星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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鏡花とアイドル

 

 

「本日はありがとうございました」

 

「おう、今度来るときは曲の一つは持ってこいよ」

 

「ことちゃんありがとー!デビューライブ絶対行くよー!」

 

 悪友と店の客に別れを告げ、お店を後にする。

 

 少々長居してしまったため、俺たちは遅めの昼食をとることにした。

 

「何か要望はあるか?奢るぞ」

 

「トルティーヤで」

 

「メキシコ料理屋あるかな……」

 

 思いもよらぬ回答に俺は頭を悩ませる。調べても近くには出てこないな。

 

「冗談です」

 

「わかりづらいよ」

 

 無表情で答えられると誰もが本心だと思うだろう。俺は鏡花に文句を言いつつ、調べた時に見つけたお店を提案する。

 

「鏡花、牛丼とかどうだ?庶民的なお店だから知らないんじゃないか?」

 

 風見家は裕福な御家だ。上流階級と言い換えてもいい。だからこそ、庶民的なお店は知らないのではないかと思っての提案だ。鏡花自身もそういうのを忌諱する性格ではないだろう。

 

「牛丼……籾から外皮を取り除いた穀物に牛の腹部を乗せたもの」

 

「食欲下がる言い方やめてくれないかな……」

 

「冗談です」

 

「もっとわかりやすく冗談を言ってくれ」

 

「冗談です」

 

 そう言って鏡花は指でブイサインを作る。いや何のサインだよそれ。わからねぇよ。

 

「嫌なら別のとこ行くけど」

 

「いえ、エネルギー効率、栄養バランスを考えれば非常に効率の良くない食事だと思っただけです」

 

 それを世間一般的には嫌だというんだが……まぁそうだな。栄養学は専門外だが、確かに日々の生活で栄養バランスを考えることは大事だ。

 

 だがな、鏡花。物事にはもっと大切な事がある。

 

「鏡花……牛丼は食ったことがあるか?」

 

「存じ上げてはおります。ですが、口にしたことは一度もありません」

 

「じゃあ行こう。飛ぶから」

 

「飛ぶ?」

 

 俺は口にした言葉に疑問符を浮かべる鏡花。そんな彼女を連れて俺たちは近くの牛丼チェーン店に入った。

 

 

 

「牛丼並を二つ」

 

「かしこまりました。並二丁!」

 

 俺は店に入るや否や早速注文を取る。色々とメニューはあるが、最初ならシンプルなものが一番だろう。

 

「丁ですか。ゆったりとしたBGMが流れている割に、奮激の言葉を使うのですね」

 

「正直何言っているのかわからないが、こういうのは正しい意味ではなく慣例づいたものだと思うぞ」

 

「なるほど」

 

 鏡花は納得したような仕草を返すと、厨房をじっと眺め始めた。

 

「……」

 

「どうした?気になるものでもあったか?」

 

「はい、雑だなと」

 

「言ってやるな」

 

 こういうチェーン店で働いているのは大体がアルバイトの子だ。手順はまとめられているだろうし、時間を優先して多少雑になってしまうところはあるだろう。

 

「お待たせしました。牛丼並二つです。ごゆっくりどうぞ」

 

 ガタンと、心無しか雑に牛丼が置かれた気がする。

 

 早速と言わんばかりに事前に取り出しておいた箸で肉をかき分け、そのひと切れと共に米を口を運ぶ。

 

 醤油風味の甘辛いタレと牛肉の肉肉っぽさ。そして米の触感も合わさってとても美味しい。さすがは国民食だ。

 

 二口めに行く前に鏡花の様子を見つめる。彼女は目の前に置かれた牛丼をじっと見つめていた。

 

「頂きます」

 

 その言葉と同時、何かを決心したように箸を手にすると、器用に牛肉とご飯を掬う。そしてその口へと運んだ。

 

「…………」

 

 開口、咀嚼、嚥下。その間、ずっと無言だった。

 

 さすがに心配になってくる。多少強引にここに連れてきてしまったが、もしかして口に合わなかっただろうか。

 

 鏡花は箸を動かし、その口へ更に牛丼を運ぶ。無音、無言。そしてそれを繰り返しているうちに、いつの間にか鏡花の丼は空っぽになっていた。

 

「ご馳走さまでした」

 

「早っ!」

 

 ちょっと待て、いつの間に無くなってた。さっきまで丼に一杯入ってたよな?

 

「どうかいたしましたでしょうか?」

 

「食べるの早くないか?」

 

「そうでしょうか?いつも通りですが」

 

 鏡花はハンカチで口元を軽くふき取ると、なんともなさげにそう呟く。意外と大食いとか大丈夫な系なのかもしれない。

 

「それよりも食べないのでしょうか?」

 

「あ、あぁ食べるが……鏡花は外で待っていてもいいぞ?会計は持つし」

 

「いえ、ここで待ちます」

 

「そ、そうか」

 

 箸で牛丼を掬い口へ運ぶ。じーと視線を感じる。視線を上げると鏡花と目が合った。

 

「どうした?」

 

「いえ何も」

 

 再度口へ運ぶ。その一挙一挙に視線を感じる。

 

「鏡花食べづらいんだが……」

 

「そうですか」

 

 そうですかじゃなくて、目を離してくれ。

 

 そんな意味を乗せて鏡花と視線を合わせるが効果なし。というかわざとやってんな。

 

 そうしてくるなら俺も手がある。

 

「すみませーん、生卵一つ追加で」

 

「はーい、すぐお持ちします!」

 

 新しい伝票と共に置かれた卵を割り、牛丼へと乗せる。箸に軽く力を入れるととろりとした黄身が牛丼へとダイブした。

 

「……」

 

 鏡花の視線がわずかに下がるのがわかる。それを理解しつつ、俺は卵入りの牛丼を口にした。

 

 卵の風味は今までの牛丼の味を大きく変化させる。口に広がる独特の甘さは牛肉と米の味を何倍をも増大させる。

 

「美味い」

 

 ごくりと息を呑んだ音が聞こえた気がした。

 

 こうなってしまえば鏡花の視線は怖くない。今の視線はただの羨望の眼差しだ。

 

 つまり俺の勝ちだ。

 

 俺に挑むなど百年早かったなと鏡花に視線を向けると、彼女はじとっとした目で口を開く。

 

「同じことをされたのでその意趣返しのつもりだったのですが」

 

「ごめんなさい」

 

 確かに俺は同じ事をやってた。俺が全面的に悪い。ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

「商品のプロモーションの手伝いですか」

 

「あぁスポンサーの商品の宣伝で無料配布するから、それの手伝いをしてほしいとのことだ。ほら、やっぱり可愛い子のほうが注目集められるだろ?」

 

「そういうものでしょうか」

 

「そういうもんだ」

 

 悲しきことに見た目というのはとても大事だ。それだけで売り上げが上がるというデータもあるほどだ。悲しき話だよな。

 

 鏡花は本日渡す分の飲料をまじまじと眺める。

 

 ネオン色の雷のイラスト。事前に話を聞いた限りだと、新フレバーのエナジードリンクだそうだ。

 

「俺たちにも貰ったから飲んでみるか?」

 

「ぜひ」

 

 プシュという炭酸の音と共にプルタブを開けると、紙コップにそれを注ぐ。黄緑色の炭酸飲料が並々と現れる。

 

「体に悪そうです」

 

「こらこら」

 

 周りに誰もいないことを確認し安堵する。先に確認したからこそ発言したんだろうけども。

 

「あ、結構カフェイン入っているらしいが大丈夫か?」

 

「さぁ?」

 

「さぁって」

 

 まぁ紙コップに注いだ位だからそれほどの量はない。さすがに大丈夫だろう。

 

 鏡花はじっとそれを見つめ、一息に口へと運ぶ。

 

 きりっとしていた鏡花の目がぱっと見開いた。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「体が……昂ります」

 

「あかんわ」

 

 カフェイン駄目な人の症状だ。少しだから大丈夫だと思っていたが、考えが甘かった。

 

「気分は大丈夫か?きついのであれば俺が話を通しておくが」

 

「問題ありません。滾ってます」

 

「駄目だこりゃ」

 

 カフェイン系は完全にNG。コーヒーとかはどうなんだろうか。

 

「すみませーん。そろそろ準備お願いします」

 

「はい、参りましょう」

 

「鏡花。ちょっと待て」

 

「なんでしょうか」

 

 こちらを向いた鏡花の頬に指を当て、ぐーっと外側に引っ張る。

 

「笑顔でな」

 

「痛いです」

 

「ごめん」

 

 慌てて手を離すと、鏡花は俺と目を合わせるとわかっていますよと言わんばかりに微笑む。

 

「セクシャルハラスメント 2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料」

 

「ごめん。悪かった」

 

 

 

 

 

 

「XXX社より発売のエナジードリンク、新フレーバー無料配布中です。ぜひ御一つどうぞ」

 

 鏡花よりプロモーションの声が上がる。それほど大きな声ではないが、なぜだかとても響く声だ。それと、すごく引き寄せられる気分になる。これは鏡花のカリスマによるものか?

 

 少し離れたところから鏡花をちらりと見るが、いつもより凛としているように見えた。クールビューティだ。かっこいい。

 

「カリスマ性……か」

 

 この姿をライブの時に見せれたらな、と考える。なぜ今日の午前中に歌っているときにはこの姿が見せれなかったのだろうか。

 

 要因はいくらでも思いつく。歌に必死で他に余裕がなかった、歌での表現方法が身についていない等々。だが、鏡花に関して言えばどうも技術的要因ではない気がする。

 

 アプローチを変えて考えてみよう。

 

 鏡花の歌はワクワクしなかった。それはつまり観客を湧かせられていないということ。人がワクワクするという感情のメカニズムはわからないが、それでもライブにおいて、どんなときにワクワクするのかは長年ライブに行き続けてきた俺には理解できる。

 

 それはすなわち、想いが伝わったときだ。

 

 楽しい、嬉しい、気持ちがいいといった正の感情でも、恐れ、不安、心配、焦りといった負の感情でも、ライブでは目に見えて感じられるものだ。だからこそ、俺たちはそのアイドルを応援したくなるし、聞きほれる。その一挙に心が動かされてしまうのだ。

 

 逆に言えば、それらが伝わらなかったときには全く心が動かない。ワクワクなどしない。

 

 ということは、鏡花に足りないもの。それは――

 

「想いか」

 

 結局そこにぶち当たるのか、と俺は空を仰ぐ。

 

 鏡花を見てきて、俺もなんとなくは、彼女の姿像が見えてきた。

 

 礼儀正しく誰に対しても丁寧な姿。決して妥協せず努力を重ねる姿。風見家としての信念の強さやそのプロ意識の高さ。実は結構Sっ気があってお茶目なところがあったり、世間知らずながら好奇心が強かったり、と意外と子供っぽいところもある。

 

 自己がない人形だ、なんて、なんの冗談だよと思う。

 

 だけど、これをそのまま伝えたところで、鏡花は納得しないだろう。

 

 一体、どうするべきか。

 

「えぇん!うぇぇぇぇん!!!」

 

「ん?」 

 

 思考を張り巡らせていると、どこからか子供が泣く声が聞こえてくる。声が聞こえた方角を覗くと、丁度鏡花が商品を配布していた付近で小さな少女が泣いていた。

 

 トラブルだ。

 

 目を離してしまっていたことを後悔しながら、俺は寄って行こうとしたがその途中、俺より先に鏡花が向かってることに気づき足を止め、声が聞こえる範囲に身を隠す。

 

 子供のことは心配だったが、鏡花がどういうアプローチを掛けるのかが気になったからだ。

 

「どうしましたか?」

 

「ふ、ふうせんがね。とんでいっちゃったの……」

 

 少女はそう言って傍にある木を指さす。そこには確かにピンクの風船が枝に挟まっていた。

 

 少女の母親らしき人物が、また買ってあげるからと必死に宥めているが、少女が泣き止むことはない。

 

「わかりました」

 

「ふえ?」

 

 鏡花をそれを見て事情を察したのか、一言だけ返事を返すと風船が引っかかっている木に近づく。

 

 そして一通りその木を観察すると、迷わずその木に足を掛けた。

 

「……!」

 

 引っかかっている箇所まで高さがある。さすがに無謀だろうと思わず声が出かかる。だけどそんな俺の行動は予知していたであろう鏡花の眼差しで封殺された。

 

 怪我だけはするなよ、と念を入れて視線を返す。

 

 当たり前です、と言われた気がした。

 

「……」

 

 鏡花は事前に観察していた通りにすいすいと木を登っていく。だけどその途中で足が止まってしまう。おそらくその先に登れる足場がないのだろう。

 

 どうか無理だけはしないでほしいと思う俺の思いとは裏腹に、鏡花は一瞬だけ溜めを作ると一息に飛び跳ねた。

 

「お、おい!」

 

 鏡花は飛び跳ねただけではなく、更に木を蹴り、高さを稼ぐ。

 

 傍目から見ていても綺麗な体の使い方で飛翔した鏡花は、風船に手が届く距離まで近づいていた。

 

「「「「おお!」」」」

 

 その様子を見ていた人たちから歓声が上がる。それほど見事な跳躍だった。

 

 鏡花は近くにある風船を手に取ると、割れないように慎重に木から降りる。

 

 パチパチパチと拍手が巻き起こった。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとう!お姉ちゃん!」

 

 少女は笑顔でそれを受け取り、お礼を告げる。母親からも何度も頭を下げられた後、二人と別れを告げた。

 

「……」

 

 その後は何事もなく配布を続け、鏡花の活躍もあってあっという間に無料配布は終了した。

 

 スタッフからはとびっきり感謝の言葉を受けた。鏡花のおかげでいつもより宣伝できたとのことだ。鏡花はそれを受けて、なぜか考えるような仕草を見せながら、そのお礼を受け取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、鏡花」

 

「はい」

 

 本日分の仕事は全て完遂し、俺たちは揃って事務所に帰ってきていた。

 

 借りた会議室にティーカップを持ち込み、鏡花の前に置く。コーヒーはダメそうだから紅茶だ。紅茶ならカフェインもないし……あれ、そういや紅茶もカフェイン入っているんだっけ?大丈夫か?

 

「ありがとうございます」

 

 鏡花はカップを軽くつまむと、顔を前で僅かに傾ける。……様子に変化は見られない。大丈夫そうだ。

 

 そのことに安堵しつつ、俺もカップを口に運ぶ。

 

 ……淹れ方まだまだだなって思った。

 

 それはともかくだ。本題に入ろう。

 

「今日のプロモーション活動どうだった?」

 

「どう、とは?」

 

「楽しかったとか、面白かったとか、緊張したとか思ったことはないか?」

 

 鏡花は今日一日あったことを思い返すように口元に手を当てる。やがて考えがまとまったのか口を開いた。

 

「特にそれといった感情を感じたことはありません。ただ、自らの至らなさはひしひしと感じました」

 

「……そうか」

 

 楽しかった、面白かったを感じなかった、か。それはちょっと悲しいな。

 

「……鏡花、アイドルとなる意思は変わっていないか?」

 

 鏡花がアイドルを志した理由は自らの自己を理解するためという少々特殊な理由だ。まぁそれ自体は問題ないのだが、今の発言を聞いて鏡花自身がアイドルとなりたいかどうか不安になってきた。

 

「はい、当然です。ですが……」

 

 俺は鏡花が言葉を発するまで待つ。彼女は珍しく何か言葉を探すようにぽつりぽつりと口を開く。

 

「私は……その、どう、なのでしょうか」

 

 どう、か。鏡花が言おうとしている内容のすべては理解できないが、なんとなく鏡花が考えていることは理解できる。

 

 それはすなわち、アイドルとしてどうなんだ、ということだろう。答え方に悩む。

 

「……鏡花はさ。お客さんを前に歌を歌ってどう思った?」

 

「足りない、と。そう実感させられました。YUKINOの二人や月のテンペストの皆さん、他のアイドルの方々のライブも見てきましたが、どれもが自分以上。皆、誰かを楽しませる力を持っていました。だけど私にはそれがない」

 

「人を喜ばせたり、楽しませる。やり方も原理もわかります。だけどそれはアイドルとしてはものではない。ライブを通してそれを与える方法が未だ理解ができません。技術を身につければ自ずとついてくるものとばかり考えていましたがそうではないようです」

 

「アイドルとはどうやっていけばいいのでしょうか?私にはわからなくなりました」

 

 ……難しい話だな。アイドルとはどうやっていけばいい、か。

 

 鏡花は勉強熱心で努力家だ。目標とするアイドル像を知り、それに付随する技術を先に学んでしまっただけに、アイドルとはどういうものかが理解できなくなっているのだろうな。

 

 だとするなら答えは一つだ。

 

「鏡花。前に俺が話したこと覚えているか?鏡花をスカウトする際、アイドルってどういったものか答えたことがあっただろう?」

 

「えぇ。確か、憧れであり恋人のような存在と聞きました」

 

「そうだ」

 

 今でも記憶に残っている。あの日、鏡花と出会った並木街道で鏡花と話したことだ。

 

 でも思い返すと大事なことを話してなかったように思える。

 

「前も話した通りアイドルってさ、キラキラしているように見えて案外泥臭い職業なんだ。でもそんな事情は微塵も見せずステージに立ち続けている。それはやっぱり、憧れとか、楽しいとか、嬉しいとかそういった想いがあるからだ」

 

「……」

 

「だからこそ俺はそんなアイドルの様子に心打たれるし、応援したくなる。全力で頑張れって声を掛けてしまいたくなる」

 

「……それはつまり、私がアイドル失格ということでしょうか」

 

「鏡花の発言だけを聞いていたらそうかもな。でも俺は鏡花はそうじゃないことを知っているぞ」

 

「……教えてください」

 

「逆に聞くが、なんで鏡花は今日の歌で足りないと思ったんだ?」

 

「それが事実だからです。アイドルである以上、人を湧かせられないのは問題です」

 

「本当にそれだけか?」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

「じゃあもう一つ聞こう。鏡花は午後のプロモーション活動中にたくさん感謝されていたな、それを聞いてどう思った?」

 

「……わかりません」

 

「……鏡花。あえて厳しい言葉を使うぞ。自分の感情に蓋をするな。うまく言葉にできなくてもいい。素直に話せ」

 

「素直に……」

 

 鏡花は自らの胸に手を置き、目を閉じる。自分の想いを、感情を、探しているのだろう。

 

 そしてしばらくした後、彼女は瞳を開くとぽつりと言葉を口にした。

 

「嬉しい、でしょうか」

 

 ふ、と思わず口角が緩む。それが聞きたかった。

 

「だとするなら、もう鏡花は自分の感情がわかるだろ?」

 

「……人に感謝されて嬉しいということは、献身による喜びのようなもの。承認欲求によるものかと思いましたがそうではない。おそらくこれは私自身が人が喜んでいる様子が好きなのでしょう。すなわち、歌で湧かせられなくて足りないと感じたのは、相手が私の歌で喜んでもらえなかったから。そういうことでしょうか?」

 

「エクセレント。正解だ」

 

 思わず鏡花の頭に手が伸びる。よくできましたと言外に込めてその頭を撫でる。

 

「ですが、結局のところそれでは問題の解決にはなりえません」

 

 鏡花は頭に乗せられた手を払いながら、そう呟く。

 

「いや?そんなことはないぞ」

 

 鏡花は疑いの目で俺を眺める。だけどこれっばかりは確たる証拠がある。

 

「言ったろ?ファンってのはな。ステージ上のアイドルがどういう気持ちで歌っているのか理解できるものだって」

 

「……本当にそうでしょうか?」

 

 疑うのも無理はない、か。なら後はそれを知ってもらうだけだな。

 

「鏡花、この後時間あるか?」

 

「えぇ問題ありませんが……」

 

「じゃあ少しだけ付き合ってもらうぞ」

 

 俺は早速とある場所に電話を掛け、会場を確保してもらう。

 

 ファンのことが信用できないのならば、後は身に持って体験してもらうだけだ。

 

「リベンジマッチだ」

 

 

 

 

 

 

 

「お前なぁ。次会う時は曲の一つを持ってこいって言っただろ」

 

「課題曲持ってきたじゃないか」

 

「詭弁家め」

 

 いつものように軽口を重ねつつ、俺たちはその店へと再びやってきた。

 

 今日の午前中にもやってきた場所だ。

 

「言っておくがこっちも慈善事業でやっているわけじゃない。この時間になるとお客さんも多いし、ある程度のパフォーマンスをできなければこっちとしても対応せざるを得なくなるぞ」

 

「問題ねぇよ」

 

 ほう、と店主の口から興味気に声が漏れる。今の鏡花であれば会場を虜にできると思っているからな。

 

「ってアイドルの前で話す話でもなかったな。ことちゃん、すまねぇ」

 

「いえ、お構いなく」

 

 店主はステージの準備のため場所を離れ、その間に俺たちもライブのための準備を始める。

 

 朝と同じく曲は課題曲で、衣装はバンプロ共通の衣装。ただ、朝のパフォーマンスと違うのは、歌だけでなく踊りも行うということ。ライブと同じ条件だ。

 

「……鏡花。もう一度言っておくが、今日のライブは鏡花の感情を前面に押し出せ。パフォーマンスの出来がとか、技術がどうとか考えなくていい。鏡花がお客さんに向ける感情をそのまま見せてほしい」

 

「……わかりました」

 

 鏡花は俺の言葉に思い悩む様子だったが、しばらくして首肯を返す。

 

「こっちは準備できたぞー!」

 

「おし、鏡花はどうだ?行けそうか?」

 

「はい」

 

「わかった。じゃあ」

 

 俺は鏡花の目をじっと見つめる。そんな俺の様子を不思議そうに見つめていた鏡花に向けて、一つ声を掛ける。

 

「鏡花。楽しんで来いよ」

 

「……えぇ」

 

 初めはなんとなくで掛けていたこの言葉は、いつの間にか送り出す言葉になっていた。

 

 鏡花はこの言葉の意味を理解できていないだろうが、今はそれでいい。デビューしたとき、きっとその言葉の意味がわかるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「古都こと、と申します。未だ浅識非才の身ではありますが、何卒ご容赦くださいませ」

 

「そして、私のこのライブで、あなたに楽しいと思わせることができれば、此れ幸いの至りでございます」

 

「では、参りましょう」

 

 

 

 

 

 

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