ウマ娘まとめ   作:深由貴

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互いの強さに憧れを抱くジェンティルドンナとトレーナー。


強き貴方へ

ある灼熱の午後。私はいつものように、トレーナー室で一人仕事をしていた。エアコンの音とキーボードを打つ音以外何も聞こえない、静かな部屋。私以外の生き物といえば、窓際のパキラくらい。この暑さにすっかり参ってしまっている私と違い、パキラは窓から差し込む光を浴びて青々と茂っていた。

 

「すみませーん」

 

 仕事がひと段落したとき、部屋の外から聞き覚えのある声がした。扉を開けると、理事長秘書のたづなさんが、両手に大きな段ボールを抱えて立っている。

 

「お忙しいところすいません。これを」

 

 たづなさんが持ってきた段ボールの中には、色彩豊かな封筒が山のように入っていた。その全てが、私の担当ウマ娘……ジェンティルドンナに宛てた物だという。

 

「すごい量ですね……」

「最近の彼女の活躍は、目を見張るものがありますから」

 

 そう言って段ボールを机の上におろすと、たづなさんは部屋を出て行った。再び静寂を取り戻した部屋で、私は封筒の山に向き合う。

 担当契約を結んで丸2年と少し。頂く手紙やプレゼントの数は、日増しに増えていった。初勝利の後に初めてもらったファンレターを、2人で穴が開くほど読んだ日々が懐かしい。

 

 

 確かに、彼女の活躍は驚異的なものだ。トリプルティアラを獲り、ティアラ路線出身のクラシック級ウマ娘ながら、あのオルフェーヴルを破ってジャパンカップまで制覇。年度代表ウマ娘にも選出された。今年に入ってからは勝ち星にこそ恵まれていないものの、十分に力を見せている。

 

 デビュー戦の敗北に泣いた一昨年の11月。チューリップ賞の前に熱を出し、出走できないかもしれないと本気で焦った去年の2月。ダブルティアラウマ娘になり、私の方がプレッシャーに押しつぶされそうになった去年の10月。そして、年度代表ウマ娘の表彰式。あまりにもあっという間に過ぎていった2年間。

 その躍進は凄まじく、彼女の能力は未だ底知れない。少し油断をすれば、置いて行かれてしまいそうだとさえ感じる。

 

ーー

 

 けれどそんな彼女を快く思わない人間が少なからずいることを、私は知っていた。特に昨年のジャパンカップの後のSNSは酷いもので、万が一にも目につかないようにと、一時スマホ禁止令を出したほどだった。情けない話だが、この世界には、自分よりずっと年下のウマ娘たちに心無い言葉をぶつけることで鬱憤を晴らす大人が一定数存在する。

 

 悪いと思いながらも、私は封筒を一つ一つ開封していった。一応学園側でも検閲はしてくれているそうだが、見落としがあるかもしれない。特に差出人の名前が書いていないものは要注意だ。人は匿名になると、途端に気が大きくなるから。

 

 あの子のことだ。きっとこの山を見たら、寮に持ち帰って全てに目を通すだろう。傷つくような内容のものを見せるわけにはいかない。幸い、授業が終わるまでまだ時間がある。出来る限り目を通そう。あの子には、確認が終わったものだけを渡せばいい。

 

「っ……」

 

 案の定、純粋なファンレターに交じって、心無い言葉が書かれた手紙があった。これでも、学園の検閲でほとんどは弾かれているはずだ。元の数など、考えたくもない。しかし、よりにもよって見落とされたのがこれとは……係の人に怒りを感じてしまうほどに、その内容は酷いものだった。

 

 たかだかレースを見ているだけの人間に、あの子の何が分かるのか。誰よりもレースに真摯に向き合ってファンを大切にしているあの子の、何がそんなに気に入らないのか。こんなことをして何になると思っているのか。考えるだけ無駄だと分かっていても、悔しくてたまらない。私はありったけの力を込めて、その手紙をゴミ箱にねじ込んだ。絶対に、あの子の目につかないように。

 

ーー

 

「トレーナー」

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。手紙のチェックに必死になっていた私は、自分を呼ぶジェンティルの声で我に返った。

 

「あ、来てたんだ。ごめん。気付かなくて……」

「他人宛の手紙を盗み見るなんて、随分と悪趣味ですのね」

 

 呆れたような目で私を見た後、ジェンティルは箱の中から封筒を一つ手に取った。まずい。そっちはまだ終わっていない。

 

「ちょ!そっちは!」

 

 冷汗が出る。先ほど見た手紙のせいだろうか。ほとんどが純粋なファンレターだと分かっているのに、怖くてたまらない。幸い、今回はその不安は杞憂に終わった。嬉しそうに微笑む横顔を見て、胸を撫でおろす。

 

 封筒を持つ彼女の指の隙間から見えた差出人の名前は、女性のものだった。そういえば、やけに女性からのファンレターが多かったような気がする。一緒に外出しているときも、声をかけてくる女性ファンは多い。

 

 トゥインクルシリーズは男女問わず人気のある花形のスポーツだが、私の体感では、観戦人口は男性の方が多い。過去に担当したウマ娘も、やはり男性のファンが多かった。それだけに、彼女の女性人気の高さには少し驚く。

 

「『憧れです』ですって。そんな大したことをしたつもりはありませんのに」

「でも、ちょっと分かるかも」

 

 トリプルティアラを始めとしたこれまでの戦績の数々が大したことじゃなかったら何なんだ……というツッコミは置いておくとして。ファンレターの中で、『憧れ』という言葉は何度も見た。それが単にその戦績や身体面だけに向けられた言葉ではないことは、何となく分かる。いや、むしろ人間の女性たちが彼女に向ける憧れは、それ以外の部分がほとんどを占めているはずだ。

 

 端麗な容姿に、鍛え上げられた体。いつ何時も鍛錬を欠かさないストイックな姿勢に、ファンを大切にする人柄。どんなにプレッシャーをかけられても、目の前に強敵が現れても、決して怯むことのない精神力。彼女は、おおよそ高校生とは思えないほどに強い。日々共に過ごす中で弱い部分も知っている私でさえ、度々驚いてしまうほどに。決して愛嬌を振りまくタイプではないのにこれほどファンが多いのは、その強さが憧れの的になっているからなのだろう。

 

ーー

 

「そっちはまだ見てないから駄目。読むならこっちからにして」

 

 再び箱の中から手紙を取ろうとした彼女の手を制止する。

 

「学園で検閲はされているでしょう?」

「そうだけど、一応ね」

 

 不服そうな顔。子ども扱いされているように感じるているのかもしれないが、こればかりは譲れない。いくら強くても、まだ高校生。思春期で精神状態が不安定になりやすい年齢だ。現役中で次の目標レースも決まっていると言うのに、あんな酷い言葉、間違っても目に入れる訳にはいかない。

 

 

 

「……あら。あれは……」

 

 しばらく2人で手紙を読み、喜びを共有していたとき。ふと、ジェンティルがゴミ箱の方へ目をやった。まずい。咄嗟に止めようとしたが、一歩遅かった。あの手紙は、既に彼女の手の中にある。一瞬で血の気が引いた。

 

「ファンの方からの手紙を捨てるだなんて……」

「待って!それは!!」

「………………」

 

 一見何の変哲もない封筒。何の変哲もない便箋。けれどそこに綴られた内容は、誹謗中傷と言うのも生ぬるいほど酷いものだった。人はこれほどまでに他者を貶す言葉を思いつくものなのかと、ある意味感心してしまうほどに。

 

 顔を見るのが怖い。私が故意にファンレターを捨てるわけがないなんて分かっているはずなのに、どうして見ようとするのか。いや、徹底的に隠さずにゴミ箱に入れるだけだった自分が甘かったのか。彼女への苛立ちと、守り切れなかった自分への無力感が入り混じり、思わずギュッと目を瞑った。

 

「はあ……」

 

 けれど彼女の反応は、私が想像していたものとは全く違った。大きなため息が聞こえ、恐る恐る目を開ける。

 

「え……」

「呆れた。こんなもので私が酷く傷つくと、本気で思ってらっしゃるのかしら」

 

 その言葉は、半分は差出人に。もう半分は手紙を捨てた私に向けられたものだと、何となく分かる。虚勢や強がりではなく本心だということは、目を見れば明らかだった。

 

ーー

 

「どうして……」

 

 気付くと、そんな言葉が口を衝いていた。不思議そうに私を見る彼女を前に、私の口からはスルスルと言葉が出てくる。

 

「どうして……そんなに強いの。どうしてそんなに毅然としていられるの」

 

 頼ってほしい?甘えてほしい?もっと弱音を吐いてほしい?違う。その言葉の真意は、純粋な疑問だった。年齢不相応のその強さは、一体どこから来るものなのか。何がこの子をそうさせるのか。周囲の大人たちからかけられるプレッシャーか、トリプルティアラウマ娘としての誇りか、はたまた、生まれ持った性分なのか。

 

 けれどその問いに、彼女が答えることはない。きっと、理由なんてないのだろう。彼女にとっては、ごく自然にやっていることなのかもしれない。

 本人は何も気にしていないというのに、私の方が泣いてしまった。泣いて、彼女を抱きしめることしかできなかった。大人なのに。この子を守らないといけない立場なのに。

 

 後頭部に温かい手が触れる。これではどちらが年上か分からない。悔しい。情けない。私は弱い。彼女がくだらないと無視できることが、私にはできない。無駄なことに神経をすり減らして、悩んで、悔しがって、疲弊して。どうしようもなく弱い大人だ。

 

 

「……ごめんね。もう大丈夫だから」

 

 少し強引に腕から抜け出すと、私は冷蔵庫からレモングラスのアイスティーと水ようかんを取り出した。2人分の食器を出し、それを盛りつける。

 次のレースまでは少し期間が空く。元々今日はそこまで詰めてトレーニングをする予定はなかったし、1日くらい、こんな日があってもいいだろう。まあ、元はと言えば私のせいなのだが。私たちは、また手紙の山に向かい始めた。談笑をしながら読み進めるうちに、何度も笑みがこぼれる。

 

 きっと私は、彼女のように強くはなれない。私もまた、彼女の強さに憧れる、大勢の女性の一人。そのことに、今更ながら気付かされた。そんな真夏の放課後。

 

ーー

 

 トレーナーから差し出されたハーブティーに口をつける。さっぱりとしたレモングラスと水ようかんは意外と合うもので、食指が進む。気心の知れた相手と談笑している時間は、数々の重い肩書や春の連敗の悔しさを、ほんの少しだけ忘れさせてくれた。

 

 ただ、ジェンティルドンナには一つ引っかかっていることがあった。ゴミ箱に捨てられた手紙を見たとき、トレーナーは、どうしてそんなに強いのかと問うた。どうしてそんなに毅然としていられるのかと。

 一言で言えば、こんなものを送り付けてくる相手に、精神のリソースを割きたくないというのが理由なのだろう。けれど、それは果たして『強さ』なのだろうか。ただ単に、向き合いたくない言葉から逃れるスキルを磨いただけではないのだろうか。

 

 彼女はいつも矢面に立って、自分の代わりに傷つこうとする。自分が受け止めるべき非難の言葉を、彼女はいつも、代わりに受けている。そして、悔しそうに涙を流す。

 どうして他者のためにそこまで強くあれるのか。どうして他者のために自身の神経をすり減らし、涙を流すことをいとわないのか。けれどそれを問うたところで、彼女は『担当トレーナーとして当然』としか言わないのだろう。

 

 ジェンティルドンナから見れば、彼女の方がよっぽど強い。ただ単に体を鍛え、レースで結果を残し、嫌な言葉を無視するスキルを磨いただけの、見せかけの強さとは違う。自分の強さを否定したい訳ではない。レースの世界においてはそれが正義。けれど、自分よりよほど強い相手にあんな風に問われては、どう返していいか分からなかった。

 

「……貴方の方が、よほど強いと言うのに」

 

 ジェンティルドンナが放った蚊の鳴くような声の本音は、エアコンの音にかき消された。

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