夫か?」
「うん! それじゃあお兄さん。約束忘れないでね! 今日はありがとう!」
「ああ!」
少女も元気に駆け出していった。すぐにその姿は見えなくなって、あたりも静かになってしまった。……そういえば、あの子の名前を聞き忘れたな。今がいつの時代なのかわからないけど、またすぐに会えるかな?
「時空の穴は消えたか……」
時空の穴を通って元の時代に戻ってきた。俺が通った後で時空の穴は閉じたし、これなら生徒が間違って別の時代に飛ばされるようなことはないかもしれない。でも一応連邦生徒会か、ヴァルキューレあたりには報告しておいたほうがいいかもしれないな……。
「……俺も早く帰るか」
少し駆け足で家へと向かっていく。今日も忙しくて疲れているけど、足取りは軽かった。きっと、あの子との約束のおかげだろうな。いつかあの子に会ったときに、胸を張って先生をしているって言えるように頑張らないとな。
長くなりそうなので前後編
少女の口調については想像で書いているのでイメージと違うかもしれませんがよろしくお願いします。