「困ったな、着る服がないぞ……」
連日夜遅くまでシャーレに寄せられていた依頼をこなしていたせいですっかり洗濯物がたまってしまった。洗面所の洗濯籠にはいつも着ている服が山盛りになっている。
「さすがにこれを着ていくわけにはいかないし……そうだ! 確かIDAの制服があったはずだ」
キヴォトスに来るときに今までの旅で使っていた荷物も一緒に持ってきていた。でもシャーレで活動を始めてから荷物に触る機会もなかったせいか、今まで忘れていた。
「開くのも久しぶりだな……あった、ちゃんとしまってあったな」
しばらく探していると、IDAスクールの制服が出てきた。しばらく荷物の中に入れっぱなしにしていた割にはきれいにたたまれた状態で入っていた。フィーネが整理していてくれたんだろうか。すぐにでも着られそうな状態なことに感謝しつつ、着替えてシャーレに急ぐことにした。
連日忙しかったのがウソのように、今日は朝から特に予定がなくて暇な一日になりそうだった。疲れもたまっていることだし、今日くらいはシャーレでのんびりするのもいいかと思っていると、後ろから扉が開く音が聞こえた。
「おーい先生。遊びに来たぜ」
「ネルじゃないか。当番の日以外でシャーレに来るなんて珍しいな」
「まとまった休みをもらったんだけど暇でよ。せっかくだし先生のところに遊びに来たんだけど……なんか見慣れねぇ恰好してるな」
「うっ……やっぱり変か?」
「変ってわけじゃねぇけどよ、そんな学生みたいな服着てるとこなんて初めて見たからよ」
「今日着る服がなくってさ。IDAスクールの学生服があって助かったよ」
「なんだ、洗濯物ため込んだのか? ……しゃーねぇな。あとで手伝いに行ってやるよ。どうせ掃除とかもできてないんだろ?」
「い、いや、一人で大丈夫だって。それより、ネルこそ制服姿なんて初めてみたぞ?」
遠目からでもよく目立つスカジャンとメイド服の組み合わせがいつものネルだけど、今はミレニアムの制服姿だ。スカジャンの派手な柄が目につかない分いつもより落ち着いた雰囲気がする。……ネルは少し落ち着きがないみたいだけど。
「ん? あたしはセミナーの会計にしばらく制服着るように頼まれてな。ついでに休みももらっちまったけど暇でよ。先生、今日は暇か?」
「今日はちょうど予定がないけど、どこかに出かけるのか?」
「せっかく二人して制服を着てるんだ。ちょっと付き合ってくれよ」
空は快晴、優しく風が吹いていて少し眠たくなってしまいそうな日だ。とりあえず公園にでも行こう、というネルの提案に乗っかって今はのんびりと公園までの道を歩いている。
「あー。やっぱスカジャンを着てないとどうにも落ち着かないんだよな……」
「いつも着てたもんな。俺も今日は武器を持ってないせいか、ちょっと落ち着かないな……」
今日はキヴォトスの学生っぽいように剣は置いていけって言われてシャーレに置いてきたけど、いつもと違うっていうのはこんなに落ち着かないとは思わなかったな。
「今ならネルの気持ちが少しわかる気がするよ……」
「そうだろ! やっぱ先生ならこの感覚をわかってくれると思ったぜ! ……っと、ついたな。とりあえずすわろーぜ」
ネルと一緒に公園にあるベンチに腰掛ける。昼前の穏やかな時間なこともあって、周囲はかなり静かなようだ。時折公園を歩く生徒も見かけるけど、みんな思い思いに自分の時間を過ごしている。
「なんか静かだな……いつもなら通り過ぎる奴らに驚かれることが多いんだが、今日は一回もねぇ」
「確かに、だれも俺たちを気にしてる様子はないよな。……もしかして、みんなネルだって気づいてないんじゃないのか? いつもと恰好が違うんだし」
「んなことあり得るのか? ちがうったってスカジャン着てないくらいだぜ?」
ネルはあまり納得していないのか、少し考え込んでしまった。身長のせいか、同じベンチに座っているとうつむいているネルの頭のアホ毛が視界に入ってしまって少し触ってしまいたくなる。
「仮にそうだとしてもよ、先生まで気づかれないなんてことあるのか?」
「俺も普段と違う恰好してるし、そのせいかもな」
「それにいつも身に着けてる剣も今日は置いてきてもらったしな」
「確かに、ほかに剣を持ってる人なんていないからかなり目立つよな……恰好を変えただけでこんなに認識が変わるんだな」
「……なあ先生。せっかくなら、今日一日は美甘ネルとシャーレの先生だってばれないように過ごさねえか? 呼び方とか変えてさ!」
「どういう風に変えるんだ?」
「そうだな……せっかく先生も学生服を着てることだし、先輩、とかか?」
「俺は構わないけど……」
「決まりだな! 今日一日よろしくな、先輩!」
先輩なんてノマルに呼ばれるくらいだったせいか、なんだか新鮮な気持ちだ。楽しそうにしているネルを見ていて、こんな可能性もあったのかもしれない、なんて思ってしまった。
「ゲーセン行こうぜ、いろいろ教えてやるぜ?」
「そろそろ昼か。飯いこーぜ、先輩」
先輩と呼び始めてからはいつもより少し距離が近いように感じる。いつもより少し幼く笑うネルに暖かい気持ちになりながら、いろんな場所を二人で回った。
普段にいかないゲームセンターに行ったり、普段公園でゆっくりできないからと二人でゆっくりしたり、穏やかに一日を過ごした。昼飯でネルがキッズセットを頼んで付録のおもちゃを手に入れたりもしてたな。おまけのおもちゃであんなに凝ったものがもらえるなんてすごいよな。……俺もちょっと欲しくなったのは内緒だ。
どこに行ってもネルはすごく楽しそうだ。いつも背負っている立場とか評判とかそういうのを気にせずにいられるのかもしれない。
すっかり空が暗くなってきて、少しだけ涼しい風が吹き始めた。少しずつ星が見えだして、一日の終わりを予感させるような雰囲気に少しだけさみしさを覚える。
「……もうこんな時間かよ。あっという間だったな」
ネルも名残惜しそうな様子で空を見上げている。せっかくなら何かもう一つくらい、思い出に残るようなことをしたい。そんな風に思っていると、少し離れた場所で観覧車が見えた。
「なあネル。最後に観覧車に乗らないか?」
「ん? ああ、あそこにあるやつか。いいぜ」
幸いそこまで混んでいなかったおかげですぐに乗ることができた。狭い部屋の中で向かい合って座っていると、ネルの様子がよく見える。さっきまでの活発な様子が少し落ち着いて、なんだかそわそわしているように感じる。ふと外に目線を動かすと、街の明かりできれいになった夜景が目に入る。
「……きれいだな」
「えっ!? な、なんだよ急に」
「ああいや、外の景色がきれいだと思ってさ」
「……そっちかよ」
「どうしたんだ? どこか調子でも悪いのか?」
「別に……先輩らしいって思っただけだよ」
それからしばらくはまた会話がなくなってしまった。時折聞こえる観覧車が回る音と外の夜景を静かに楽しんでいるとふとネルが声をかけてきた。
「なあ先輩。今日一日楽しかったか?」
「俺は楽しかったよ。急にどうしたんだ?」
「あたしも今日一日すごく楽しくってさ。こうして先輩と過ごせたからだろうなって思っただけだよ。……そういや、先輩って歳いくつだっけ?」
「19歳だけど。どうしたんだ?」
「意外と歳が近いんだよな。……もう1、2年早かったら学生として来てたのかもしれないな」
「学生か……想像つかないな」
「ははっ、案外なじんだと思うぜ。きっとその時も、今日みたいに二人で制服を着ていろんな場所に遊びに行ったのかもしれないと思ったんだ」
正直、自分が学校に通ってる姿なんて想像がつかない。IDAスクールだって成り行きで入学したし、毎回事件が起きるせいで学びに行ったことなんてない気がする。それでも、一つだけはっきりと分かることがある。
「俺も今日一緒に過ごして、同じことを考えたよ。ネルと同じ学校に通ってたらきっと今日みたいに楽しい日々だったんだろうなって」
俺がそういうと、今まで俺をまっすぐと見ていたネルが外の景色を見始めてしまった。
「……あー! しんみりしたのは終わりだ、終わり! せっかくの良い景色なんだ、写真とるぞ、先輩!」
「急に来たら観覧車が……!」
「うわっ……!」
ネルが勢いよく俺の横に座ると、その勢いで観覧車が強く揺れる。飛び乗ってきたネルが少し体勢を崩しそうになるのを見て、咄嗟に体に手を回す。
「大丈夫か?」
「わ、悪い……」
特に怪我はないようだ。ホッとして手を離そうとしても、ネルの方が俺に寄りかかったまま離れようとしない。なんだかすぐそばにいるネルの姿が、身長相応の小さな子供に思えてしまった。
「……」
静かな空間でパシャリ、と音がした。隣を見るとネルがスマホを構えて笑っていた。
「いつの間に……!?」
「・・・はははっ! 変な顔してるぜ!」
「えっ、恥ずかしいから消してくれよ!」
「別に良いだろ。ほら、仕切り直しだ。もう一枚撮るぞ」
結局その後も二人で写真を撮ったけど、ネルは最後まで写真を消してくれなかった。
「こんな顔、恥ずかしくて見せられねぇよ……」
観覧車に乗る前は夕焼けと星が両方見えていた空も、今ではすっかり暗くなってしまった。さっきまで揺れていたせいか、少しだけ地面の感覚に戸惑いを覚えながら歩く。ネルもかなり楽しんだのか、上機嫌で隣を歩いている。今日一日中を振り返りながら二人で楽しく話していると、いつの間にかミレニアムの近くまで来ていた。
一歩前に立っているネルが振り返って声をかけてきた。
「今日は楽しかったぜ、先生」
「俺も楽しかったよ」
「それでよ……その……またこうして一緒に出かけてくれねぇか!」
「もちろん。こうしてネルと遊ぶのは楽しいからな。いつでも呼んでくれよ」
「本当か? 約束だからな! もちろん先生も制服だからな!」
「えっ。俺も制服を着る必要があるのか?」
「たりめぇだ。あたしがネルだってばれなくてもあんたが先生だってばれたらゆっくりできないだろ?」
「それもそう、なのか?」
納得できるような、できないような少し引っかかりを覚えたけど、ネルが楽しそうにしているしあまり気にする必要もないよな。
先生のことは尊敬してたけど、それは大人を敬うそれとは少し違う気がして、ほんの少しだけ距離感に違和感を感じていた。大人として尊敬するには少し子供っぽくて抜けている。人の世話は頼まれなくたって焼くくせに、自分のこととなるとズボラで。朝から顔を合わせるとよく寝癖をつけているから、あたしが直してやるのが当番の日の日課になっていたんだよな。
そんな中シャーレに行くと何故か制服を着た先生がいて、それで何かがしっくりきたんだ。そうして先輩なんて呼びながら一日遊んでみると、思った以上楽しくかった。きっとあたしにとって先生は、先生というより先輩とか兄貴に近いのかもしれない。
「やっぱり、変な顔だな」
観覧車で最初に撮った写真を見返すと、照れた顔のあたしが写っていた。いくら観覧車が揺れていきなり先生に抱きついたときに、どうにも恥ずかしくなって何かやってあの場の空気をごまかそうと写真を撮ったらあたしがあんな顔をしていた。見返すたびに恥ずかしくなってくるくせに、どうしても消す気にはなれねぇ。……まあ、人に見られなければ大丈夫か。
これからはもっと先生に絡みに行こうと、そう思いながらベッドで横になる。そういえばなんで観覧車でドキドキしたのか、眠気に誘われながら考えていたけど、いつの間にか寝てしまっていた。