「えぇ!?と、トリエルの皆さん負けちゃいました……」
「……いやー、これはさすがに予想外と言いますか、考えもしてなかったと言いますか……」
「……もしかすると、本当に僕たちの知らない何かがあるのかもしれないね」
トリエルの敗北。それはスリクスの敗北の動揺から立ち直っていない星見プロのアイドルたちに大きな衝撃を与えた。
スリクスもトリエルも同じ事務所として協力し合って、そして戦ってきたライバルだから、その強さは皆理解している。だからこそ、そんな二組が立て続けに負けたことに驚き、不安を覚えていた。
「な、何かって何ですか?」
「それはわからないよ。でもmihoも言ってたでしょ?採点AIが変わったって。それと同じような事が僕たちの知らない場所で起きているのかもしれない」
「こら葵。不安を煽るようなこと言わないで」
「ごめん。僕もちょっと気が立っていたみたいだ」
葵は莉央の言葉に謝罪し、モニターだけが綺羅びやかに輝くステージ上を見つめる。
つい先程ここでトリエルと古都ことのステージがあった。初めからステージを見ていたけど、トリエルのライブは明らかにパフォーマンスの質が悪かった。今までの軽さはなく、ずっと焦っていたようにも感じ取れた。
それがなぜかはわからない。でも、対戦相手がバンプロ所属の子で、そのマネージャーがあの人だと知っていると一つの疑念が沸き立ってくるのも確かだ。
もしかするとあのマネージャーがトリエルを負けさせるために何か手を回したのかもしれない。
「……いや、違うね」
その考えが脳裏に浮かんだが、葵はすぐさま首を振った。
あのマネージャーが疑わしいのは確かだ。でも、あの人はリズノワがバンプロを解雇されたとき真っ先に助けに来てくれた人であり、その後も星見プロと共に戦ってくれた人だ。噂ではトリエルを救ったのもあの人のおかげだという話もある。
そんなお人好しが果たしてトリエルに対して直接的な牙を向けるだろうか。やるとしても、皆に気づかれないような遠回しな手段を使ってきそうな気がする。
どちらかと言うと、今回のような直接的な危害に関してはもっとそれらしい人物がいる。それは――
「あ!リズノワの皆さん!これはこれは奇遇ですね!」
そんな声と共に思考が途絶える。顔を上げると、そこには丁度考えていた人物の姿があった。
「お久しぶりです!季乃ちゃん参上です!控えおろう!」
斎木季乃。この子ならやりかねない。
葵はわずかに目を細めた。
「何しに来たんだい?」
ベージュの髪を揺らしおもちゃを見つけた子供のように寄ってきた季乃。彼女の背後を見渡すが誰も見当たらないことから、どうやら一人で来たらしい。
「そんな邪険にしないでくださいよー。私と葵さんの仲じゃないですかー」
「普段だったらここまで警戒はしないさ。でも今は違うでしょ?」
Venusグランプリの最中であり、YUKINOとLizNoirは戦う可能性もある。そのことを言外に匂わせ、葵は言い放った。
「今も昔も友達じゃないですかー。酷い先輩ですねー、こころちゃん?」
「あ、季乃先輩とは話すなって言われていますので黙秘しまーす」
「誰ですかそんなことを言ったのは!」
「……」
「無視はやめてくださいよ!こころちゃんだって、学校で無視されたら嫌ですよね?」
「……それは、そうですね」
「こころ、気にしなくていいよ。この子はわざとやっているから」
「そうですよこころちゃん!学校で何されても気にしなくて大丈夫ですよ!烏合の衆なんて、顔と名前と連絡先だけ知っていれば勝てます!私はそれで全勝しました!」
「交友関係も全焼したらしいね。有希に聞いたよ」
「有希ちゃんなんでばらすの!?」
「……話が逸れているわよ。それで、何をしに来たのかしら?」
莉央の言葉に葵も思わず頭を抱える。季乃と話しているとやっぱり調子を持っていかれる。厄介だ。
「せっかくですし、リズノワの皆さんにヒントを上げたいなーって思いまして。ほら私たちバンプロ時代からのよしみじゃないですか。それでですよ」
「ヒント、ね。それはあなたたちがスリクスに勝った理由とさっきのトリエルのライブに関して、かしら?」
「ですです。それもありますね」
「だとしたら結構よ。葵、こころ、愛、そろそろ行きましょ。レッスンの時間も近いわ」
「えー?いいんですか?せっかく、夢野光さんの事も教えてあげようとしていたのに」
季乃は残念だなぁとこれ見よがしにため息をつき、落胆している様子を見せる。
夢野光。Venusプログラムで長年にわたり一位を維持している彼女のことは葵も知っていた。都合が合わずライブ会場に行ったことはないが、ライブは映像で何度も見たことがある。
でも葵が夢野光に対して思ったのはそれくらいだった。長年一位を維持し続けてきただけあって、確かにパフォーマンスは当時の葵の目からしてもずば抜けていたし、相手するとなると難敵にはなるだろう。でも、僕たちも負けてはいない。勝機はある。そんな認識だった。
だけど、莉央は違ったみたいだった。
「……聞くだけ聞かせてもらうわ」
「お!乗り気になりました?ではでは、ご席にお戻りくださいませ」
立ち上がっていた莉央が再び席に着く。そういえば莉央は夢野光のライブを直接見たことがあると言っていた、直接見たからこそ気づく何かがあったのかもしれない。
「そうですねぇ。どこから話せばいいのか悩みますが、まずは採点AIのことから話していきましょうか。採点AIが切り替わったことはさすがに知ってますよね?」
やっぱりそうだったか、と葵の口から息が漏れる。知っていたからこそ、スリクス戦でそれを利用したのだろう。
「えぇ。マネージャーから聞いたわ」
「よかったです。じゃあ、新しくできた採点AIは何をベースに作られたかは知ってますか?」
「……どういうこと?」
「あれ?えっと、そもそも採点AIといえど初めは人間が作るわけで、ある程度ベースとなる仕組みを作らないといけないわけですよ。どういった動きが良い動きかーとか、どういった反応が良い反応なのかーとかですね。それはわかります?」
「技術点と観客点の判別、ということだよね?」
「ですです。でもそれって、結局ライブでの動作や反応を見ないといけないわけですよね?じゃあ誰のライブを見て作ったか。それがベースとなっている人物です」
「じゃあ特定の人のライブだけを見て作ったってこと?」
「初めはそうだったみたいですけど、次第に人工知能君が他のグループを見て良し悪しを判別して勝手に成長していったみたいですよ。それが旧採点AIです」
つまり、以前までの採点AIは特定の誰かのライブをベースに作られ、残りは人工知能が多大なライブを情報として集めていき、より正確な採点になるように学習していったということだろう。
「でもこれって欠点があると思いません?」
「ベースとなっている人物がいる、ということは、その人のライブが高得点になりやすいってことかしら?」
「あ、そこは大丈夫みたいです。すでに引退済みのアイドルらしいので。聞くところによると私たちも知っているトップアイドルがマンツーマンで付き合っていたらしいですよ。誰なんですかね?」
「ま、そこは後ででいいよ。それよりも何が問題なんだい?」
誰がベースになったかは気になるが、今はそこを深掘りする必要はない。そう思って葵は話の先を求めた。
「簡単な話、採点AIって良いライブ、悪いライブを判別し、そこから更に学習するんです。ということはつまり、特定のアイドルが良いライブを行えば行うほど、その人のデータが良いライブとして蓄積されていくと思いません?例えば――」
一呼吸挟み、季乃は口を開いた。
「――八年もの間、Venusプログラムで一位を確保し続け、ライブバトルで負け無しの人なんて、良いデータ例として持ってこいじゃないです?」
「夢野光のことね」
「です。つまり、旧採点AIには夢野光ちゃんのライブが良い例としていっぱい積み重なっているんですよね。困ったことに」
特定の動作、特定の反応がスコアに影響を及ぼすならば、その特定になるように言動を選び取ってつなぎ合わせれば理論上に高得点は狙える。ただそれをやるにはやり遂げるための膨大な技術と才が必要だ。
だけど、もし自分の何気ない言動がその特定に選ばれているのならば、特に意識せずとも高得点が得られる。季乃が言っていることはそういったことなのだろう。
「なるほどね……。でもそれは旧AIなのよね?新しい方はどうなの?」
「まだ検証中なので全部を知っているわけではないのですが、それでもいくつかわかったことがあります。その中でも大事なのは今ある採点AIはすでに学習後のものであり、変化は止まっているということでしょうか」
「全く同じライブをすれば、全く同じスコアが取れる、ということだよね?」
「その通りです!まぁ、実際のところ細かい修正は知らないうちに入るでしょうし、そうとは限らないんでしょうけど、概ねそのイメージです」
同じライブをすれば、とはいうが、アイドルも人間であり、観客も変わる以上、同じライブになることはほとんどないだろう。
だけど、技術点における正解は見つかりやすくなる。スリクスみたいなアイドルが増えそうだなって葵は思った。
「それがどう夢野光に影響するの?」
「どうやら新しくできた採点AIはその学習サイクルにおいて、夢野光のデータは一切入ってないみたいです」
「……?」
その言葉に葵も莉央もクエスチョンマークを頭に浮かべた。それを見て季乃は困ったように言葉を続けた。
「えっとですね。マネージャー曰く、これは仮定の話であり詳しく話すには込み入った事情を話すことになるから信用してくれなくてもいいそうなので、信用するかどうかはお任せします。私もよくわからないです」
「……まとめてもらっていいかしら?」
「つまりですね。夢野光。新採点AIによって、弱体化している可能性大!だそうです」
「聞かなきゃよかったわ……」
「僕もだよ」
ライブバトルにおいて対戦相手を分析することはざらにある。でもそれはあくまで相手と正々堂々と戦い勝つために行っているわけであって、相手を負かす、ましてやライブ以外の要因で勝ちたいわけではない。
何者かの陰謀をも考えられる季乃の発言は、ライブバトルが戦いの場と考えている莉央たちにとっては耳を塞ぎたくなることだった。
「まぁでも話してくれてありがとう。頭には入れておくわ」
「どもどもです」
「ちなみになんでそれを僕らに話したんだい?」
「仲間ですので!」
それは話す気はない、か。葵は変わらずの季乃の様子を見つめそう判断した。
「長く話過ぎたわね。そろそろ行くわ」
「はーい。あ、そうそうさっきのトリエルのライブバトルに関しても採点AIによる影響って結構出てたみたいですので、分析してみると面白いかもですよ。ではではー!」
そう言うと、季乃はスキップでもするかのように会場を後にした。その様子を見て、リズノワの面々も移動を開始する。
「どんな事情があろうと負けない。そうでしょ莉央?」
「えぇ、その通りね。夢野光もいいけど、まずは目先の相手よ」
「そうだったね」
ついそのことを失念していた葵は莉央の言葉にはっとさせられた後に、小さく笑みを浮かべた。今の莉央ならだれにも負けないと思ったから。
「ねぇ、愛。今の話わかった?」
「なにもわからない……」
こころと愛はその後ろで難しそうな表情を浮かべていた。