これは『オールドコーストの戦い』のほんの少し前の出来事。
環大海共和国軍はオールドハーバーから『陸揚げされる』移民達に声をかけ、次々と部隊を編成していた。
元々食うに困って移民してきた民である。
暖かい雨風しのげる建物の中で温かい食事を出されて『軍に志願すれば家族はみんなこの暮らしができますよ』と言われれば皆志願するのも当たり前だろう。
そのうちみせかけの最初の一回分の温かい食事すら準備できなくなり、強制徴兵となるのだが。
しかし、移民船は決して環大海共和国だけに到着していたわけではない。反乱軍こと連合共和国の港にもまた移民船は何隻も到着していた。
───1864年 環大海共和国オールドハーバー 環大海共和国第63連隊 サイモン・D・ロイター少佐
「また島国連中を率いなければならんのか、あの田舎者達をいちっぱしの軍隊にするには時間も人も足らん」
私は机の上に置かれた命令書を読んでため息をつく。
大海を挟んだ島国から続々と『陸揚げ』される移民を編成し、訓練し、装備を整え、にわか仕立ての士官を当てて戦場へ送り出す。そんな事をもう片手で数えられないほど行っていた。
しかも『納期』は5日以内に戦場へ配達しなければならない。それだけ反乱軍の勢いは凄まじく、首都はこの兵力を必要としているのだ。
「ロイター少佐、高級士官が足りません! これじゃ次の連隊は連隊長が少尉になっちゃいますよ!!」
この63連隊が深刻な損害を出して再編することになって、こうして再編成担当連隊となった今、あの戦いの前から共に戦い続けているのはこの副官ぐらいなものだ。
生き残った63連隊の下士官や古参兵1人にいたるまでバラバラに再配属され、それぞれの基幹要員として運用されているそうだ。
お陰で書類上『連隊』である63連隊は、定員600名のうち充足2名という極めて事務的な存在となっている。
私が書類上の麾下でにわか仕立てで編成した各中隊は即座に新しく新設された連隊に組み込まれ戦地に送られる。
まぁそれもこれも私が前回の戦いで陣地構築した兵士達と近代式後込銃の威力をまざまざと見せつけられた結果のこの人事なわけだが。
「さっき着いたセレステ号に南王国で従軍経験のあるやつが居ただろう、炊事兵希望であいつカタコトだがまぁ『少佐待遇』として103連隊の出来上がりだ。明日には今私が編成中の中隊を充てる」
これで司令部からの電報も読めないカタコト連隊長が指揮する3日訓練しただけの戦場で回収した装備で武装したド素人連隊が、明日首都を守るため出撃することになった。
臨時編成の連隊が100を超えた時から私も考えることをやめた。
「63連隊長はいらっしゃいますか? 司令部より緊急報です!」
翻訳担当の移民兵が首都の司令部から送ってきた電報を読み上げる。このオールドハーバー付近、だいたい『オールドコースト』と呼ばれる平原にて陣地構築中の先遣隊を現有兵力で撃退せよ、か。
敵兵力は150名未満、敵も移民の補充兵か……なるほど、実戦訓練も兼ねて63連隊で攻撃しろと。
「副官、103連隊への補充は中止だ。すぐ63連隊で敵の先遣隊を撃退する。島国連中を率いてピクニックだ」
副官がうわぁーーー!? と悲鳴をあげながら書類を慌てて綴じている。103連隊は書類上の誕生も明日以降となるわけだ。
「さあ行くぞ、敵も移民の補充兵だ。素人共は一蹴りするだけでバラバラになるだろうさ」
「連ーーー隊、整列!」
声だけはいっちょまえな63連隊がみすぼらしい装備とひょろひょろの身体で整列している。正規編成には一個中隊と少し足りないため、400名で敵軍を粉砕することとなった。
「泥で汚れた軍服に3発しかない弾薬でどうやって戦うんだよ……」
「靴のサイズが………まぁいいか」
「お前は気楽でいいよな……」
整列している兵士達がささやきあっている。この素人共を戦地に送り続けてわかったことがある。
どうせまともに装填できないし、3回整列射撃するまでもなく一回目の射撃したあと突っ込ませるしかないのだ。
なので港にはたっぷりと弾薬や新品の衣類が積み上がっているけれども配備はしない。いつか満足に編成できるようになった時に有り余る物資で鍛えて新品の軍服に身を包んだ『元移民』達で驚かせてやる。
「大丈夫だ諸君、大海を渡ってきたつわもの達よ! 敵は『補充兵』の先遣隊だ! あんな腐った柵より脆弱な敵はひと蹴りするだけでへし折れるだろうさ!」
お決まりの演説をしてわずかでも士気を高める。
今朝到着した船に乗っていた移民まで居るようだ、あくびをしていたりふらついている兵士までいる。まぁ一回の突撃で蹴散らすだけだからこれでもなんとかなるだろう。せめて温かい食事を食べさせて小休止だけしてから行くとしようか。
「伝令ー! 伝令ーーー!!」
前方からカンテラ片手に味方の伝令騎兵達が向かってくる。移民達はよほど疲れていたのか昼飯後の再編成は緩慢にすぎ、また行軍速度も上がらずすっかり夜になってしまっていた。
これでは敵情も分からないしどれほどの防御態勢でいるかも分かりづらい。前回の63連隊の被害を思い出して冷や汗が垂れる。
たった一人の副官も臨時の中隊長として一隊を率いているお陰でこの命令内容と偵察内容に愚痴ることすらできない。
私は諦めて振り返ると声を張り上げた。
「聞け! ボーンサイド将軍からの攻撃命令だ! 敵は野営しており戦列を組んでいない! このまま急襲して一気に叩くぞ!!」
伝令兵からの偵察情報も確認したが『野営の火の明かりあり、食事の匂いあり、戦闘態勢にナシ』のみである。
我軍の将軍はいったいなんの情報をもとに我々へ攻撃命令を出したのだろうか? この情報だけで敵の150名全員が油断しきって野営しているという事が見えた超能力者なのかもしれない。焚き火の数だってこの文章から読み取れたのだろう。
まぁ味方を呪っても仕方がない。将軍の信じる通りであることを祈って敵にこの移民達を突っ込ませるだけだ。
うんうんと唸りながら時々兵士を鼓舞しつつひたすら歩く。残念ながら日が登り始めてしまった。
完全な夜襲とはいかなかったがまぁいい、とにかく敵の1部でも野営している部分に対して一斉射撃後突っ込ませるだけなのだから。
敵の軍旗が見えたので一度立ち止まり望遠鏡で確認する。さて、敵は──────
掘り返されたばかりの赤土
姿が見えない敵兵
銃身の先だけが地面から『生えている』
……なんてこった、偵察情報は野営の火じゃなくて塹壕構築作業の灯りだったわけだ。
前の戦いで塹壕へ真正面から進んで63連隊の大半を失った事を思い出す。大丈夫だ、まだ大丈夫、敵のドラムを叩く音は聞こえない、奇襲は成功している。だから大丈夫、大丈夫だ。
軍刀を引き抜き高く掲げる、停止! 装填! 着剣! 突撃準備よし!!
大丈夫、隣の部隊も同じ動作を行っている。大丈夫、多少戦列を崩しても強歩で近づく。大丈夫、流石に敵も気がついて配置につけのドラムが鳴り響く。
大丈夫、数で勝ってる、もう少しで突撃できる距離に着く、大丈夫、今度は大丈夫。
「前進よーーーーーい!! 躍進ーーーーーーー前ぇーーーーー!!!
■戦闘詳報
詳細については前回を参照されたい。
この戦いを『反乱軍』側で戦った兵士の一人が後年こんな事を書き残している。
まるで我々が居ないかのように行軍してくる数倍の敵を、ほぼ一方的に何度も何度もなぎ倒した。だが敵兵が倒れ伏す前に発する言葉は私達と同じ故郷の言葉だった。
何度も、何度も、一方的になぎ倒した。同じ故郷の言葉を話す移民だった。私達は持ちうるすべての弾薬を同朋に放ちなぎ倒した。それでもなお硝煙の煙がはれた時、なお同朋は敵としておびただしい同朋の死体を『胸壁』としてソコに居た。
我々は既に一発の弾薬もなかった。装填の邪魔で外していた銃剣をつける命令が出れば、敵も弾薬欠乏を察して突撃してくるだろう。
だが味方の兵士が一人大きな声で叫んだ「もうたくさんだ! もうたくさんだ!!」
その叫び声にあわせて我々の誰が故郷の歌を歌い始めた。一人また一人と歌い始めた。
そのうち『胸壁』の向こうからも歌が聞こえた。同じ歌だった。
歌い終わると、戦場にはすすり泣く音だけが残った。
数百年数千年歴史に残るであろうこの戦いは、勝鬨一つなく、何一つ誇れるものがない勝利だった。
───亡き兄を想って、連合共和国陸軍中尉 オーエン・P・ロイター