Venusグランプリのエントリーが締め切られ、抽選発表も間近に迫った頃。我がバンプロ社にとあるアイドルたちが訪れていた。
少し前に行われていたBIG4チャレンジとかいうぶっ飛んだ企画の主催者。数多の犠牲者を出した元凶であり、アイドル業界の革命家。
その名も。
「どりーむきゅんきゅん……!」
「あ?」
間違えた、どりきゅんだ。
嫌な奴の顔が思い浮かぶから二度とその名で呼ぶんじゃねぇと睨みつけてきた来夢さんに頭を下げつつ、俺は二人の様子を改めて見つめる。
赤のメッシュの入ったライトブルーの髪に、丸く活発気な赤い瞳。口元は俺の発言のせいで不満げにすぼんでいる。へそ出しの白パーカーに黒のパンツというシンプルなスタイルなのが、小南来夢さん。
深紫の長髪に、細く鋭く形どられた青の瞳。全身を黒の服で纏めながらもシルバーの金属製のアクセサリーで独特のアクセントをつけているのが大須賀れもんさん。
二人ともへそ出しで寒くないのかなぁって思った。
「まぁいい、ちょうどよかった。お前、ここの社員だろ?社長の元に案内しろ。話がある」
……ふむ。朝倉社長に話か。何の要件かがすごく気になるし、俺個人としても話したいことはあるが、とりあえずここはバンプロの社員として話をしておこうか。
「アポイントメントはありますでしょうか?」
「どりきゅんが来たと伝えろ」
「では、お引き取りを」
「おい!」
踵を返した俺の背に声がかかる。おいといわれても、俺もアポイントメントも取ってないような相手を案内するほど常識知らずではない。ちゃんと正式に面談の許可は取ってほしいものだ。
なぜだか知らないが自分の言葉がすごく自分に刺さる。なぜだろう。季乃のせいか。
「……あぁ思い出したわ。あなたYUKINOのマネージャーでしょ?」
その言葉に俺の足は止まる。どりきゅんとは直接面識はないが、YUKINOの知名度を考えると俺の事も知っていてもおかしくはないか。
「……そうですが」
「あなたに話があったの。いいかしら?」
俺に話?いや、違うな。俺というよりYUKINOに、と考えた方がいいか。となると考え付くことは……季乃の件だな。もうあいつダメだわ。
それはともかく、そうであるなら話し合う必要はある。
「これから別件ありますので、この時間にもう一度来ていただければと思います」
「わかったわ。……だ、そうよ。来夢」
「ちっ、わかってるよ。……あぁそうだ」
「どうかしましたか?」
「その時にはそのしゃべり方止めろ。気持ち悪くて蕁麻疹出そうだ」
「わかった。ムヒ持っていく」
「そういう意味じゃねぇよ!」
無事仕事も終わり、どりきゅんとの面会時間となった。会社としての問題でもないため俺たちは面会場所として近くの喫茶店に集まっていた。
喫茶店の扉を潜り見渡すと、すでに二人は到着しているようだった。
「おせぇよ。遅刻だ」
「ごめん、ムヒ探していたら遅くなった」
「要らねぇっつってんだろ!」
「来夢。乗せられたら駄目よ。これが彼のやり方だから」
「ちっ」
そんなつもりはないんだけど。
俺は彼女らの対面の席に着き、店員にコーヒーを頼んでおく。ついでにテーブルに持ってきた代物を置く。
「レスタミンだ」
「そこはムヒであれよ!」
「店員のおすすめだそうだ」
「知らねぇよ!」
「来夢」
「ちっ」
来夢はあからさまに舌打ちをすると、顎杖をつきそっぽを向いた。機嫌を損なってしまったらしい。悪いことをしたと思っているけど、こっちだってどりきゅんには思うところはあるんだ。これくらい勘弁してほしい。
「さすがはYUKINOのマネージャーね。イニシアチブを取るのが上手だわ」
「毎日ふざけた事を言うやつに鍛えられているからな」
「そのふざけた事を言うやつに話があって来たの」
「なるほど」
まぁ想定通りだわな。季乃は生放送でどりきゅんを煽るような事をしたし、あいつ自身どりきゅんに対して敵意を隠してないし、俺の知らぬところでどりきゅんとの確執ができていてもおかしくはない。
「マネージャーなんだから知っているでしょ?彼女が何をやっているのか」
……心当たりが多すぎて何のことかわからない。どの問題だろうか。
「これのことよ」
そう言ってれもんは俺に向けてスマホを見せる。そこにはSNSの画面が映っており、季乃の呟きが書かれていた。
『どりーむきゅんきゅん、どりきゅんきゅん♪
どりどりきゅんきゅん、どりきゅんきゅん♪
どーりきゅんきゅん、きゅんどりどり♪
どりーむ、どりーむ、どりきゅんきゅん♪』
「何これ?」
「なんだろうな……」
季乃が歌っていたどりきゅんの歌だ。ついに歌詞がお披露目されたらしい。……というよりだ。これを見せてきたということはこれを止めてほしいということか?
「それ自体は問題なかったのよ。ただそれがやたら人の目に留まった。その結果これよ」
今度はれもんさん自身のSNSを開く、呟いていること自体はどりきゅんの活動についての至極まともな内容だ。その返信欄を見る。
『どりーむきゅんきゅん応援してます!』
『いつもありがとうございます。どりーむきゅんきゅんをテレビで見る時が楽しみです』
『いつになればきゅんしてくれますか?』
「……ぐふっ。ごめん、面白い」
堪えようとしたが耐え切れず吹き出してしまう。どりーむきゅんきゅんが流行っている。
「冗談じゃないわ」
「すみません」
まぁ確かにどりきゅんはこういったネタで人気を獲得してきたわけじゃないし、そうしたいわけでもないことは俺も理解できる。
「他にもあるわ」
『どりきゅんには足りないものがある。
それは 中州かぼす だ』
「季乃にしては珍しくセンスがあるな」
「ねぇよ」
ともかく、だ。どりきゅんの二人が怒っているのは季乃のこういった言動のせいらしい。まぁ俺から言うことは一つだな。
「れもんさん、来夢さん。これは切れていい。怒ってやってください」
「だからこうして来てんだよ」
「確かに」
それはそうだ。じゃあ直接季乃に会わせたほうがよかったのだろうか?
「……オレたちも別にただ癇癪並べに来たわけじゃねぇ。こういったふざけた真似してくるやつらはこれまでにも居たしな」
「だから私たちが伝えたいことは一つよ」
二人の真剣な眼差しに俺も背筋が伸びる。
「「YUKINOと勝負させろ」」
「どっちが上かわからせてやるよ」
なるほど。これは確かに俺が会話する案件だな。どりきゅんとの勝負か……。色々とアイデアは思いつくし、YUKINOのアイドル活動としては悪い話ではない。だけども。
「即答はできない」
「はっ、また逃げんのかよ」
「そういうわけじゃなく、ただ単純にVenusグランプリが近いからだ。それに向けてのやることが詰まっている」
スケジュール的には空けることは可能だ。だけれど、彼女たちとの勝負がYUKINOのVenusグランプリに影響を及ぼす可能性もある。そう考えた時に受けるべきか悩む。特に季乃に関しては色々と悩んでいる時期だろうし、変にその傷を深めたくはない。
「へぇ。エントリーするのね」
「じゃあ猶更受けるべきだな」
「……どういうことだ?」
「元BIG4の私たちに勝てないようじゃ、Venusグランプリなんて勝てないからよ」
口調は挑発染みて、けれども、そう言いのけたれもんさんの瞳は真剣だった。
「……どりきゅんは確か二年前のVenusグランプリに参加してたか」
「えぇ。でもあれは私たちの問題で負けたから気にしていない。問題なのはその後の大会で戦ったあいつよ」
虚空を睨みつけた彼女の目に映っているのは、おそらく一人のアイドルだ。
夢野光。どりきゅんがとある大会で彼女に負けたことは俺も知っている。それが彼女たちにとっては屈辱的な事だったのだろう。
「あいつがいる限り勝ちはない。今の私達でも勝てるかどうかは怪しいところだわ」
自信の塊のようなこの人たちにそう言わせるか。やっぱり夢野光はすごいんだと再認識させられる。
「お前はアイドルじゃないからわからねぇんだろうが、あいつのライブは一言で言えば異常だ。何かが違う。だけど、その何かがわからない。それを掴むために色々とやってきたがまだわからねぇ」
異常か。俺も彼女のライブを目にしたことはあるからその凄まじさは理解できる。神秘的で次元が違うとは感じたが、それを異常という言葉が当てはまるのかと言われると疑問符が募る。来夢さんが言った通りアイドルだからこそ見える視点があって、それで感じ取れるのだろうか。
「……」
振る舞い一つに関してもYUKINOや鏡花は理解できる点はあった。彼女が次ライブするとき、皆を連れていく必要があるな。
「って話が逸れたな。で、どうするんだ?受けるのか、受けないのか」
「スケジュールの都合もある。一度あいつらに話を通す。そこからだ。でも」
俺は一呼吸置き言葉を続ける。
「俺個人としては受けるべきだと感じた」
「はっ、いいじゃねぇか」
「物分かりがいいのね」
季乃の悩みやVenusグランプリへの影響。色々と気になることはあるが、それ以上に夢野光の話が引っかかった。彼女に勝つにはどりきゅんとの勝負が一つの足掛かりになるかもしれない。
「早速伝えておくよ」
「えぇ頼むわ」
その後は取り留めのない雑談をして、二人とは別れを告げた。