1864年、環大海共和国を二分する内戦のなかで、転換点と呼ばれる戦い『オールドコーストの戦い』
反乱の勢いは凄まじく、破竹の勢いで国土の七割を制覇し、反乱を起こした自治政府が改名した連合共和国は環大海共和国の首都を落として内戦は集結すると誰もが思っていた。
首都への増援や物資を送り込み続けるこの港町『オールドハーバー』を制圧すれば、敵首都は兵士に物資にありとあらゆる補給が途切れて首都奪取と終戦が確定するだろう。
連合共和国の将軍も政治家もだれもがそう考えていた。そうなるはずだった。
環大海共和国の将軍や政治家はオールドハーバーから送られ続ける物資や兵士があれば逆転できると信じていた。
では兵士達はどんな気持ちで戦ったのだろうか。
オールドコーストの戦いで主戦場となった平原に斃れた兵士持っていた手記からそれは後世に伝わっている。
───1864年 環大海共和国オールドコースト 環大海共和国第63連隊 コーネリアス・ミンツ二等兵
「なぁミンツ、この戦いさぁ……ウチの共和国は負けだよな」
戦列を一緒に行進していた隣のダブリン育ちがぼやく。それに合わせて戦列の誰もがため息をつく。
それはそうだろう。環大海共和国の首都はもうすぐ連合共和国を名乗る反乱軍の射程に入る。このオールドコーストの港にやってきた移民をそのまま戦地へ送るほど兵力も払底しているのだから。
僕もダブリン育ちも、その隣のヨーク育ちも、みな大海を挟んだ島生れ。この連隊はその島から来た移民で健康な男性を根こそぎ動員しているのだ。
隣を歩く連隊なんて連邦からの移民だけで構成されているせいで、士官の指示が伝わらないだなんてぼやいているのを聞いたことががある。士官だけこの国生まれじゃないとなれないだなんて無茶苦茶だと思う。
「まだ負けたと決まったわけじゃないでしょ?」
「まぁこの戦役を生き延びたら市民権に住宅に仕事まで貰えるんだ。命を懸ける価値はあるよ」
僕が反論するとあわせてヨーク育ちが苦笑いして言った。彼はいつだって能天気だ。
軍から支給された革靴に穴が空いていた事でさえ笑って許せるぐらいには。
「さあ兵士諸君、これから我々は10万の兵力のうち半分近く投じて敵軍の右翼を攻撃しこれを突破する!」
「敵はわずか6万に満たない。連戦続きで疲れ果てた老人兵共だ!」
「だから我々勇敢なる「若人達がそんな古びた柵を蹴るだけで柵は倒れ敵軍の補給線をずたずたにしてやるのだ」!」
途中からヨーク育ちが何度も聞いてもはや覚えたお決まりの演説を口ずさんだ。もうこの行軍中何度聞いたかわからないのだ。
それにしても僕らは港について着替えてから夜通しずっと歩いている。船に何ヶ月も揺られて今はこうして寝る間もなく歩き続けている。移民して夢を叶えるつもりがどうしてこうなったのだろう。
「伝令! 伝令ーーー!!」
カンテラを揺らしながら騎兵の伝令が駆けてきた。
隣の連隊にも頭より少し高い位置で揺れるカンテラが見える。どうやら僕らの部隊全体命令が届いたみたいだ。
「聞け! ボーンサイド将軍からの攻撃命令だ! 敵は野営しており戦列を組んでいない! このまま急襲して一気に叩くぞ!!」
最悪の命令だ。何度でも言おう。僕らは長い船旅を経て夜通しここまで歩いてきたのだ。それなのにどうして休みなく敵軍に攻撃する元気があると思っているのだろう。
「冗談じゃない、あの騎兵が言ってたが敵軍が見える頃にはすっかり日が昇っちまう。しかもあんなカンテラ一つで見てきた偵察だけで奇襲ができると思っちまうなんて、俺達の将軍は負けるべくして負けに来たってやつだ」
ダブリン育ちが深刻そうに頭をかく。
どうしてそんなに詳しいのだろう?
「一時期向こうで最前線に送り込まれたことがあってね。士官様がバッタバッタ死んじまったから、俺が臨時で部隊を率いたことだってあるんだぜ」
話を聞くと、どうやらちょっと前まで戦地に居たが、戦場が嫌になって移民したら徴兵されたらしい。
だったら最初から軍務経験者として申し出れば少しは待遇は良くなったんじゃないだろうか?
「おおかた不名誉除隊なんでしょ、逃亡兵とか」
「ちっげーよ! 炊事兵とかだと思ってたから黙ってたんだよ!」
そんな話を続けて歩いていたら徐々に空が明るくなってきた。こんな雑談しながらの行軍を許してくれるほど指揮官殿は人徳にあふれる方である。足のまめが痛いしサイズの合わない靴はもう脱ぎ捨てたいしなにより眠いし疲れたもう嫌だ。
「なぁミンツ、一応戦争を経験した先輩として一つだけ助言してやる。ヨーク育ち、お前もだよ」
ダブリン育ちが手帳に何か書き込みながら話しかけてきた。表情は真剣そのものだ。生き残るためにこの助言は聞かない手はないだろう。
「いいか、日記とか手帳とか、なんか書くものがあったら書いとけ。名前、出身地、家族の事、どうしてこの戦場に来たか、自分はどんな人間でどんな事を夢見ていたか」
なんてことだ。つまり遺言書を書けということか!?
しかも困ったことに書くものも手帳も僕は持っていなかった、どうしよ───「ほらミンツ、コレやるよ」
ヨーク育ちがすっと僕にペンと日記帳を差し出してくれた。なにやら本の行商で来たのに徴兵されたせいで、雑嚢に入れることが出来た売り物がコレぐらいしかなかったそうだ。
貰った日記帳になんて書こうか、いや書いていいのだろうかと考えながら行軍しているうちに、いつの間にか結構な時間が経っていたようで、敵軍の前線が見えてきた。先頭を馬に乗って進む指揮官は望遠鏡で覗くと顔を真っ青にしている。
停止と着剣、そして装填が命じられる。
立ち止まったので僕も目をこらす。なんてことだ、確かに敵兵は戦列を組んではいない。
掘り返された赤土が平原に一筋の線を作っているのである。つまり僕らはあの塹壕に向かって真正面から行かないと行けないのだ!!
慌てて震えながら貰った日記帳に書き込む。スネアドラムがロールをはじめる。両脇の戦友がなにか叫んでいる、もう時間がない、せめてこれだけは────
「前進よーーーーーい!! 躍進ーーーーーーー前ぇーーーーー!!!
■戦闘詳報
この戦いを簡潔に表すのであれば『まともな偵察なしに歴戦の古参兵が守る塹壕線に無策で新兵を突撃させた戦い』である。
環大海共和国はこの戦いに移民してきた人々を港で徴兵し編成しにわか仕立ての将軍や士官に率いさせて突撃させた。
その被害は凄まじく、最序盤に突撃した部隊が帰ってこないため次々となにも知らないまま『増援』を繰り返したほどである。
7回の突撃でやっと事態を悟った司令部が攻撃を中断した時には5万人のうち1万5千人が永遠に戦場から帰ることはなく、3万人が何かしらの怪我や心神喪失で戦闘不能に陥っていた。
一方の連合共和国の死傷者はあわせても2千5百人ほどであった。
しかしこの戦いで連合共和国は弾薬を含めたありとあらゆる物資を消耗しきり、戦場から『回収』しようにもあれだけの損害を出しながらなお環大海共和国軍は踏みとどまったため、首都攻撃すら諦めて撤退することになった。
これ以降連合共和国側の攻勢は終わり、圧倒的物量に裏打ちされた環大海共和国の内戦集結まで続く攻勢が始まるのである。
この戦いで2つの手帳が戦場で斃れた兵士から発見されている。
圧倒的戦果をあげた連合共和国のある兵士の日記にはこう書かれていた。
『この戦争はおしまいだ、弾の数より多い兵士相手に勝てるだなんて微塵も思えない』と
塹壕線の一歩手前で折り重なるようにして斃れていた環大海共和国のある二等兵の日記には震える文字でこう書かれていた。
『ミンツ二等兵、オールドコースト、僕は戦死した。』