「んー」
先日のYU☆KI★NO VS 月のテンペストは無事盛況のまま終わり、案の定というべきかYUKINOが月ストをボコボコにしていた。やはり会場の違いというものは恐ろしいものがある。
それでも負けじと最後の一戦を勝ち取った姿は立派だった。これだよな月ストの強さは。
まぁそれはいいんだ。こっちとしても得たいものは得られたし、イベントも成功と言える水準を超えて盛り上がったし、今後にもつながった。
だけど、それとは別に一つだけ問題ができた。
YUKINOではない。鏡花の方にだ。
「今のところをもう一度お願いします」
「こ、ことさん、さすがに今日はやりすぎですので後日に回しませんか?」
「体の調子であれば問題ありません。後一度こなす程度は問題ないかと」
レッスンコーチの困ったような視線が俺へと向けられる。さすがに今日は夜遅いし、ここまでにしておいた方がいいだろう。
「こと、今日はこれまでだ。体の問題ではなく、時間の問題だ」
「……承知いたしました。配慮が足りず、失礼いたしました」
「い、いえ。また後日改めてやりましょうね」
「はい。本日はありがとうございました」
レッスンコーチと別れ、入念にストレッチを重ねていることを見ながら、俺は彼女に訪れた変化について考える。
……先日のYUKINOと月ストのライブバトル後、鏡花は何かに気が付いたのかいつも以上にレッスンに取り組むようになった。
刺激を受けてより熱心に取り組むようになったのはありがたいことなんだが、何がトリガーになったのかがさっぱりわからない。
それに、鏡花のレッスンは一回一回が本気でライブバトルに臨むような気迫で、見ているこっちが気が気でなくなる。このままじゃデビュー前に潰れてしまいそうな勢いだ。
とはいえ、だ。理由がどうであれ本気になってくれたのであればそれは嬉しいこと。そんな時期に水を差してしまうのも気が引ける。
ましてや、鏡花は自己管理含め万全に理解したうえでレッスンを行っている。事、体調管理においては部外者の俺が、言うべきか言わざるべきか悩むところではある。
……しばらく様子見、無理している様子が少しでも見られたら止める。これでいいだろう。
「鏡花、帰りはどうする?もう時間も遅いし送っていこうか?」
「ご心配なく。迎えが来ていますので」
「そうか」
それなら問題ないが、迎え、か。さすが風見家のご令嬢といったところか。
「で、お前が迎えに来たと」
「なんだその言い草は。私が来たのが不満だと言いたいのか?」
「いや?別に」
スタジオを出た先に待っていたのは、一台の黒のセダン。迎え、というから使用人みたいな人が来ているのかと思っていたのだが、運転していたのはまさかの鏡花の兄である水月だった。
「というか、免許証もってんのな。そういうのは全部誰かに任せていると思ってた」
「はっ、そこらの御家と一緒にするな。風見家は自を重んじる。自らの言動を自分で管理できないなど言語道断だ」
「思った以上に庶民的なんだな」
「……愚弄しているのか?風見家では武を極めることも前提とされる。貴様程度一秒で落としてやろう」
「お前に落とされてもな。どうせなら鏡花に落としてもらいたいけど」
「貴様……」
まぁ冗談だ。水月は揶揄いやすいが、冗談が通じにくいタイプだ。これくらいにしておこう。
「冗談だよ。立派なんだなって思った」
「貴様に褒められる事でもない。……無駄話はここまでだ。鏡花」
「はい」
水月の車に鏡花が乗り込む。ふと、気になることがあった。
「そういえば鏡花。なんで水月は迎えに来たんだ?」
「夜遅いので迎えに来る、と連絡が来ておりました」
「シスコンが」
「ふん」
俺の発言に異を唱えるかのように鼻を鳴らすと、水月は黙って窓を閉め、どこかへと走り去っていった。
去り際、鏡花が小さく手を振っていたので俺も振り返しておく。いい子だよな。