なんとしても星見プロを守る。そう決意した俺は少々グレーなラインを通ってまで彼女たちを見守ってきたつもりだ。
だが結果として見ればそんな真似は起こらずただただ日常が進んでいくばかり。それどころか、俺自身が警戒され、彼女らの足を引っ張っている結果だ。
だからこそ俺も気が緩んでいたのだろう。
視界の先に見えたのはすずちゃんが車に連れ込まれようとしている場面だった。
事の顛末は、星見市のイベント、星見カルチャーフェスティバルに月のテンペストが参加したことまで遡る。
まだまだライブ回数も少なく、お客さんの入りもそこそこだが、それでも着実にファンの数も、歌とダンスの出来も上達しているのが目に見えてわかった。
俺はいつも通り最前列で手を振り応援する。途中マネージャーらしき影が見えたがもう気にしないことにする。どうせあいつ俺が毎回参加していること気づいているだろうし。
「ご……ご声援ありがとうございます!」
センターに立った琴乃ちゃんがそう言って頭を下げる。見た目は麻奈ちゃんに似ているとはいえ、アイドルとしてはまだまだだ。でも、どことなく上達しそうな雰囲気は感じられる。追いつけるくらい頑張ってほしいな。
俺が彼女に注目していると、どこからかすずちゃんに対する声援が飛ぶ。
すずちゃん……成宮すずはあの成宮財閥の娘だと言う。ホワイトブロンドの右側だけ三つ編みにした長髪に、アクアマリンのような瞳。月のテンペストの中で最年少だが、誰よりも勝気であり、どこか抜けているお嬢様だ。
今日も今日とて彼女らしく声援に感謝し、そして噛んだ。可愛い。
今回のイベントは月のテンペストがメインではなく、星見市のカルチャーイベントであることから、彼女らの出番がここで終了。この後にファンサービスもあるわけでもなく、ここで解散となった。
帰るにはまだ早く、時間を潰すにはお昼が近い。仕方がないので、カルチャーイベントとやらを少し覗いてみることにした。…俺も生まれてからずっと星見市に住んでいるが、ここのカルチャーに何があるのか気になる。
ポスターを見ると、星見という名前の通り、星の写真の展示会やそれ関係の物販。料理教室なんてものもあるみたいだな。
んー、正直あんまり興味がそそられるものがない。三年前ならここに星見市の伝説のアイドルについてのイベント会場もあったんだろうか……。
考えているとちょっとしんみりしてきたので、気晴らしに展示会に行ってみることにする。
「おぉ、すげぇ」
建物に入ってすぐ見えたのは、一面の星空と海の写真。海に反射した星々がまるで地中にも星が浮かんでいるようで幻想的だ。これはここの高台で撮ったものだろうな。こんなものが見れるのか。
あの場所の美しさは知っているつもりだったが、どうやらまだまだだったらしい。天気が良くて星が良く見える日にいつか……いや、あいつがまた怒るからしばらくは無理だな。
またもテンションが下がりながら、俺は建物の奥へと進む。中は写真が映えるように薄暗くされており、わずかな光だけが道を照らしている。
「お、これはあそこの海だな」
砂浜に映る海岸線と星空を撮った写真。つい先日俺がいた場所だな。撮り方一つでこうも見た目が変わるのか…不思議なものだよな。
感心しながら写真を見ていると、今まで誰もいなかった通路にようやく人影が見えた。
若い女性…というより高校生くらいの背丈で、彼女は一つの写真をじっと見ていた。
邪魔するのも悪いだろう。とはいえ、何を見ているのか気になり、ちらっと写真を見ようとしているとその女の子が突然振り返った。
「あっ!」
「……?」
後ろを振り返ってみても誰もいない。もしや俺に言っているのだろうか。
「ゆきちゃんのお兄さんだ!」
……?なんか既視感あるぞこいつ。
有希のお兄さんと言ったことでこいつが有希関係の人物だってことは理解できたが、俺自身にこいつは見覚えがないし、自己紹介した記憶もない。だが、なんか見覚えのある。
「私のこと覚えていますか!?」
覚えてない……とは言いずらいな。思い出そうとしてもこんな元気な子見た記憶が……あぁなんかいたかも。いたわ。
『あー、あそこ友達が働いているんだ。その子が連絡してきてさ。ゆきちゃんのお兄さんが来たーって』
ゆきちゃんのお兄さんが来た、という言い回し。どこか見たことある顔と声。こいつはあれだ。
パンナコッタだ。間違えた、駅前の喫茶店の店員だ。
「駅前の喫茶店の店員さん…でしたっけ?」
「そうです!そうです!私、
季乃ね。覚えた覚えた。こいつがいるときは気を付けたらいいのな。
「わかった。そういえば、どうして俺のことを知っているんだ?」
「有希ちゃんに教えてもらいました!アイドルオタクの兄がいるって!」
……あの野郎、それはどういうつもりで言ったんだ?彼女には悪口には伝わっていないみたいだが、相手によっては俺が嫌われるぞ。
「実は私もアイドルが好きなのでお話してみたかったんです!」
「お、そうなのか」
同志とは珍しい。若い子で、しかも女の子のアイドル好きは貴重だ。引かれない程度に丁重にもてなさないとな。
「早速!と言いたいところだったんですけど…私これからバイトが入ってまして……」
「あぁそれはそっち優先しないとだな。また今度ということで」
「はい……。なので!連絡先交換しませんか!?」
「え、あぁまぁそれくらいなら」
流されるまま俺はスマホを取り出し、お互いの連絡先を交換し合った。アイコンは誰かに撮ってもらった季乃自身と、星空だ。
「ではでは!」
彼女は走ってその場を後にした。……何だったんだ一体。
スマホを見ると、家族とわずかな友人たちだけだった連絡先に季乃という名前が追加されている。なんだかんだ女の子と連絡先交換し合ったのすげぇ久しぶりだな。
……いやいや何考えているんだ俺は。そんなんだからあいつに気持ち悪いって言われんだよ。
あいつのごみを見るような表情を思い出しテンションを元に戻しながら、俺もその建物を後にした。
星見市の高台と呼ばれている場所は、住宅街とは少し離れ、坂をしばらく上った先にある場所だ。
大きな駐車場から、海と空が良く見える展望台、野外ステージなどがあるこの場所は、観光客もそれなりに来るらしく、毎日のように人がいる。
今日はイベントもあっていつもより多い人通りの中、視界の先に見覚えのある影を見つけた。
「みんな、お疲れ様。いいステージだったぞ」
牧野マネージャと、月のテンペストの面々。どうやら衣装も着替え終わり、帰宅前のお疲れ会中らしい。
警戒されている以上、聞き耳を立てる気もないし、そもそも話を聞く必要もない。彼女たちも帰宅するだけなら、俺も帰りたいんだけど、帰り道そっちなんだよな……。封鎖されているわ。
仕方ないので、展望台で海を見ながら時間を潰す。早く終わらないかなとちらちらと見ていると、彼女たちが談笑している中に一人の女性が向かっているのが目に入った。
どう見ても事務所の人間ではない。ならば、仕事の依頼関係……?いや待てあれはそういう雰囲気じゃないような。
あそこにはマネージャーもいる。とりあえず様子を見ておこうとしていると、突然、すずちゃんが走り出し、それを追うようにその女性も駆けだした。
背筋が凍った。危惧していたことが目の前で起ころうとしていた。
全力で駆けだしたが、俺の場所からは距離がある。追いつきそうになったときには、すでにすずちゃんが黒い車に連れ去られようとしていて……それを芽衣ちゃんが引きはがそうとしている場面だった。
「きゃあっ!」
芽衣は女性とすずを引きはがし、すずへと抱き着く。
よくやった芽衣ちゃん!後は俺に任せろ。
ようやく追いついた俺が女性を抑え込もうとして、がしっと腕を掴まれた。
「何を、しているんだ?」
俺の手を掴んだのは、彼女たちのマネージャー。牧野だった。
「離せ!今誘拐されそうになっていたんだぞ!?何か凶器を持っている可能性もある!」
「落ち着け。俺にはそういった風には見えない」
「いや、状況的にどう見ても……」
「誘拐?いえ、彼女はうちの娘です!あなたたちこそ彼女をどうするつもりなのですか!」
あ……?うちの娘?ならばこの人は……すずちゃんの母親か?
そう聞いてから見てみると、確かにどことなくすずちゃんと似た雰囲気や容姿をしている。いや、待てでも、適当言っている可能性だってある。
そう思っていると牧野は俺を抑えて前に出た。ここは任せろということだろうか。
「申し遅れました。私は星見プロダクションの牧野というものです」
牧野とすずちゃんはそれから、その女性にすずがアイドルとなった一連の流れを説明し、そしてすずの母親からすずちゃんが両親の同意なく事務所に入所したことを聞いた。
その後も穏便に事を済ませ、すずの母親は車に乗ってどこかへ去っていく。
俺が思っていたことは一切なく、ただあったのは親子のいざこざだ。俺の勘違いだったみたいだ。……悪いことをしたな。
「それでこの人は……?」
すずちゃんはどこかへ走り去っていき、芽衣ちゃんもそれを追っていったため、ここに残ったのは俺とマネージャーと月のテンペストの三人。
こうなってしまっては黙って去るわけにもいかない。説明しないとな。
「申し訳ないです。俺も偶然遠くから人が攫われそうになっているのを目撃して、それで急いで駆けつけてきたってわけです。結果早とちりでした」
「あの、私たちはこっちですけど」
「すみません、眩しすぎて目視できないんです」
三つの光が目の前にあるとして、それをじっと目視できるだろうか。……というのもあるんだが、悪いが今回の一番理由はこんなことで顔を覚えられたくないというのが大きい。マスクしてくればよかった。
「よくわかりませんが、事情はわかりました。こちらこそ、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
そう言って目の前にいた琴乃ちゃんが頭を下げた。止めてくれ、本当にこっちが悪いんだから。
「こちらこそ申し訳ございません」
俺も頭を下げ、琴乃ちゃんより頭が下になるようにする。俺風情が琴乃ちゃんの上にあるわけにはいかない。
「えっと、マネージャー。これはどうしたらいいのでしょうか?」
「琴乃、それに御堂も頭を上げてくれ」
名前をすんなりばらされたことには思うところはあるが、こればっかりは仕方あるまい。牧野の声に従い、俺は頭を上げた。
「お知り合いなんですか?」
「あぁ御堂は俺の高校生の同級生でな。今日はここで担当アイドルのライブがあるって聞いて来てくれていたんだ。終わってからも残っていたのは俺と話をするため、だろ?」
「……あぁそうだ」
……フォローしてくれた?俺をフォローして得られるものなど……いや違うな。これは彼女たちを心配させないためのものか。だとすれば合点がいく。俺も乗っかろう。
「なるほど、ご学友の……。安心しました。てっきり遠くから盗撮していたのかと」
いや盗撮はしていないから。俺がやっているのは目視だけだから。
「だとすると、私たちはお邪魔ですね。お先に失礼いたします」
「三人で大丈夫か?個人的な用事だから、後ででも大丈夫なんだが」
「いえ、ご心配には及びません。すずちゃんと芽衣ちゃんのことも気になりますから」
「そっか。俺も要件が終わったらすぐ行く」
「はい、よろしくお願いします」
沙季さんが先導するように琴乃ちゃんと渚ちゃんを連れて、帰り道を去っていく。気使われたなこりゃ…。
「御堂……」
「先に言っておくが、ライブにいたのは意図的、終了後ここにいたのは偶然。なんなら証人もいる」
ついさっき会った季乃ちゃんを証人に使うのは嫌だが、使わなくてもアピールにはなる。それは許してもらおう。
「あ、いや、そうじゃなくてだな」
ん?違うのか。なら、何の話だ?
「御堂、どうしたんだ?」
「どうって、何がだ?」
どうもこうも、今の俺、変か?もしかして寝ぐせでもついてる?
髪の毛を直そうとしたが、牧野の表情的にもそうではなさそうだ。なら何がどうなんだ?
「何って……いや、なんでもない」
そこで止めるなよ。一番気になる止め方じゃないか。
牧野は本当にそれ以上は話す気がないようで、別れを告げ、彼女たちを追っていった。
……どうって何?どうかしちゃったの俺?