「……」
有希、季乃、鏡花。三人のマネージャーをして少し経つが、最近考える事がある。
それは俺が彼女たちの事を正しく理解できているのだろうか、ということだ。
マネージャーである以上、その言葉通り管理するために担当アイドルのことは誰よりも知る必要がある。それが仕事の成功にも繋がるし、何よりアイドル自身のためになるからだ。
もちろんそれがエゴにならないように、彼女たちとのコミュニケーションは積極的に取るようにし、その想いも定期的に聞くようにしている。
だけど、それでもやっぱり把握できていない内容は出てくる。有希の不調を見抜けず怒らせてしまったり、季乃にも仕事で無理させてしまったりすることがある。最近の鏡花の様子もあるし、俺は彼女たちを真に理解できていないのではと思い始めてきた。
「……どうしようか」
とはいえ、だ。
いきなり俺が君のことを詳しく教えてくれ、と言っても気持ち悪がられるだけだ。あくまで自然に普段のコミュニケーションの一環として聞くことが必要になってくる。
それでいて、より深い内容を聞く。
「いい事思いついた」
丁度、今頂いている内容に使えそうなものがあった。それを使おう。
「アイドルの日常特集?私に?」
次の日の昼下がり。タイミング良く昼休憩のタイミングが一致した俺たちは、会社の休憩室で珍しく一緒にご飯を食べていた。
「そうだ。有希ってミステリアスなところがあるからウケるんじゃないか、ってのが先方の考えらしい」
へー、と有希は興味なさげに弁当のタコさんウインナーを摘む。有希はたまに弁当を自分で作って持ってくることがある。今日の弁当も有希が作ったやつだ。中々可愛い弁当作るなって思う。
「じゃあ何。アンケートにでも答えればいいの?」
「いや、実際に書くのは有希じゃなくて、有希に近しい人がいいらしい。周りからの視点の方がリアリティがあるって考えなのかもな」
俺の答えに、有希が口に運ぼうとしていたタコさんウィンナーが落下する。
「え、じゃあお兄ちゃんが書くの?」
「うん」
「最悪」
「泣いた」
めちゃくちゃ嫌な表情をした有希にげんなりした声を上げられる。普通に傷つく。
再度、タコさんウィンナーを爪楊枝で摘み口へ運ぶ。小さな口で咀嚼し終わると、有希は文句を言うように口を開く。
「季乃でもいいじゃん」
「有希、ほんとに季乃でいいのか?有希がそれで良いって言うなら俺は止めないけど」
「……やっぱ駄目。あの子もあの子で碌な事書かなさそう」
「じゃあ俺で勘弁してくれ。一応、書いたものは有希にも見せるから」
パタン。俺より先に食べ終えた有希が弁当を閉じた。小さな弁当を風呂敷に包みながら、吐き捨てるように呟いた。
「変な事書いてたら折る」
「何をだよ」
「足」
「もう一回折れたんだから勘弁してくれ」
ともあれ有希からも了承を貰えた。普段の有希の言動を見ることで、有希を理解していこうと思う。
「あ、ちなみの日常の写真も撮る予定なのでよろしく」
「折る」
「止めてくれ」
「せっかくの休みなのに、お兄ちゃんがいるだけで気分が下がるね」
それから少しして。有希の休みの日に合わせて俺も休みを取り、有希の写真を撮ることにした。
「日常の写真を撮らないと駄目なんだよ。勘弁してくれ」
そうじゃないと口を開くたびに貶してくる毒舌家って書くぞ。
「でも実際のところお兄ちゃんがそこにいるからそれはもう普段の日常じゃないよね?」
「……確かにそうだ」
俺がいることで普段の様子が撮れないならそれはもう日常ではない。もしかしてこれ隠れて撮る必要があるのか?
「……まぁなるべく意識しないでおくから、それっぽいと思った時に撮って。あ、どうせ付いてくるなら荷物持ち位はやってよね」
「任せとけ」
「うん……と、喋っている間に着いたみたいだね」
たどり着いたのはお洒落なアパレルショップ。やはり普段からファッション誌見ているだけあって、服装には厳しいのだろう。
「あーちょっと待った」
「どうしたんだ?」
いざ入店、って時に有希は突然固まった。何か問題があったのだろうか。
「その写真、雑誌に載るんだよね?」
「あぁそうだ……ってあーなるほど。許可いるかー」
「そういうこと」
これは面倒だ。とはいえここで撮らないわけにもいくまい。
一旦仕事用に身なりを整えると、レジにいた店員に話を通す。
ありがたいことに宣伝にもなるからと、快くオッケーしてもらえた。ありがとうありがとう。
「許可もらったぞ。……ってもう行ってるし」
いつの間にか置いてけぼりを食らっていたので、急いで有希の元についていく。
「これとこれ…後はこれかな。はい、持ってて」
着くや否や、有希は選んだ服を次々に俺に持たせてくる。待った。早すぎないか?
「事前に買うものはほとんど決めているんだよね」
「そうなのか。その心は?」
「歩き回るのが面倒くさいから」
「だと思った」
昔から有希はかなりの面倒くさがり屋だ。小さい時は歩くのさえ嫌がって何度も被った記憶がある。いつの間にかやらなくなったよな。
「何してんの。更衣室許可取ったから来て」
「はいはい」
更衣室に着くや否や。有希は俺の手から服を奪い取り、中へと入っていく。
しばらく待っていると、更衣室のカーテンがガシャーと開けられた。
「どう?」
カーテンの奥から現れた有希は、黒の肩に届かない程度のトップスに白のオールインワンを着こなしていた。大人っぽいコーデだ。なんかいまいちシルエットが掴めない系の服だな、モード系って言うんだっけか。
「いいんじゃないか?」
「感想言わなくていいよ。見た反応でわかるから」
「感想くらい言わせてくれ」
「どうせ全部いいしか言わないじゃん」
カーテンがざっと閉められ、ガサゴソと服が擦れる音が響く、別の服に着替えているのだろう。
「……」
……実際、良いんだし良いというのは仕方ないと思う。女の子の服の褒め方なんてよくわかんないし。
「どう?」
一人うなだれていると、いつの間にか着替え終わっていた有希が再び姿を現す。
先ほどとは違い有希は黒のワンピースを身を包む。その上には黒の透明のベールがデザインされており、なんというかとてもかっこいい。
写真撮っておこう。
「お兄ちゃんってさ、わかりやすいよね」
「そんなことは」
ガシャリ。俺の発言が終わることはなく、カーテンが閉じられる。言葉くらい最後まで言わせろ。……まぁいい写真撮れたからいいけど。
それから何度か服を着替えると、いつもの服に身を包んだ有希が戻ってきた。試着はもう終わりらしい。
「買う物に決まったのか?」
「うん、これとこれかな」
そう言って有希は最初に着たオールインワンの服を見せる。黒ワンピはお気に召さなかったみたいだ。
「実用性で考えなよ。あれすぐにダメになるよ」
「何も言ってないんだが」
「顔が語ってる」
「……」
どうも俺の顔はペラペラと何かを話しているようだ。これは困った。今度からマスクしていこうかな。
「俺やっぱり有希のこと好きになれそうにない」
「そういう発言が本当に気持ち悪い」
午前中いっぱい有希に連れられ、服やら化粧品やらを見て回り、ようやく昼休憩にと入ったレストランで俺は改めてそう思った。
有希は何を今さらと言わんばかりに、ドリンクバーのメロンソーダを啜る。
「暴言の一つや二つ慣れているつもりだったが、ずっと言われ続けると俺も嫌になってきた」
「そ」
そ、ってなんだ。そ、って。
……まぁ言っていることは事実なんだが、わざわざそれを口に出したのは理由がある。例の有希の事を理解しようぜの件で、今までとは違う行動をすれば少しは理解できるんじゃないかと思っての行動だ。
「……まぁ私もちょっと言い過ぎた。久々に一緒に出掛けたから変な気分になってたみたい。ごめん」
「……!」
有希が謝罪した。レアだ。ミディアムレアだぞこれは。
すん、としている様子が可愛くて、咄嗟にカメラに手が伸びた手を必死で押さえつける。ダメだ。ここで茶化すから怒られるんだよ。
「あー、なんだ。自分で言っておいてなんだけど、そこまで反省しなくていいからな。気使われるより、素で接してくれる方が俺も嬉しいし」
「わかった」
ふむ。どうやら今日の有希は素直らしい。休日だからかいつもの勘の鋭さはなりを潜めているようだ。
「お待たせしました。こちらお冷で…きゃ!」
「うわっ」
お冷を渡そうとしていた店員に別の客が衝突し、その水が勢いよく飛び出す。
反対の席にいた俺は何ともなかったが、丁度目の前にいた有希に勢いよく水がかかることになった。
「す、すみません!えっとえと、た、タオル!お持ちします!」
「待って」
有希は慌てて飛び出そうとした店員の手を掴み、その場に引き留める。
「怪我してない?」
「は、はい。私はなんとも…」
「そ。床、濡れているから走ったら危ないよ」
「あ、ありがとうございます!」
有希から忠告を受けたその店員は、慌てながらも足元は慎重に裏方へと入っていく。
「有希、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。びちゃびちゃ」
うげっとした表情を見せて、有希は濡れた部分を持ち上げる。服の前面が見事に濡れているな。これじゃどこかで着替える必要がある。
「怪我はなさそうでよかったよ。どうする?着替え必要なら取ってくるけど」
「いいよ。丁度さっき買ったやつあるし」
そういえばそうだった。ハンカチで軽く体を拭いている有希を見ながら、俺もポケットからハンカチを取り出す。
「使うか?」
「要らない。なんか汚そうだし」
「今、一番傷ついた」
男に向かって言ってはいけない台詞だそれは。もっと配慮しろ、気を使え。
その後、平謝りする店員からタオルを受け取り水をふき取り、無事着替えも済んだ有希はいつもと変わらぬ表情で席に着く。
「お詫びに注文した奴無料なんだって」
「やったじゃん」
「お兄ちゃんのは有料だよ」
「なんでさ」
ムカついたので、食後にケーキ食べている様子を写真に収めておく。いい写真が撮れた。
「午後からはどうするんだ?」
「自主練」
「まじか」
有希が休みの日も度々自主練を行っていることは知っていたが、こんなにも活動的だとは思わなかった。ごろごろしていた有希が変わったもんだ。
「ん?でもレッスン着持ってきているのか?」
「あるよ。お兄ちゃんに持たせている鞄の中」
やけにでかい鞄だななんて思っていたが、そんなものが入っていたのか。
ともあれ、場所を移動し、いつも通っているスタジオへ。バンプロとの契約で、休日でも練習ができるようにスタジオさえ空いていれば、無料でスタジオが使えるからありがたい。
空いていたスタジオを予約し、早速そのスタジオへ入る。
「音源とかはあるのか?」
「それに全部入れてる」
準備万全らしい。
俺が音源等の準備をしている間に有希はトレーニングウェアに着替えると、ストレッチを始める。胸から上を露出させたトップスに黒のジャージのボトム。何着ても似合っているなぁって思う。
「……」
揉捻にストレッチをこなし終えると、今度は鏡の前でポーズを撮りだす。
「合図したら写真撮って。どう見えるかを確認したいからそのつもりで」
「オッケー」
掲載用の写真というわけではなく、練習用に、ということだろう。何度か有希の合図とともにシャッターを切ると、見せてとぐっと近寄ってきた。顔が近い。
「うーん、お兄ちゃんの写真の撮り方が下手というのもあるけど、鏡だとちょっと見え方違うかな。お兄ちゃんの前でポーズ撮るから、正面から色んな角度で撮ってみて」
「わかった」
合間合間にディスられるのも慣れたもんだ。有希のポージングに合わせ正面含め色んな角度で撮ってみる。
「うーん、やっぱりバランス崩れてる。腕をこうするなら、ここはこうで……」
何度も調整しつつ、俺はシャッターを切って行く。ポージングはよくわからないが、素人目に見ても見栄えが良くなっていっているのが理解できた。
「こんな感じかな。このポーズのときの写真全部保存しといて後で見るから」
「了解」
このポーズ、というよりこの回数目のポーズってことだろう。有希の言葉通りまとめて保存しておく。
「私のソロ曲の音源あるよね?とりあえず一コーラスまで通すから動画撮ってて」
「オッケ」
有希の合図とともに動画を回し、音源を付ける。
ダークな雰囲気の曲に合わせて有希は舞う。激しい箇所は勢いに身を任せ、ゆったりとした箇所はなめらかに。そして例のポーズの箇所も来る。
一コーラスの終了に合わせて音源を止め、有希に先ほどの動画を見せる。
「これさっき撮った写真と比較できない?」
「ちょっと待ってろ」
専用のソフトを使い、動画の箇所に合わせ、写真を照らし合わせる。動画に近い写真は……これだな。
「ほい。こっちがさっきのダンスで、こっちが写真の方。重ね合わせるとこうなる」
「あーやっぱずれてるね。その前の動きが大きいからここのポージングずっと気になってたんだよね」
確かにずれてはいるが僅かな差だ。プロとしてはやっぱりこういったところが気になるものなんだろうか。
「ポーズが完璧になるまでやるからちゃんと撮っててよね」
「りょーかい」
それから数時間。有希は踊り続けた。後半は歌も合わせながら本格的な練習になっていたが、そのおかげでかなり出来が良くなったと思える。
最後に一回。最初から最後までやり通して、有希は満足がいったように座り込んだ。
「終わり。お兄ちゃん、水とタオル持ってきて。動く気になれないから」
「わかった。疲れているだろうが、ちゃんとストレッチはするんだぞ」
「はいはい、わかってるよ」
座りながらぐっと体を伸ばしている有希に水とタオルを渡す。
「最後のやつ、どうだった?」
「さすがのパフォーマンスだった。あれだけ練習を通しておいてあそこまでのパフォーマンスを取れるのは凄いの一言だ」
「それで?」
「まぁ、課題があるとすればダンスより歌の方だな。途中踊りに集中するあまり歌が疎かになっていた」
「やっぱバレるかぁ。ま、気をつけるよ」
有希のダンスはすでに一級品だ。しかし、歌の方はまだまだ改善の余地がある。それでも人前に見せる分には問題がない程度だけど。
「あ、ちょっと待ってて」
「うん」
そういえばこういうときのために常に準備しているものがあった。
給湯室で紙コップにそれとお湯を入れると軽く混ぜ合わせる。ほんとはちゃんと作った方が良いんだろうが、ないよりかはましだろう。
「はい、ホットレモネード」
「なんで?」
「喉の保温のため」
「……あぁ季乃の入れ知恵か」
なんでバレたし。まぁそれはともかく、あれだけ歌ったのなら喉の保温はしっかりしたほうがいい。ホットレモネードなのは季乃がやっているのをパクっただけだけども。
「ありがと」
「どうも」
自分の分も作ってきたから、それを口に当てる。
「あつ……」
目の前に睨むような視線が見える。お湯もう少し冷ますべきだった。
「ふわっ、今日は疲れた」
さすがにレッスン後にどこにも行く気力は湧かず、弁当だけ買って家に帰ってきた。
なんだか休みと思えないような一日だったが、たまにはこんなのもいいだろう。
なんて、ソファーで寝転がっている有希を見ながらそう思う。
「服はだけているぞ」
「あーはいはい。面倒くさいなぁ」
そこは年頃の女の子なんだからめんどくさがらずにしっかりしてくれ。
気怠そうに衣服を整えている有希を見つつ、俺も座椅子に着く。
気持ちが落ち着いたからか、少し眠気が襲ってくる。
「そういやさ、写真撮れたの?」
「ん、まぁこれだけあれば十分だな」
今日一日でなんとなく文の筋書きも立てれた。要所要所の写真もあるし、提出分には困らないだろう。
「そっか。じゃあもうお兄ちゃんと出かけなくていいね」
「おいおい」
それはなんだかもの悲しくなってくる。お互い小さい時はあんなによく一緒に出かけていたのに、随分と変わってしまったものだ。
「……まぁでも荷物持ちは欲しいからその時くらいは一緒に出かけてあげてもいいよ」
「雑用じゃん」
「いいでしょ」
そう言って有希は横になった姿勢のまま、僅かに俺を見上げる。胸元がはだけた衣服に、どこか媚びるような甘えた視線。とても色っぽい仕草だ。
……ま、それくらいなら勘弁してあげよう。妹の我が儘くらい付き合ってあげるのが良き兄だ。
「程々にしてくれよ」
「うん、ほどほどにね」
返事をするや否や、有希はふわぁとあくびを零す。そしてそのまま目を閉じた。
「おやすみ」
「おやすみ、有希」
すーすーと小さな寝息を立てながら眠った有希に、掛け布団をかけながら、俺は最後にやり残した事を思い出した。
有希といえば、やっぱりこのダウナーで面倒くさがりなとこだよな。
カシャリ。
音を立てないように消音モードで写真を撮る。これでバッチリだ。
「ふわぁ……俺も眠くなってきたな」
今寝ると夜眠れなくなる。明日も仕事だし、眠るのはよくない。
それでも、今日くらいは。
自分で布団をかけ、座椅子のまま俺は目を瞑る。
なんだか懐かしい雰囲気を感じながら、俺は眠りについた。