次章への繋ぎで、シリアス回です。次章の投稿日は未定なのでそれまで見なくてもいいかもです。
その日はYU☆KI★NOのライブの日だった。
都心ではなく、ちょっと離れた地方でのライブ。とある企業からの根強い招致もあって開催したライブは、いつもとは違う独特な雰囲気の中でのステージだった。
それでも、力強いファンの声援に向かい入れられ、YUKINO自体のポテンシャルを最大限発揮でき、成功といえるものだったと思える。箱自体も、ほぼ満員だったしな。
その帰り道。帰宅準備と、関係者各位への挨拶が済んだ俺たちは、三人揃って駐車場へと移動していた。
「今日の会場、なんか大きさの割にぼろかったですね」
「こらこら」
歴史ある会場だとは知っていた。現地にも一度足を運んでみたが、その時には多少はそんな印象は持ったものの今日ほどではなかったように思える。
「地震の影響かも、だってさ」
有希はそう言ってスマホの画面を見せてくる。地震前後の写真を比較したそれは、確かに地震前の方が綺麗に見える。
「そんな危ない会場だったんですか!?」
「設備や会場自体の設計には目を通して問題なかったのは確認したが……地震後にそんな影響があったとは知らなかったな。悪い、確認不足だった」
「何も起きてないし、別にいいよ」
有希はスマホを触りつつ、返事を返す。有希はそう言ったが、これは重大な問題にも繋がりかねなかった。今後は気にするべきだろう。
「それよりも、今日のライブ。鏡花も来てたらしいよ」
「あ、私も聞きましたー。こっそり探していたんですけどね。変装しているみたいでわからなかったです」
「聞いてないんだけど」
「ウケる」
せっかくなら言ってくれたら、とは思う。今日は地方ライブなんだし、俺が運転してきた車に乗っていけば楽だったろうに。……まぁ嫌なら無理強いはしないが。
「鏡花から。素晴らしいライブでした、私も思わずペンライトを振っていました。とのこと」
「あーわかりました。前列でやたら正確にペンライト振っている人いるなーって思ってたんですよ」
「居たね。リズム感もそうだけど、ペンライトが全くブレてなかった」
「こんなところで精密さを見せないでほしい」
変装はしているみたいだけど、バレたら大変だぞ。
「あ、挨拶にも来るってさ」
「おーいいですね!よくできた後輩です!」
「年齢的には同じだけどな。駐車場にいるって伝えといてくれ」
「伝えた。ついでにお兄ちゃんいるけど大丈夫って聞いたけど少し間が空いて大丈夫だって」
「なんでさ」
少し間を開けないでくれ。それもうなんか考えているじゃん。
そんなこんな駄弁っていると、ぽつりぽつりと肩に何かが落ちる。空を見上げると、一面の雲から雨が降っていた。
「うわ。雨降ってきた」
「ライブが終わって降り始める。つまり私たちが雨を抑えていたんですね!」
「はいはい、早く車行くよ。風邪惹く」
三人して慌てて車がある方向へ駆け出す。鏡花への細かい場所の連絡は車の中ですればいいだろう。
そんなことを考えつつ、走っていると、視界の前方。丁度駐車場への出入り口に人影が見えた。
黒の長いパンツに黒のパーカー。フードを深く被り俯いている。無地の黒で全身を覆ったその男は、俺たちが走ってくるのを見るや、その視線をわずかに上げた。
真っ黒でどろどろとした何かが渦巻いた瞳。どことなく、嫌な、不穏な気配を感じた。
「有希!季乃!止まれ!!」
「うん?どうしたの?」
「え?はい」
慌てて二人を留め、二人の前に立つ。
その男は、俺たちの方へとゆっくり歩いてきた。両手はポケットの中に隠され確認できない。
「……ここは関係者用の駐車場です。関係者以外は立ち入り禁止ですよ」
「……」
返事はない。それが一層この男の不気味さを加速させる。
有希と季乃もようやく彼の不穏な空気に気が付いたのか、緊迫した空気を纏い始める。
だけど、そんな空気を破ったのは季乃だった。
「あ!もしかしてファンの方ですか?ごめんなさい、プライベートの写真はNGですけど、握手ならいいですよ!」
「……握手?」
季乃の発言にようやくその男が口を開く。濁ったような籠った声だった。
「はい!マネージャーさん!それなら大丈夫ですよね?」
「あ、あぁ。握手なら」
季乃は俺と目を合わせると、任せてください、と言わんばかりにウィンクを返す。
不安だったが、確かにちょっと行き過ぎたファンなだけという可能性もある。その場合、変に騒ぎも大きくしたくないし、季乃に任せておくのが正解かもしれない。
季乃は俺を追い越して前に出る。それを目にしたのと同時、俺は男の腕がポケットから出されたのが視界に映った。
そして、そこに鈍く映った鉛色の姿も。
「季乃!!!」
「え?きゃ!!」
慌てて季乃の腕を引く。ベージュの髪の毛が舞い、先ほどまで季乃が居た場所に鈍い光が走った。
「ちっ!」
舌打ちの音が響く。俺は季乃の腕を引いた勢いで季乃を抱きしめ、男から距離を取る。男はすぐさま距離を詰めようとしていたようだが、有希がバッグを投げつけたことで止まったようだった。
「……!!」
季乃を離し、男と向き合う。その手には鈍い光の元凶。包丁と思わしきものが握りしめられていた。
思わず背筋が凍る。
「え……」
季乃もその姿を目視できたようで動揺の声が漏れ出していた。
その声を聞いて、俺も為すべきことが見えてきた。
俺が星見プロを見守ってきたのは何のためだ。俺がアイドルを見守ってきたのは何のためだ。
皆を救うために俺がある。
俺がなんとかせねば。
「話をさせてくれ。何のために季乃を狙った。要求があれば聞こう」
男はそれを聞いて初めてもっともらしい感情を見せた。俺の発言を蔑むように鼻で笑うと、濁ったような声を上げる。
「話?要求?ねぇよそんなもん!!」
男は包丁を真っすぐ季乃へと向ける。
「そいつが!そこにいる女が!あの子の、麻奈ちゃんの歌を馬鹿にした!麻奈ちゃんの声を馬鹿にした!!!」
男が包丁を握る手に力が籠る。すでに話が通じる場面ではなかったか。
『麻奈ちゃんを馬鹿にするな』
いつぞやにSNSで目にした言葉が脳裏に浮かぶ。あのライブから日が浅いうちには厳重に警戒していたものだけど、最近は確かに緩んでいた自覚がある。失敗した。
だけど、これ以上。もう失敗するわけにはいかない。
男が発する言葉を聞きつつも、俺は男の一挙手一投足を見つめる。決して動き出しのその一瞬を逃すわけにはいかない。
「……馬鹿になんて、馬鹿になんてしているわけがない!」
季乃の怒ったような声が響く。それを聞きつつも、俺は後ろ手に有希に季乃を連れて逃げろと合図を出す。有希ならわかってくれるはずだ。
「私にとって麻奈ちゃんは世界を照らしてくれた光なんです!そんな彼女を、私を照らしてくれた長瀬麻奈というアイドルを、馬鹿になんてできるわけがないじゃないですか!!」
「嘘を吐くな!お前があの子の歌を真似たせいで、あの子の歌が穢れた!」
「そんなはずない!私は、麻奈ちゃんのことが好きで、尊敬しているから、だから!!」
「嘘つきが!!お前はただ、麻奈ちゃんのことを利用して勝ちたいだけだろうが!!!」
「っ!」
言い淀み、季乃の口から言葉にならない声が漏れる。
「だから俺はお前が許せねぇんだよ!!」
――来る。
駆け出しの際の僅かな足の張り。それを目にした途端、俺は正面へと駆け出す。
包丁を持った相手への対処法なんて、何度も考えてきた。
俺が星見プロを追っかけていた際、もしサニピが、もし月ストが、そんなことばかり考えて、あの時は過ごしてきたからだ。
でも、いざ前にするとかなり緊張する。
俺は男が向かっていた季乃の前に勢いよく飛び込む。そして視線を男の背後に向け、深く息を吸って――
「今だっ!!!!!!!!」
勢いよく思いっきり叫んだ。
「っ!!」
急な飛び込み、気迫の声、そしてまるで背後に誰かがいるような言動。色んな要素が積み重なって男の足が僅かに止まる。
「よっしゃ逃げるぞ!!!」
有希はすぐさま季乃を掴み、男から距離を取り始める。それに横目に俺も駆けだした。
有希が向かっている先は、人通りの多い通りの方角。ナイスだ。人がいればこいつも動きづらいだろう。
だけど問題は……。
「てめぇ!待て!!」
こいつの足の速さだ。初動である程度距離はできたが、生憎と俺の足は速くない。位置の関係もあり、捕まるとすれば俺が一番初めだ。
有希と季乃が逃げられれば一番だが、俺だってまだ死にたくはない。何か、戦える道具は、リーチを取れる手段はないものか。……いや、待て!
わずかに振り返ったその先、そこには持っている包丁を振りかぶっている男の姿が視界に映る。
それはまずい!
一瞬で凍てついた思考の中。咄嗟に足を止めようと体に働きかける。
――その刹那だった。
「任せておけ」
鷹のような声と共に、俺の横を誰かが通った。
「がっ!」
痛みに悶えるような声に目を凝らすと、そこには男の振りかぶっていた腕をつかみ関節とは逆方向へねじっている水月の姿。
チャリンと、包丁がコンクリートへと落ちる。
水月はそのままもう一方の腕も拘束すると、男の体ごと壁に押し付ける。
慌てて俺も駆け寄ったが、そこには関節を決められ完膚なきまでに拘束されている男の姿があった。
「水月!助かった!」
「御託は後だ。今はやるべきことをやれ」
その通りだ。
俺はすぐさま立ち止まっていた有希と季乃の傍に寄る。
「有希、季乃!大丈夫か?怪我はなかったか?」
「私は大丈夫」
「私も怪我はしてないです」
二人の体を見てみるが、確かに怪我した様子は見られない。よかった。ってまだ安心できる場ではないな。
「とりあえず通報を……」
「それならば私がすでに連絡済みです。五分ほどで駆けつけると」
逃げようとしていた通路の先から、鏡花の姿が現れる。そっか、そういえば鏡花が来ているんだった。なるほど、それで水月もいたのか。
「私とお兄様で容疑者は見ておきます。お三方は各所への連絡と安全な場所への避難を」
「……いや、あの男は俺と水月で見ておく。鏡花は二人を頼む」
「承知しました」
鏡花に二人を預け、俺は再びその男の元に戻る。
抵抗するたびに水月に強く締められ、男は苦しそうな声を度々漏らす。だが。
「離せ!俺は!あいつだけは!!許さない!!!」
怨嗟の声とも言うべき恨みつらみの声が上がり続ける。それはこの男が抱えている怒りの大きさだろうか。
「黙らせるか?」
「……悪いがそうしてくれ」
「ぐぁ!」
水月の拘束がさらに強くなり、男の声は収まった。
これ以上、こいつの言葉を季乃に聞かせるわけにはいかなかった。
数分後、ようやく警察が到着し、男の身柄を渡した。
男はそれ以上意味のある声を発することはなかったが、それでも最後まで見せていた瞳が記憶に焼き付いた。
激しい怒りを込めた怨嗟の瞳。どろどろとした暗い感情の奥に覗かせていた赤い炎。
きっとそれは、彼が言っていたことが全てなのだろう。
『お前はただ、麻奈ちゃんのことを利用して勝ちたいだけだろうが!!!』
麻奈ちゃんの事を大切に想うあまり、その死に耐えられず、その記憶に囚われる。
だからこそ、彼女を利用した存在である季乃が許せなかった。
正直、俺にも理解できた感情だった。麻奈ちゃんの死を乗り越えていなければ、斎木季乃という人物について知っていなけば、俺もそういう考えになっていたのかもしれない。
でも、今の俺は彼とは違う。
麻奈ちゃんの死は自分なりに区別は付けたし、斎木季乃という人物がどれだけ麻奈ちゃんを大切に想って、そのうえで彼女の歌を、彼女の声を真似しているのかを知っている。
だけど、それじゃダメなんだって気づいた。
俺が知っているだけじゃダメなんだ。季乃が考えている事、感じている想い、それをちゃんと皆に伝えてあげないと駄目だった。それがアイドルとして皆に伝えるべき言葉だった。
「……後悔は後だ」
今はそれより先にやるべきことがある。
雨が強くなってきた。
傘をさしながら歩いていると、彼女は会場近くの木製のベンチに一人座っていた。
俺もさっき事情聴取が終わったばかりだ。他の人はまだ聴取が続いているのだろう。
俺は彼女に近づくと、そっと傘の中に彼女の体を入れる。
「風邪惹くぞ」
「あ、ありがとうございます」
タオルを季乃に渡し、俺も彼女の隣に座る。濡れたズボンがちょっとだけ気持ち悪い。
「……」
「……」
空を見上げると雲一面の景色が目に入る。これはしばらく雨は止まないだろう。傘持ってきて正解だったな。
「……何も言ってくれないんですね」
「あ、悪い。一人で考えたいかなって思ってた」
「ふふ、慎二さんのそういうところ嫌いじゃないですよ」
「……なんか、ごめん」
「大丈夫です」
季乃は小さく笑みを浮かべると、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「私は麻奈ちゃんのことは大好きです。彼女の歌で自分が心の底から好きだと思えるものに会えたし、何より麻奈ちゃんの皆を想う姿勢はとっても素敵で、尊敬してます」
「でも、憧れとはちょっと違うんですよね。麻奈ちゃんの考えは大好きなんですけど、私とはちょっと違うなーって思うこともあります。私って、ほら、ちょっと自分勝手なところがあるんで。アイドルとしてステージに立ってみてもそれは一緒でした」
「私が言うのもなんですけど、どっちがいいとか話じゃないと思います。麻奈ちゃんには麻奈ちゃんの考えがあって、私には私の考えがある」
「だからこそ、私が考えた方法で私が考えたライブで、麻奈ちゃんの存在を少しでも多くの人に知ってほしかったんです。StarImitationが模倣の歌であるのは確かですけど、私が好きだった麻奈ちゃんの声を皆に知ってもらいたい、もっと麻奈ちゃんの事を想っていてほしい、そういう想いを込めて歌っています」
「でも、ですね。さっきの発言を聞いてちょっとだけ自信を無くしちゃいました」
季乃はそう言ってわずかに視線を落とす。その表情が見えなくなる。
「勝ちたいから、そういった想いがあるのは確かです。でもその想いと麻奈ちゃんを知ってもらいたい想い。どっちが上かって言われちゃうと、答えが出なくなっちゃいました」
季乃の指が絡み合う。絡み合った先、行き場を無くした指が手の甲へと閉じた。
「考えても仕方がない事だってわかってます。普段の私なら気にしなかったと思います。でも、今の私はアイドルだから、考える必要があるのだと思います」
季乃の真っすぐな視線が俺を見つめる。その瞳は不安げに揺れ動いていた。
「ねぇ……慎二さん。教えてください。私のこの考え方は間違っていますか?」
「……」
言葉は出なかった。
思えば俺も、アイドルとしての考え方なんて考えたことがなかった。俺にとってのアイドルは憧れの対象だったから、アイドルとして、どう考えるべきかなんて気にしたことすらなかったし、それでよかった。
だから俺には何もわからない。何が正しいのか、悪いのか。
それでも、何かを言わなくてはいけない気がして、言葉は出ない中、口を開く。
「…………季乃の考えは間違ってないと思う。そうやって考えていくことが大切だと思ってる」
「……そうですか」
俺の言葉に季乃の視線は下がった。
「間違いだって言ってほしかったです」
「っ!!」
そう言うと、季乃は立ち上がり、雨の中一人どこかへ去っていく。
それを見て、声を掛けようとして、俺は彼女に掛ける言葉がない事に気が付いた。
「あ……」
伸ばした手から傘がすり抜け、地面へと落つ。
全身を打つ雨が酷く冷たい。
思わず視界が下がり、雨でできた水たまりが視界に映りこんだ。
そこには、赤い三日月が浮かんでいた。
次章 PV風紹介
「ライブバトルには正解がある。だとすれば、その正解になるように全てを制御してやればいいだけの話だろう?」
「……だから俺は、ライブバトルが嫌いなんだよ」
「YU☆KI★NOとしてやり残したことかぁ。はぁめんどくさ」
「アイドルなんてこんなもんですよ。あなたが思うほど輝いてなんてないです」
「Venusグランプリ。全てのアイドルの夢の舞台」
「ⅢXとの因縁、いざ果たす時!」
「彼女たちともね」
「私は誰が相手であろうと、私のライブを貫くだけです」
「季乃は爆発したよ」
「ライブステージ全破損及び、客席並びに周辺機材への損傷。被害総額は21億2600万円」
「気をつけてください。今回のステージ何かが違います」
「星見プロの不審者の実力を見せてやる」
「東京寮への侵入者!?」
「きゃー!」
「AIにも感情を持たせることは可能だと思うんです」
「これが……心……」
「担当アイドルを輝かせるにはなんでもする。それがマネージャーの仕事だろう?」
「それが私の、トップアイドルとしてのプライドよ」
「教えてください。私が私でいてほしいか、それともアイドルとしていてほしいか」
「私のアイドルとしてのプライドは――」
「これが最後の戦いだ」
「私たちの全てを掛けて!」
「YU☆KI★NO 行くよ」
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