風紀委員との戦闘から一日経って、今は柴関の大将のお見舞いに向かっている。まだ早い時間のためか、空気は澄んでいて少し涼しい。自分の歩く靴音が周囲に響きそうなくらい人気がない市街地で、慌ただしくトラックに荷物を積んでいるアルたちを見つけた。
「アビドスを出るのか?」
「へっ!? 先生!?」
アルが飛び上がりながらこちらを向いた。他のみんなも驚いているようだし、ちゃんと声をかければよかったかな。
「まあ、仕事は失敗したからいる必要もないしね。風紀委員に居場所がばれたから移動する必要があるし」
「そうか……。なんだかさみしくなるな」
「くふふっ! 別に一生の別れってわけじゃないんだから」
「いろいろとお世話になりましたし、また会いたいです」
「ええ。次会うときにはぜひ一緒に仕事をしましょう? きっといいパートナーになれるわ!」
アルの人懐こい笑顔を見ていると、それも悪くない気がしてくる。アルの言うアウトローに興味があるし、今回みたいに危ないことをするのなら助けてあげたい。
会話もそこそこに、トラックに乗り込こもうとしているアルたちを眺める。……なんだか荷物が少ないように見えるけど、これだけしかないのだろうか?
「アル。銀行のお金はどうしたんだ?」
トラックに乗り込もうと背中を向けていたアルがゆっくりとこちらを向く。片手はトラックに手をかけ、片手を腰にあて、自信に満ちた表情でこう言った。
「もちろん、あのお金は有効的に使わせてもらってるわ」
「強がっちゃってー。ほんとはあのお金は……「わー! ムツキー!」」
「ま、まあ、問題ないならいいんだけど……」
「ほら! 早く行くわよ!」
アルの言葉を合図にトラックは走り出した。運転しているカヨコ以外はこっちを向いて手を振ってくれている。最初は敵同士だったのに、気が付いたら仲良くなってたな。しばらく手を振り返しながら考えていたら、いつの間にかトラックはすっかり見えなくなってあたりに静けさが戻っていた。
「アビドスに向かうかな」
しばらく後、アヤネとセリカと合流してから柴関の大将のお見舞いのために病院に来ていた。
「大将、お見舞いに来たわよ」
「大将。怪我は大丈夫か?」
「セリカちゃんアヤネちゃんか。それにシャーレの先生も。朝早くからありがとう」
ベッドに座っている感じを見るに、そこまでひどい怪我ではなさそうだ。あの爆発に巻き込まれて軽傷で済んだのは運が良かったのかもしれない。
「大将が無事でよかったけど、お店が……」
「そんなに心配しないでくれ。もともと、あの店はたたむつもりだったんだ」
「そんなに経営が悪かったのか? あんなに美味しいのに……」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、先生。……だけど、そうじゃないんだ」
照れ臭そうに笑っていた大将の顔が曇る。セリカのほうを向くと、少し申し訳なさそうな表情をしながら話し始めた。
「実は、退去通知を受け取っていてね」
「土地の所有はアビドスにあるはずです。一体どこがそんなことを……」
「どこが送ってきたのかは覚えてないが……。何年か前に、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が移ったんだ」
「そんな……」
セリカやアヤネはかなりショックを受けているみたいだ。大将は表情を変えずに淡々と話していたし、あんまり気にしてないのかな? ……それか二人に気に病んでほしくなくて、そう振舞ってるのかもしれない。
「しかし借金がらみだとすると、やっぱりカイザーが関係しているのかな?」
「もしかしたら……私は少し調べ物をしてから帰ります。先生は先に帰っていてください」
なにか思いついたのか、アヤネはそういって病室を出て行った。セリカもついていくつもりなのか、大将に挨拶をしてからアヤネを追いかけて行った。
「そういえば、お店の前にお金の入ったカバンがあったんだけど、先生は何か知らないかい?」
「それって……。そのお金は店の修理のために使ってくれ。置いていった子たちもそれを望んでいると思うからさ」
大将はあまり状況を飲み込めていないのか、頭を傾けながらあいまいな返事をしている。アルはお金は有効に使っているなんて言ってたけど、本当は大将に渡してたんだな。アルの言うアウトローが何なのか、少しわかったかもしれない。
「しかし、こんな大金をほんとにもらっていいのかね?」
「きっと大将が店をたたんだら、その子たちもすごく悲しむと思うんだ。だからこれからも店を続けてほしい」
「そうか……。もう少し、悪あがきをしてみるかな」
大将の表情が少し力強くなった。大将の決意を無駄にしないためにも、この問題を何とかしないとな。
大将のお見舞いをした後、アビドスに向かうと校門でノノミが待っていてくれた。こちらを見ると笑顔で手を振ってくれた。
「先生。大将の容体はどうでした?」
「怪我は軽かったから大丈夫だ。でもアヤネは何か気づいたことがあるみたいで、調べ物をするために別行動してるよ」
「わかりました。二人が帰ってきたら話しを聞きましょう」
ノノミと一緒に学校に入ろうとすると、遠くから聞こえる音に気付いた。どうやらシロコもちょうど学校に来たみたいだ。
「おはよう、シロコ」
「おはよう、先生……」
「どうしたんだ? なんだか元気がないみたいだけど」
「大丈夫だよ。それより、ホシノ先輩はいる?」
「ホシノ先輩なら学校のどこかで寝ていると思いますよ?」
「そっか。先生、大将の様子はどうだった?」
「けがは大丈夫だった。ただ、アヤネが何か気づいたみたいだから、後でみんなで話を聞こう」
「わかった。……先に入ってるね」
シロコは足早に学校に向かって歩いていった。やっぱり様子がおかしい気がするけど、何かあったのだろうか。
「先生も、シロコちゃんの様子が気になりますか? 何かあったんでしょうか……」
「とにかく、今は様子を見守ることにしよう」
学校に入ると、いつもは使っていない教室からホシノとシロコの声が聞こえる。何か言い争っているようなシロコの声と、いつも通り力の抜けたホシノの声が聞こえて来る。
「どうしたんだ、二人とも!?」
「あ、ノノミちゃんと先生じゃん。そんなに心配しなくてもダイジョブだよー。ちょっとシロコちゃんに寝すぎだって怒られただけだって」
「あ、うん……。そう」
「本当ですか? 対策委員会の中で隠し事は無しですよ?」
「本当だってー。そろそろセリカちゃんとアヤネちゃんも帰ってくるだろうし、部屋に行こうかな。行こう、シロコちゃん」
そういうと、表情が暗いシロコを連れて部屋から出て行ってしまった。ノノミも、二人が隠し事をしているのは気づいているみたいだな。
「なんだか二人の様子がおかしいな」
「何か隠しているみたいですね。でも、話してくれませんでした……」
「ノノミ……」
「隠したい秘密の一つや二つくらいありますよね……」
ノノミは眉を下げて目を少し伏せている。やっぱり、隠し事されてたのがショックだったのだろう。でも、二人の様子だと……。
「二人はきっと、ノノミに心配をかけたくなくてごまかしたんだと思う。だから、そんなに落ち込まないでくれ」
「先生……、ありがとうございます。わたし、二人にもう一度聞いてみます。私たちは対策委員会の仲間、運命共同体ですから。心配だとか迷惑だとか、そんなこと考えてほしくありません!」
「ああ。俺も手伝うよ!」
「そろそろみんな帰ってくる時間ですね。私たちも行きましょうか、先生」
少し元気になったノノミと対策委員会の部屋まで一緒に歩いていく。ノノミの気分も少し軽くなったのか、いつものような優しい笑顔を向けてくれている。部屋に入ると、シロコとホシノが気まずそうに座っていた。ノノミは意を決したように二人に近づいていく。
「ホシノ先輩! シロコちゃん! さっきの……」
「みんな! 調べてたら大変なことが分かったの!」
ノノミが話しかけようとした瞬間、セリカとアヤネが飛び込んできた。ノノミも出鼻をくじかれたせいか、なんだかバツが悪そうに苦笑いしている。
「どうしたの? ノノミ先輩。それに、なんだか雰囲気もおかしいし……」
「いえ、大丈夫です。それより、どうしたんですか?」
「そうだった! これ見てよ!」
そういうと持ってきていた資料を机の上に広げ始めた。資料にはアビドスの地図が乗っていて、その上に何かが書き込まれていた。どうやらアビドス自治区での土地の取引が行われた場所がわかるものらしい。
「これを見てもらったらわかりますが、土地のほとんどがアビドス高校の所有になっていなかったんです……」
「そんな……。一体どこが……」
ホシノはショックを隠し切れない様子のまま資料をめくっていく。そこにかかれていた所有者の名前は……。
「カイザーコンストラクション。そう書かれています」
まだアビドスに所有権が残っているのはこの本館と周囲の一部の土地だけで、他の土地はすべてカイザーに取られてしまっている。ホシノが言うには、昔の生徒会が借金の返済に土地を切り売りしていたんじゃないか、ということらしい。
「カイザーの狙いは何なんだ? ここまで土地をとられていると、まるでそっちを狙っているように見えるけど」
「案外、当たってるかもねー。返しきれない借金の代わりに土地を要求して、少しずつアビドスを乗っ取っていく。ずっと昔から仕組まれていたのかもしれないね」
アビドスの土地で何をするのかまでは分からないけど、ようやくカイザーの狙いを突き止められたかもしれない。
「何よそれ! 生徒会が騙されてなければ、今こんな状況にならなくて済んだのに!」
「セリカ! いったん落ち着くんだ」
「どうして……」
その一言には、セリカがこれまでため込んできた感情が漏れ出しているかのようだった。だれも何も言えない雰囲気の中、ホシノがゆっくりとセリカに近づいた。
「切羽つまってたら、なりふり構わなくなっちゃう。きっと、それだけなんだよ」
ホシノの声は、今までにないくらい悲しみにあふれていた。ホシノは最後の生徒会にいたって話だったし、もしかしたら責任を感じてるのかもしれない。
しばらくたってセリカも落ち着いたころ、今までに出た情報を整理することになった。カイザーはなぜかお金ではなくて土地を狙っている。今のアビドスにはめぼしい資源が無く、土地を狙う必要性は薄いこと。情報はだいぶそろったけど、これからどうするべきかがわからない。しばらく考えていると、ヒナから教えてもらった情報のことを思い出した。
「そういえば、俺も一つ教えたいことがあったんだ」
ヒナからもらった情報をみんなに伝えた。
「砂漠でカイザーが不審な動きをしている……」
「ああ。もしかしたらそこに何かあるのかもしれない」
「じゃあ早速行ってみましょう!」
準備をしてからすぐに砂漠に向かうことになった。みんなそれぞれが銃の整備や装備の確認をするためにいったん解散することになった。俺も誰かを手伝おうと移動をしようとすると、シロコに呼び止められた。
「先生。少しいい?」
シロコに案内されるまま、空き教室に入る。机はきれいに掃除されているが、床の隅を見るとうっすらと砂をかぶっているようだった。きっとここの掃除も、アビドスに生徒がもっといればできていたんだと考えてしまう。
「さっきのホシノ先輩とのことだけど……」
「やっぱり、何か隠し事をしていたのか」
「実は、何か怪しいと思ってカバンをあさったらこれが出て……」
申し訳なさそうな顔をしながら、何かが書かれた紙をこちらに差し出した。
「退部届、小鳥遊ホシノ!? シロコ、これって……」
「もちろん、勝手にあさったことは反省している。でも、最近のホシノ先輩は少し様子がおかしいし、何かあってからだと遅いから」
「……わかった。ホシノには後で一緒に謝ろう。それで、さっきは言い争いになってたのか」
「うん。ホシノ先輩が何か隠しているみたいだから、聞き出そうとしたの」
「そうだったのか・・・」
退部届があるってことは、ホシノはアビドスからいなくなってしまうかもしれない。そう思ったシロコは焦ってしまってこんな強引な手段に出てしまったのだろう。
「俺もホシノのことはもっと気を付けてみるよ」
「うん。よろしく、先生」
「それと、ノノミもすごく心配していたぞ。心配とか迷惑とか考えないで、もっと頼ってほしいって言ってたよ」
「ノノミ……。わかった、ノノミには後で話しておく。先生、聞いてくれてありがとう」
シロコも相談して少し気分が軽くなったのか、相談する前よりは明るい声でお礼を言ってくれた。その後は準備があるからと足早に出て行った。俺も、みんなを手伝いに行こうかな。今から行くのはカイザーが何かをしている場所だ。準備は念入りにした方がいいだろうし。