アナザーアーカイブ   作:さかみち

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季節外れのバレンタイン。文字が多いのはご愛嬌ということで。
話を分けた方がいいのか一生迷ってます。


邂逅 災厄の狐編(シャーレのハッピー♡バレンタインパトロール)☆

 先生と出会ったのはたったの一回。戦場で初めて出会い、シャーレでお話をしました。

 何者かの手引きで脱獄をした後、連邦生徒会長への嫌がらせのために暴動を起こしましたが……先生は場を納めに来た誰よりも強く、真っ直ぐでした。

 他の誰とも違い、私を見るその目には恐れは無くて……シャーレの地下で出会った時も、ただまっすぐに私を見てくださいました。

 

「うわっ! 確か君は……」

 

 私が敵だということは知っていたはずなのに、あの方からは恐怖や憎しみといった、負の感情を私に向けていなかった。ただ純粋に驚き、そして警戒する。まるで幼い子猫のようで……不思議とずっと見つめていたくなってしまいました。

 

「ふふふっ……また会いましょう」

 

 けれど、シャーレの外で暴れていた連中も制圧された以上、ここに長くとどまることは出来ない。後ろ髪を引かれつつ、その場は一度引き返すことにいたしました。

 あの日戦った誰よりも強く、そしてきっと、誰よりも純粋。大人の様にも、子供の様にも思えてしまうような……そんな不思議な方でした。

 その日以来、あの方が気になって……私には一つ目標が出来たのです。

 

 

 

「パトロール業務の協力要請?」

 

 二月の中頃、何か手伝って欲しいことがあると、キリノとフブキがシャーレに来ていた。

 明日はバレンタイン、一日忙しくなるから俺にも手伝って欲しいということらしい。

 

「そういえば、最近はバレンタインって言葉をよく聞くなぁ」

 

 ハッピーバレンタイン。最近、キヴォトスを歩いていると、時折そんな言葉を聞く。

 すれ違う人たちもどこか浮かれているような……何だかこっちまで落ち着かなくなるような雰囲気がキヴォトス中を漂っている。

 

「はい。バレンタイン当日はD.U.で様々なイベントをしていまして……」

 

「その分厄介ごとも増えるってワケ」

 

 最近感じていた楽しげな雰囲気はそのバレンタインが関係していたってことか。

 確かに、キヴォトスならお祭りで変な騒動も起きそうだよな。

 

「こういうイベント系の警備は生活安全局にも回ってくるんだよね」

 

「今年は例年より規模が大きいとかで……ただでさえ人手不足なのに」

 

「もちろん手伝うのはいいんだけど……そもそもバレンタインって何なんだ?」

 

「先生、ホントに知らないの? そうだなぁ、仲のいい子にチョコあげる日?」

 

「後は日頃の想いを伝えたり……ですかね?」

 

「へえ、素敵な日じゃないか。俺もみんなに何か贈ろうかな」

 

 いつもみんなには世話になってるし、日頃の感謝を込めて。アロナも話を聞いているだろうし、後でリクエストを聞いておこうかな。

 

「いいんじゃない? 私はドーナツでよろしく」

 

「フブキ、もう少し遠慮しましょうよ……」

 

「日頃の感謝を示すための行事だろ? 遠慮しないでくれ」

 

「まあ、そういうことなら……楽しみにしてます!」

 

「楽しみにしとくね。じゃ、明日はよろしく〜」

 

 

 

 

 

 

 バレンタイン当日。二人が言った通り、街はいつも以上に賑やかだ。いろんなところからチョコの香りが漂ってきて……俺は少し胸焼けしそうだった。

 キリノとフブキも少し街の雰囲気に当てられているのか、楽しそうに周囲を見回っている。少し周りを見渡してみると、客を呼び込もうとしている店員やチョコを楽しみにしている生徒がたくさんいる。ちょっとしたお祭りのような雰囲気で、確かにちょっとした問題が起こるのも分かる気がする。

 

「ここで幸運のチョコレートを売ってるんだって?」

 

「ん?」

 

 そんな中、ヘルメット団らしき子たちがチョコを売っている店の店員に難癖をつけていた。どうやら先に買っていた宝くじが外れていたみたいで、諦めきれないからとこうして騒いでいたらしい。

 どうしたらいいものかと、少し困っていたら。突然銃弾がヘルメット団の二人だけを撃ち抜いて気絶してしまった。

 

「うわっ! 大丈夫か!?」

 

「問題ありません、気絶させただけですので」

 

 聞き覚えのある声がして振り返ってみると、いつも通り落ち着いた様子のセナが立っていた。

 セナは俺が何かを聞く前にヘルメット団の二人を介抱して、待機していた仲間にどこかに連れて行くように指示を出していた。

 

「先生はパトロールですか?」

 

「あ、ああ。ヴァルキューレから頼まれてさ。セナこそ、どうしてここに?」

 

「この辺りで死た……負傷者が出かねないようないざこざがあったと通報を受けたので。もともと、救護医学部の活動の一環としてこの周辺をパトロールしていまして」

 

「でも救護医学部ってけが人の治療が主な活動だよな?」

 

 俺も何度か世話になったことがあるからよく覚えている。

 それにこういう見回りは、どっちかっていうと風紀委員の仕事のような気がするし。

 

「なにせ今日はバレンタインデーです。それぞれが秘めた大事な思いを形にする特別な日、守らねばなりません。それに救護医学部部長として稼ぎ……いえ、事態が重くなる前に防がねばと」

 

 なんだか一瞬本音が漏れたような……。ここはスルーしておいたほうが良さそうだ。

 

「そうだよな。みんな楽しそうだし、このまま無事に終われるように一緒に頑張ろう!」

 

「ええ、よろしくお願いします。そういえば、先生はキヴォトスのバレンタインは初めてですよね。先ほどの様にチョコレートをめぐって襲撃が起きることも少なくありません。大規模な騒動になることもありますから注意してください」

 

「あ、ああ。思ったより大変そうだな……」

 

 キヴォトスだとバレンタインデー以外にも大きい騒動はよく起きているような気がするけど……。

 バレンタインはチョコを渡しあうような、そういう平和なイベントだと思っていたんだけど。思ったよりいつも通りってことかもしれない。

 

「いつ何が起きるかわかりませんから……」

 

 そんな風に注意を見わたしながら少し話していると、突然近くで大きな爆発音が響き渡る。音のした方向を見てみれば、さっきまで建っていた店が跡形もなく崩れ去っていた。瓦礫と煙で視界が悪くなる中、ぼんやりと一人の人影が見えてきた。

 

「大丈夫か? 今そっちに……」

 

「……! 待ってください。あれは負傷者じゃなくて……」

 

 セナはけが人だと思って近づこうとした俺の腕をつかみ銃を構える。遅れて状況を把握した俺も剣を構えて様子を見ていると……。

 

「ようやく会えたかと思えば、邪魔者ばかり……」

 

 狐の面に黒い和服。ワカモはキヴォトスに来た日に対峙した時と同じ姿で現れた。どこか煩わしそうに一言つぶやき、周囲に敵意を振りまく。

 

「災厄の狐……! どうしてここに……先生は下がっていてください」

 

 セナが俺をかばうように前に出て銃をワカモに向ける。一度戦ったことがあるし、ワカモの強さは俺だって知っている。周囲はワカモが現れて混乱しているし、素早く事態を収拾したい。

 

「俺も加勢する! みんなで戦った方がいいはずだ!」

 

「ですが……いえ、そうですね」

 

 セナはどこか納得のいっていない様子のままワカモに向きなおる。以前と違いワカモは一人でこの場に立っている。そしてなぜか俺の方をずっと見ている気がする。

 

「ふふっ、お久しぶりですね?」

 

「くっ!」

 

 和やかそうに声をかけているのに、銃身に取り付けられた短剣は俺の方を向いている。とっさに剣で受け止めて押し返し追撃する。

 セナや駆け付けたヴァルキューレのみんなはワカモと組みあっている俺に銃弾が当たってしまうからか攻撃ができなさそうだ。

 

「ここは人が多いですね。これでは……」

 

 煩わしそうに何かをつぶやき、しきりに周囲に気を散らしている。戦いに集中できていないのか、以前のような苛烈さがまるでない。

 

「キリノ!」

 

 ワカモは俺から距離を取ろうと後ろに下がる。俺は銃を撃てずにいたキリノに援護射撃をするように呼びかける。

 

「さ、災厄の狐さん! 覚悟!」

 

 銃弾はワカモの腕に当たり銃を持つ手が少し緩む。俺はその隙を見逃さずワカモの銃をはじくように剣を振るう。銃は簡単に弾き飛ばせて、想像以上にあっけなく決着がついた。

 

「……」

 

 ワカモがゆっくりと両手を挙げ、周囲から歓声が上がる。

 最初に出会った時はもっと強かったような気がしたんだけど……。そんなことを考えていたらいつの間にかワカモはヴァルキューレに連れていかれていた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、さすがだね~。災厄の狐をたった二人で制圧するなんて」

 

「確か以前ワカモが脱獄した時も、先生が対応したと聞きました!」

 

 ヴァルキューレからしたら思わぬ成果だったのか、キリノとフブキは楽し気に報告してくれる。

 

「まあ、あの時だって俺一人でやったわけでもないし……みんなのおかげだよ」

 

「相変わらずだね~。もっと自慢したってバチは当たらないでしょ」

 

「それはともかく、なんだか以前ほど厄介じゃなかったような……」

 

 前は仲間を大量に集めて暴れていたから混乱が収まるまで大変だった覚えがある。でも今回はワカモ一人で向かってきて、特に罠があったわけでもない。よく知っているわけでもないけど、らしくない。そんな感想を抱いてしまう。

 

「確かに、先生と対峙している時も周囲ばかり気にしていたようですし……そもそも、どんな目的で私たちの前に現れたのか。分からないことが多いですね」

 

 セナも俺と同じようにどこか引っかかっていたみたいだ。

 

「まあ、今更考えたってしょうがないでしょ。もう逮捕したんだしさ」

 

「うーん……それもそう、なのかな?」

 

 その後キリノとフブキはワカモを矯正局に移送するため、パトロールができなくなってしまった。

 二人からパトロールを任された俺は、セナと二人で引き続きD.U.を見回ることにした。

 

「そういえば、怪我はありませんか?」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

 慌ただしそうに走っていく二人を見送った後、セナが淡々と聞いてきた。幸いほとんど攻撃されなかったおかげで無傷だ。

 

「もし負傷されていたら……無理やりにでも治療しなければいけないので」

 

「冗談なのか? 目が笑ってないぞ……」

 

「本気です。怪我がないのでしたら問題ありません、パトロールを続けましょう」

 

 

 

 

 

 しかし俺の勘は当たっていたのか、ワカモは何度も脱走して俺たちの前に現れた。

 俺たちは何度もワカモを制圧したけれど、やっぱり少し様子がおかしいように感じた。

 

「ありがとうございます!」

 

 ヴァルキューレの警備をかいくぐっているからか、だんだんとワカモに対する力の入れ方も大きくなっている。それでもワカモは簡単そうに脱走し、俺たちの前に現れる。

 現れるたびに周囲を破壊していくから、話を聞くこともできずに対応するしかない。結局、ワカモがなんで暴れているのか、何もわからないまま時間が過ぎていった。

 朝に感じていた、バレンタインの楽し気な雰囲気も少しなくなっている気がする。どうにかしたいけれど、今の俺には脱走したワカモを抑えることくらいしかできていない。

 心の中で引っかかりを覚えながらしばらく見回っていると、見覚えのある場所に出てきた。

 

「あれ、この辺りって……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、この間この辺りに来たことがあってさ」

 

 小さな商店街で、ヘルメット団が騒いでいたとか人手が足りないとかでしばらく手伝っていたことがある。バレンタインということもあってか、いつもより活気づいているように感じる。

 

「おっと、シャーレの先生じゃないか。今回はどうしたんだい?」

 

 商店街の人たちも俺たちに気づいたのか手を振って挨拶をしてくれる。

 

「今日はパトロールだよ。何か困ってたりしないか?」

 

「今は大丈夫だな。強いて言うなら忙しくて手が足りないってくらいさ」

 

「ははっ。それは良いことだな!」

 

 話もそこそこにパトロールを続けようとすると、後ろから呼び止められる。

 

「前回は何も受け取ってくれなかっただろ? これ食ってパトロール頑張ってくれ!」

 

 有無を言わさず俺たちに渡すと、そのまま走っていってしまった。その後も商店街の人たちは、俺たちを見ると何かしら渡してくれた。だんだんと持ち物が多くなっていって、移動するのも一苦労になりそうだった。

 そういうわけで、一旦もらった物を食べながら休憩をしようということになった。

 

「おっ、これ美味しいな」

 

「ええ、そうですね」

 

 大通りから少し外れた公園にはあまり人が居なかった。遠くからにぎわう人たちの声が聞こえてきて、なんだか少し心が安らいだ気がする。

 

「そういえば、以前はお礼を受け取らなかったのですか?」

 

「別に大したことをしたわけじゃないしな」

 

「……感謝の気持ちはちゃんと受け取った方がいいと思いますが」

 

「でも、お礼が欲しくてやってるわけでもないからな」

 

 本当に大したことはしていないし、困っている時はお互い様。いつもそう思っているから、お礼を貰うのだってあんまり慣れていない。

 

「先生のそういうところは良いと思いますが……それも度が過ぎると良くないですよ」

 

「そうかな……?」

 

「はい」

 

「そっか……」

 

「私も少し言い過ぎました。ただ……」

 

 セナはちらりと商店街の人たちからもらった物を見る。迷ったように少しだけ手を止めた後、チョコの包みを一つ手に取る。

 

「いつも誰かのために駆け回っているのは私も知っています。だから、みんな先生に感謝していると……それだけは知っておいてください」

 

 手に取ったチョコを俺の方に差し出して小さく笑う。受け取ろうと出した手の上にチョコを置くと、セナも他の物を食べ始める。

 今日一日、なんとなくセナに心配されているような気がしていたけど……。

 

「ありがとう。少し気をつけるよ」

 

 もらったチョコを口に入れると、程よい甘さが口の中に広がる。バレンタインは初めてだけど、キヴォトスのみんなが毎年楽しみにしている理由が少しわかった気がした。

 

 

 

 

 

 パトロールを再開した後、再びワカモが逃げ出したと連絡があった。

 

「……」

 

 相変わらず狐のお面をして、静かにこっちを見ている。

 また脱走した以上、早く捕まえないといけない。そう思って剣を構えようとした時、ワカモが突然背を向けて走り出した。

 

「これ以上負傷者を増やすわけにはいきません」

 

「セナ!」

 

 セナはワカモを追って走っていってしまった。一歩遅れて俺も追いかけようとしたその時、再びワカモが俺の前に姿を現した。

 

「ワカモが……どういうことだ?」

 

「ふふっ……少々、影武者を用意させてもらいました」

 

「じゃあセナが追いかけていったのは……」

 

 さっきの偽ワカモが現れた騒ぎのせいで、周囲に人はいない。でも、俺一人で被害を出さずに抑えられるかは分からない。

 今までみたいに襲ってくるのかと、いつでも動けるように警戒をする。

 しかしワカモは自分の銃を下ろして力を抜いている。

 

「多少手荒な真似をしてしまいましたが……あの程度、あなた様なら問題ないでしょう?」

 

 やっぱり、本気は出していなかったんだな。だったら尚更、どうしてこんな騒ぎを起こしたのかわからない。

 

「……どうして俺を狙ってたんだ?」

 

「実はこのワカモ、初めて会った時から……ずっと気になっていたのです!」

 

「え、えっと……どういうことだ?」

 

 今まで見せていた威圧的な雰囲気はどこかにいってしまい、ワカモの後ろで楽し気に尻尾が揺れている。

 

「ふふふっ。初めて会った時も、今日と同じように剣を交えましたが……あなた様のその瞳が、他の誰とも違って見えたのです」

 

 もしかして戦っている俺を見たくてこんなことをしたってことか? いや、さすがにそんな変な理由じゃないよな……。

 俺が困惑しているうちに、ワカモは狐の面を外して微笑んでくる。……初めてお面の下を見たけど、想像より顔つきが幼かった。金色の丸い瞳が俺をまっすぐ見てくる。

 

「……」

 

 無言でじっと見つめられるとなんだか気恥ずかしい。俺はすっかりワカモのペースに乗せられてしまったのか、警戒を解いてしまっていた。

 

「その、なんでじっと見てくるんだ?」

 

「私の感じた通りだと、そう思っただけです♡」

 

 そう言いつつワカモは懐から小さな包みを取り出す。可愛らしくラッピングされた小包は、今日何度も見かけてきたものと似ている。今までからは考えられないくらい優しくゆっくりとした動作で、俺の前に差し出す。

 

「私からのチョコレートです♡ どうか受け取ってください」

 

「あ、ああ……」

 

 つい受け取ってしまったけど……一体何がどうなってるんだ? ワカモが俺を狙っていると思ってたら二人で会いたいだけだったり、チョコをくれたり……。

 とにかく、言っておかないといけないことがある。

 

「チョコ、ありがとうな」

 

「いえ、どうかお口に合えば良いのですが……」

 

「だけど、もう周りを傷つけるような真似はしないでくれ」

 

「あなた様?」

 

 ワカモが俺のためにチョコを用意してくれていたのは嬉しい。でも、これだけはしっかりと伝えておかないといけない。

 

「また同じようなことをしたら、俺はワカモを止めなきゃいけなくなる」

 

 ほかにも自分たちの趣味や活動のために暴れる生徒は結構いるけど……暴れていない時は案外普通に話せる。だからこそ、本当は剣を向けたりしたくない。

 ワカモとも、戦ったりしないで普通に付き合っていきたいと思っている。

 

「で、ですが……」

 

「俺はもっとワカモのことを知りたいんだ。だけど、今日みたいに戦っていたら、それもできないだろ?」

 

 ワカモが少し驚いたように目を開く。そんなに変なことは言っていないはずだけど……。

 

「わ、私も……あなた様のことをもっと知りたいです!」

 

 ワカモが嬉しそうに返事をしてくれる。やっぱり感情が耳や尻尾に現れるのか、ふわふわと揺れている。

 

「……どうやら、先生との時間を邪魔する輩が来たようですね。名残惜しいですが一度お別れです」

 

 ワカモの耳がピクリと動き、いきなり周囲を警戒し始める。もしかしたら、偽ワカモを追いかけて行ったセナが帰ってきたのかもしれないな。

 ワカモは素早い身のこなしで俺の横を通り抜けて、人目につかない路地裏の方に走り去ろうとする。俺は反射的にワカモに声をかけた。

 

「……ワカモ! いつでもシャーレに来ていいからな!」

 

 その声は聞こえたのかどうか分からないまま、ワカモは走り去って行った。ただ、一瞬だけ黒い尻尾がふわりと揺れたような気がした。

 

 

 

 

 

 狐の面を外し、人の目をごまかすように人混みの中に紛れる。

 

「……ふふっ」

 

 コロコロと表情を変える先生のことを思い出して少し笑ってしまいます。ふと横を見ると変な人を見る目で私を見ていました。いつもなら一つ銃弾でもお見舞いするところでしたが……今は機嫌がいいですから。

 『目は口程に物を言う』。私にとって言葉は人を傷つけ欺くためのモノ。そして目は私への感情をまっすぐ伝えてくる。

 ……私に向けられる感情は恐怖や憎しみ、敵意ばかり。

 

「あんな風に言ってくださるなんて……」

 

 ただ純粋に私のチョコレートに対して驚き、そして感謝してくださった。不思議そうに目を丸くしている表情は少しかわいらしかったですね。

 初めて会った時からずっと同じでした。敵であっても悪意を持って接することがなくて。ただまっすぐ私を見てくれる。

 もしかしたら、この方なら私も受け入れてくれるのではないかと……そんな期待をしました。

 

「二人きりで……ふふっ」

 

 あの方が戦いの中で見せた瞳が、ずっと私の中に焼きついていました。

 強く惹かれて、愚かにも銃を向けてしまった。あの視線を独り占めしていたくて。でもきっと、戦う必要なんてなかったのでしょう。

 隣に座って言葉を交わして、穏やかな時間を過ごす。あの方の本質はきっと、そこにあるから。

 

「チョコレート、お口に合ったでしょうか?」

 

 ふと気になってそんなことをつぶやくと、小さな言葉は湯気のように空に昇って消えていく。日が落ちたからか少し冷えますが、全く気になりません。

 次はどんなことを話しましょう? また少し驚かせてみましょうか? どんな服を着ていけば褒めてくれるでしょうか? 

 色々と考えることが多くて、寒がっている暇なんて無いのですから。

 

「ハッピーバレンタイン、ですね」

 

 もしかすると、私は初めて今日という日を祝えたのかもしれません。




・あとがきという名の言い訳(読み飛ばしてもらって大丈夫です)
原作先生は生徒への慈愛と大人としての自負、厳しさがあり、ワカモが一目惚れしたのはそういう人。
アルドは年齢も立場も関係なく対等に付き合う純粋さと優しさがあり、原作先生とはかなり違っている。
ワカモが一目惚れをするのかどうかは迷って、結局は一目惚れしないという方向で書きました。やっぱり原作先生は特別だと思うので。
キャラ解釈が合っているかも不安ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
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