意地と意地のぶつかり合い、または誰かの企みと陰謀。様々な想いが揺らめき、それでも表向きは真っ当にVenusグランプリは進んでいく。
波乱もあった各一回戦はすでに終了し、ここからはいよいよBIG4を含む面々が試合に出てくる。その事実に参加者たちは更に兜の尾を締め、観客はここからの戦いに熱を高める。
二回戦目の初戦、サニーピース VS YU☆KI★NOが始まろうとしていた。
「えぇ!マネージャーさんが遅刻!?」
ライブ当日、朝早くから会場入りしていたサニーピースの面々は一足先に楽屋入りし、今日のステージについての最終確認を行っていた。その最中、全員のスマホに通知が入った。
「渋滞に巻き込まれたみたい。グループチャットに、書いてた」
「毎年グランプリになると交通整備とかもすごいものね。前日に近くのホテルに泊まっていて正解だったわ」
「マネージャーさんも一緒に泊まればよかったのに……」
「それはそれでどうなのよ……」
「あはは、彼は他のグループも見ないといけないし、さすがに私達だけに付き合わせるのは悪いものね」
「でも、ちょっと心配かも……。もし出番までに来れなかったら……」
千紗がつぶやいたその不安は皆の中にも少なからずあったみたいで、どんよりした空気が五人を覆った。けれどもそれを吹き飛ばすようにさくらは人一倍声を張り上げた。
「マネージャーさんのことだからきっと大丈夫だよ!」
「まぁ、さくらの言うとおりね。あの人のことだから最悪走ってでも間に合わせそうだわ」
「想像がつく……ふふ、考えると、ちょっとおもしろい」
「いつも私たちのことばかり考えてくれているものね。だから、千紗ちゃんもそんな不安げにしなくても大丈夫よ?」
「う、うん。ごめんね弱音はいちゃって……」
「大丈夫よ。誰も気にしてないわ」
怜の言葉に皆が頷く。千紗はそんな皆の様子を頼もしく思い、小さく笑みを浮かべた。
「でも、私も不安に思うところはあるわ」
「え?」
先ほどとは打って変わって弱音のような言葉を吐いた怜の姿に驚きの声が漏れる。それを見て、違うわと否定を入れ、言葉を続ける。
「今日の対戦相手のことよ」
「YU☆KI★NO、だね。有希ちゃんと季乃ちゃんのグループ」
「雫ちゃんはライブ行ったことがあるんだっけ?」
「うん。パフォーマンスもすごいけど、二人の声の掛け合いも最高。自由奔放な季乃ちゃんのはしゃぎっぷりとマイペースな有希ちゃんのやり取りはファンとして見もの。おすすめは先月のライブの――」
「スイッチ入っちゃったわね……」
「私が聞いておくから、怜ちゃん続けていいよ?」
「わかったわ」
怜は千紗がうんうんbotになって雫の話を聞いているのを横目に言葉を続けた。
「YUKINOのパフォーマンスがすごいのは確かだわ。でもそれ以上に気を付けないといけないことがある。会議のこと覚えている?」
「確か、採点AIが変わったって話とそれをバンプロ社が知っていて分析されているかもしれない、って話だったわよね。覚えているわ」
「うん。でも私はそれだけじゃないと思うわ。あの話で大事だったのはそれだけYUKINOが本気で勝ちに来ているってことよ」
「……えっと、どういうことかな?」
「……そういえば、さくらは実際目にしたわけじゃなかったわね。NextVenusグランプリのとき、月ストと戦う前に季乃が不和を起こそうとしてきていたのよ」
NextVenusグランプリ前、丁度さくらの心臓が長瀬麻奈のものじゃないかと騒がれていたころ、そのトラブルに乗じて星見寮にやってきた季乃は言葉尻を取って不和を引き起こそうとしていた。
そのときは彼女らのマネージャーである御堂が抑えてくれ、月スト自体がその言葉を跳ね除ける結束を見せたため結果としては問題なかったものの、あの時の寮の空気を知っている怜としては、勝つためとはいえ相手を貶める手段を行い、その後もけろっとした様子の季乃にかなり警戒していた。
「あの時は御堂さんも味方してくれてたけど、今は彼女たちのマネージャー。止めてくれないでしょうね」
あの一件の後、怜は御堂から警戒していてほしいという言葉を貰っている。言葉尻を捕らえるようだが、それは御堂本人としても季乃を止める気がないということであり、そもそも彼自体が食わせ者であるとも知っているため、御堂本人が何か手を打っている可能性もあると怜は考えていた。
「そうね……有希ちゃんも季乃ちゃんもいい子なのは知っているけど、ライブバトルになると目が変わるものね」
「季乃っていい子かしら……?」
「意外と素直な子よ?」
その言葉に疑問符を浮かべずにはいられなかったが、自分たちの中で一番年齢の高い遙子さんだからこそ見えるものもあると一人納得する。
いつの間にか話が終わっていた雫が、そう実は季乃ちゃんはとても素直な子、と同意していた。
「えっと、私たちはどうしたらいいの?」
「一番は本番まで彼女たちに会わないことでしょうけど……」
そこまで口にして、ふと怜は疑問に思ったことがあった。
「そういえば、Venusグランプリのエントリーから今日までの間、YUKINOと話した人っている?」
「季乃ちゃんととんかつ食べに行きましたー!」
真っ先に釣られている様子のリーダーに、怜は苦い顔を浮かべた。
「えっと、そのときに何か言われてない?」
「うーん?色々と話したけど、特におかしな話はしてないと思うよ?あ、でも最近のことをよく話していたかも。BIG4になってどうだったとか」
「それだけ?」
「後はBIG4になってのライブバトルの話とかかな?大変だねぇって言い合ってたよ」
「……おばあちゃんの会話?」
「雫ちゃん確保ー!」
「つかまった」
わちゃわちゃし出した二人を他所に、怜はさくらの言葉について考えてみるが、これといった意味が思い浮かばない。さくら自身も何も気にしていないところから、本当に何もないのかもしれない。
「私もあるわよ?YUKINOというより、御堂君にだけど」
「あの人に?」
「うん、たまたま現場で一緒になって、最近どうですかーみたいな話だったわ。後はちょっとした昔話かなぁ」
「なんか……ありきたりですね」
「そうね。怜ちゃんはあるの?」
「私は有希と外部のレッスンスタジオで会ったわ。ダンスの事で挑発されたから、グランプリで絶対に勝って見せるって言い返したわ」
「……怜ちゃんが一番危ないんじゃ」
「何か言いました?」
「ううん、なんでもないよ。千紗ちゃんと雫ちゃんはどう?」
「私は会ってないかな」
「私も」
「じゃあ今のところは大丈夫なのかな……」
「怜ちゃんの考えもわかるけど、あんまり考えすぎないようにね」
「……そう、ですね。皆、ごめんなさい。目先のライブの事だけ考えましょう」
「ライブ勝つぞー!!」
そんなさくらの掛け声に、全員で手を伸ばした。
ちょっと危なかったなぁ。
ライブの時間が近づき、メイクさんに化粧や髪型をセットしてもらっている最中、さくらは一人先ほどの会話について考えていた。
季乃ととんかつを食べに行き、話していたのは事実だ。でも、その会話の中で、一つだけしっかりと覚えていることがあった。
YUKINOが襲われたあの事件の事。皆には申し訳ない事したけど、季乃ちゃんもあんまり話したくないみたいだったから、言いたくなかったんだよね……。
ご飯を食べに行ったときがその事件からそれほど期間が過ぎていないときであったから、さくらもつい心配してその話をしてしまっていた。すぐに間違いだってことに気づき話さなくても大丈夫だって否定したけど、季乃ちゃんは困った様子を見せながらも、そのときのことを話してくれた。
麻奈さんの真似をしたから麻奈さんの事を大切にしていたファンに襲われた。
StarImitationの楽曲はさくらも知っていたし、季乃自身が麻奈さんの真似をできることはテレビやラジオで公言していることだ。けれどそれは決して誂う意味合いではなく、尊敬の念も籠もったものだってことは聞いているだけで伝わってきた。
だけどそれが伝わらない人もいた。
「…………」
立ち回りが悪かったといえばその通りだが、それでもいきなり包丁で襲いかかってくるというのは想像しただけで身の毛がよだつ。それにその後のYUKINOの会見で麻奈さんへの想いを話した後も、未だそう言った声は上がっていたことに恐怖を覚える。
そしてそれはさくら自身も他人事ではなかった。
デビューしてから少しの間、麻奈さんの声で歌っていたのは私も同じ。それに私の心臓は麻奈さんの……。
さくら自身、心臓を移植してくれた麻奈さんには最大限の感謝と、アイドルである長瀬麻奈について尊敬しているのは確かだ。でもそれが周りにどう伝わっているのかがわからない。
もしかすると、私も季乃ちゃんと同じようにいきなり襲われて……。
そこまで考えてさくらはかぶりを振った。それを考えたら自分の中の大事なものが崩れる気がしたから。
「え、ど、どうしたの?」
「あ、すみません。なんでもないです」
髪の手入れをしてくれていたメイクさんに謝罪すると、さくらは意識を切り替え、今日のステージについて考える。
季乃ちゃんだって、前を向いて頑張っているんだから、私がくよくよしている暇はないよね。
それでも、胸に刺さった突っかかりが剥がれることはなかった。
「うーん」
メイクセットの順番待ちの間、本番前の緊張もあってじっとしていられなかった怜は、楽屋を出てリハ用のスタジオで軽く汗を流していた。
けれども踊れど踊れど気持ちが晴れることはない。これ以上はステージに差し支えると思った怜は踊るのを止め、汗をぬぐいながら鏡の中の自分を見つめた。
気持ちが晴れない理由は自分が一番わかっている。今日の対戦相手であるYUKINOの事。季乃の件もあって誰よりも警戒し、そして不安だった怜はその気持ちをうまく共有できず一人で考えていた。
今回のグランプリでもスリクスとの戦いで奇策を使った。私たちとの戦いで何もしない、というのも変な話よね。
当時BIG4だったスリクスに勝って名実共にBIG4になったサニーピース。実際のスコアとしても他のBIG4やそれこそスリクスにすら負けない値を叩きだしている。それはYUKINOとしても理解しているはずだ。
もしかして侮られている?そんなことをしなくても勝てる相手だと思われているとか?
怜の中に生まれた疑念。でも、考えれば考えるほどそうとしか思えなくなり、怜の中で静かに熱い気持ちが生まれ始めた。
有希も私のダンスを見てその程度かと言わんばかりの表情をしていた。あれも私たちを侮っているからこそ生まれたものなのだとしたら。
「……絶対に勝ってやる」
怜の中の闘志が燃え、体を包み込む。気が付けば不安な気持ちはすっかり晴れていた。
私を、サニピを侮ったこと、後悔させてやる。
「このまま何もないといいんだけど……」
怜がどことなく落ち着かない様子で楽屋を後にしたのを見送った後、遙子は自分宛てに届いていた連絡を見て、少しだけ悩んでいた。
連絡元は御堂君から、内容は季乃がサニピに妨害しようとしていたらすぐに呼んでくださいといったものだった。
御堂君とはちょっとだけ皆より付き合いが長い。ソロで活動していたときから応援してくれていたし、握手会やサイン会にも顔を出してくれていたからよく覚えている。
それに麻奈ちゃんとの件もあって、彼が落ち込み、それでも頑張っている姿を目にしたから、ちょっとした親近感もあったし、彼がどんな人かというのも理解できた。だから彼が考えていることはなんとなくわかる。
きっとこの言葉は本心。呼んだらすぐに来てくれるんだろうって。
季乃ちゃんに関しても遙子は悪い感情は持っていなかった。確かに言動はちょっと困ったところがある子だが、それはアイドルに対して本気で取り組んでいるからだと知っているからだ。
けれども自分がそういう想いでも、皆がそう思ってないことも理解できる。NextVenusグランプリ前の月ストの件もあって、警戒する気持ちもよくわかっていた。
「わかってくれているといいんだけど……」
御堂君も季乃ちゃんも、ライブを妨害するような相手じゃない。考えすぎる方がよくない方向に向かっていく。
遙子は心配げな眼差しで怜が後にした扉を見つめた。
「……有希ちゃんのダンスと季乃ちゃんの歌はやっぱり別格」
雫は一足先にメイクセットを終え、楽屋でスマホを横向きに傾けながらじっと動画を見ていた。
動画は先月のYUKINOのライブ映像だ。丁度先日予約していたライブ映像が届いたため、映像をスマホに取り込み合間合間に確認していた。
YUKINOのファンだから当然……というのもあるが、勉強用といった側面もある。
何度も見返したその映像を改めて確認してみると、YUKINOのライブのパフォーマンス力というものがしっかり見えてくる。
有希ちゃんのダンスは、繊細に見えて結構荒々しい。派手なところも多いし、アドリブっぽい動きも取り入れ季乃ちゃんを驚かせている。だから全体的に目立つ。
季乃ちゃんは、歌の表現力がずば抜けている。一つ一つの言葉に込められた思いが、映像越しにも伝わってくる。会場で聞いたら、もっとその雰囲気が伝わってくる。
そんな二人が同じステージに立っているのだ。そんなライブが楽しくないわけがない。
すごい、すごいと目を輝かせながら雫は動画を進めていく。
「……は!」
本来の目的を思い出し、今は楽しむ場合じゃないと首を振った。名残惜しく思いながらも、動画を巻き戻し、最初の曲に戻す。
YUKINOと言えば、StarImitaionが代名詞になっている。けど、あの曲はむしろYUKINOらしくない。普段のYUKINOを表すなら、この曲。
Spiritual Idol
YUKINOのデビュー曲であり、NextVenusグランプリ一回戦で歌った曲だ。明るく楽し気な雰囲気と、暗く不穏な雰囲気の二面性を持った歌。二人の演技力も光っており、歌の情景が思い浮かぶ楽曲だ。
StarImitationはすでに披露した。二戦同じ楽曲とは考えづらいから、他の楽曲で来る、はず。YUKINOの曲の中で一番スコアが高くて、ライブの最初で披露するくらい自信を持っている曲だから、たぶんこの曲で来る。
動画の中の二人はのびのびとステージを駆けライブを彩る。かと思えば、途端物静かな空気を纏い、そのギャップで会場を虜にする。
今回のYUKINOは、後攻。なら、この空気を上回る空気を作らないと、勝てない。
雫は脳内に青写真を描くと、動画を閉じ、視線を上げた。
まだまだ未熟だけど、私もBIG4。皆のためにも、負けられない。
そんな決意に持って、雫は立ち上がった。