夢野光。BIG4の一角であり、現存のVenusプログラムでトップを誇る彼女は自他ともに認めるトップアイドルだ。
彼女を語る上でもっとも重要なのはその芸歴の短さだろう。
齢十八歳、高校卒業後にアイドル業界に飛び込んだ彼女は、圧倒的な才でVenusプログラムを勝ち上がり、当時のVenusグランプリへ出場。名だたる猛者たちをなぎ倒し、そして全BIG4を相手にして勝利。あっという間にトップアイドルの座を掴んだ。それが彼女が二十歳の時。
それ以降は彼女の独擅場だったといっても過言ではない。どの大会に出場しても優勝、ライブバトルでも負け無し。当然連勝記録も持ち合わせており、未だに更新中だ。
そんな彼女の今の年齢は二十八。アイドルの寿命は三十までという話もあることから、後二年は彼女の時代が続くであろうというのが、アイドルファン達の間で語られていることだ。だけど本当に三十になって実力を落とすのかといった不安の声もちらほら流れてはいる。
話しが逸れたが、つまり彼女は芸歴を十年経たずして今のアイドル業界にトップに君臨し、芸能業界にも強い影響を与えているということになる。芸能界がそれほど育っていなかった昔の時代ならともかく、今の時代で実力一つでこれを成し遂げるのがどれだけすごいことか。
それだけ彼女の存在が異質であり、そして傑物であることの証明だろう。時代の寵児とは彼女のことを言うのだろうと俺も納得した記憶がある。
そんな彼女とこれから出会う。
そう考えると思わず身が震える。
……正確には始めて会うわけではない。夢野光のライブには何回か言ったことがあるから。でもそれはあくまでアイドルとしての舞台上の彼女であって、本当の彼女の姿ではない。彼女の素顔はどんなのだろうか、季乃みたいに良い性格していたりするのだろうか、なんてことを考えつつ俺は再度身だしなみを整え、待つ。
そして、その時は来た。
「おはようございます」
――玲瓏が響く。
美麗という言葉に相応しき音色。まるで天上の楽器をも彷彿とさせる響き。たった一言で、それほどの意味を持たせた声に思わず呆気を取られる。
「おはよう。わざわざ足を運んでいただいてすまない」
呆然としていた俺の意識を元に戻したのは隣にいた朝倉社長の声だった。彼は一つ俺に目を配るといつも通りの悠然とした態度で挨拶を返した。
「いえいえ、こちらこそ朝倉社長直々にご足労いただき感謝します。……それよりもそちらの方は?」
太陽のような金色の瞳と目が合う。凛々しさの中にまるで子供のような若々しさの残る不思議な瞳だった。
「……申し遅れました。本日同席させていただくバンプロダクション所属の御堂慎二と申します。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
吸い込まれそうなその瞳を遮るように俺は頭を下げる。
「気にしていませんよ。それにしても御堂……なるほど、あなたが紫穂さんの」
紫穂。俺の母親の名前だ。芸能業界ではかなりの有名人だから、夢野さんも認識があるのだろう。
「はい。御堂紫穂の子になります」
「ふふ、親譲りのいい子ね。好きよそういうところ」
そう言って夢野さんはさりげなく片目を閉じる。思わず心臓が高鳴った。
「……挨拶もそれくらいに。案内しよう」
「ええ、お願いします」
案内したのはいつもの応接室ではなく、社長室だった。
夢野さんをソファーへと案内し、向かい合う形で社長、その隣の席に俺も着く。
「話の前にまずは謝罪を。私のマネージャー…神野が遅れてしまうこと申し訳ございません」
夢野さんは長い黄金の髪を揺らしながら頭を下げる。
「その件はすでに連絡が入っている。謝罪する必要はない」
「ご配慮、ありがたき所存です」
噂によると夢野光を育てたのは神野司であり、彼の手腕によって夢野光はアイドル業界でトップで居続けているのだという。無論、実際に活動を行うのは夢野光であることから活動面においては夢野、それ以外のプロデュースやマネジメント系等々を神野が行い、トップを維持させ続けているということだろう。
「積もる話もあるが、君も忙しい身だろう。話は手短に行おう」
「えぇ。お願いします」
その言葉に俺も背筋が立つ。話は事前に聞いているものの、やはりこの話を彼女に話すのは肝が冷える。
「今回のVenusグランプリ。君が参加するという話は本当か?」
「えぇ。もちろんのことです。このグランプリに参加することはアイドルにとって誉ですもの」
「……それはアイドル業界が君に対してどう思っているかを理解しての言葉か?」
「私はアイドルとしてステージに立ち続ける。それだけのことですよ」
「結果として未来のステージに立てなくなっても、か?」
「それはわかりかねます。未来の事なんてわかりませんもの。今後の方針の話ならば神野に聞いてくださいな」
「……」
……朝倉社長に聞いた話はこうだ。Venusグランプリでトップを取り、名誉と共にトップアイドルになったアイドルはこれまでにも存在する。だけれど、そんな彼女らでも夢野光ほど有名になり、そしてトップであり続けたものはいない。
だからこそ、アイドル業界の重鎮たちは知らなかった。それがどういった結果を生むのかを。
初めは彼らも新たに生まれたトップアイドルである彼女を喜ばしく思い、アイドル業界の更なる発展のため、芸能界にも進んで推していた。
幸いにも彼女には多彩なスキルがあり、どの芸能に関しても成功し続けてきた。品行にも問題はなく、スキャンダルや変な噂も立つこともない。またトップアイドルとしての役割も理解している。アイドル業界の顔として相応しい数々に満足し、彼女が十全に活躍できるようにバックアップも続けてきた。
だけどそれは、彼女がVenusグランプリで三連覇したときに過ちだと気づいた。
決勝の舞台。当時のBIG4の一角と戦った彼女が出したスコアは、対戦相手に対して圧倒的なスコア差をつけた勝利。そしてそれを見たアイドルと観客の反応は一つ。
あぁやっぱりか。
四年前。彼女がVenusグランプリ初優勝を果たしたときから負けなし。スコア上でも彼女を上回った存在はなし。いつの間にか彼女に勝とうとしているものの姿は徐々に姿を消していき、諦観に似た空気かアイドル業界を覆っていることに気が付く。
そしてアイドル業界を改革しようと、改めて各アイドルたちの業績を洗い出してみて気づいた。ここ四年間の業績のほとんどが夢野光由来のものになっていることに。
作為的なものだと気づいたときにはこの時だった。
そのことを重くみた重鎮たちは直ちに対策を行った。彼女以外のアイドルたちが表舞台に立てるようにバックアップし、フォローを入れる。また、今まで行っていたアイドル業界からの規制の緩和。その結果、どりきゅんを始めとした今までのアイドルらしくないアイドルが現れたものの、結果として別のベクトルでアイドル業界の発展につながったためスルー。
しかしここまでやってなお、夢野光の圧倒的な存在感は薄れることはなかった。むしろ、他のアイドルを引き立てただけ彼女の本当の実力が垣間見える結果になってしまう。
重鎮たちは必死で策を考えた。どうすればアイドル業界を取り戻せるか、どうやれば夢野光を破ることができるか。その考えた結果の一つが、夢野光のVenusグランプリへのエントリー取り消しだった。それが二年前のVenusグランプリになる。
その結果巻き起こったのが、夢野光が所属する事務所との対立だ。無論、表立って何かをすることはなかったものの、裏事情としてはかなり泥沼化していたと珍しく朝倉社長がため息交じりに話していたのが記憶に残っている。姫野に後れを取ってしまったのも、この争いの最中だったかららしい。
そしてその争いは未だに続いている。今回のVenusグランプリで彼女が優勝してしまうとアイドル業界としての未来が不確かになる。それが朝倉社長から聞いた話だった。
「わかった。そこまでの覚悟があってのことなら私が止めることはない」
「感謝いたします。朝倉社長がそのお考えである以上、神野も安心だと思います」
「そうか」
……俺としては正直、夢野さん側につきたいところはある。アイドル業界の今後を考えれば今の夢野光に依存した形は相応しくないのは理解できる。でも、俺自身の感情としてアイドルが輝く場所を部外者の手で奪われてほしくない気持ちがある。だから夢野さんにはどこまでも輝いていてほしい。
きっとそれは朝倉社長も同じなんだろう。だけど同時にバンプロの社長として未来のアイドル業界を見据える必要もある。だからこそ、彼女に対して、真っ当にライブバトルで倒す術を考えている。それが未来のアイドル業界のためになり、夢野光のためになるから。社長が俺にこのことを話してくれた理由が理解できた気がした。
「……失礼します」
その時だった。ドアがノックされるとともに部屋の扉が開く。
「遅れてしまい、大変申し訳ございません」
現れたのは真っ黒な瞳を携えたスーツ姿の一人の男の姿。
神野司だった。