星見プロの不審者   作:ねむれすねむれす

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神野司

 

「神野!」

 

 彼は俺たちに向け頭を下げた後、言葉を続けようとして夢野さんの言葉に遮られる。

 

「なんで大事な話し合いに遅れてるの!ダメじゃない!」

 

「外せない用ができたんだ。ごめん。そう怒らないでくれ」

 

「ダメなものはダメです。でもメロンパン買ってくれたら許してあげる」

 

「わかったよ。帰りに買って帰ろう」

 

「やった」

 

 夢野さんの先ほどまでの神秘性はどこに行ったのやら、まるで子供のような表情を浮かべて喜ぶ姿に目を疑う。……なるほど、あれが夢野さんの素顔なのか。

 

「ごほん……神野、わざわざ来てくれて悪いな。席に着くといい」

 

「あ……」

 

「すみません」

 

 そこにきてようやく俺たちがいることを思いだしたのか、夢野さんは恥ずかしそうな表情を浮かべ、神野さんは苦笑いを浮かべながら、席に着いた。

 

「夢野光のVenusグランプリへのエントリーについて話していた。それで神野、君にも聞いておきたい。その意思は変わらないか?」

 

「当たり前です」

 

 彼は表情一つ変えず、まるで何度も行ってきた押し問答のようにすぐに言葉を返した。

 

「光に関する風当たりは十分知ってますし、彼女が今回のVenusグランプリで優勝した後、何が起きるのかは想定できます。だけど、俺は彼女のマネージャーなので。彼女が望むことがあるならば、それを全力で叶えるサポートをする。ただそれだけです」

 

「……意思は固いか」

 

「はい。朝倉社長ならわかってくれますよね?」

 

「……」

 

 朝倉社長の立場としては中立なんだろう。アイドル業界と夢野光。両方の言い分がわかるからこそ、どちらにも組せずお互いの橋渡しを行う。だから朝倉社長の招きに二人が応じ、そしてその言葉に何も返せない。社長も苦労しているんだな。

 

「朝倉社長が気に病む必要はないですよ。大丈夫です。思っている事にはなりません。全てうまくさせますので」

 

 ……うまくさせる、か。単なる言葉遊びではないな。その言葉には確かな自信と確固とした想いがあった。本当にそれをやり遂げる力があるのだろう。

 

「……君は少しやりすぎるきらいがある。不用に動くのは止めてほしいものだな」

 

「何のことかわかりかねますね」

 

 朝倉社長の眉間にしわが寄る。朝倉社長の言葉を受けても神野さんはどこ吹く風といった様子だった。

 

「……わかった。とにかく君たちの意思は聞けた。それだけの想いならばこれ以上は何も言うまい」

 

「そうですか。では私たちはこれで……」

 

「私からは、だ。……御堂、何かあるか?」

 

 ……このタイミングで俺に振るんすか社長。

 

 俺は恨み節に社長を一目見つめ、視線を二人に戻す。今までに感じたことのないプレッシャーが襲い掛かる。

 

「じゃあ自分からは一つだけ」

 

 二人……というか、朝倉社長も含めた三人の会話を聞いていて一つずっと引っかかることがあった。俺にとってそれは絶対に解せないし、納得できないことだ。

 

「夢野さんがVenusグランプリで勝つこと前提で話されているところ悪いですけど、勝つのはうちのアイドルたちですよ。だから、この話には何も意味がない」

 

 無言の空間が流れた。変な事でも言ったか心配になってきていると、社長室に小さな笑い声が響いた。

 

 馬鹿にするようでも、愛想笑いでもない。闘志を剝き出しにした戦うものとしての笑みだった。

 

 やがてその笑みが止んだ後、笑みを浮かべていた夢野さんが今まで見たことのない獰猛な表情で一言呟いた。

 

「やってみなさい」

 

 自身の実力を一切疑っていないからこそのこの表情と言葉だろう。どうせいずれ戦うのだ。彼女のこういった一面を戦う前に見れたのはありがたい。

 

「御堂慎二。君の噂は常々聞いているよ。それと同時に君が担当しているYU☆KI★NOと古都ことの話も」

 

 神野さんはそう前置きをすると、その真っ黒な瞳を正面からぶつけてきた。

 

「君に光を越える力はあるのか?」

 

 底が見えない。どこまでも深い黒き瞳だった。

 

「超えて見せますよ。俺たちが必ず」

 

「そうか。楽しみにしておくよ」

 

 彼は笑みを携えそう呟いた後、そろそろ時間だ、と席を立った。

 

「今日はお招きいただきありがとうございます。私たちの意思を伝える機会になりました」

 

「私からも謝辞を伝えます。ありがとうございました」

 

「礼には及ばない。こちらこそ、時間がない中足を運んでくれたことに感謝する」

 

「ありがとうございます」

 

 お互いに挨拶を交わした後、二人は社長室を後にしようとする。その直前、神野さんがわずかに振り向いた。

 

「誰かみたいに非道な手段に手を染める気は更々ないよ。でも、担当アイドルを勝たせるためにはなんでもする。それがマネージャーの仕事だろう?」

 

「……」

 

「だから本気で挑むというのなら、覚悟しておくことだ」

 

 最後に合った目は変わらず底が見えない。だけど、底から溢れる想いだけは見て取れた。

 

「あぁわかった」

 

 その言葉を聞き満足したのか、今度こそ二人はこの場所を後にする。

 

 俺は朝倉社長と顔を合わせ、笑みを浮かべようとして。

 

「御堂、不用意な挑発は止せ」

 

「すみません……」

 

 説教を受けた。

 

 

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