「すごい盛り上がりね……」
「ここまで熱気が伝わってくるよ!すごいよね!」
「開幕戦から熱いものがあったしなぁ。その流れで一気に広まったように見えるわ」
ⅢXの敗北はその意外性もあってあっという間に拡散され、しばらくトレンドを独占するほどの盛り上がりだった。
元BIG4とはいえ実力は健在で、勝利したのがI-UNITYのころから因縁のあったYU☆KI★NOだったというのも大きいだろう。Venusグランプリの開幕戦から今回のVenusグランプリは今までを越えて面白いと大盛り上がりだった。
「ⅢXが負けるなんて本当にまさかだよね。びっくりしたよ。落ち込んでいたのが心配だけど……」
「あの人らの事やから、すぐに立ち上がってくるんやないかな。それよりも今は自分たちの事を考えなあかんね」
「そうだね」
そして今日のこの一戦もまた、盛況の一つになるであろうことに違いなかった。
「誰も予想だにしてなかった事を成し遂げる……。私達だって……!」
古都こと VS TRINITYAiLE その戦いの幕が上がろうとしていた。
Venusグランプリでは、ライブバトルの前にお互いにステージに声を掛け合うMCバトルというものが存在する。実際のスコアに加算されるわけではないが、ここでの言葉でのぶつかり合いや観客への言葉で会場を盛り上げようという魂胆だ。
お互いのアイドルが名前を呼ばれ、会場に出た後、トリエルの三人は古都ことと向き合った。
グレーの髪に空色の瞳。黒と白に彩られた和装に蝶の柄。クールな出で立ちも相まって新人アイドルとは到底思えない。
見たところ緊張もしてなさそうやし、大した子やね。油断できへんわ。
優はことの様子を見て警戒を更に強めていた。
「さぁここからはMCバトルの時間です!お二組ともどうぞ!」
「TRINITYAiLE。Venusプログラム五位のグループであり、ライブバトルでも百連勝以上していると聞きました。そんな先輩方と戦うことができて光栄です」
「ありがとうございます。私もあなたの事は知っています。古都こと、デビューから間もないもの関わらずトップアイドルと遜色ないスコアを叩きだす新人がいると。あなたと戦うことができるのは楽しみです」
「過分な評価です」
お互いに謙遜し合いながら挨拶を交わす。ことはちらりとお客さんの反応に目を寄越し、ふと思い立ったように口を開く。
「そういえば。トリエルの皆さんはBIG4を目指していると聞きました」
「えぇ、その通りです。だからこそ誰にも負けられない」
「残念ですね」
「……何がですか?」
ことの一言で感情がひり付いた。これだよと言わんばかりに観客の一部から笑みが零れる。
「説明が必要ですか?」
「今日自分が勝つからBIG4になれへん。そういうことやろ?大人しそうな顔して中々言ってくれるんやね」
「事実ですので。それに今回は事務所の先輩方に色々と教えていただきました。トリエルには負けないかと」
その発言に、瑠依は事前に行われた星見プロダクションの所属アイドル全員を招いての会議について思い出した。
議題内容は今回のVenusグランプリについて。
mihoさんが主導となり細かいところまで話してくれたが、今回のバトルにおいて重要な事は二点だ。
一つ目は、今回のVenusグランプリでは採点AIのシステムが大きく改変されているという事。mihoさん曰く、技術点と観客点をベースとする抜本的な変更はされていない。ただ、採点基準が見直されているらしく、以前までの採点AIをベースにしたパフォーマンスだと得点は稼げないとの事だ。スリクスが大差で敗北したのがこれが原因だったらしい。
だけど基本的な技術を評価する仕組みは変わっていないので、採点AI基準のパフォーマンスを行わなければ問題ないみたいだった。採点AIは確かに意識したことはあったものの、トリエルのパフォーマンス自体は元より自分たちの技術に焦点を当てたもののため、大きな影響はない。だが、多少なりとも影響はあることは確かで、Venusグランプリという戦いではその多少が結果を左右する可能性もあるので頭に入れておかなければならないことだった。
二つ目は、Venusグランプリの採点AIが切り替わったことをバンプロダクションが理解していた事。
それはYUKINOがスリクス戦で見せたパフォーマンスが物語っていた。YUKINOと御堂さんの性格を考えれば、平均スコアで負けている相手に対し何の策もなしに挑むはずがない。にも関わらずYUKINOは特段動きを見せず、いつも通りのパフォーマンスを行った。それは、採点AIが切り替わったことを知っているからこそできた行動だ。去り際に見せた季乃の表情を見ても間違いない。とmihoさんは自信を持って伝えていた。
そして、YUKINOが知っているということは、バンプロ社としても共有済みということになりえる。情報として知っていれば解析は可能なため、それを活かす戦略を取ってくるかもしれない。特に御堂さんがマネージャーを務めているYU☆KI★NOと古都ことには注意したほうがいい。
mihoさんが話してくれたことは概ねそんな内容だった。
採点AIが変化していることには驚いたものの、トリエルは採点AIに特化した方法でスコアを稼いでいたり、相手を蹴落とす形でトップを目指していたわけではない。
だからこそ、それを示唆したと思われる彼女の発言にも堂々と言葉を返した。
「私たちも事務所の他のグループから色々と聞きました。負けませんよ」
「そうですか。ならばこれ以上私から話すことはありません。お互い良いライブにしましょう」
「えぇ。そうしましょう」
お互いにステージを降り、舞台裏で最後のライブの確認を行う。会場のライトの位置と、ステージ上の立ち位置だけ確認した瑠依は、同じグループの二人に向けて声を上げた。
「絶対に勝ちましょう」
「うん、先輩としても負けられへんからね」
「勝つぞー!!」
「す、すみれ?どうしたの?」
「えへへ、ちょっと気合を入れようかなって」
「どしたん急に?……でもそうやね。それくらいの気持ちでいかんとあかんね」
三人は目配せし頷き合うと、親指、人差し指、中指を伸ばしたジェスチャーを繋げ合う。
「私たちの歌で胸躍らせよう」
「白い翼で」
「世界を翔ける!」
「「「TRINITYAiLE!」」」
ステージに立つと独特の緊張感がある。たくさんのお客さんに見られているというプレッシャー、失敗しないだろうかという不安。それらが積み重なった結果、手足の震えという形でそれは姿を表す。
やっぱりこの緊張感はまだ慣れないなー。
すみれはステージ上で震えを隠しつつ、お客さんに向けて笑顔を振りまき、手を振る。
いつもだったら、ファンや同じ事務所の仲間たち、マネージャーや家族の言葉に励まされ、そして何より瑠依と優という絆で結ばれている二人が一緒にいたからこそステージに立っても不安な感情は抱かなかった。
でも今日はちょっと違う。
瑠依ちゃんも優ちゃんもなんか様子が変?気のせいだといいんだけど……。
すみれは二人の後ろ姿を見て、少しだけ不安を覚えていた。二人とも言動はいつもと変わらないように見える。だけどなぜだがその振る舞いに今までのような頼もしさが感じ取れない。
理由はわからない。でも、このままだと取り返しのつかないことになる気がして、すみれは人一倍声を張り上げていた。
「みんなー!応援よろしくねー!」
自分が引っ張っていくなんて考えはない。トリエルは三人で羽ばたいていく。だから少しでも二人が元気になれるようにすみれは前を向いた。
「ふふ、すみれちゃん、今日はえらい元気やね。これはうちらも負けられへんよ」
「えぇその通りね。じゃあその元気に負けないように私達も始めましょう」
その言葉にお客さんが湧き立つ。少しだけ収まるのを待った後、瑠依は言葉を続けた。
「les plumes」
ピアノの美しい旋律が会場に響き渡る。すみれと優が幕を開くように交差し、瑠依と優の言葉が続いた。
『ギリギリまでもっと息を切らして
近くに感じる声を纏って明日に向かおう』
瑠依の歌の特徴は透き通っていて落ち着く声が特徴だ。俗に言うクリスタルボイスから繰り広げられる旋律は会場中に響き渡り、皆の心を打つ。
代わって優の歌は、同様に落ち着く温度を潜んではいるが、甘く蕩けるといった言葉がよく似合う声だ。色っぽさも混じり合ったその言葉は打たれた心を魅了する。
『信じた昨日が示す先は
どこまでも広い空へと繋がっているはずだよ』
歌だけではない。振付一つにしたってキレのあるブレない動きは、弛まない努力の証だ。そんな二人だからこそ、すみれも信頼して自分のパフォーマンスに集中できる。
だけどやっぱり今日は違った。
あ、あれ?今のシーン、タイミングがずれた?
映像で見返すと気づく程度の僅かなずれ。だけど、何百回をも練習で二人のいつものパフォーマンスを見ているすみれはすぐに気が付いた。
瑠依ちゃんも優ちゃんも早い!
『走り抜けた
終着駅
何が待ってるか』
個々の振付のシーンではまだ誤魔化せる。だけど、トリエルのパフォーマンスには三人で息を合わせて作り上げるものが多い。そのシーンでのずれはかなり致命的だ。
うぅ、私が二人に合わせないと。
曲と比べリズムが早いことに二人は気づいていない。なまじ瑠依と優の息が合っているだけに気づけていないのだろう。二人に修正させるのは無理だと判断して、すみれは自分が合わせに行った。
『確かめたいんだ 君と一緒に』
三人で同時にターンする場面、ステップのタイミングを少しだけ早くすることで一瞬だけテンポを早める。少なくとも今のシーンはずれてなかっただろうと安堵した。
けれどここからは正念場だ。サビに入り、三人で合わせる振付が多くなってくる。ここをいかに乗り切るか。
あれ?
そう思って、ふとすみれは疑問に思った。だけどその疑問をうまく言葉にできないまま、サビへと進んでいく。
……ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない。考え事をしながらなんて、見てくれている人に失礼だよね。
疑念を跳ね除けると、すみれはパフォーマンスに集中した。
『飛び立とう 目指していこう つくりものじゃない未来
ほらここにある 輝きは 希望の羽さ』
変わらずパフォーマンスはちぐはぐだ。そのことに歯噛みしながらも、その様子は表情には出さず、歌にダンスに意識を集中させる。
『君の眼に魅せるものは 紛いものじゃない世界
その手を取って 連れていくよ』
……あ。
すみれはそこで、皮肉にも自らの歌詞を以てして、ようやく気が付いた。
同時に寂しさにも似た感情が心を埋め尽くす。
……そういうことだったんだ。
『誰も知らない 雲の向こう』
大きな拍手と共にライブが終わる。すみれは最後まで笑顔でステージに立ち続け、お客さんに向けてギリギリまで手を振り続けた。