「う……うぅ…ごめん……ごめんなさい……」
舞台裏。つい先ほどステージから降りたトリエルは、モニターが見える席へと腰を下ろす。神経を張り詰めていたステージから降りて、すみれは蓋をしていた感情が溢れ出した。
「す、すみれ!?ど、どうしたの?」
「さっきまであんなに元気やったのに……どうしたん?何かあったん?」
そんなすみれの様子に瑠依と優も慌てて声を掛ける。しばらく泣いていたすみれだったが、二人に背中をさすられる形で次第に落ち着きを取り戻し、ぽつりぽつりと呟く。
「……二人はライブ、どう思った?」
「え?……そうね。全部をやりきれたとは言えないけど、それでも今できる全力を出し切れたと思うわ」
「うちも同意見やね。すみれちゃんのパフォーマンスも変なところはなかったと思うけどなぁ」
「……ちぐはぐだったよ。皆」
「え?」
言おうか言うまいか一瞬悩んで、今後のトリエルのことを考えて素直に話した。二人ならこの失敗も糧にしてくれて更に羽ばたけるって信じていたから。
「……瑠依ちゃんも優ちゃんも早かった。特に瑠依ちゃんはずっと意識ここにあらずって感じで、いつもみたいなパフォーマンスじゃなかったよ」
「そんなはずは――」
瑠依の言葉を遮るように、ステージ上の歓声が舞台裏まで響き渡る。モニターを覗くと、そこには対戦相手である古都ことの姿が映っていた。
「……とりあえずライブ見ようか。すみれちゃんの言葉は気になるけど、自分のライブだけやって、相手のライブを見てない、なんて言ったら怒られてまうわ」
「……そうね」
「うん……」
三人の中に居心地の悪い空気が流れる中、モニターの中に映り込む古都ことが観客を目に声を張り上げた。
『この場に来てくれたたくさんのお客様に、最高のステージをお見せいたします。では聞いてください。――あなたへのラブソング』
始まったのはエレキギターとドラムが織りなすポップな楽曲。思わず小躍りしたくなるような明るい曲調に合わせて、古都ことは口を開いた。
『うららかな陽だまりの中で あなたと出会った奇跡
胸の高鳴りはきっと 間違ってない』
「え……?」
ライブを聞こうとはしていたが、瑠依の感情はそれどころではなかった。すみれに言われた今日のライブが早かったという言葉。そして意識がここにあらずといった様子。瑠依としてはライブは手を抜かず全力でやったつもりだったが、思い当たるところがないわけではなかったからだ。
だから古都ことのライブが始まろうが、そのことに対して意識が向いていたし、無意識にライブを聞き流そうとしていた。けれども、その考えは古都ことの歌声によって消え去った。
歌は楽器を奏でいるかのように綺麗で、声も繊細な美しさを感じる。でも、それ以上に引き付けられるような、視線を外せなくなるような響きがそこにあった。
『あなたと共にあって たくさんの景色を見て笑って
そんな日々をこれからも、って願ってる』
「あ……」
踊りも例外ではない。年頃の少女が思いの丈を秘めるような表情に、見ているだけで想いが伝わって胸が焦がれる振付。その一つ一つだけでも感情が伝わってくるようで益々視線が外せなくなる。
同時に瑠依は気が付いた。古都ことが何を目的としてステージに立っているか。そして自分に足りなかったものがようやく見えた。
『降り注いだ星に 願いを
この愛が届くように』
古都ことは最初から自分たちを見ていない。自分らを通して目の前のお客さんの姿だけを見ていた。MCバトルの時から、ずっとお客さんにどう満足してもらい、喜んでもらえるかを考えていた。MCバトルで挑発のようなことをしてきたのもお客さんにそう望まれていたからに違いない。
だって、このライブが、見ている人全員に向けたラブソングなのだから。
『世界中に飽きられようとも あなたと一緒に』
「…………ぅ」
真っすぐに届く愛の言葉。けれども、その純粋な想いを聞くたびに瑠依の心に矢が突き刺さる。
ファンをお客さんを蔑ろにしているつもりはなかった。でも、瑠依がずっと見ていたのは対戦相手の姿であり、そしてBIG4というトップの座であることに間違いはない。
だからこそ、目の前のお客さんに喜んでもらうという想いは、自分が見失っていたアイドルとしての大切な想いを正面からぶつけられているようで、自分が間違っていた事を突き付けられていた気分だった。
『夢見た世界はまだ遠く この手をすり抜けて
けれどもあなたと一緒なら 掴めると信じて』
「ぅう……あぁ……」
瑠依の瞳から涙が零れ落ちた。それを必死に押さえつけようとして、けれどもうまくいかず、嗚咽のような声が徐々に零れだす。
『あぁ何度でも伝えたい』
これ以上聞きたくない。でも、聞かないといけない。
それはきっと、瑠依の中で培われてきたアイドルとしてのプライド故だろう。今まで羽ばたいてきた日々が逃げることを許さず、瑠依はそのラブソングを最後まで聞き遂げた。
『あなたへのラブソング』
「ぁあ…うぅ……あぁぁ………」
アウトロが流れきり、ようやくライブが終わった。その事実に瑠依は安堵し、安堵した自分の情けなさに再び胸が苦しくなる。
それでもトリエルの二人の手前、リーダーとして気全に振舞わないと、と視線を上げた時、ようやく気が付いた。
「うぅ……ぐすっ……」
「ごめん……ごめんなぁ……」
すみれも優も、目を真っ赤にさせて涙を零していた。そのことが悔しくて、自分ばかり気にしてしまった事が情けなくて、それでも二人の事をほっとけなくて、瑠依は二人に抱き着いた。
「うぅぅ……あぁぁあ……」
「ぇぇ……あぁ……」
「ぁぁ……うぅ……」
背後から聞こえる歓声の中、トリエルは三人で息を殺しながら泣き続けていた。
「……」
「……」
「……」
散々泣き続けた三人は、先ほどとは別の意味で気まずい空気に包まれていた。
瑠依は恥ずかしそうに目を外しながら、なんとかまとめようと口を開いた。
「と、とりあえず話し合いは後にしましょう。これからスコア発表でまたステージに出ないといけないとだし」
「そ、そうやね。そないしましょ」
「う、うん。そうだね。でも……どうしよう。瑠依ちゃんも優ちゃんも目が真っ赤だよ」
「すみれも真っ赤よ。でも、確かにそれは困ったわね。ファンにこんな姿見せられないわ」
「うーん、サングラスでも付けてみる?変装用に持ってきてるよ」
「それはさすがに不審すぎない?」
「でもこのままじゃ出られへんやろ?」
「それはそうだけど……。うーん」
「すみれ、覚悟を決めましょう。一度失敗しているんだもの、今更どう見られようが変わりはしないわ」
「……そう、だね。ライブでみんなを裏切っちゃったんだもん。最後に立つステージでみんなを楽しませたい!」
「決まりやね。はいこれ、二人の分」
「やけに準備がいいわね……」
「……なんかこれ派手すぎない?」
「せっかくやし派手に笑かしに行きましょ」
「……絶対これ変装用のやつじゃないわよね」
「たぶんパーティーグッズの……」
「ほら二人とも!出番やて」
先んじてステージに出ていた古都ことに続いて、トリエルの三人もステージ上に姿を現す。
衣装は先ほどのライブと同じ羽衣のようなワンピースに白のブーツ。白のサテン生地のグローブもしっかり付け直し、ダンスで乱れた髪もセットし直した。
始まったときの同じ姿だが、唯一違うのがその目につけられていたサングラス。
まるでヤクザかのような太フレームのサングラスを付けた瑠依は口を開いた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
瑠依が頭を下げ、二人もわずかに頭を下げる。
進行が始まると思い黙っていたトリエルだったが、なぜか動揺した様子を見せるだけで一向に進行を進めない司会者に対して、ハートマークのサングラスをかけた優は声を掛けた。
「どうしたん?進行してくれて構わへんよ」
このサングラスのせいだということはわかっていたが、変に指摘されて取る羽目になっても困る。トリエルとしては完全スルーで行く方針だった。
「……なるほど。私もサングラス付けてくるのが正解でしたか」
「えっと私が言うのもなんだけど違うと思うよ?」
ぼそっと呟いた古都ことの発言に、星のサングラスを付けたすみれが小声で突っ込む。ことは不思議そうな表情を浮かべていた。
「さ、さぁ!何やらよくわからないことになっていますが、結果を発表していきたいと思います!」
中央のモニターに、二組のアイドルが映し出され、スコアのグラフが伸び縮みを始める。
やがて大きな光に照らされ、そこに一組のアイドルが映し出された。
「勝者は――古都こと!!」
「うん……」
わかっていてもやっぱり悔しい。瑠依は俯きそうになるのを堪えていると、両手に触れる感触に視線を向けた。
優とすみれがそれぞれ自分の手を握り、そして二人が手を合わせている姿。円陣を組むかのように輪になっている様子を見て、瑠依はこの想いは自分だけのものじゃないことに気づいた。そして、改めて決心する。
まだ私は終わったわけではない。ここから新たに羽ばたいていくんだ。この三人で!
その想いを込めて二人と目線を合わせ、サングラスで見えない瞳に三人は笑い合った。
あなたへのラブソング
イメージ 夜もすがら君想ふ