星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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美しい風に包まれて

 

 BIG4チャレンジ。月のテンペストを巻き込んだその一連の事態は、戻ってきた琴乃ちゃん含め、月スト五人で、どりきゅんを破ることで終幕を告げた。

 

 宣言通りどりきゅんはBIG4の座を明け渡し、月のテンペストはBIG4の一員となった。

 

 そのことが誇らしくて、ちょっとだけ寂しい。デビューから見続けてきた彼女らがこんなにも遠くまで羽ばたいていったことが嬉しいけども、手の届かないとこまで行ったようで切なくなる。

 

 だけど、今の俺にとってはそれに加え、もう一つ別の感情が生まれた。

 

 それは、悔しいといった感情。

 

 一マネージャーとしてアイドルを育ててきた自覚があるだけに、身近なアイドルに先を越された事がたまらなく悔しい。

 

 いつかあの場所に、いやあの場所よりも上にYU☆KI★NOを立たせて見せる。

 

 そして、もう一人。

 

 俺はPCを触っていた手を止め、顔を上げる。

 

 風見鏡花改め、古都こと。

 

 デビューライブの映像を発表すると、いつの間にかネット上に拡散されており、そして瞬く間に爆発的人気を及ぼした。

 

 いつの間にか非公式ファンクラブを名乗る人たちも出てくるほどだ。嬉しいけどやめてほしい。ちゃんと用意するから。

 

 でも、理由はわかる気がする。だってあのライブはそれほど美しかった。そんな陳腐な言葉しか浮かんでこないほど熱中させられた。だから、それを共有したくなる気持ちは痛いほど理解できる。

 

 まぁそんな事態に陥っているわけで、ありがたいことに俺の仕事は大忙しだった。電話もひっきりなしになり続け、営業職の人たちも嬉しい悲鳴を上げているだろう。俺も悲鳴続きでそろそろ喉が枯れそうだ。

 

「そろそろか」

 

 激を越えて激激激くらいな激務の中。俺は時間を確認し、席を立つ。

 

 今日は珍しく、鏡花にお昼に誘われていた。

 

 

 

 

 

 鏡花と初めて出会った並木街道。そのベンチで、彼女は一人座っていた。

 

 ライトグレーの髪を靡かせながら、鏡花は目元にかかった髪を払う。

 

 相変わらずどんな行動をしたって絵になっている思う。それほどに彼女は美しい。

 

 空色の瞳と目が合った。

 

「お疲れ様です。何をしているのでしょうか?」

 

「お疲れ。悪い、見とれていただけだ」

 

「そうですか」

 

 鏡花は俺の言葉に興味なさげに返す。もう聞きなれているのだろう。

 

「それにしても大丈夫でしょうか?目の隈が濃くなっています」

 

「大丈夫だ」

 

 鏡花の心配の声にグッドで返す。一度倒れたことあるから限界はわかっている。同じ轍を何度も踏むほど馬鹿ではない。

 

「それでどうした?何かあったのか?」

 

 お互い弁当を取り出し、その蓋を開けながら、俺は早速要件を切り出した。

 

「実は先日、お父様から連絡がありました」

 

「……そうか。なんて来たんだ?」

 

「良いライブだったと。それだけでした」

 

 相変わらず言葉足らずだ。もっとこうあるだろう。よく頑張っただの、ライブのどの辺が良かっただの、こんなんだから誤解されるんだって。

 

「お母様からも連絡がありました。とても綺麗だったと、鏡花のこんな姿を見るのは初めてで、思わず涙が出たのだと。そう言われました」

 

「よかったな」

 

「はい。親孝行というものを初めてできた気がします」

 

 思わず俺も笑顔が浮かぶ。成長した姿を見せる事が一番の親孝行とはいったものだ。

 

「そういや水月は何も言ってこなかったのか?」

 

「お兄様はこれからも頑張れと言葉をいただきました。そして、慎二さんに一言、ここからだ、という伝言を預かっています」

 

 言わんとしていることはわかるが、わかりづらいよ。うちのポエマー社長だってもっと喋るぞ。ポエムだけど。

 

「私は」

 

 風が吹く。俺は咄嗟に持っていた弁当を支えた。

 

「アイドルとしてどうでしたでしょうか?」

 

「どうってそりゃ」

 

 デビュー前に話した内容が脳裏に浮かんだ。色んな言葉が思い浮かんだが、あの時の事を踏襲するのならば、この言葉が相応しい。

 

「愛していると、言葉を伝えたくなったよ」

 

 ふふ、と鏡花の口元に笑みが浮かぶ。

 

「アイドルなので受け取れませんね」

 

「それでいいよ」

 

 そんな鏡花の様子に、俺も思わず笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだった。鏡花、最後に聞いておくことがあった」

 

 雑談を交わしながらゆったりとした時間を過ごし、弁当箱もいつの間にか空になっていた。

 

 そろそろ職場に戻ろうと立ち上がったときに、俺は聞き忘れていた事があることを思い出した。

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 

「――自己は見つかったか?」

 

 

 

 虚を取られたような表情。やがて、その言葉の意味がわかったのか、鏡花は微笑んだ。

 

「……ふふ。いいえ、まだ見つけられていません」

 

「そっか。じゃあ、まだアイドルとしてやっていかないといけないな」

 

「はい、ですので」

 

 鏡花は一つ間を置くと、今までに見たことのない一番の花を咲かせた。

 

 

 

「今後ともよろしくお願いいたしますね。慎二さん」

 

 

 

「あぁ、こちらこそよろしく。鏡花」

 

 緩やかな風が辺りを覆う。心地が良く、ずっと浸っていられるような。

 

 そんな美しい風だった。

 

 




 BIG4編(の裏で展開された風月編)これにて終了です。

 読了感謝いたします。
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