Venusグランプリが開幕した。
開会式ですら熱狂の渦に溢れ、観客がいかにこの舞台を待ち望んでいたかが伝わってくる。
だけど、それも仕方のない事だろうと思う。Venusグランプリ自体が二年に一度の開催、稀に開催されない事もあるくらい特別な大会だ。それに、トップを決める大会と略されていても、著名なアイドルたちが参加しないこともざらにあり、ライブバトルを楽しみにしているファンにとってはそれらの事由はフラストレーションが溜まるものだったのだろう。
けれど、今回のVenusグランプリは違う。BIG4であるサニーピース、月のテンペスト、LizNoir、夢野光が全員参戦。それだけでなく、元BIG4、Venusプログラム上位、実力派と言われる名だたるアイドルたちが参戦している。だからこそ、開会式ですら盛大に盛り上がった。今後、試合が進むにつれてその盛り上がりは更に進んでいくだろう。
そして、この戦いがその一歩となる。
YU☆KI★NO VS ⅢX
「夢野に対してあそこまで豪語したんだ。失望させないでくれよ」
関係者席に座っていた神野司は、モニターに映るその文字を見て、喜色の笑みを浮かべた。
「うわ、あっつ。なんでこう舞台裏ってこんなに暑いかなぁ。会場にエアコンつけるならこっちにも付けろっての」
「予算削減でしょ。舞台裏なんて長居するものじゃないし、別にいいじゃない」
「マジレスを求めているわけじゃないんで黙っていてくださーい」
「じゃあ話さないでくださーい」
「元よりお前に話したわけじゃねぇっての」
「……二人ともみっともないから黙っててくれる?」
mihoはため息を吐きつつ、視界上で揉めているfranとkanaに向けて言い放つ。ライブ前というのに全く緊張感がない。たまたま周囲に誰もいなかったから良いものの、誰かに聞かれていたら一体どうするつもりだったのか。諸々言いたいことは出てくるが、辛うじて言葉を押さえつけ、別の言葉を続ける。
「今日の対戦相手はYUKINO。二人も知っていると思うけど、油断はできない相手よ」
「何?今更、臆病風でも吹かれたんですかー?」
「……ちっ」
「堪えようとして結局舌打ちするの止めなさいよ。kanaも真面目な話なんだから今は止めて」
「でも、実際のところあいつらが私たちに勝てる要素ないでしょ。今までも全部勝っているんだよ?所詮は小細工抜きじゃ何もできないってことでしょ」
「じゃあ聞くけど、今日のライブバトルまでにYUKINOは何か小細工してきたかしら?」
「それは……確かに何もなかったけどさ。万策尽きたんじゃない?」
「季乃とあのマネージャーがそうやって諦めるような相手に見えるのかしら?」
「……」
その言葉には納得がいったのか。kanaは黙り込み、考え込む仕草を見せる。そんな様子を見てfranは口を開いた。
「別に事前に何かをすることだけが小細工じゃないでしょ。ライブで何かを企んでいるんじゃない?」
「その可能性は高いでしょうね。I-UNITYのときみたく、観客の度肝を抜くライブで私たちを越えようとしているのはすでに考えたわ。でも」
『スコアの要因における観客点。これを防ぐにはどうすればいいでしょう?』
以前のライブバトルの後、季乃が言った言葉がmihoの脳裏に浮かぶ。観客点を伸ばす方法があるのなら、観客点を減らす方法があるのも確か。それを知っている彼女がⅢXとの戦いで何もしないとは思えなかった。
「私たちのライブの妨害工作を行っている可能性も十分にある」
「ライブを壊すような真似はしないって言ってなかった?」
「あの人は信用できません。平気で嘘をつける人種です」
「あーそれは同意ー。姫野とはタイプは違うけど信用したらダメなタイプだわあれ」
「そうかしら……」
franは有希との交流があるため、彼女の兄でありマネージャーの話も度々耳にはさんでいた。確かに人格には問題はあるが、ライブとアイドルに対する熱量は本物で、それは担当ではない他のアイドルに対しても同様。それに有希自身が妨害工作を心底嫌いそうな印象を持っていたため、franはその発言をあまり納得できなかった。
「ともかく、今回のライブは気を付けるべきだわ」
「はいはい。ま、所詮は実力では勝てない弱虫ちゃんたちがやっていることだから、kanaたちがいつも通りやれば問題ないってことでしょ」
「その通りね。mihoも考えすぎないように。それが狙いかもしれないわよ?」
「……そうね」
いつも通りやれれば負けないのは事実。だけどそのいつも通りがやれるかがわからない。でも、こうやって考え込ませる事が狙いというのも理解できる。
直前になってもわからないなら、それは考える必要はない、か。
mihoはそうやって自分を納得させると二人と目を合わせる。
常に自信に溢れ完璧な姿を見せるfranと、言動は最悪だがその演技力とパフォーマンスは見事なkana。
腹立たしいけど、この二人となら例え何をされても負ける気はしない。
三人で目を合わせると、誰が合図するまでもなく、kanaが口を開く。
「いつだって全身全霊で――」
「最強を証明し続ける」
「全ては絶対勝利のために」
「……ⅢX、行くわよ」
ⅢXのステージが始まった。
……本当に何もしかけてないのかしら。
mihoがステージに立っても、YUKINOが仕掛けたと思われるものは一切見あたらなかった。ライブ前のMCで観客の様子を確認してみたが、これといった異常は見られない。
なら、全力で叩き潰すまで。
三人がステージ上に並び立つと、スピーカーから高く安らぐような音が響き渡る。しかしそれはすぐさま重低音の重く響く音に置き換わった。
『心を決めたらガチ
ためらっているのはどっち?
本気出せば狙い撃ち
ロシアンルーレット I'm driving you crazy』
同時に三人は歌い、踊る。ステップもポージングも、視線を合わせずとも、合図すらせずとも、自然と合う。阿吽の呼吸なんて呼ぶ偶然的なものじゃない。圧倒的な才と計算され尽くしたパフォーマンスによってそれらは成り立っている。
『ズキュンと Bang Bang
真ん中に Just aim it
向かって
逃げられない』
握りこむ仕草も、挑発する動作も、撃ちぬくようなポーズも、全て意味がある。勝つための動作だ。
だからこそ、それを向ける先の観客にはわかりやすく、そして採点を司るシステムに向けてのアピールは欠かさない。
『Oh yeah Oh yeah ハート型の矢
Oh yeah Oh yeah 解き放たれたなら』
ⅢXの技術力は確かであるが、全体的に技術の方向性は採点AIのスコア稼ぎに寄っており、高度なダンスやポージングが多い。もちろん、その分高難易度ではあるが、それを簡単に成し遂げる力があるからこそ、ⅢXというアイドルは成り立ち、ライブバトルにおいて無類の強さを誇る。それが、点取り屋と言われる所以でもあるが。
『Don't be afraid 信じて 痛みを乗り越え
受け止めた愛は
世界を変えるの』
だけど、そんなⅢXの課題は観客点であった。
単純な話、観客点というのは観客が盛り上がれば盛り上がるほど点数が高くなる。曲のジャンルによってその基準は細かく変動されるが、ⅢXの場合は観客を熱狂させれば点数が高くなることは間違いない。
けれど、それはⅢXの面々がいくら歌やダンスの技術を磨こうが左右できるものではない。全ての観客の感情を完璧に動かすことは不可能だし、それをやるには不確定要素が多すぎる。
だから一番不確定要素が少なく、確実に取れるスコアの取り方として技術点をベースに置いている。しかし、その結果が観客点不足という課題を生み出していた。
だけど、その課題も徐々に解決に近づいてきていた。
『Bang Bang. I'll Hit you down
光よりも速く』
franのトップモデルとして培われた見られ方と見せ方について、kanaの子役自体に身に着いた演技力と立ち回り、そして長年アイドルとして活動してきたmihoの経験値。それらは、どれも観客点を取るのに十分な力だった。
『To the top あの日の想いは今
羽を手に入れて 空にFly away』
そしてI-UNITYで負けてから改めて視界に入れたファンを目にして、彼女らは観客点の取り方を議論し、身に着けていった。
『Let's take a chance ねぇ、大胆 なくらいで
Bang bang bang』
全ては明らかにはできていない。だけどⅢXはできる限りの観客点を取り入れた。故にⅢXは強い。夢野光以外のBIG4と互角以上の戦いを見せることができる程度の実力がそこにあった。
『Hey just for one 世界感 変わるほど
Bang Bang Bang』
それは並みのアイドルなら心が折れるほどの最良のステージ。YUKINOでは届かない遥かな高みで。
『Bang Bang!』
mihoは勝って見せろと不敵な笑みを浮かべた。