星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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見つめる視線

 以前も同じことを考えていたが、俺はNextVenusグランプリが嫌いだ。何ならその前提となっているライブバトルという仕組み自体好きではない。

 

 なぜならアイドルは誰かと競い合うためにあるのではなく、ファンとの関係があってこそ成り立つもので、それと勝ち負けは全くかみ合っていないと思っているからだ。

 

 ……とはいえ、俺一人がこんなことを思っても変えようがないというのが現実。俺も受け入れるしかなかったのだが……。

 

「朝の浜辺走るの、私好きかもっ」

 

「うー……芽衣は朝苦手かも……つらいよー」

 

「まぁまぁ、練習量増やそうって話はみんなで決めたことなんだし…頑張ろう?」

 

「今さら文句を言ったって、グランプリのエントリー。もう済ませているんだよ?」

 

 高台の下にある海外沿いを、サニピと月ストのメンバーが走っていく。それを俺は高台から眺めていた。

 

 朝から精が出るな……。俺も朝は苦手だよ。

 

 海風で頭を冷やしながら彼女たちの頑張りを見ていると、唐突にグランプリという言葉が聞こえた。そっか、サニピも月ストもNextVenusグランプリ出るのか。まぁそりゃ出るよな。

 

 新人アイドルにとっては夢の舞台だ。今の時代、それを目指さないアイドルのほうが珍しいともいえる。

 

 でも、なぁ。

 

「ここから先は弱肉強食の世界、気は抜けませんわよ!」

 

 そう、そうなのだ。正しくすずちゃんが言った通りの世界なのだ。だからこそ、そこで敗れると彼女たちのアイドル生命そのものがなくなる可能性もある。

 

 ……俺も大きなライブバトルで負けて、アイドルを辞めていく子たちを何人も見てきた。辞めるまではいかなくても、負けたことをずっと引きずってパフォーマンスを発揮できなくなったアイドルを見た。そして、勝つためだけに注視するようになったアイドルを見た。

 

 俺は彼女たちにそうなってほしくない。

 

 彼女たちが走っている姿を見て、改めてそう実感する。

 

 ライブバトルだけでなくとも、アイドルというものが仕事の取り合いで生計を立てているというものもちろん理解している。アイドルは夢の存在ではなく、現実の存在なのだ。そこには悲しい現実がたくさん待っている。

 

 ……どうか、彼女たちが苦しまずにいられますように。

 

 俺は千紗ちゃんと雫ちゃんが寄り添いあう姿を見ながら、心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 その日から毎日、彼女たちは海岸沿いを走っていた。それほどグランプリへ本気で臨むつもりなのだろう。

 

 だけど……いや、この言葉の先はよくないな。ファンである俺が口にしていい言葉じゃない。少なくともサニピも月ストもそれだけ本気なのだ。彼女ら十人がそのつもりならば俺もそのつもりで考えて……あれ?

 

 そんなことを考えていると、俺はふと彼女たちの中に数人いない人物がいるのに気が付いた。

 

 千紗ちゃんと雫ちゃんが遅れている?いや、彼女たちはいるし、むしろいない人物は……。

 

「おはようございます」

 

 背後から声がかかる。ライブで何度も聞いたことのある、はっきりとして丁寧な口調。

 

 振り向くと、アメジストのような瞳を鋭くすぼめ、警戒するように立つ沙季さんの姿があった。

 

 ……どこでバレた?いや、そういや毎朝ここでしかも高台の上っていう目立つ位置で覗いていたな。馬鹿だな俺。朝だから頭が回ってなかったわ。

 

 とはいえ、だ。別に俺がここで見たのは彼女たちが毎朝ここで走っている場面だけだ。いくらでも切り抜けられる。

 

「おはようございます」

 

「……何を見ていられたのですか?」

 

「海と、海岸沿いを走っている子たちだな。ああいうの見ると俺も頑張ろうって気持ちになるよな」

 

「そうでしたか……」

 

 残念だが、そういうやり取りでは俺は口を滑らさねぇよ。だから、大人しく帰ってくれ。俺はただの置物で君たちに害をなすつもりなんてないから。

 

「……御堂さん、でしたよね?」

 

 そう言って沙季さんの隣から出てきたのは、月ストのリーダーである琴乃ちゃんだ。彼女は厳しく、というよりも単純な疑問を持って俺に問いかけてきた。

 

「そういえばあの時ここで会ったっけ。あの時は悪いことをしたな。申し訳ない」

 

「いえ、その時のことは…こちらも申し訳なく思っています」

 

「いや、こと…君が謝る必要はないよ。俺の早とちりが原因なんだから」

 

「でも私たちのメンバーの問題でしたので、こっちにも原因が…」

 

「琴乃ちゃん!」

 

 ここに来ていたもう一人の少女。渚ちゃんが俺と琴乃ちゃんのやり取りを止めた。……琴乃ちゃん本当に素直で真面目な子だよな。だからこそ心配になるんだよ。

 

「ごめん、渚……御堂さん、芽衣…私たちのメンバーから聞きました。あなたはいつも私たちのライブに来てくれて最前列で応援してくれていると。どうして知らない振りをするんですか?」

 

 ……ライブ会場は思っている以上に光が強く、特にステージ上からは客席のお客さんの顔が見えないほど強いらしい。まぁそれでも会場によって光度は違うし、見える人には見えるからそこで顔を覚えられることは気にしていなかったのだが……裏目に出たな。

 

「えっと……それは悪かった。確かに俺は君たち…月のテンペストのことも、サニーピースのことも知っているよ」

 

「じゃあなぜですか?」

 

「俺の立場…ファンの立場になって考えてみてほしいんだが、応援しているアイドルが練習している場所を偶然見つけた。それを咎められた、としてファンですって堂々と言えると思うか?」

 

「それは……確かに……」

 

「でも、ずっと見てたんですよね?私たちのこと」

 

「それに関しては申し訳ない。この通りだ」

 

 俺は頭を下げる。土下座すべきか悩んだが、逆にそっちのほうが失礼な気がしたのでやめておく。

 

「……どうしましょうか?」

 

「……私たちも迂闊だったかもしれない。私たちはもうアイドルで常に見られる存在。だから練習場所を変えて……」

 

「いや、ダメだ。それはダメだ」

 

 俺は必死で琴乃ちゃんの言葉を遮る。

 

「今回の件は全面的に俺が悪かった。不快になったのならいくらでも頭を下げるし、消えろと言うのであればすぐ消える。だから、俺の行動のせいで君たちの行動を変えるのは止めてくれ。頼む」

 

 俺という存在で、彼女たちを制限したくない。ここでの朝の走りを楽しんでくれている人もいるんだ。それだけは避けたい。

 

「……どうしてそこまで私たちのことを?」

 

「……長瀬麻奈。俺は彼女のファンだったんだ。そこまで言えばわかってくれるか?」

 

「っ!」

 

 琴乃ちゃんが息を吞む。……こうなることがわかっていたから、彼女の名前は出したくなかったんだ。

 

「わかり…ました。でも、今回の件はマネージャーには連絡させていただきます」

 

「あぁそうしてくれると助かる」

 

 結局最後まで三人の警戒はとかれることはなかったが、比較的無難な方に事は進んだようで安心した。

 

 だが同時に、自分のやっていることが見つかったときにどう思われるかを改めて理解させられた。これ以上の行動は絶対に見つからないようにしないと。

 

 

 

 

 

 

 

「御堂なりに彼女たちのことを考えてくれていたというのはわかった。だが、ダメなことはダメだ」

 

「はい、すみません」

 

 あれからマネージャーに呼び出され、俺は説教させられていた。これからグランプリがあるアイドルたちを不安にさせないためにも、今回の件はあの三人以外には内密にするみたいだ。……芽衣ちゃん辺りには気づかれている気もするけど。

 

 というより、これはマネージャーやアイドルたちの中でどういった認識になっているのだろうか。俺が毎朝、彼女たちのランニングを見ていただけ?

 

「……聞いていたか?」

 

「はい、琴乃ちゃんが素直で可愛らしいと思いました」

 

「……お前な」

 

 しまった。何を当然のことを口走っているんだ。話すなら渚ちゃんの隠れた小悪魔っぽさや、沙季ちゃんのおどおどした様子とかも……。

 

「芽衣から聞いたが、ライブにもいつも来てくれていたんだろう?」

 

「あー、そうだな。ライブだけじゃなくてネット番組とか、雑誌とかも全部網羅しているぞ」

 

「そ、そうなのか……。一応聞いておくがストーカーとかじゃないよな?」

 

「失礼だな。そんなことするか。する奴がいたら俺が蹴り殺してやる」

 

 俺がやっているのはあくまで彼女たちに危険が起きないか事前視察しているだけだ。決して彼女たちのことをずっと眺めているわけではない。それと、プライベートもちゃんと見ないようにしているから問題ないだろう。

 

「い、一応信じておく」

 

 俺が彼女たちに手を出さないということに関しては確実に信用してほしいものだが……こればっかりは仕方あるまい。時間をもってして少しずつ積み上げよう。

 

「……なぁ御堂。もしかしてまだ…」

 

「回りくどいな。長瀬麻奈のことだろ?未だに引きずっているよ。ずっとな」

 

「そうか……」

 

 ……本来ならば俺が言う立場なんだろうな。俺はただのファンだったが、牧野は彼女のマネージャーだったのだから、俺以上に傷ついているはずなのに。

 

「……今更にはなるが、あの連絡を送ってしまって悪かった。申し訳ない」

 

 ……三年前、丁度麻奈が死んだ日。俺は友達だったこいつにメッセージを送っていた。

 

 責めるつもりも咎めるつもりもなく、ただただ長瀬麻奈という存在がいなくなったことを信じられなかった俺が送ったメッセージは、結果として牧野を傷つける結果になってしまった。

 

 それ以来、俺は牧野と顔を合わせるどころか、メッセージでやり取りすることもなくなった。……本当に馬鹿な話だよ。自分の愚かさに反吐が出る。

 

「俺もあの時は熱くなってしまったからお互い様だ」

 

「そうか……ありがとうな」

 

「どういたしまして」

 

 ……なんか変な空気になってしまった。話題を変えたいが……あぁそうだこれがあったな。

 

「一つ聞きたいんだが、いいか?」

 

「構わないぞ」

 

「……NextVenusグランプリ。彼女たちは出るのか?」

 

「公式発表はまだ出してない以上、彼女たちの情報を出すわけにはいかないんだが……まぁそれくらいなら大丈夫か。出るよ。サニーピースも月のテンペストも、二グループ共に」

 

「そうか」

 

 牧野は何を思い、彼女たちをNextVenusグランプリに出させるのだろうか。もしかして長瀬麻奈が挑むことすら許されなったその栄光を、そのステージを、彼女たちに見せたいのだろうか。

 

 ……いや、違うな。こいつはそんなエゴイストではない。自分のためではなく、彼女たちがそう望んだからNextVenusグランプリに出ることを決めたんだろう。

 

「俺が言うことじゃないが、あそこはそんな甘い舞台ではない。……彼女たちを折らせるなよ」

 

「……わかっているよ」

 

 はっきり言って、今の彼女たちの実力じゃ優勝することなど夢のまた夢だ。決勝戦どころか、どこで敗退してもおかしくはない。

 

 ……俺が彼女たちのファンである以上、こんな言葉は決して口に出すべきことではないが、彼女たちが折れるのは俺のプライド以上にあってはならないことだ。

 

 俺は、彼女たちが輝きたいと思う限り応援し続ける。どこへでも、何があっても。

 

「話は終わりか?」

 

「あぁそうだな。……なるべく朝の海岸沿いには近づかないでくれよ?」

 

「わかってるよ。じゃあな」

 

 朝の彼女たちを見れなくなるのは非情に残念だが、こればっかりは仕方あるまい。方法がないわけではないが、変なことをしてこれ以上警戒されたくないしな。

 

「あ、そうだ牧野。最後に一つだけなんだが……独り言を咎めるつもりはないんだが、周りの目があるところでは気を付けたほうがいいぜ?」

 

「ぜ、善処する」

 

 俺は牧野に背を向けてその場から去っていく。背後にわずかに視線を感じたような気がした。

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