サニーピース、月のテンペスト。俺は彼女らのライブを見ている中で、一つだけどうしても気になることがあった。
それは、サニーピースのリーダー、川咲さくらちゃんのことだ。
彼女のライブ…というより、その歌声は、いつか聞いた麻奈ちゃんのものに似ている。似たり寄ったりな声を持つ人は見たことはあるが、彼女のはなんというか…そのリズムや間のとり方などと言った直接声とは関係のない場所までそっくりなのだ。
まるで、長瀬麻奈の生き写しといわれてもおかしくないほどに。
まだ大きな会場には出ていないためこれといって話題にはなっていないが、小規模な会場ではたびたび話題に上がっている。長瀬麻奈の再来か、って。
俺は…正直言ってこれをどう受け止めていいかがわからない。素直に喜ぶべきなのか、それともその歌い方を止めたほうがいいのか。
単純にファンとしては喜ぶべきなのだろうが、俺が長瀬麻奈という人物と、川咲さくらという人物をなまじ知ってしまっただけに迷ってしまった。
長瀬麻奈には長瀬麻奈というアイドル像があり、そして川咲さくらにも川咲さくらというアイドル像がある。もしさくらちゃんが長瀬麻奈というアイドルの声で歌い続けるのなら、人々は彼女のことを長瀬麻奈という色眼鏡をかけたうえで見られ続けることになる。果たしてそれでいいのだろうか。
……最終的な判断は彼女が決めるだろうから、その決定には俺も従いたい。でも俺が思うには、どうか、さくらちゃんには川咲さくらというアイドルらしくいてほしい。そう思っている。
川咲さくらは、長い間病気で入院しており、三年前退院した。
定期的に通院していたさくらを見続け心配した俺は、少しばかり過剰に情報を集め、そういう決断に至った。
通院しているのは、何らかの病気の定期確認のためで今のところアイドル活動には影響なく、彼女自身も元気に日々を送れている。
……そのはずだったんだが、今日になっていきなりさくらちゃんはマネージャーを連れだって病院へと向かった。
これといって重い雰囲気はなかったが、それでもマネージャーを連れて病院にいったというのはどうしても気になってしまう。何か病気が進行してしまっただとか……。
いやいや、それだったらもっと大げさなことになっているだろう。彼女はグループで活動しているんだし、メンバーにも伝えるはずだ。……でも可能性としてはなくはないし。
病院はすでに目の前にある。その前で俺はうろうろとしていると、視界の先から見覚えのある影がやってきていることに気が付いた。
癖っけのある茶髪を後ろに束ねたポニーテールにルビーのような赤黒い瞳。もう一人は、ウェーブのかかった濃い茶色の髪にトパーズのような瞳。
月のテンペストの早坂芽衣ちゃんとサニーピースの佐伯遙子さんだ。
咄嗟に隠れようと周囲を見渡したが、大きな道路には街路樹くらいしか物がなく、横道も存在しない。まずい、隠れ場所がない。
……ここは通行人のふりして通り過ぎようか。バレることは……ない、ないよね?いや無理かも……。よりによってどうしてこの二人なんだ。
それでも不審者に見られるよりかはましだと考え、何気ない表情で、彼女たちの横を通り過ぎようとする。そのときだった。
「あー!不審者だ!」
なんだと。彼女たちに仇なすものはどこだ。俺が蹴り飛ばしてやる。そう考え、周囲を見渡したが、それらしい人物は見えない。肝心の芽衣ちゃんが指さしていたのは俺の方だった。
「め、芽衣ちゃん?さすがにそれは失礼じゃないかな……」
後ろかと思い振り向くが誰もいない。……もしや俺のことを言ってる?なんでバレているの?
「あ、ごめんなさい。でも、ま……えっと、ま、前に見てたから?」
前に見てた?……心当たりがありすぎる。どこを見られた?前っていつだ?
「あ、でももう大丈夫になったんだっけ?」
もう大丈夫ってどういうこと?やばい、芽衣ちゃんが言っていることが全然わからない。可愛い…違う、まずい。
仕方あるまい、ここは伝家の宝刀、知らない振りだな。
「あれ?もしかしてちょっと前スーパーにいなかった?ほら、スーパータケミヤってところ」
ダメだ。通用しないわ。直感最強と、シンプルに俺を知っている人物が来てしまっているわ。……話を合わせるか。
「そ、そうですね。確かにそこにいましたね」
「えっと、どこを見ているのかな?」
「すみません。眩しくて直視できないんです」
「そんなに日差しは強くないと思うんだけど……」
「ねぇねぇ!ちょっと顔見せて!」
俺がそっぽを向いていると、それに合わせるように芽衣ちゃんが移動してくる。それを避けるように俺は別の方向を向いた。
「む、じゃあこうだ!」
芽衣ちゃんは素早く体を動かすと思いきやフェイントで逆方向へ向かう。直前でその動きを察知した俺は視線を合わせないように、体を回転させた。
「あ」
「あぁ!」
そこには
「やっぱり君だぁ!前の握手会のときも来てくれていたよね。あのときはありがとね」
「……別に感謝されるようなことは何もしてないですよ」
「ううん、あのときは私も不安だったから、来てくれただけでうれしかったの。だから改めてお礼を…ってなんで目を塞いでいるの?」
「……太陽がまぶしいからです」
「そんなに眩しいかな?」
まずい。この空間にいたら俺という存在が削れていってしまう。脱出せねば。
「ねぇねぇ。そういえば芽衣たちのライブにもいっつも来てくれているよね。いつも応援してくれてありがとー!」
こっちもバレてる…いや、そういや芽衣ちゃんにバレているのは知っていたわ、これはコラテラルダメージだ。必要経費だと思おう。
「あら、そうなの?」
「うん、サニピのライブにもいつも来ているよー!」
「そうなんだ!ごめんなさい、気づけなくて」
「いえいえ!ライブ中はすごい音とステージへ向けた光で観客席がほとんど見えないことは知っていますので大丈夫です!」
「優しいんだね」
「そんなことはないですよ」
脱出経路は……ないな。二人には悪いがここは強引に帰らせてもらおう。ちょっと俺には刺激が強すぎる。
「じゃ、じゃあそういうことで……」
「ねぇねぇ、芽衣たちNextVenusグランプリに出ることになったんだけど……見に来てくれる?」
「芽衣ちゃん?あんまりそういうことは言わない方がいいんじゃ……」
「……遙子さん、大丈夫ですよ。牧野に話は聞いていますから。もちろん見に行きます。頑張ってください。俺も声が枯れるまで応援していますから」
「え、牧野君?どうしてマネージャーのことを……」
「それじゃあ失礼します!」
「あ、待って!最後に一つだけ!」
いい感じに話もまとまったのでここから去ろうとしていると、芽衣ちゃんに引き留められた。
「いつも見守ってくれてありがとね」
「…………どうも」
俺は足早にその場を去っていった。
まずいまずいまずいまずいまずいまずい。なんで芽衣ちゃん知っているの!?
皆から情報を集めた結果、俺がそういうことらしき行動をしている、というとこまで掴んだならまだわかるんだが、「いつも」ということなら話は変わる。あの言葉は絶対に俺が見ていたことを知っている。
……だけど、警察に連絡するわけでもなく、わざわざ言ってきたってことはとりあえず見逃してやろうということだろうか。だけど次やったらわかっているよな、って意味のありがとねだろうか。怖い。あの子怖い。
……でも冷静になって考えてみれば、彼女たちもNextVenusグランプリに集中したいだろうし、今ことを交えるのは愚策、だけど俺の存在が他の子にバレると集中がそがれる原因を作ってしまう。そこまで考えて俺の行動に釘を刺してきた、と考えるのが筋か。
考え始めると、彼女のすべての言動が俺を追いつめるためのように感じてきた。俺の顔も覚えていたし、今回の件で遙子さんにも情報が伝わったし、少しずつ包囲網が作られてきている。
……とはいえ、俺としても事は交えたいわけではない。むしろ、俺のことはほっといて、アイドル活動に集中してほしいのが俺の本音だ。
……時を見て本音で話し合うのが賢明か。
「ただいま」
「あ、お帰り。ちょっと来て」
とりあえず方針を決め、俺は自宅の玄関を潜る。そのまま二階に上がろうとしていると、有希に呼ばれ、リビングへと連れていかれた。
「どうした?」
……ありがたいことにというか、母さんが来てから俺たちの喧嘩は解消していた。時を見て謝らないとなとは思うが、とりあえず会話が復活したのはありがたい。
「これ」
向き合う体制で椅子へ座ると、有希から結構な数の紙を渡される。最初の何枚かだけ見たが、細かく文字が書かれたそれは、何かの企業説明書のようだった。
「……何これ?」
「契約書」
「だから何の?」
「バンプロの専属アイドル契約書」
「……は?」