戦場の小話   作:あおさ海苔

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戦場の小話1

 1939年1月から始まったこの戦争は、本当だったらその年のクリスマスまでには全部終わるはずだったんだ。

 

 1940年の新年会では家族や親族に戦場での武勇伝を話して、子供に戦利品をプレゼントして、勲章と軍人年金をもらって、全部終わるはずだったんだ。

 

 

「小隊長指示を! 小隊長!!」

 

「そいつは死んでる! おい、アンタ士官だろ!? 俺たちを指揮してくれないか!?」

 

 

 だからこれは夢なんだ。俺は目が覚めたらあったかい自宅のベッドに居て、隣には妻が微笑んで───

 

 

「おい! 誰か指揮してくれよ! だれ───「伏せろぉぉおおお!!」

 

 

 おかしいな、何時になったらこの夢は覚めるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

───1944年 大陸中西部 連邦軍第302独立戦車中隊 ヴェンク・ソサボフスキー少尉

 

 

 

「傾注! これより我が302独立戦車中隊は、包囲された民間人の回廊脱出を支援するためにこの高地を死守する。期限は本日1630まで、あと10時間なんとしてもこの高地を死守するんだ!」

 

 

 いつもこの世の終わりみたいな表情で意気消沈していた我らが戦車中隊長がまるで人が変わったかのように背筋を伸ばして叫んでいる。

 へっ、最初からその気迫が出せてりゃこの戦争にも勝てたかもしれないな。

 

 

「ヴェンク、見ろよあれ。あの死人顔がアレだよ。明日の朝日は拝めねぇなこりゃ」

 

 

 隣で銃を点検していたのっぽ顔が吐き捨てるように言う。

 確かに、我らが戦車中隊は『動く戦車』が一両もない。この高地で車体を土に半分埋めたトーチカみたいな一世代前の中戦車だけだ。

 弾薬もない、食料もない、水もなければ医薬品もわずか。お天道様だけは曇り空で爆弾の雨から俺たちを隠してくれている。

 

 

 「この高地の重要性はほかでもない! 今我々の背後にある港からは多くの民間人が憎っくき共和国軍の魔の手から逃れるために避難しているのだ! だから我々は死んでもここを守り抜くのだ! 時間まで最後の一兵なるまでここを死守せよ!!」

 

 もうあの死人顔は俺たちの事なんて見てない。避難民を敵の手から守り抜いて死ぬという栄光しか縋るものがないんだ。まぁ、7人目の中隊長なんてそんなもんだろうよ。

 

 

 「ヴェンク、妻泥棒が港から来たぜ……ちっ、なんだよ食料じゃなくてあの背中に背負ってきたのは無線機じゃねぇか畜生」

 

 

 のっぽ顔の横で短機関銃のマガジンに貴重な弾を30発ずつきっちり装填する作業をしていた時計職人が悪態をつく。港に物資補給に行っていた妻泥棒が帰ってきたが、どうやら無線機を持ってきたようだ。これで俺たちの朝ごはんはなくなったわけだ。

 

 

 「まじかよ、そうなると本気でこりゃ昨日の夜ご飯が最後の晩餐だったのか。せめてワインかビールが飲みたかったぜ」

 

 「俺は妻のエビピラフが食いたかったよ」

 

 「僕は地元のチーズたっぷりなスパゲッティかなぁ」

 

 

 のっぽ顔に俺に時計職人がそれぞれ『最期』に食べたかった食事を想像してぼやく。ああくそ、逆に腹が減るじゃないか。

 それにしてもあの死人顔、一番飯食ってないのにあの元気はどっからでてくるのやら。こっちの塹壕線の中から出て国旗なんて持っちゃってさ。敵の狙撃兵のいい的だよ。

 

 

 「敵は強大だが、我ら正義の戦いを神が見捨てるはずはない! 諸君───

 

 

 ヒュルルという音が途切れなく聞こえる。なるほど、これは10時間持たせるなんて話ではない。午前中持てばいいほうだ。

 

 その直後、俺たちの塹壕周辺の大地が圧倒的な敵火力により耕されていく。

 この高地は小さな教会と墓場だったんだが、これじゃこの戦いが終わった後測量したら高地ですらなくなってそうだ。

 

 

 「ヴェンク! お前と一緒に戦えてよかったぜ! ハッハァ!」

 

 

 耳元でのっぽ顔が叫ぶ、砲弾の炸裂音にも負けないその声で、こいつの指示は戦場でいつもこの中隊を危機から救ってくれた。

 おかげでこの中隊は部隊間無線が要らないなんて言われるぐらいだ。

 

 

 それから1時間以上だろうか、砲弾にロケット砲に低空を這ってきた近接航空支援にありとあらゆる砲爆撃で俺たちの高地はめちゃめちゃにされた。

 こりゃ、すでに100人も居ない我が中隊で生きてるやつは半分も居ないんじゃないんだろうか?

 

 

 「おい見ろよ時計職人、今なら俺は神様が居るって信じるぜ」

 

 

 さっきの砲撃で片足が吹き飛んで意識がもうろうとしていた時計職人の目がかっと開いた。

 そりゃそうだろう。あの死人顔が塹壕から出た状態のまま国旗と共に立ってるんだ。しかも生きてやがる。嘘だろ?

 

 

 「共和国の兵士たちよ! これは聖戦なのだ! 正義の戦いなのだ!! どれほどの敵が来ようともこの高地は絶対に通さな───」

 

 

 タァン! という軽い音に合わせて死人顔のヘルメットが吹き飛ぶ。敵の狙撃だろう しかし額から血を垂らしながら死人顔は生きている。

 これは俺も神様ってやつを信じざるをえない。こんなの5年も戦場に居て『2回』しか見たことがない。

 

 

 「さあ防衛せよ! 連邦の兵士たちよ!! 必ずこの高地は民衆の避難が終わるまで守り抜くのだ!! 番号!」

 

 

 死人顔の鼓舞にあわせて生き残った兵士が番号を読み上げる。

 俺たち三人が読み上げたのが最後で、数字は37だった。

 

 

 「さっきの見て目が覚めたよ、僕の時計は吹っ飛んじゃったし、君の時計を───あちゃー、うん、ちょっと任せてくれれば直せるよ。貸してくれないかな」

 

 

 生き残った兵士たちも俺もちょっと生き残れる気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1939年1月から始まったこの戦争は、本当だったらその年のクリスマスまでには全部終わるはずだったんだ。

 

 1940年の新年会では家族や親族に戦場での武勇伝を話して、子供に戦利品をプレゼントして、勲章と軍人年金をもらって、全部終わるはずだったんだ。

 

 

「小隊長指示を! 小隊長!!」

 

「そいつは死んでる! おい、アンタ士官だろ!? 俺たちを指揮してくれないか!?」

 

 

 だからこれは夢なんだ。俺は目が覚めたらあったかい自宅のベッドに居て、隣には妻が微笑んで───

 

 

「おい! 誰か指揮してくれよ! だれ───「伏せろぉぉおおお!!」

 

 

 おかしいな、何時になったらこの夢は覚めるんだろうか。

 

 

 目の前で俺のシャツをつかんで揺さぶっていたやつの上半身が、そいつの背負っていた無線機とあわせて吹きとんだ。これは夢じゃない。ああくそ、なんて日だ畜生。

 

 

 「生きてるやつは俺の指揮下に入れ! 射撃を続けろ! 奴らを通すな! 避難民を守れ! 避難民を守れ!!!」

 

 

 がむしゃらに銃を乱射する。マガジンを交換する必要もない。敵味方の銃がそこら中に転がっているのだ。敵がこの塹壕線を突破しかけてくれたおかげと、残存兵が一けたになったおかげで武器弾薬は十分だ。

 

 

 「避難民を守れ!」

 「避難民を守れ!!」

 「一歩も下がるな!!」「一歩も下がるな!」「避難民を守れ!!!」

 

 生き残り達が声を上げる。死人顔の突き刺した国旗に拠って最後の一兵になるまでこの高地を死守してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと気が付くと、後方から自動車が近づいてきた。

 音がほとんど聞こえない。油の切れたブレーキ音でやっと気が付けた。

 

 車からは見てわかる偉そうなやつとお付きの兵士が降りてきた。

 我が中隊の壮絶な戦場跡をみて絶句している。かすれた視覚を全力で動員した結果、どうやらこの二人は我が連邦軍の将軍とその参謀のようだ。二人そろって顔を真っ青にしてやがる。

 

 時計職人が直してくれた時計を見る、やっと13時だ。この将軍から昼飯をふんだくってやろう。それぐらい俺たちの働きを考えれば許されるはずだ。

 

 あぁくそ、立ち上がるのが辛い。これじゃ家に帰る前に移動速度が婆さんになっちまう。

 なんとか立ち上がり終えて敬礼する。ヘルメットも制帽もないが、まだ激戦続くこの高地だ。このぐらい将軍相手でも許されるだろう。

 

 

 「将軍、我々302独立戦車中隊は高地を死守しております」

 

 

 何か将軍が言っている。ちくしょう、さっぱり聞こえない。

 

 

 「将軍! 我々連邦軍第302独立戦車中隊はこの高地を死守しております! 避難民の脱出を継続してください!」

 

 

 腹の底から声を出す。将軍が手を震わせながら近寄ってくる。まるで俺の脚みたいにがくがくさせやがって。まだ午後が残ってるんだよ。

 まだ午後も俺たちはここを守るんだよ。じゃなきゃ何のために俺たちがここで命はったかわからないだろうが。

 

 

 「我々はまだこの高地を死守しております! 避難民を! 避難民、を───」

 

 

 脚から力が抜ける、将軍が俺を抱きしめて来た。

 ああくそ、どうせなら愛する妻の抱擁が良かったな───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ……なぜだ。『11時に我々は降伏した』のだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■戦闘詳報

 

 1944年8月27日、大陸中西部における現地住民の海路退避のため連邦軍第302独立戦車中隊による遅延戦闘が行われ、半日の防衛に成功するが、中隊の生存者は1名となり事実上壊滅した。

 

 この戦いに共和国軍は1個砲兵師団と15個歩兵大隊を投入しており、戦力差は歴然であったが、連邦軍は断固として高地を死守したとされる。

 

 なお、避難民を乗せた輸送船10隻のうち、5隻が港を出てすぐ敵潜水艦に撃沈され、脱出が不可能と判断した撤退作戦司令部と港は同日11時をもって敵軍に降伏した。

 

 降伏したのは軍民合わせて15万人とも言われているが、収容所までの過酷な道のりと、戦後の共和国崩壊の動乱により故郷に帰ることができたのはその一割にも満たない。

 

 防衛対象である港が11時に降伏したにも関わらず戦闘を継続した第302独立戦車中隊について、なぜこれほどまでの損害を出し続けてなお交戦を続けたかについては一次資料は見つかっていない。

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