「やっほ」
「ん?」
鏡花のレッスンを見つつ、その出来を見て今後のスケジュールを立てていると、レッスン室の扉が開き、そこから有希が姿を見せる。
そういや今日のこの時間は仕事なかったな。それで遊びに来たのか。
有希は俺の隣に座り込むと、鏡花のレッスンをじっと眺める。
「鏡花って何か変わったよね」
「そうか?そんな変わりないと思うけど」
「変わったよ。前より素直になった」
鏡花のレッスンを見つめる。確かに前よりも笑顔も増えたし、お客さんを意識してレッスンできているのだろう。
「ダンスもぐっと良くなっているよ。井川さん流に言うなら軽くなった」
「なんだそりゃ」
「私もわかんない」
二人して笑顔が零れる。
「お兄ちゃんが何かしてくれたんでしょ?ありがとね」
「別に何もしてないぞ。鏡花自身が成長しただけだ」
「それでもだよ」
「……どうも」
……実の妹にこうして面と向かって感謝の言葉を伝えられるとどうしようもなく恥ずかしい。
思わず顔をそっぽ向けていると、有希は言葉を続けた。
「前も言ったけど。鏡花は小さいころパーティーで一緒だったときから友達なんだ。でも、鏡花って周りには気を配るけど、自分の事になると不器用な子だからさ、心配していたんだ」
「そうだったのか」
「うん。聞いたところで話してくれないし、それどころか自分がストレスを抱えていること自体気づいていないから、困ってた。ならせめて少しでも気を楽にしてやろーってことで休みの日に遊びに行っていたりしてた。でも今後は大丈夫そうだね」
有希はそう言って俺と目を合わせる。
「鏡花の事頼むよ」
「任せとけ」
俺はそう言って、笑顔を返した。
「失礼しまーす」
がたっと再び扉が開く。軽い声と共に現れたのは案の定というべきか、季乃の姿だ。
「あれ?有希ちゃんも来てたんですね」
「暇だったからね」
「季乃ちゃんは仕事終わりです!」
「で?」
「冷たい!」
有希に軽くあしらわれながら、季乃は俺の空いた横へと座る。挟むな。
「何の話してたんですか?」
「季乃って頭すっからかーんだよなって話」
「慎二さんの頭もすっからかーんにしてあげます!」
「鏡花のレッスンの邪魔でしょ。騒がないで」
有希に注意され、軽く謝る。季乃が悪いんだよ。季乃が。
「……思えばこの一年。色々とありましたねぇ。アイドルとしてデビューし、NextVenusグランプリで優勝して、I-UNITYでも3位」
「なんか語りだしたぞこいつ」
「いつもの事だよ」
いつもこんな急に語りだしているのかこいつ。しかもその履歴月ストのやつだろ。
「かと思えば、実力不足と思い込み勝手に脱退、どりきゅんの元で力を学ぶも自らの強さとは違い反論。どりきゅんとの二度目の戦いでどさくさに紛れ月ストに再臨。私は言いたい驕るなと」
「自らを棚に上げ他者を貶める傲慢。寝坊して迷惑をかける怠慢。練習で手を抜く緩慢。お前の生きる道、ヘルまっしぐら」
「何をーー!!!」
「煩いって」
季乃に二の腕をびしびし叩かれ、有希に思いっきり耳を引っ張られる。なんで俺なんだよ。こいつが悪口言ったのが原因だろ。
「……ちなみに季乃から見て今のことはどうだ?」
このまま駄弁り続けると埒が明かなそうなので話題を振る。気になっていたのは事実だしな。
「ことことちゃんはですね。化け物です」
「失礼な奴だな」
「言い方はともかく、冗談じゃないですって。だって冷静になって考えてみてくださいよ。私たちはデビュー前の下地があって昨年デビュー。それからずっと練習して、色んな舞台で経験積んできて今のパフォーマンスがあるわけじゃないですか。でもあの子それがないんですよ?それなのになんであそこまでのパフォーマンスを発揮できるんですか?」
……言われてみれば確かにそうだ。鏡花はまだデビュー前、一度も正式な舞台でライブをやってない。なのに、YUKINOに引けを取らないパフォーマンスを出せている。
冷静に考えれば確かにおかしいな。
「NextVenusグランプリなら敵無しじゃないですか?なんならVenusグランプリでもいいとこ行けそうですね」
実際のライブだと何があるかわからない。が、単に技術だけを見るならそれも過言ではないと思える。
「私が教えた歌もあっという間に吸収しましたよ。いやー天才を見ちゃうと嫌になっちゃいますね」
「……本人には言うなよ」
「もう言いました」
「やめろよ」
嘘をつかない。本心を告げる。ってのは季乃なりの信頼の証だろうか。……まぁ揉め事にならないようには気を付けて欲しいと思う。
そんなこんな二人と話していると、レッスンが小休憩に入ったみたいで、こちらに鏡花が歩いてきた。
「お疲れ。うるさくして悪かった」
「いえ。それよりもどうでしたでしょうか。私のデビュー曲は」
鏡花のデビュー曲。鏡花と先方とで何度も話し合い、先日ようやく完成した。
鏡花に合った素晴らしい曲だった。
「すごくいい。もっと聞かせてほしいくらいだ」
「私も同感。さすがだね」
「まだまだですね!」
若干1名拗ねているやつは置いておいて、本当に素晴らしいパフォーマンスだった。
まだ練習不足な点はあるものの、これが完成したらどうなるのか今から楽しみで仕方ない。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
「鏡花。感謝するにはまだ早いだろ?」
「そうですね。であれば、この感謝はステージに立った後告げさせていただきます」
相変わらず礼儀正しい子だ。
「まぁ気負わずにな」
そう言って俺は鏡花の頭にポンと手を置く。
「うわ」
「な!」
いつものようにピシッと手を払われていると、左右から驚いたような声が上がった。
「どうした?」
「え、無自覚でやってんのそれ?」
「なななな!!」
話が見えてこない。何のことだろう。
「何度か注意はしたのですが……もう慣れましたのでご心配なく」
「最っ低。ほんと許せない」
「なななななななななななななな!!!」
有希がすごく怒ってる。どうしたんだ。
「俺また何かやっちゃいました?」
「地獄へ落ちろセクハラ野郎」
「がっ!!!」
有希の狙いすました蹴りが急所にクリティカルヒットする。
体がぐらついた。
「では私からも」
鏡花の手刀が頭に落ちる。
優しい一撃だった。
「慎二さんの馬鹿野郎!!!!!!!!!」
季乃の渾身のエルボーが顎へ直撃する。
視界が赤く染まり、俺の意識は無くなった。
「鏡花。ほんとに大丈夫だった?警察行く?」
「いえ、そういうものだと考えれば何とも感じないので。それに最近は悪くないのかもと思い始めてます」
「……お兄ちゃん、ほんと何してんの」
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
死体蹴りを続けている季乃を見ながら、有希は深くため息を吐いた。